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080 紹介と友情と

遅刻して申し訳ないです。

「で、話ってのは?」


 レウルの指示通り、士官学校時代の連中を俺の部屋に集めた俺は、レウルに話を始めるよう促した。

 ハーレルとダヴィドも困惑と緊張、それに少しの好奇心を感じているようだ。レウルがこんなすぐに俺たちのもとに来るとは思っていなかった。フリッツとマサキはいつもの無表情に能天気顔だが。


「ま、大したことじゃないんだけど……ラーネ=ハウリー伯爵を殺そうと思ってね」

「いや大したことあるだろ、それは。なんだ、政争の上で邪魔なのか?」

「ううん、そうじゃなくて個人的な恨み。あの傭兵団を派遣したダリウス=グラスの上はラーネ=ハウリーらしいからね」


 レウルが独り言のように呟いた。傭兵団というのはよくわからなかったが、ダリウス=グラスという名前には聞き覚えがあった。

 士官学校でしばしば衝突していた、いけ好かない貴族野郎、ユリウス=グラスの父親で、当のユリウスに殺された、という風な噂を聞いていた。しかし、このレウルの口ぶり。


「もしかして、ダリウス=グラスを殺したのは……」

「ああ、僕だ。ていうか、なんならユリウスを殺したのも、イール=ドバやネイト=カールスキーを殺したのも僕だよ」

「マジかよ……」


 ダヴィドが唖然としたように呟く。俺たちは別にユリウスやその取り巻きと仲が良いわけでは無かった、というか仲は悪かったが、学園でもそれなりに話題になった貴族殺しの犯人がずっとそばにいた友人だったというのは十分驚くに値することだろう。


「ま、田舎で静かに暮らしてた僕がこうして出てきたのもダリウス=グラスに襲われたからみたいなものだしね。あ、ちなみに、イール=ドバとネイト=カールスキーはラーネ=ハウリーの縁者だよ。グラス男爵家に影響を与えるために派遣された人員だ」

「あー、なんかそういうの貴族って感じするわー……」

「あはは、建前上政治が禁止されてる軍でもこのザマだからねぇ。で、話を戻すけど、ラーネ=ハウリーを殺すためにやつの戦力が知りたいんだよね」


 軍の政治利用に関しては、お前が言うな、という気はするが。まあどうでもいい。どのみちクントラ中佐は政治的な動きもしているようだし、そもそもそんなことわかっていてレウルに仕えると決めたのだから。


「ああ、俺の知る範囲だとハウリー伯爵は【英雄】をひとり抱えてる」

「【(きず)の英雄】グラディー『コーウェン』?」

「よく知ってるな。流石は王子ってことか?」

「うーん、これはあまり関係ないかな? 固有魔法……【英雄】の能力とかはわかる?」

「全然。戦うのを見たこともない」

「ここは前線でもないしね。けど、僕にとって一番怖いのは、敵を殺し漏らすことだ。僕らによるラーネ=ハウリー殺しが外にバレるのが一番まずい」

「つまり留意すべきは、【疵の英雄】を確実に殺すことと、俺たちの知らない【英雄】が実は居やしないか、ってことか」

「そういうこと。前者はリューネが居るからどうとでもなる。問題の後者は、しばらく様子見するしかないね」

「なあ、アーク。リューネって誰だ? 新しい仲間か?」


 聞き覚えのない名前にマサキが疑問を呈する。

 俺たちの知るレウルの仲間は、シルウェさんことシエラヘレナ様と、ヤリアの救援に来た【岩石の英雄】ツトロウス『メイ』だけ。レウルの口ぶりからして、強力な【英雄】か誰かなのだろうか。


「ああ、そっか。みんなには彼女の紹介はしてなかったね。新しい仲間、とは違うな。古い仲間? ヤリアの時は、別の用事を頼んでたから居なかったんだ。リューネ」


 指をパチンと鳴らし、レウルが虚空に呼びかける。

 すると、何もなかったはずの中空に突如、靄のような暗闇が現れた。その黒い霧は、大気に溶けていくかのように拡散し、薄まっていく。

 数秒後、霧が晴れきったあとには、十を少し過ぎたくらいと思われる少女が一人、不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 恐ろしいほどに美しい少女だった。シエラヘレナ様のような、神々しさと触れ難さを感じるような美貌とは違う。得体の知れない恐怖と、しかし否応にも惹かれざるを得ない、そんな魅力を兼ね備えている。まさに魔性の美しさ。


「子供……?」

「あら、ご挨拶ね。(なり)はこれだけど、これでも百年以上を生きる【魔】なのよ?」


 少女が言った言葉をすぐには理解できなかった。

 【魔】?

