表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/112

089 駆け引きと必殺と

令和もどうぞよろしくお願いいたします。

「魔力よ、侵せ」


 グラディー『コーウェン』から奪った潤沢な魔力が僕の体内で渦を巻く。

 それでやることなど一つしかない。『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』。魔力を流し込み『支配』する。

 ただし、その対象はギルガースではない。奴を侵すには二感ではやはり力不足だ。

 僕が魔力を注いだのは、僕らの戦いを遠巻きに眺めていた二百名弱のニンゲンの兵士たち。普通のニンゲンであれば、僕の能力に抵抗もできない。少ない魔力で『支配』でき、残りを『強化』に使える。彼らにも血を流してもらおう。


「バークラフト! マサキ! ハーレル! ダヴィド! フリッツ! 指揮を執れ! 兵士は使い潰して構わないから!」


 五人の仲間たちには多目に魔力を注ぐ。彼らの意思は『支配』する必要がないため、注いだ魔力を丸々『強化』に回せる。


「できるだけ散らばるな! 個の力では【魔】に敵わなくとも、数的にはこちらが圧倒有利だ! 数で押し潰せ!」


 バークラフトが叫ぶ。士官たちの指揮にしたがって兵士が動く。


「ふん、今さらニンゲンごときを我輩にけしかけたところで……む?」


 飛びかかってきた兵を切り殺したギルガースが眉をひそめる。

 明らかにただのニンゲンの動きでないことに気づいたのだろう。速さも、力も。【英雄】ほどとは言わずとも、ニンゲンの領域は逸脱している。

 真っ先に斬られた一人の陰から、今度は二人の兵が同時に槍を突き出す。

 その片方を『柵のごとき剣』で防ぎ、もう片方は手にした『金剛不壊なる剣』で捌いて切り捨てる。

 死角から飛来した矢にも、『塞ぎ留める剣』を身の回りに展開して対処する。

 反撃せんと剣の檻を解いた時には、ギルガースの周りは多数の長槍兵に囲まれているが、【剣の魔】は動揺しない。四方八方から突き出された槍。逃げ場はない、と思われたが、ギルガースは地を蹴って宙を舞う。もちろん、【剣の魔】とて大空を舞う鳥ではない。兵士は落下してくる【魔】に槍を向けて待ち構えるが、奴は抜かりなく、『天駆ける剣』、八本。さらに『金剛不壊なる剣』までも投擲する。空から放たれた剣が地に足つけたニンゲンたちを串刺しにした。

 死体の上に降り立ったギルガースは愉快そうに笑う。


「なるほど、面白い。貴様の『支配』の魔法……いや、侵入させた魔力は『支配』に留まらず、『強化』までして見せるとは! 【侵奪の英雄】……侵し奪うどころではないなぁ! そも、貴様、本当に【英雄】か!?」

「……」

「ははは、愛想が無いな、優男! ほら、笑え! 楽しい楽しい殺し合いだろう!?」


 興奮を隠しもせず、ギルガースは叫ぶ。戦闘狂なのかなんなのか。

 いずれにせよ、奴のペースに付き合ってやる気はない。

 そして、戦力の分散投入は最愚策だ。数で奴を押さえ込めている今のうちに、僕らも出て奴を討つ。


「シェーナ。行こう。着いてきて」

「はい。ですがその前に、リューネ」

「なに?」

「私にかけた『隠蔽』を解いてください」

「……余計な気は回さないでよ」

「いいえ、こればかりは。リューネのその怪我の状態、無駄な魔力の消耗は避けるべきです」

「無駄じゃないわ。いま『隠蔽』を解けばギルガースに貴女が【神】であることが知れる。そうなれば……」

「あの【魔】は私を積極的に狙ってくるでしょう。はい、それでいいんです」

「シェーナ!」

「わかってます。別にリューネのためだけに言っているわけじゃありません。合理的な理由もあってのことです」

「理由……?」

「この中で一番速いのは私ですから。回避に長けるのも私です。私に敵の攻撃を集中させるのが最も効率的でしょう?」

「そんな危険な真似……!」

「リューネ。私は【神】です。【魔】を討ち、人を救う【神】です。もちろん、レウ様の【神】になると誓ったあの日から、私の一番は、レウ様です。ですがそれでも、【魔】に脅かされる人を差し置いて、ただ安全な位置に甘んじていることはできません」

