春休み
高校三年の春休みでしたか、大学受験が終わったあとの長期休暇であったと思います。
私と、同輩の松井は平松様の御本家へ呼び出されたのです。私も松井も次男の秋法さまに付された臣であり、秋法さまに伴って赴くことはあっても、我々だけで御本家へ呼び出されることなどそうそう有るものではありません。
松井と二人、道中馬車に揺られる中で二人して話し合いました。一体何用かと。
御本家へ到着したとき、私たちは普段使われる謁見の間ではなく、通常の客間へ通されました。つまり、私的な話しということです。
二人で待っていると、若さま、つまり秋法さまの兄君が現れました。曰く、
「秋法の縁談がまとまった。二人はお互い顔も知らぬ。父と相手が両家の力関係を考慮して決めたことだ。ついては、相手を見てきてほしい」
若さまは秋法さまに恋人がいることも知っております。そして、それを応援していらした。つまり、私たちは花婿の粗を探せと言われているのです。若さまが縁談を潰すに資するような粗を。
その後、私と松井は相手に挨拶をしたいと申し込み、面会をしました。
相手の名は高島。驚いたことに、彼は私や松井との以前からの友人でありました。
私と松井は秋法さまの婿候補の正体に驚いて、
「お前が資産家なのは知っていたが、金の力を使い男を奪う様な真似、お前らしくもない」
と言いました。すると高島は、
「何もかも、余計なお世話。平松家との繋がりを得られることに考えれば、安い」
と答えました。
私は秋法さまに恋人がおられることを継げましたが、高島は一言「知ったことか」と言って、話しを切り上げ部屋を出ていこうとしました。
私は怒りに震え「もうお前とは友人でも何でも無い」とその背中へ向かって叫ぶと、困惑した表情を浮かべていた松井と共に長城の様に細長い特徴的な形をしていることで著名な高島邸を後にしました。
後日、私と松井は秋法さまの恋人、田町さまと面会することに致しました。
時間を作って頂き、近在の喫茶店で三人、珈琲を飲みながら秋法さまの縁談について話し合いました。
あらましを聞くと、田町さまは
「その様なふざけた男に秋法を渡す訳にはいかない。私に出来ることなら何でもするから、どうか私たち二人の幸せの為に協力して欲しい」
と仰って頂きました。
田町さまの言葉に私と松井は大変力強い思いを抱き、私たちはその日解散致しました。
それから数日後のことです。秋法さまから田町さまの忘れ物を預かりました。昨日逢った時に忘れていかれたとのことで、秋法さまはこれからヴァイオリンの稽古があるので、今日他の用事で田町さまの邸の近くを通る私に代わりに託したのです。
私は用事を済ませた帰り、これまた別の用事で近くへ来ていた松井と、共に夕食を取ろうと合流しました。
店を探す前に忘れ物のことを思い出した私は、松井と二人で田町さまの邸へ向かいました。
事前に伺うとは伝えておりませんでしたが、忘れ物を届けるだけなので良いと思ったのです。
呼び鈴を鳴らしましたが、一向に反応がありません。不在なのかと諦めて帰ろうとしたとき、奥の方から女の金切り声が聞こえて参りました。
「おかしい」と一言発した松井はすぐさま庭を回って声の主を探しました。
松井に付いて田町邸の庭を回り込み、窓から部屋を覗くと、そこには裸の女たちが何人も重なりあって倒れているのが見えました。
松井はすぐさま玄関へ戻り、持ち前の逞しい足で一蹴りで扉を蹴破ると、私たち二人は土足で踏み込みました。
女たちがいた部屋を探して入ると、そこには女体で作られたソファに全裸の田町がどかりと座り、女体で作られた机に足を掛けておりました。
「無礼じゃないかね。主人に無断で家に入るとは」
「これは一体どういうことだ」
松井の問いに田町は答えず、まるで荷物を持ち上げるように足元から女性を引き揚げると、
「こいつが声など挙げなければね」
と落ち着いた調子で言いました。女性たちの首もとには、皆たくさんの注射痕と思われるものがありました。
「やれやれ。もう少しで平松家の財産が俺のものになるかもという時に。猫を被るのも大概疲れるんだが。ここまで苦労したんだ、ここで台無しにされたらたまらない」
私は、知らなかった田町の本当の顔に、唖然とするばかりでした。
田町は何やら注射器のようなものを逆手に持ち、私たちに飛び掛かって来ました。しかし松井はそれをあっさりとかわし、田町の腹に一突き強烈な拳を与えました。
田町はその日食べたものを全て吐いたと思われるほどの量を嘔吐し、そのまま気絶しました。
私は呆然としていましたが、松井に促され警察に連絡しました。警察が来るまでの間、松井と二人で女たちの容態を見て回りましたが、死人こそいなかったにせよ、皆一様に半目を開けよだれを垂らしていました。
その後、田町は逮捕され、彼の関わっていた犯罪が次々と暴かれました。麻薬や女を売り、彼の地元の市議会議員で彼に脅されていない者は無かったと言います。全てを知った秋法さまの嘆き悲しむ姿はとてもではありませんが、見ていられたものではありませんでした。
その頃突然秋法さまの婚約が高島の方から破棄されたのです。
高島の謎の行為に、訳を問い質す為私と松井が派遣されました。そこで、彼は全てを話したのです。
「あれは私がほんの子供の頃だったよ。父に伴い一度平松家の居城を訪ねたことがある。父たちが商いの話しをしている頃、私は暇を持て余して広大な城の中を歩いていた。その時、たまたま秋法が歩いているのを見掛けたんだ。天女を見たような気分だったよ」
松井は高島に「田町の正体を知っていたんだな」と訪ねました。高島は軽く頷くと、
「もし、自分が愛した男が、自分に本当の顔を見せていなかったら、どんなに悲しいことだろうね。私は秋法と田町を引き離せさえすれば、すぐにでも手を引くつもりだったよ。そうすれば、秋法の中で田町との思い出は麗しいロマンスとして残る」
「今、秋法さまの側にいてさしあげられるのはお前だけだ」
私はそう言うと松井と共に秋法さまと一度逢うよう提案しました。しかし、
「私は、秋法からすれば金で自分を奪おうとした悪人に過ぎない。私には秋法の傷を癒すことは出来ないよ」
私は、高島の計画が成功していても失敗していても、高島に何ら利が無いことを思いました。そして言ったのです。
「だとよ。この計画が上手くいった所で、お前に何が残るのか。あんまりではないか。あんまりお前が憐れすぎる」
高島は微笑んで言いました。
「恋とは、そういうものだろう」
あれ以来、高島は私たちの前から姿を消しました。秋法さまも、徐々にではありますが、かつての元気を取り戻されてきており、喜ばしいことです。
こうして私の高校最後の春休みは終わったのです。