 【魔】と言ったのか?

 そんなもの、【神】と同じく伝承の中でしか聞いたことのないような人外だ。けれど、目前の少女にはその突飛な宣言すらも信じさせる、不可思議な圧力がある。

 【魔】。それは、【神】の殺害者にして人間の殺戮者。最悪の災厄。人の身には抗い得ぬ脅威。それを討ち滅ぼし、【英雄】になることなど叶わない。およそ、奇跡でも起こらない限りは。

 きっと、少女が腕を軽く振るだけで俺たちを殺せる。足を踏み鳴らすだけで俺たちを殺せる。

 絶望が、心から漏れだして臓腑に染みる。手足に感染する。

 逃げ出そうとしても、足が震えて動けない。心根までもがくじけて折れそうになる。

 それでも、俺は死ねない。死んでいった仲間たちに報いるまでは──


「リューネ」


 ぽん、とレウルが馴れ馴れしく少女の肩に手を置いて名を呼ぶ。


「あんまり僕の仲間たちをいじめないでよ」

「そんなつもりはなかったのだけれど」


 レウルにそうたしなめられた少女は、どこか困ったような、あるいは申し訳なさそうな、そんな表情でこちらを見遣る。

 それはとても、恐ろしい殺戮者が見せるものではないように思えた。

 少女は小さくため息をついて、俺たちに向き直る。


「ごめんなさいね、怖がらせたようで。改めて、はじめまして。私の名はリューネ『ヨミ』。【夜の魔】、とも呼ばれるけれど。安心して。私はレウの仲間よ。私はこの子のために、力のすべてを注ぐ。心のすべてを捧げる。もちろん、同じくレウの仲間である貴方たちに危害を加える気もない」

「リューネ『ヨミ』……」

「ええ、仲良くしましょう。バークラフト、でいいのよね? 貴方の名前」


 【魔】の少女──リューネ『ヨミ』が差し出した右手を、本能からくる恐怖を押し殺しながらおずおずと握った。


「あ、ああ……。こいつらが右から、ハーレル、ダヴィド、フリッツ。それと……」

「マサキだ。俺はマサキ=ニシキギ」

「ああ、貴方が変わり者のマサキ=ニシキギ。レウからよく聞いてるわ」

「って、お前は俺をなんて紹介してるんだよ」

「あはは、いやいや、事実でしょ。ねぇ、みんな?」

「まあ、マサキは確かに」

「変わり者ってか、変に常識がないよな、マサキは」

「俺は他の奴らほど付き合い長くないが、マサキが変わり者なのはわかる」

「変人」

「くそう、どいつも揃いも揃って!」


 マサキの嘆きに、緊張していた俺たちから思わず笑いがこぼれる。見れば、リューネ『ヨミ』までもくすくすと笑っているではないか。

 少し、緊張がほぐれる。マサキが意図したわけではなかったろうが──というか、この男は【魔】が何かもわかってないんじゃなかろうか。金髪が貴族のものだというのも知らなかったくらいだし、ありうる──それでも、マサキのおかげで気が楽になったのは事実だ。


「サンキューな」

「ん? 何がだ?」

「なんでも。ところで、レウル。シルウェさ……じゃない、シエラヘレナ様は?」

「いるよ。シェーナ」


 先ほど、リューネ『ヨミ』を呼んだ時のようにレウルは宙に呼びかける。

 すると、まさしく先ほどと同じように、何もなかったはずの空間から突如、滲み出すように銀の髪をきらきらと輝かせる【神】の少女が現れた。驚いたことに、俺が初めて彼女を見たときと同じ、メイド服を纏っている。あの場限りの偽装ではなかったらしい。王子とはいえ、【神】に使用人をさせるとか、この男はどんな神経をしているのだろう。

