19.彼女と、傷
おっふろ~☆
ですが、ちょっと重いです。
ラナさんと2階の部屋に向かう。
結局代金はラナさんが持ってくれた。まだ、働きはじめなのだからと。ありがたい。
中に入ると木の香りがした。
一瞬、日本の温泉宿を錯覚する。
呆けている間に、ラナさんが部屋の鍵を閉め、ドアの前のカーテンを引く。
「これがタオル、こっちが浴衣ね。そこの籠に服をいれて『清浄』をかけてね」
壁際に設置された籠を指して、ラナさんは脱ぎ始めた。ラナさんの向こうにある、もう片方の籠に装備を入れていく。
私も脱いで、畳んで籠に入れていった。
ぐしゃぐしゃに入れるより、『清浄』をしたあと綺麗になっている気がするから。
ドキドキする。
実は、ソフィアには『誤魔化せ』とアドバイスされた。
けれど気になる。
私は勇気を出して聞いた。
「あの……ラナさん」
「ん?」
向こうの籠に、服を入れるため、背を向けていたラナさんが振り向き、そして息を飲む。
「あの……目立ちますか?」
― * ― * ― * ―
あの時、ソフィアに言われたのはこうだ。
『過去の設定上、モモカの背中には傷があります』
なんでも、こちらの世界での『モモカ』のモデルにした少女が、教会の孤児院でこき使われていた頃に、背に傷を負っていたらしい。
モデル、というより、今持っている身分証明書は彼女のものを流用したもので、つまり、以前に教えられた仮のプロフィールはその少女のものなのだ。
流用された理由は名字が似ていたから。
不運にも街にたどり着く前に人知れず息を引き取った彼女の代わりに、街にやってきたのが私、というわけだ。
あんな壮絶な人生を送った人が本当にいたなんて、と思ったけれど、そこまで珍しいことではない世界なのだそう……。
ちなみに彼女は普通に記憶なしで、新生児に転生しているのだとか。
次こそは幸せな人生になるよう、神からの祈り(最下級の加護。最下級といえど充分効力あり)つきで、比較的平和な場所の優しい両親の元に生まれたそう。
私の髪や目の色も彼女に合わせてあり、もとの彼女の顔をよく知る人は、共に村から旅立って同じく不幸に遭い転生しているので、別人と指摘できる人はいないのだとか。
育てた教会の人はというと、不正で更迭され入れ替わっているという。
うん、そこまでしたら、傷を付ける意味はないんじゃないかと言ったら、こう返された。
『モモカの自信なさげな理由付けにぴったりだったので』
……うーん、そうか。虐待にあった子並みと見えるのか。単なる自己嫌悪なんだけどな。
― * ― * ― * ―
そんなわけで、私の背中には、彼女と同じ傷がある。
でも程度がわからない。
あんまり目立つようなら、銭湯には入れない。
個室の銭湯とかあればいいな、と思うけど、そんなスパみたいなものあるんだろうか。
そんなことを考えていたら、背後の気配を感じ取るのに時間がかかった。
浴衣を着たラナさんが、後ろから手を回してきたのだ。
ラナさんは泣いていた。
私は戸惑う。
何故ならこの傷を負ったのは私ではないからだ。いたたまれない。
辛かったね、と言われても、だれかこの少女に伝えてくれと思うまでで、私のこととは受け取れない。ものすごく、いたたまれない!
「あの、ラナさん……」
「っ……ごめんね、私が泣いちゃダメだよね」
抱きついていた私の体から離れて、ラナさんは涙を指で拭う。
ああ、ソフィアが誤魔化せと言うはずだ。
「いいえ、ありがとうございます。私は、大丈夫ですよ」
微笑むように笑って、お礼を言う。
本当に、この傷を負った少女にラナさんの優しい心が届けばいい。そう思って。
けれど、やっぱり気になるものは気になるのです。
ねぇソフィア、この傷ってヒールで治る?
『ヒールでは治りません。複数回のハイヒール、もしくはエクストラヒールで治ります。』
そっか。私はそれ、使える?
『はい。ただし、ハイヒールなら連続4回まで、エクストラヒールは今は使わないでください。MPの急激な減少のため倒れます』
そ、そっか。
わかった、じゃあ、こう聞こう。
「あの、それでですね、ラナさん。私、ヒールで背中の傷がマシにならないかと思って。でもどれぐらいの傷なのか自分では分からないんです」
「そうなの?」
「はい。痛みもないし。けっこう……あの、大きいですか?」
ラナさんは痛ましそうに、改めて傷を見てくれる。
「……一つ一つは小さいけれど、背中全体にあるから……ええと……触っていい?」
「はい」
ラナさんはそっと、指で範囲を示してくれる。
こそばゆい。
そして、本当に範囲が広い。
「んーと、じゃあ、目一杯力を込めてヒールしてみます!」
自分の背中にハイヒールをかけるイメージで、発動。
薄く、光が広がって、またラナさんの息を飲む音。
光が収まると、ほんの少しくらりとした。
「ラナさん、ちょっと薄くなりましたか?」
ちゃんと効果があったのか尋ねてみる。
「……ええ。すごいわ。これならあと何度かかければ消えちゃうわね」
戸惑いに祝福を混ぜた声色で、ラナさんは答えてくれる。
良かった。また今度温泉入るまでに消しておこう。
「ありがとうございます。あんまり連続でかけちゃいけないみたいなので、今日はここまでにして、ゆっくり治しますね!」
ラナさんにそう言うと、ラナさんは困ったように笑って、もう一度抱き締めてくれた。
「ええ、それがいいわ。じゃあ入りましょうか」
やったー! お風呂だー!♡
もう、ガッツリ堪能しよう!
それこそ、彼女の分も目一杯楽しんであげなきゃ!
お読みいただき、ありがとうございました。
次こそ温泉! 旅行行きたい!
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