「ッ……レウ……!」


 すがるような目で僕を見るリューネ。

 けれど、僕にできるのは肩を軽くすくめて見せることだけ。

 シェーナが自分の意思でそう決めたなら、僕から言えることはない。シェーナの【神】としてのスタンスには僕はもう口を出す気はない。


「……そう。そう、ね。わかったわ。なら、合図を出して。そのタイミングで解くわ。敵の意識を引くならその方がいいでしょう?」

「はい。ありがとうございます、リューネ」

「いいわ。……レウにああだこうだ言っておきながら、私もたいがい過保護だったわね。でも、その代わり。ちゃんと、無事に戻ってきなさい」

「もちろんです。私はまだ、レウ様の【神】として何も為せていませんから。こんなところで斃れるつもりはありません」


 リューネは口惜しそうに唇の端を強く噛む。この義姉(あね)は普段から悪ぶっているくせに、その実、世話焼きで責任感も強い。僕らの力になれない、と悔いているのだろう。


「安心してよ、リューネ。死なないことなら僕は昔から得意だ。シェーナもちゃんと守って戻ってくる」

「……ええ」


 不承不承、といった様子ではあったが、それでもここで駄々をこねるほど彼女は幼稚になれない。

 リューネはゆっくりと頷いて僕らを送り出す。


「今度こそ行こうか、シェーナ」

「はい」


 返事するが早いか、シェーナは魔法で自らのスピードを強化して駆ける。

 僕よりも遥かに速く、兵士たちの合間を縫って【魔】へと迫る。


「ふん、貴様か。『塞ぎ留める剣』よ!」


 檻の剣。

 先程同様、広く領域を取って確実にシェーナを捕らえる形。

 けれど、同じ手をそう何度も食らいはしない。


「『シルウェルの顎(とうさま)』っ!」


 彼女の胸元に魔力が集まる。

 ペンダントに姿を変えた【毒蛇の英雄】アルウェルト『シルウェル』が顕現する。


「なっ、【英雄】の『遺物』だと!?」


 顕れた真白な大蛇は、その大きな牙で地から生えようとする剣を咬み砕いてしまった。檻は完成しない。

 檻の領域を脱したシェーナはもうギルガースの間近、一歩の距離。


「『収束せよ、槍へ』」

「『剣』よ!」


 お互いに魔法で生み出した得物をぶつけ合う。

 槍の『爆裂』に警戒するギルガースだが、シェーナは構わず二手三手と刃を交わす。

 速さはシェーナの方が上だが、技巧ではギルガースに及ぶべくもない。周囲の僕に『支配』された兵士の援護と、さらに魔法によるフェイントも交えながら、シェーナはなんとか対等に【剣の魔】と打ち合う。

 そこに、本命の僕がギルガースへと接近する。

 腰に差したまま剣は抜かない。ギルガースの『我が身守る剣』はあのグラディー『コーウェン』ですら容易には突破できなかった堅固で隙のない守り。僕の力と剣技では奴に致命傷を与えることはできないだろう。

 ならば、僕の取りうる勝ち筋は一つ。『支配』だ。グラディー『コーウェン』から大量の魔力を奪い取った今の僕ならきっと出来る。

 けれど、二感では足らない。視覚、聴覚、そして触覚を侵し、三感。これで『支配』を狙う。つまり、僕の目的はギルガースに触れること。それさえできれば、十分勝てる。

 ギルガースを襲い続けている兵士を壁にして姿を眩ますようにしながらギルガースへ近づく。

 あと三歩。

 シェーナの槍がギルガースの頭上を薙ぐ。返しに切り上げられた剣の前に兵士が自ら躍り出て、命を散らしながら盾となる。

 あと二歩。

 剣と槍が打ち合う。一度、二度、三度。槍をいなした剣が貫いたのは『幻影』。前へ出た『幻影』と相反するように背後へ退いていたシェーナがバックステップのまま投げた槍は同時に展開された『(しがらみ)のごとき剣』に阻まれ、虚しく『爆裂』する。

 あと、一歩。

 気づかれていない、などというのは救いようのない驕りだった。

 当然のようにギルガースは僕を見、剣を放り捨てる。

 『万物を断つ剣』よ、と聞き覚えのない詠唱で奴の右手に現出した剣は、しかし見た目はこれまでのものと変わらない純白の刀身を持つ剣。

 それをギルガースは僕へ振るおうとし、


「リューネ!」


 シェーナの叫び声。合図。

 瞬間、ぱちん、とシェーナを護っていた『隠形』が消える。ついでに、彼女の髪を隠していた『幻影』も消え、白金(プラチナ)を鋳溶かしたような美しく輝く銀髪も露になる。

 代わりに解き放たれるのは、シエラヘレナ=アルウェルトの凄絶なまでに純で澄みきった【神】の気配。

 ああ、ずっとこの気配と共にあったから気づかなかった。『隠形』によって気配を隠していたことで、逆に感覚が研ぎ澄まされたらしい。村を出た頃の、僕には感知すらおぼつかなかったシェーナの気配とはまるで違う。強大で鮮烈。そうとわかっていた僕ですら思わず気をとられてしまうほどの、【魔】であれば意識せずにはいられないほどの、【神】としての存在感。

