082 友好と魔法と
今日も遅刻……。
来週こそは! 来週こそは!(フラグ)
「おいおい、ハウリー伯爵領内に【魔】? 俺たちがその当て馬にされて殺される? ……なんかお前が口開くたびにとんでもない話しか聞かされてねぇんだけど」
「ひどいなぁ、そんなこと……あるかも」
ラーネ=ハウリーとグラディー『コーウェン』の会話を盗み聞きした後、仲間の元に戻って事のあらましを話したら、そんなことを言われた。
確かに、今といい、さっき再会したときといい、少しばかりショッキングな話題が続いているかもしれない。その前は、と思い返してみれば僕が自分の正体を語ったときだし、さらに前は戦場だった。……うん、いっそ呆れたような調子でマサキが抗議したのもあながち間違いでもないかもしれない。
他の面々はマサキほど落ち着けてはいない。
さっきリューネと相対した直後に今度は真に脅威となる【魔】が現れて、恐怖したり安堵したりまた恐怖したりで混乱しているようだ。
それでも、マサキのどうでもいい文句は彼らに幾分かの余裕を取り戻させたようであった。
小さく息を吸って吐いたバークラフトが、皆を代表するように口を開いた。
「……それで? レウルはどうすんだ? あんだろ、対策」
「えー、僕頼み? 対策なんてないから全員死んでこーい、とか言ったらどうするのさ」
「それならそれでもいいさ。お前がそう言うなら、本当にそれしかないんだろ」
「っ……ああ、もう! 君たちは、僕を信じすぎだ!」
「仲間だからな。で? どうなんだ、実際」
「……考えはある。僕らでグラディー『コーウェン』を殺す。【魔】の対処はそのあとでいい」
「なるほど。元からラーネ=ハウリーは殺すって話だったもんな。グラディー『コーウェン』に関しても遅かれ早かれか」
「ああ。それに、やつの殺害自体はそう難しくない。僕、シェーナにリューネ、それに僕の力があれば君たちだって戦力に数えられる」
「俺たちが【英雄】相手に!?」
「戦える。僕の力を分け与える魔法はヤリアから逃げたとき、体感しただろ? 確かハーレルとダヴィドは実際にそれでヴィットーリオと戦ったよね?」
「ああ。自分の体じゃないみたいによく動いたのを覚えてる」
「ってその話初耳だぞ! お前ら、あの赤髪の【英雄】と戦ったのか!?」
「……ん。ごめんな、黙ってて。あのとき、俺には力があったのに……みんなの仇を取れなかったから。話しづらかった」
「ダヴィド……」
「バーカ。んなこと、気にすることじゃない。考えてもみろ、本物の【英雄】のアークだってあのヴィットーリオ『ロゼ』を討つことは難しかったんだ。その力の一部を借りただけのお前が、そんな簡単に【英雄】を殺せるかっての」
「……ああ。サンキューな、マサキ」
ダヴィドは、マサキの慰めに何と返すべきかわずか逡巡するようなそぶりを見せたものの、素直に礼を言った。
それにしても、今のマサキの話で思い出したけど、僕ってば、実は【英雄】じゃなくて【魔】だってこと、みんなに話しそこねてた。リューネのことも受け入れてもらえたし、隠す理由も最早ないんだけど……まあ、今じゃなくたっていいか。
「しっかし、そうなると俺たちは連れていく部下も選ばなくちゃなんないな。俺たちに忠実なやつがいい」
「うーむ、そうは言っても……。なあ、レウル。お前のこととかが、もし兵卒にバレたらどうする?」
「んー、まあ殺すかな。流石に、信用できない輩に知られて生かしてはおけるほどの余裕はないし」
「だよなぁ……。そうなると信頼できる部下はむしろ残す方が良くないか?」
「つまり連れてくのは死んでもいい部下にするってことか? うっわ、人でなしの発想だぞ、それは」
バークラフトが漏らしたセリフにハーレルがヒき気味に言う。
そんなにおかしな発想だろうか? リスクがあるのだから、死んでほしくない仲間よりも別に死んでもいい仲間を選ぶのは当然のことだと思うのだけれど。
「あー、いや、そんなつもりじゃなかったんだが」
「アークのする発想だ、アークの」
「マジかよ……。コイツの影響が……」
「そこでそんな絶望的な声出すのは止めて欲しいなぁ!?」
本気で愕然としたようにバークラフトに言われた。そんなにイヤか、僕の影響。流石の僕もヘコむ。
「ま、誰を連れていくかは各々の裁量で決めりゃいいだろ。マサキもバークラフトもよ。レウル、それでいいだろ?」
「ああ、人選は君たちに任せる。っと、そうだ。話は変わるけど、僕たちいま宿無しなんだ。部屋を貸してくれたりしない?」
「ああ、それなら傭兵部屋が今の時期は空いてるはずだ。あそこの管理は俺たちが完全に握ってるから、隠蔽も任せろ。マサキ」
「はいはい。案内するから、着いてこい」
「ありがと。みんなも、夜分に集めて悪かったね。もう寝ていいよ。今後はこのまま【魔】の討伐が始まるを待つ」
