01.プロローグ
はじめまして。
拙いですが、よろしくお願いします。
「んん……っ メガネ……」
ふとんの中から、ベッド脇の棚に手を伸ばす。
メガネケースに入ってるはず……ん?
「もー。なんでないのぉ」
起き上がって探ってみるが、棚に乗っているのは水差しとコップらしかった。
「ええ? 落としたのかなぁ」
周りを見渡す……あれ?
見おぼえのない部屋の様子が見える。
『おはようございます、モモカ。只今、朝の6時辺りです』
柔らかい女性の声が聞こえて、目の前にデジタル時計の文字盤が浮かぶ。
「……ああ、そうだった。異世界転生したんだった」
私は頭を抱え苦笑した。
― * ― * ― * ―
あの時、気がつくと真っ白な部屋のなかにいた。
何が、と思った瞬間、思い出す車のヘッドライト。
相手はトラックではなくワンボックスカーだったけれど、この状況からしてあれだ。小説で定番のあれだ。
「トラック転生……」
「まぁ、そういうことじゃの」
考え込んでいた顔を上げると、そこには白い衣装を着たおじいさんがいた。
これまでの状況を考えると……。
「ええと……神様?」
「の、ようなものじゃの。ようこそお嬢ちゃん」
白い衣装のおじいさん神様はニコニコしている。
「いえ、お嬢ちゃんなんて呼ばれる年齢では……」
私は目線を下げる。なにせもうすぐ30が見える。
母親になっている同級生もいる中、年齢=恋人いない歴な私にはそれは遠い話とはいえ、時代が時代ならオバサンと言われる年齢だという自覚がある。
羞恥心に沈む私をどう思ったのか、おじいさん神様は軽く笑むと、ではといって説明を始めた。
私が死んだこと。記憶を持ったまま生まれ変わるチャンスがあること。それは、もとの世界ではなく異世界であること。
そこは、剣と魔法と魔物の世界で、雰囲気的には中近世ヨーロッパ。ただし、科学より魔法が発達しているためものによって発達具合は様々なのだとか。
料理は場所にもよるものの、現代に近いそうだが、現代日本ほどではないとか。
あ、飯テロはムリです。私、昆布や鰹節から出汁をとる技術はありません。顆粒出汁って偉大だよね。
そうでなくても、私は要領が悪い。
他の人がスラスラできることも、私は倍以上かかるもの。ひどいと他人が3日で覚えることを、私は3ヶ月かかる上に作業が遅いという。
バイトでも仕事でも叱られっぱなしだったなぁ、アハハ~。
そんなこんなを思い出して、落ち込む私をどう思ったのか、おじいさん神様は慰めるようにこういった。
「転生特典に、なにか特別な力をやろう」
転生、特典?
特別な、力?
……だったらこれしかない。
「よく見える目と記憶力、あとは要領のよさが欲しいです!」
「……は?」
「よく見える目と記憶力と要領のよさが欲しいです!」
大事なことなので何度でも言いますよ。
おじいさん神様はぽかんとしていますが、これ大事です。
分厚いメガネをかけていて、忘れっぽく要領が悪い私には本当に羨ましい能力なのです。
だから神様。
「私に、よく見える目と記憶力と要領のよさをくださ」
「あい、わかった。『よく見える目』『記憶力』『要領のよさ』だの。他にはあるかの?」
私の必死な訴えは聞き届けられた! ガッツポーズしたい! 更には他にはないかと言われる。え? まだくれるの? じゃあ、えーと、えーと。
「……け、健康……とか?」
そう言うと、おじいさん神様は一瞬目を見開いたあと、口もとと一緒に穏やかに緩めた。
「『健康』、じゃの。ほほ、良かろう。他の転生者は『全ての魔法が使える能力』だの『他人を魅了する能力』だの『他人の能力を奪える能力』だの言ってきたのに、なんとも欲のないことじゃ」
え? 他にも転生した人がいるんだ。しかもすごい能力だなぁ。
でも。
「そんな能力、私が持っていても使いこなせません。その人たちは、私の願った能力なんて、すでに持っていたんでしょう」
そう。これは普通ならみんなある程度持っている能力。だけど、私にはなかった能力。だからこそ、羨ましくてしかたがなかった。
もしももしも、私にそれがもらえるなら。
「せっかくだから、『生まれ直して』みたいんです」
誰かに迷惑をかけるしかできなかった私から、誰かを助けられる私に。
神様は微笑んで、ゆっくり首肯いた。