32.満を持してと思いきや
待ち合わせ場所にしていた、従魔士協会の入り口に戻ると、ロニーさんとラナさんが壁にもたれ掛かって待っていました。
待たせてしまったことを詫び、貨幣協会に行ってきたことを話します。
「そっか、まだ登録してなかったっけ」
ロニーさんは、明日、口座が開設できたら一緒に来て、この旅が終わった際に、支払われる報酬を、振り込む手続きをすると言いました。
ちなみに、この旅の報酬は、前金で半額すでにいただいており、旅の間の費用はロニーさんたちが全額負担。契約終了後に、残りの金額に評価によって上乗せ、ということになっています。
聞かされたときには、あわあわしましたが、価格は、『収納箱(中)』持ちにしては、かなり安く設定されており、その他の能力と換算すると、その条件でも格安なのだと説得されて、受け入れました。
そりゃあ、銀行でスラッと金貨を出せるってもんです。
「さてさて……モモカちゃんたちと合流できたし、お腹すいたわね」
ラナさんが延びをしながら言いました。
そういえば、もう夕飯時です。
「今日も素泊まりの宿になるし、食べてから行くか」
オラヴィさんは、従魔士協会に預けたままだった、ラブロの引き取りに行こうとしていましたが、延長のお願いに変更されたようです。
うん、従魔の専門士がいる所ですもの。ラブロはきっと、快適に過ごしてますよね?
「ハイクライクと言えば、あれだよな」
ニヤリと笑うロニーさんに、ちょっと嫌な予感がします。
すかさず、ラナさんの突っ込みが入りました。
「ダメよ、辛いのは」
やっぱり辛いのか。
好きだなぁ、ロニーさんも。
「大丈夫、そんなに辛くないとこ選べばいいだろ?」
「ロニーの辛くないは、あてにならない」
「じゃあ、メニューだけ決定で、店はラナに任せる。それじゃダメか?」
二人の応酬に、首をかしげていると、とりあえずの落とし処が決まったようです。
「まぁ、ハイクライクに来たなら、食べておくべきよね」
ラナさんの諦めた顔に、ロニーさんはガッツポーズしています……そういえば、こちらでもガッツポーズっていうのかな?
『翻訳することになります』
ですよね。
で、何に決まったんでしょう?
「やっぱ、ハイクライクと言えば、『カリィスープ』だよなっ!」
……。
ん?
何て言いました?
「モモカちゃん、食べたことある?」
尋ねる前に、尋ねられました。
「いえ、あの……」
もう一度メニュー名言ってください。
聞き間違えていなければ……。
「ハイクライクで採れる、多種多様な香辛料を、たっぷり使ったスープよ。パンや『ライス』、クルクスに合わせて食べるの」
「珍しいとこでは、太麺と合わせるよな」
「え、それなに。知らない」
ちょ……それって、あれですよね? 紛れもない、あれですよね!?
「クルクス、っていうのは……」
「ん? ええと……たしかイモなんだっけ、アレ。ロニー、パス」
「んを!? ええとな、マッシュポテトをちぎって揚げたり炒めたりしたやつだな。わりと北方ならメジャーだぞ?」
を、ヤバイ。
「いえ、こっち来て、食べてないなぁと思って」
「あぁ、そっか、モモカちゃん北の方だっけ」
ソフィアからの透明な案内板にも、モモカの仮の出身地でも、主食の一つだったことが表示されました。
あぶない、あぶない。
「なら、クルクスと合わせた店に行こうか」
「えっ」
まっ……待って、待って!?
満を持しての『カレーライス』じゃないの!?
そして、出てきたのは、けっこうシャバシャバした感じの、『カリィスープ』。
ちょっと、おかきっぽい見た目の『クルクス』。
匂い! カレーだ!!
うん、もう変わったスープカレーだと思って食そう!
久しぶりのカレーライスっていう展開じゃなかったけど!
いただきます!
「ぁ、パサパサ感が逆におもしろい」
「ねー。クルクスって、パサパサしてるよね」
クルクスをスプーンで掬って、カレーに浸けてから食べるのですが、パサパサしてるわりに、あんまり染み込まないので、食感が残ったまま食べることになります。
それが、咀嚼しているうちに口の中でほころんで、カレーの香りと混ざりあい、なんとも言えない甘さと辛さのハーモニーを紡ぎだします。
「ふふふ、モモカちゃん美味しそう」
「はい! おいしいです!」
日本で食べたカレーとは違うけれど、十二分に美味しかったです!
だから、ロニーさん。
その真っ赤なスープは、冒涜だと思いますよ?
― * ― * ― * ―
ちなみに、翌朝、パンっぽいものと合わせたカレーを食べたのですが、これはとろみといい色といい、バランスといい、日本のカレーにそっくりでした!
こっそり、自腹でカレーのみ大量購入。
時間停止機能付きの収納箱に入れておきました。
米も割と簡単に手に入る世界で嬉しいです。
これでいつでも、カレーライスが食べられますよ!
お読みいただき、ありがとうございました。
今回書くにあたって、ちょっとだけカレーのことを調べてみたのですが、世界人口的には、カレーには米を合わせる、という人は多数派なそうですね。別に日本の影響という限りではなく。
炊いた米とは限りませんが。
異世界に『米』が珍しかったり、なかなかなかったりするのも不思議に思っていました。日本よりよほどお米を食べてる国って珍しくないので……。
そんなわけで、この世界には、米食文化ができました。ジャポニカ米はないけどね! 味噌も醤油もないけどね!
……誤字脱字その他、勘違いのご指摘いただければありがたいです。