「了解。じゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「いい夜を」
「おやすみなさいませ」
夜の挨拶もそこそこに、マサキに先導されて融通してもらった部屋へと向かう。
ふと、思い出したようにマサキが口を開いた。
「……そういや、アーク」
「ん?」
「お前、ウチの妹になんかしたか?」
「妹? マユミに? うーん、特に心当たりはないなぁ。デートしたのもあの一回だけだし、あの日も別段何事もなく終わったし」
「デート?」
ぽろりと溢した僕の一言を耳聡く聞き留めたリューネが、じろりと僕を睨みながら低い声で問う。しまった。これはシェーナとリューネには内緒にしてたんだった。
「あー、マユミがどうかした? 彼女に何かあったのかい?」
「まあ大したことじゃないんだが……。王都に帰って、あいつに会ったとき、ヤリアでのことを少しだけ話したんだ。その時に、お前もヤリアで死んだ、って檀には伝えたんだけど、それがずいぶん堪えたみたいだったからさ。実はなんかあったのかも、ってな。……流石に、あいつに本当のことを言うわけにはいかないよな?」
「ああ。彼女には悪いけどそれは。マユミが信用できないって訳じゃないけどさ」
「わかってる。俺もあいつを戦いに巻き込んだりはしたくない。……っと、部屋はここだ。ちゃんと寝ろよ」
「君は僕の親か! おやすみ、マサキ」
「おう。あ、シエラさんと……リューネ『ヨミ』、さんも、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、マサキさん」
「はいはい、おやすみなさい」
二人とも挨拶を交わし、マサキは来た廊下を戻っていく。
廊下に人気はないが、すぐに部屋に入った方がいいだろう。
あてがわれた部屋は、そう広くない部屋の左右の壁に沿うように二段ベッドが一つずつと、ベッドの奥側に小さな作業机が一つあるだけの質素な部屋だった。ルミスヘレナの村を出て以来、こういう部屋は初めてだったかもしれない。本来はこれを四人で使うのだと思えば、僕たちはむしろ贅沢している方だろう。
部屋に入ってすぐ、シェーナとリューネは何らかの魔法を施している。おそらく盗聴防止の『音声阻害』あたりだろう。
「それにしても、良かったよ」
「なにが?」
「君が仲間たちと普通に挨拶できるくらい仲良くなれて、さ。正直、ちょっとだけ心配してた」
「……そうね。彼らがあそこまで呑気だとは思わなかったわ」
「あはは、嬉しかったくせに」
憎まれ口を叩くリューネをからかう。彼女は何も答えなかったが、僕はこの露悪的な【魔】がその実、ニンゲン好きであることを知っている。そうでなければ、いきなり住み処に現れた二人の子供の面倒をみたりはしない。
「……そんなことより、私は貴方がマサキの妹とデートしてたとかいう話の方が気になるわね?」
「くっ、誤魔化せてなかったか……」
「誤魔化されないわよ。ほら、シェーナも聞き耳ばかり立ててないでこっち来て」
「き、聞き耳を立ててはいませんが」
口ではそういいながら、しかしシェーナはすすす、とこちらに寄ってくる。興味津々の様子。逃げられそうにはない。
「別に、マユミとはなにもしてないよ! 一緒に出かけて、お茶して、お昼食べて、ちょっと散歩して、それだけ!」
「本当に? 誓って?」
「ああ、誓って!」
本当に、マユミとはなんの関係も持たなかった。二人が怒るかもな、と思ったというのもあるが、マユミに不義理を働けばマサキが本気で怒り狂うのは目に見えていたからだ。
……こうして会うこともできなくなってしまった今思えば、ちょっともったいなかったかな、なんて考えているのは悟られてはならない。
「……いいわ、信じてあげる」
ホッと安堵の息をつく。
なんだかんだ言って、リューネは昔から僕らに甘い。真摯に訴えれば信じてくれる。
……まあそれはそれとして、不平は言っておこう。もっと甘くなるかもしれないし。
「リューネは僕の交遊関係に厳しすぎるよ……」
「あら、私は貴方のお姉ちゃんだもの。厳しくもなるわ」
そういうものなのだろうか。僕とアイシャは普通の姉弟とはあまり言い難い環境に長らくあったから、普通はどうなのかはよくわからないのだけど。
「あの、でしたら、リューネ。私も少し甘えてもいいですか?」
「! ええ、ええ! 喜んで! シェーナからそう言ってくれるなんて、嬉しいわ! 好きなだけ甘えてちょうだい! 何をしたらいいかしら!? とりあえず、今夜は一緒に寝ましょうね! 子守唄とか唄ってあげるわよ!? それともお伽噺の朗読とかの方がいい!? ええ、任せて! ナローセルのネーランで昔から語られてるとっておきが……」
「リューネ、落ち着きなって」
「むぎゅ!」
シェーナが放った、甘える、というたった一言に明らかに正気を失ったリューネの口を僕の右手で無理矢理塞ぐ。