 戦いに慣れたギルガースには、一瞬程度注意を逸らさせるのがせいぜいかもしれないが、しかし、一瞬あれば十分。この一歩を詰めて奴に触れるのに、それだけあれば──


「ああ、【神】か。まあそうであろうな」

「ッ、なっ……!?」


 ギルガースは止まらない。

 動揺も躊躇もなく、ギルガースの振るう刃は一点の曇りすらも見せぬまま僕へ殺到する。

 防御の手段も、回避の手段も、何一つ用意していない。ただ奴に触れるためだけに伸ばしたこの掌も届かない。

 刃はもう目前に迫る。


(斬、られ……!)


 ぐぐい、と。

 脈絡もなく、背後から強烈な力が僕に加わる。方向は、背面へ。後ろへと強く引っ張られた。

 『万物を断つ剣』が僕の目の前ギリギリを通り過ぎていくのが、やけにスローモーションで目に焼き付く。

 ──世界の早さが戻る。

 皮一枚の距離でギルガースの剣を躱した僕は、引っ張られた勢いのままに背後へと数メートルもごろごろ転がる。


「『天駆ける剣』よ」


 追撃の剣には、兵士を壁として配置して防ぐ。

 ぐさり。土手っ腹から大きな剣を生やしたその兵は、しかし倒れることなく文字通りの死力でギルガースへ近づいていく。

 それをつまらなそうに見たギルガースは、無感動に『万物を断つ剣』で彼を切り裂いた。

 すぅ、となんの抵抗もなく。鋼鉄の鎧も、引き締まった肉も、固い骨も。その一切合切全てを、まるで熱したナイフでバターを切るように切り裂く。

 それはまるでグラディー『コーウェン』を切り殺した時の再現のよう。

 その光景を驚愕とともに目に収めながら、まずは、と僕はに礼を述べる。


「助かったよ、アルウェルト『シルウェル』。危うく死ぬところだった」


 そう、あの絶体絶命の危機から僕を間一髪助けてくれたのは彼、アルウェルト『シルウェル』だった。僕の服をつかんで引っ張ってくれたらしい。

 大蛇は、シュー、と息を漏らすような声音で返事をしてくれる。なんと言っているかはわからないけど。


「ふむ、仕留め損ねたか。自立稼動型の『遺物』。厄介なことだ。しかし、まあ、我輩の『万物を断つ剣』はお披露目できたな。どうだ? 素晴らしい切れ味だろう?」


 恍惚とした様子で自らが携える剣を見せびらかすギルガース。

 そちらも気にならないではなかったが、それ以上に意識を向けるべきことがあった。


「……なぜ、彼女が【神】だとわかった?」

「くく、我輩の『剣』の自慢に付き合ってくれる気はないのか? しかし、ふむ、まあよいか。教えてやろう。それはな、我が『【英雄】を殺す剣』よ」

「……お前の自慢に付き合う気はない」

「まあそう言わず聞け。貴様の疑問に答えてやろうというのだ。『【英雄】を殺す剣』の切れ味は、【疵の英雄】を切った時に知れていようがな、あの剣は【英雄】とそれに由来する全てを断ち切るものだ。いかに守りを固めていようと、いかに強固な肉体を持っていようと、それが【英雄】のものである限り、【英雄】の魔法である限り、我が剣はその一切合切を断つ。しかし、だ。我輩がその『【英雄】を殺す剣』を振るったにも関わらず……あの黒髪の小娘は両断されずに生き残った。有り得んことだ。故に気づいた。貴様らの正体は【英雄】ではなく他の……すなわち、【魔】か【神】ではないか、とな」


 それは恐ろしい話だった。『【英雄】を殺す剣』の切れ味自慢が、じゃない。

 ギルガースが語ったのは、ただの可能性だ。僕らが【神】かもしれない(・・・・・・)というだけの話。僕の『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』を見ているギルガースは、リューネが僕の『強化』を受けただけの人間である可能性だって考慮していたはずだ。いや、そちらの方がよほど可能性が高い。

 にもかかわらず、奴はシェーナが【神】としての正体を表しても微塵も動揺しなかった。

 小さな可能性も切り捨てず、あらゆる事態を想定する。言葉で言うほど簡単なことじゃない。奴と僕らでは戦いの年季がまるで違う。


「さて……それで、次は何をしてくれる? まさかこんな虚仮威しが奥の手とは言うまいな?」


 意気揚々と『剣』の自慢をしていたギルガースが一転、冷たい声で訊ねる。

 たらり、と冷や汗が一筋、僕の額を滑り落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