30.従魔士の事情とモフモフは正義
「オラヴィさん、この方はどういう方なんですか?」
名前を書かず、紙に手を向けもせずに、オラヴィさんに聞きます。
書いてある文章を、ソフィアにチェックしてもらう間の時間稼ぎです。
「どう、とは?」
オラヴィさんは、キョトンとしたように軽く首をかしげます。
なので、余計な一言になるかも、とは思いつつ、感じたことを聞いてみました。
「従魔士の派遣を、まるで駒の扱いのように言ってらしたので……ちょっと不安です」
お金が儲かるから、危険でも行け。
そう言っているように聞こえました。
従魔も従魔士も、お金儲けのための道具だと思っている人だったとしたら。
そう思ったのですが、二人から、あー、と声が出ただけでした。
「あー……、おじょうちゃん。従魔は好きか?」
「はい」
即答です。モフモフは正義です。タタールみたいなツルスベ癒しも正義ですが。
答えるとすぐに、うんうんと首肯かれました。
「だよなぁ、従魔士はそうじゃなくちゃいけねぇ。近頃は、まるで消耗品かのごとく扱うやつが出てきてな。ムカつくったらありゃしねェ」
そして、なんかイライラし始めます。
えー。いや、ええと……。なんの話だっけ。
戸惑っている間にも、ヒートアップしていきます。
「なんかすごい頻繁に、従魔登録をするやつがいてな。中型とはいえ、エサ代もバカにならんのにと思ってたんだよ」
「……それは、この辺りの話なのか?」
おずおずと、オラヴィさんが聞いて、おじさんが手をヒラヒラとさせます。
「いんや。支部の管轄の、もっと東の方。グラスウルフが多かったな。でよ」
おじさんは、コップを覗いて、なくなったのを見ると、誰かにおかわりを頼みました。
「……でよ、そんなで魔力やエサは大丈夫ですか、と聞いたら、余計な世話だと怒鳴られたらしい。おかしいと思ったそこの職員が調べてみると、そいつ、捕まえた従魔にエサもやらずに酷使してやがったんだ」
「えっ……それって……」
「従魔が死ぬごとに、新しいのを捕まえて同じように扱ってたようだ。同じ魔物だから、殺しても問題ないだろう、だとよ」
その状態を想像して息を飲みました。
「そんな……ひどい」
私が口元を被うと、おじさんは笑い声をあげました。
「いいね、おじょうちゃん。やっぱ、従魔士ってのはそうなんだよ。ま、そいつの一番の問題は、たまに逃げられた、と抜かしやがったところだったけどな。凶暴化した魔物を量産していた、っつって、つきだしてやったよ」
ここで、お茶のおかわりのポットを、さっきの人が持ってきて、ドスンとおじさんの傍らに置きました。
おじさんは気にせず、ポットを持ち上げて、自分のカップに注ぎます。
「西や北じゃあ、珍しい魔物を捕まえては、物好きに売るやつもいるけどよ。まあ、それは小遣い稼ぎの範囲だと割りきるがな。従魔士は金のかかる職業だからよぅ」
そう言って、一気に呷りました。
喉、渇いてたんですね。
「従魔たちのエサ代に、厩のある宿代、薬は自分の分だけじゃなく、従魔の分もだ。場所によっちゃあ、通行代や人頭税を従魔にもかけられる」
ソフィアによると、普通の宿と厩を完備した宿では、1.3~1.5倍の値段差があるそうで、薬も、まあまあな値段がするようです。
「え、ご飯は自分で取ってきてくれるとか、そういうことはないんですか?」
きょとんとすると、おじさんはああと言って、またおかわりを注いでいた手を止めました。
「従魔になると、大半のヤツはただの魔物だった時と、嗜好が変わるみたいでな。人間と同じような飯を食べたり、菓子ばっかり食べたり、ひどいと金の粒を食べるのもいる」
「え」
「生肉を好むっていう、割りと手間のかからねぇのも多いがな。でもそういうのは、大抵、大型で量がいるんだ。狩ってきたので節約しても、まだ足りなくて買い足すのがほとんどだ」
そう言って、またカップを呷るおじさん。
どれだけ飲むんだろう。
「まぁ、そんなわけで、こういう儲け時は、いつも金策に走ってる奴らには好機なんだ。従魔に申し訳ないとか言いながら、貨幣協会に通い詰めてるのを見てたらな……」
カップを置いたおじさんの笑顔は、今度は怖くなくて。
「こっちは、依頼に対して受ける人数が少ないなんて大義名分で、仲介費をギリギリまで減らしてやれるし、もしものための治療に必要なものは、商人協会から、今ならいくらでも引っ張ってこれるし、な。交渉が下手なやつから、高額依頼を回してるから、ちょっとした混乱も起きてるが、ま、順当だ」
ニヤリと笑った今度の顔は、また悪い表情で、あ、これは自分がどんな顔してるのか、分かってないんだな、と思いました。
人が生きていくためには、お金は必要。
一応は社会人をしていた人間ですから、その辺りは分かります。
書類に不審な点もなく、おじさんもいい人だと分かりました。
「それで、おじょうちゃん。うちの協会に入るかい?」
だから私は、頷いて、出された紙を手元に引き寄せました。
お読みいただき、ありがとうございました。
いつもと違う時間帯に更新で、申し訳ないです。
前回からちょっと世界設定が続いていて、雰囲気が固いかなぁ……と。
次も、続きます。
申し訳ない。
また、誤字脱字その他、ご指摘いただければありがたいです。