シェーナもドン引きしているじゃないか。
「あ、ええと、甘える、と言ったのはそういう意味ではなくて。リューネに魔法を見て欲しかったんです」
「魔法……。こほん。ええ、もちろん、分かっていたわ。……本当よ?」
多少クールダウンしたらしいリューネが取り繕うように言い足した。
正直、アレを言い繕うのは無理ってものだけど、僕もシェーナもそこを追及するほど意地悪くはない。
「見てほしい魔法というのは、私がヤリアで手に入れた魔法のことです」
「ああ、あのシェーナが体を乗っ取られたっていうときの?」
そう、僕もヤリアを離れた後、みんなと別れてアジトについてからようやくシェーナから聞いた話だったのだが、なんと彼女、あのマリアン『センショウ』との戦いの最中、何者かに身体を乗っ取られる、という怪現象に遭っていたというのだ。
得体の知れない誰かに身体を乗っ取られるなんて一大事ではあるのだが、当のシェーナ本人が、大丈夫だと思います、なんて楽観的だったことと、心配ではあっても僕にシェーナの身体を調べたりするような技術も能力もなかったことから、なんとなくこれまでなあなあになっていた問題だった。もちろん、リューネにも合流した際に情報共有をしたのだが、彼女でもシェーナの身体の異常は見つけられなかった。
そして、この事件にはもう一つ、不可解で重要な点があった。
シェーナの身体を乗っ取った何者かは、彼女の身体で動いたり喋ったりするに留まらず、魔法を使ったのだという。しかも、シェーナ自身も知らない魔法を。
「はい。私が自分で調べてもなにもわからなくて。リューネにも見てもらいたいんです。いきますね……『加速』」
ぶお、とシェーナから放たれた魔力が彼女を包むようになにかしらの魔法を発動した、と僕にわかるのはここまでだ。
僕自身の能力については、何度も使ったおかげかそれなりに扱えてきているが、汎用の魔法に関してはてんでさっぱりなのだ。
「ふん。ふんふんふん。これは……速度を上げる魔法なのよね? 『高速』とは違ったメソッドの」
「はい。あの後も自分で何度か使いましたから、効果に関しては間違いないと思います」
「ええ、そこまではわかるわ。『何か』のスピードを……歪めて? いえ、上書きして? わからないわね……。ううん……ええと……ここの魔法式がこっちに……いえ、それだとこの部分が浮いちゃうから……」
リューネは魔法を見たりところどころ触れたりしながらうんうん唸っていたが、しばらくして、
「あー、降参! わからない! ごめんなさいね、無理だわ」
「リューネでも駄目でしたか……。ありがとうございました」
「力になれなくてごめんなさいね。ただ……その魔法自体はたぶん、シェーナの力よ」
「私の、ですか?」
「ええ。夜の私でも読めないレベルの魔法、見よう見まねで使うのはいくらシェーナでも無理。技量じゃなくて、魔力が足りないもの」
「……どういうこと? シェーナには使えないのに、シェーナの魔法?」
「使えないのは、普通の魔法なら、よ。ほら、あるでしょう? 強力な魔法を、少ない魔力消費で使う方法」
「……! 固有魔法か! 僕の『支配する五感』や、君の『夜』の強化と同じ、超常存在各々の持つ特別な魔法! その『加速』が、シェーナにとってのソレってこと?」
「『加速』がシェーナの固有魔法の全てなのか、あるいはあくまで固有魔法の一部分に過ぎないかはわからないけど。私の勘では後者ね。その魔法単体では読めないパラメータが多すぎるもの」
「固有魔法……。私の」
シェーナはちょっと嬉しそうに、またどこか緊張したような調子で呟いた。
【神】としての成長は、シェーナが幼い頃から目指していたことだった。感慨もあるし緊張もしよう。
「……そうね、隠しても仕方ないわ。ねぇ、シェーナ。貴女の【神】としての力は、間違いなく増大している。ヤリアから戻った貴女を見たときにすぐ気づいたわ」
「! そう、ですか。……レウ様は?」
「まったく気づかなかった」
「レウはそもそも魔力への反応が鈍い上に、【神】への反応も薄いから。しょうがないわね」
リューネが僕を茶化すと、シェーナはくすくすと笑った。釣られて僕も、ひどいなぁ、なんていいながら笑った。
…………シェーナの【神】の力が増すというのは。
すなわち、彼女が真の【神】に覚醒し、【魔】の敵対者となる時が近づいているということだ。
本当にそうなるかはわからない。
僕にも、シェーナにも、リューネにも、誰にもわからない。
それでも、その時きっと僕らの想いは一つだった。それを理解しながらも、そんなことにはさせない、と全員が強く強く想って、願って、決意していた。
……この世界がそんなに優しくないと、僕はよくよく知っていたはずだったのに。
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