20.壁絵と微睡み
やっとお風呂です。
「わぁ! いい!」
浴室に入ると、そこには日本の家庭でもあってもおかしくない大きさ、だけど広めの浴槽。
そして3人ぐらいで使っても余裕そうな洗い場だった。
私とラナさんは浴衣……「ゆかた」ではなく「よくい」を着ている。
濃い色のタンクトップとミニパンのセットだ。
水着よりは布感が強いが、透けたりはしない。
こちらの人は、これに着替えて温泉や銭湯に入るものらしい。
気負って損をしたかも。
なお、背中は開き気味なので傷は隠れてない。
うむ、やはり銭湯はお預けです。
まぁ、そこは置いておいて、浴槽と洗い場の向こうに広がっているものが本題。
「あれって絵ですよね?」
「そう。ここの一番の名物、サイクプラヤ湖を描いた壁絵よ」
私の膝上ほどから天井にかけて、壁に直接描かれた、幻想的に霧に浮かぶ緑と青い湖。
それが風呂場の靄と交わって、まるで本当にそこにあるようだ。
「すごいですね! こんなにきれいな壁画……まさか全室にあるんですか?」
「あるんですって。しかも微妙に違うらしいの。確かに私が前に見たのはこっちに大きな木があったような気がするわ」
聞けば、描いたのはこの旅館のオーナーらしい。
商人として成功した人なのだが、幼い頃から志していた絵描きになる夢が忘れられず、旅館を建てる計画が持ち上がった時、自ら筆をとると言い、たくさん描きたいからと個室を大量に作ることを提案。
さらに、たくさん見てもらいたいからと安価での提供を強行。
それが呼び水になり、奥まった立地条件にも負けず不動の人気宿になったという。
「始めは『オーナーの趣味宿』と呼ばれていたそうよ。ロニー憧れの物語なんですって」
だから初めは避けたのだけれど、と呟くラナさんと、並んで体を洗う。
うわ。15歳って、こんなに水を弾くんだっけ?
髪! 髪が細い! 私の黒髪は、もっと太くて頑固だった! 何この絹のような滑らかさ!
元の体とのハリツヤの差異に驚愕しながらも、話を聞く。
「じゃあ、ロニーさんの行き付けなんですか」
「そう。ロニーは昨夜のうちに入ったらしいわよ。ズルいわよねー」
ざばーっと流しながら、ラナさんのあきれ声。
昨日は、私が早めに寝てしまったし、余計に誘いにくかったのではと思う。
「朝、修練の後とかに入ると気持ち良さそうですね」
洗い場の後ろの浴槽を見ながら言うと「モモカちゃん天才」と驚愕された。
ゆっくりと湯船に浸かる。
湯が体に染み込むようだ。
背中が滲みたりするだろうかと思っていたけれど、全くなんともなかった。
湯治という言葉もあるし、温泉は体にいいものだからかも。
「はー……幸せですねぇ」
「ふぅ……天国のようねぇ」
二人でまったりと浸かる。
しばらく無言が続くけれども、ぜんぜん気不味くない。
ここ2、3日……出会ってから一番そばにいるのはラナさんだ。
傷のことを聞いて、やっぱりやめようと思わなかったのも、ラナさんへの信頼があったからだ。
うん。
ラナさんの右側にいると、彼女の向こう側に景観を望むことになる。
青い目の金髪巨乳美女の向こう側に、豊かな自然に囲まれた清んだ湖が広がってるとか、これなんて絶景なんでしょうか。
まさに天国に来ちゃったよ、私。
すごいなー! 本物の景色とも比べたいけど、でもどこに行っても映えるんだろうな、ラナさん。
背景が森や草原だったときも、リアルエルフ! とか思ってたし。
耳とがってないけど。
あれ? でもラナさん、『普人族』じゃないんだよね、確か?
『ラナは『半妖精族』です』
『半妖精族』。
半分、妖精?
ラナさんを見る。
うん、妖精っていうか、女神だね!
金色のサラサラの髪は、いまは巻き上げられて首筋の美しさを見せている。
白く透き通った肌に、高く通った鼻筋、大きすぎない唇は赤い。
そして晴れ渡る青空のような、輝く瞳。
はっきり言おう。
羨ましさも吹き飛ぶ美しさ!
拝んでおこう。
「……どうしたの、モモカちゃん? 手を合わせて」
……うん、ラナさんに不信がられました。
それから、次にいく場所や食べ物飲み物の話をして、ゆっくり微睡んで。
「また一緒に温泉に入りましょうね!」
「はい、是非!」
そんな話をして上がった。
『清浄』を施した服は、割りと好きです。
うちの古い洗濯機より、下手したら綺麗になってます。
石鹸で手洗いより、綺麗になってるんじゃないのかな?
あ、お風呂場の石鹸も固形石鹸だった。
シャンプーもそれで、リンスだけ液体。
銭湯にはリンスはないみたい。どうやってみんな、サラサラに保っているんだろう。
と、思ったら、生活魔法の『乾燥』か『温風』は持っていないかと言われた。
髪はすぐに乾燥させるとサラサラになるので、体はタオルで拭いても髪はそちらの方がいいのだとか。
『温風』と『冷風』があったのでそちらで乾かしました。
うおぉ! ラナさんの髪、いい香りぃ!
「ありがとー! なかったら、精霊を呼ばなきゃいけないところだったわ。疲れるのよね、あれ」
ん? それって、『妖精魔法』っていうやつで?
うわ、見たかった……!
お読みいただき、ありがとうございました。
先週末から突発的に忙しくなり、ついにストックがなくなってしまいました……。
申し訳ありませんが、次の更新日は未定とさせていただきます。
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