 現れたシエラヘレナ様は俺を見て、


「そのように呼んでいただかなくとも。シルウェでも、シエラヘレナと呼んでいただいても構いません」

「い、いえ、そんな、畏れ多い!」

「そう、ですか。私も無理にとは言いませんが……」

「シェーナは村でそう呼ばれてた頃から、様付けで呼ばれるの好きじゃなかったよね。どうして?」

「……私は母さまと違って、何ができるわけでもありませんから。【神】として敬われるべきではありません」


 シエラヘレナ様が首を横に振ってレウルの質問に答えた。

 横で聞いていた俺には、それは極度の過小評価に思えた。【累加の英雄】を撃退した彼女がなにもできないというなら、俺たちはどうなってしまうのか。とはいえ、俺はシエラヘレナ様とレウルが『村』に住んでいたという頃のことも、【女神】だというシエラヘレナ様の母親のことも知らない。そんな部外者が口を出すべき話ではないのだろう。


「ええと、それなら、シエラさん?」

「はい、そのように呼んでくださって結構です、マサキさん」


 マサキは照れくさそうな、けれど嬉しそうな笑みを浮かべた。


「で、本題だけど、ラーネ=ハウリーのことを教えて欲しいんだ」

「ああ、そういう話だったな。ここの砦に来たってことは、この砦がハウリー伯爵に牛耳られてるのは知ってるのか?」

「いや、初耳。ここには本当に君たちに会いに来ただけだったんだ」

「んじゃそっからか。普段この砦に居るのは伯爵の代官なんだが、毎週の水の曜日だけ、ラーネ=ハウリー本人が側近を伴って砦に来る。【疵の英雄】グラディー『コーウェン』が来るのもこの日だ」

「水の曜日、って今日じゃん!」

「だな。この時間ならまだ居るかもしれない」

「向こうから出向いてきてくれてるなんて、暗殺には最高のチャンスじゃないか!」

「調査の期間はどのみち必要だから、すぐに殺すって訳にもいかないわよ。最低でも来週以降でしょうけど……。様子くらいは見に行ってみましょうか?」


 こともなげに、リューネ『ヨミ』は言ってのける。

 【英雄】の感覚能力は人間などと比べ物にならないほど優れている。しかも、レウルたちはこの砦にいないはずの人物。【英雄】に見つかったらまずいことなど言うまでもない。


「え、【英雄】の!? 大丈夫なのか、それ!?」

「リューネなら大丈夫さ。けど、せっかくだ。僕も連れていけるかい?」

「貴方も? まあ『隠形』で姿を隠して、『隠蔽』で魔力を隠せば平気だと思うけれど」

「なら、私も一緒にお願いしていいですか?」

「ええ。じゃあちょっと行ってきましょうか。バークラフト、【疵の英雄】がどこにいるかはわかるかしら?」

「あ、こ、このフロアの一番奥の部屋にラーネ=ハウリーと一緒にいる、と思うけど」

「ならとりあえずそこね」

「あ、一時間足らずで戻ってくるつもりだから、みんなはこのままここで待ってて」

「あっ、ちょ、レウル!」


 リューネ『ヨミ』が二人に小さく指をかざす。瞬間、空気に溶けるようにレウルたちの姿は見えなくなった。

 俺の口から思わず飛び出た制止の言葉も、三人が姿を消した虚空に空しく消えていった。


「……俺たちはどうすりゃいいんだ?」

「そりゃ、待ってろって言われたし、待ってりゃいいんじゃないか?」

「俺の部屋で? お前ら全員が?」

「お前の部屋で、俺たち全員が」

「……まあ、いいか。レウルのやつも元気そうだったし」


 俺が嘆息してそう言うと、他のやつらは小さく笑った。

 ふと、ダヴィドが口を開いた。


「それにしても、驚いたよな」

「何が?」

「いろいろさ。【神】とか【魔】とか、ユリウスとグラス男爵殺害とか、あとユリウスの取り巻きがハウリー伯爵の手の者だとか」

「あー、それな。ユリウスの時とか、俺とバークラフトは直接アークと話したんだぜ? けど、全然そんなそぶり無かったよな」

「レウルのやつはきっと、俺たちとはずっと違うものを見てたんだろうな……」


 俺たちはずっと気づかなかった。

 ダヴィドのセリフが胸に堪える。

 しん、となんとなく場が静まってしまう。

 沈黙を破ったのは、人一倍科目なフリッツだった。


「でも、それもここまで」

「……だな。あいつが俺たちを仲間だって言う以上、これ以上離れはしない。させない。あいつの見てるものを見て、あいつの戦ってるものと戦う」


 それは、俺たちだけの決意。

 【英雄】にも【神】にも【魔】にも、到底太刀打ちできないような弱い俺たちだけれど、それでも。

 五人は自らの拳をお互いのそれに力強く打ちつけた。

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