26. 跳兎ちゃんとお別れ
ほどよく休憩したのち、みんなで荷車にのりこんで出発しました。
跳兎ちゃんのゴハンですか? なんかその辺りで適当な草を食べてましたよ。
大丈夫かとオロオロしてたら、ちゃんと、じぶんの好物のものを選んで食べているのだそう。
満足そうな顔で帰ってきて一安心。
他にもちらほらと出発した荷車と一緒に、ガタゴトと進みます。
「のどかですね~」
ぽかぽかとした昼下がりの日差しの下で、揺れる荷台に私は、空を見上げて寝転びました。
するとお腹に跳兎ちゃんが乗ってきて、そのまま丸くなるとくぅくぅと眠り始めます。
「えっ! いや、そんなとこで寝られたら起きあがれないってばっ」
「あはは。モモカちゃんのそばがよっぽど気に入ったのね、その子」
荷台の前方で、膝をたてて前を見ていたラナさんが笑い声をあげます。
「うう……嬉しいけど、困るぅ……」
とりあえずそっと兎ちゃんのふわふわの毛並みを撫でながら、空に向かって息を吐きました。
だって、仲良くなっても、町に入るまでにお別れしないといけないんです。
ソフィア、もしこの子とお別れして、また会える確率わかる?
『ゼロに近いと思います……』
うう……だよね。
跳兎ちゃんたちは、大自然の中で生きてるんだもん。同じところにいられるとは限らないし、生きていられるとも限らない。
「モ……モモカちゃん、どうしたの!? イキナリ泣き出して」
ラナさんが、あわててきれいな布を取り出します。
えっ、えっ? 泣いてるの? 私。
以前から涙もろかったけれど……ああ、目から水分がだばだばと溢れだしています。
「す……すみません。この子とのお別れの事を考えちゃって」
お礼を言いつつ布を受けとると、目にあてながら答えました。
心配そうな目線のラナさん。
心なしか、跳兎ちゃんも心配そうに見えます。
その毛並みを撫でて、にっこりと笑いました。
「大丈夫。ちゃんと笑顔で過ごして、笑顔で見送らないとですね!」
おなかの跳兎ちゃんを抱き上げて、空に掲げると、本当に大丈夫な気がしてきました。
うん、だってこんなに小さくても、この子は魔物ですものね!
最低限、私よりは強いです。
― * ― * ― * ―
ハイクライクの街が見えてきました。
今までの町より少し高い壁が、波打ちながら塞がっているのが分かります。
さらには、その壁のこちら側、外側にも軒並みが並んでいるように見えます。
「ああいう、きれいに整っていない壁や、外にまで溢れだす軒並みが、ダンジョンのある町の特徴だ。大きくなる街に、壁が追い付いてないんだ」
不思議な景観に、ロニーさんが解説してくれます。なぁるほどー。
「そろそろですかね、ラナさん」
「そうね、この辺りの茂みがいいかしら」
私が跳兎ちゃんを抱えると、ラナさんが車を止めるよう言ってくれました。
邪魔にならないよう、軽快なステップでタタールが端に寄ります。
「ほら。好きなところへお行き。しばらく付き合ってくれてありがとうね」
白く丸い跳兎ちゃんを、そっと茂みに下ろすと、ぴょん、とその中へ入っていきました。
なんともあっけないことです。
「行こっか、モモカちゃん」
「はい、ラナさん」
荷台に乗り込み、ぐねぐねとした壁の方へと向かいます。
街の結界は、門と壁に対してかけられるそうで、外にある軒並みは魔物から守られる管轄外だとか。
それを承知で住むというのだから、逞しい人たちです。
さぞやロニーさん好みなのだろうと思いきや、複雑な表情。
どうも、ロニーさんの好む「好奇心に駆られた結果」の事ではなく、「必要にせまられた結果」であることがいけないのではないかと、ソフィアが解説していました。
うーん、そんな違いが。
言うなれば、光と影の、こちらは影の方なんですね。そう思うと私も複雑です。
膝に乗るふわふわに癒されながら、ガタガタという音の向こうの喧騒を見ます。
やっぱり逞しいな。
って。
「ふわふわ?」
膝には白くて丸いフワフワが、ちょこんと乗っています。
ついさっき、お別れしたはずのフワフワモフモフにそっくりです。
持ち上げてみれば、まん丸いフワフワからぴょこんと長い耳が二つ、伸びました。
やはり、先ほどお別れしたモフモフのようです。
「えっ! なんで跳兎がここに?」
私の心の声を、ラナさんが代弁してくれました。でも、私はゆるゆると頭を振るしかありません。
「ダメだよ、着いてきちゃ。お前は門を潜れないんだよ」
撫でてやりながら言い聞かせるように告げますが、跳兎ちゃんは首をかしげるように耳を傾けます。
かわいいけど、ダメですよ。魔物でしょ、跳兎ちゃんは。
「ほら、お友だちの跳兎ちゃんを探しに行っておいで」
荷台から下ろそうとすると、その小さな腕で私の袖に掻きつき、毛に隠されていた細長い足で床を蹴ります。
「ラナさん、どうしましょう」
門が迫っています。
「……仕方がないわ。かわいそうだけど、門の結界で弾いてもらいましょう」
本当に申し訳なさそうな顔でラナさんが言いました。
うう、門に弾かれるのって、痛いのかな。
かくして。
「……この子、もしかして魔物じゃなかったりします?」
覚悟して通った門は、跳兎ちゃんを膝に乗せたまま、何事もなく通過しました。




