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008 母と娘と

  『王になる』。

 僕のその宣言を聞いた三人の反応は様々だった。

 やはりと言うべきか、最も感情をあらわにしたのはシェーナだった。なんでですかどうしてですか嫌です考え直してください、と僕に涙目ですがりつきながら懇願する様子には思わず心変わりしそうになったが、すんでのところで踏ん張った。……どうでもいいが、このところの異常事態続きのせいで、彼女が感情を露にするのがなんだか珍しくなくなった気がする。その良し悪しは僕にもわからないが。

 逆に、最も落ち着いていたのはルミスさんだ。この人は一言、そう、とだけ言うと賛成とも反対とも言わなかった。きっと僕が王子犯人説を言い出したあたりから薄々察していたのだろう。

 そして、僕が一番驚かされたのはリューネだ。なんと彼女は、王になると宣言した僕についてくると言ったのだ。流石に悪いと一度は断った僕だったが、彼女は力を与えた自分にも原因があると言って引かない。とはいえ、彼女ほどの戦力は喉から手が出るほど欲しいのは事実。結局、僕が折れる形でリューネは僕と一緒に行くことになった。


「……それで、いつごろ発つの?」

「明日には」

「は、早すぎます! なんでそんな……」

「僕は他の王子たちに比べて十年もの遅れがあるんだ。今から王位争いを始めるまでにだってやっておかなくちゃいけないこともある。一日でも早く動かないと」

「……そういうことなら、私は今日一日準備に充てさせてもらうわ。ルミスヘレナ、もう話は終わりでいいのかしら?」

「ええ。……ねぇ、リューネ『ヨミ』」

「なに?」

「……レウル君をお願いしてもいい?」

「もちろんよ。任せて頂戴」


 そう言って、リューネは霞のように姿を消した。

 こんな面白い魔法もあるのか、と感心してると、


「そういうわけだから、レウル君ももういいわよ。明日もう発つならあなたこそ準備があるでしょ?」

「僕は一応この一週間で大体済ませてますけど……そうですね、ちょっと村のみんなに挨拶してきます」

「レウ様! 私の話はまだ……」

「シエラちゃんはちょっと残ってちょうだい。話があるから」


 ルミスさんのアイコンタクトを受けて、僕は大人しく席を外すことにした。シェーナが引き止めようとするが、ルミスさんがそれを遮る。

 その隙に、僕はそそくさと家から逃げ出した。


  ◆◇◆◇◆


「……母さま、そのお話というのは今じゃなくちゃいけませんか?」

「ええ。大事な話よ」

「……わかりました。話してください」


 レウル君を追おうとするシエラちゃんを引き留めると、案の定の反発が帰ってくる。

 しかし意外にも、あまり食い下がってくることはなく、半ば浮いた腰を大人しく椅子へと落ち着けた。


「お母さん、シエラちゃんのそういう素直なところはとってもいいところだと思うわ」

「な、なんですか、急に……」


 頭を撫でながら誉めると、シエラちゃんは困り顔で照れくさそうにそっぽを向いてしまう。

 我が娘ながら可愛らしい、と温かい目でシエラちゃんを見つめているとジト目で、話とやらを早く始めろ、と急かしてくるため私は慌てて話し始める。


「話っていうのはね、あなたの『神性』──神の部分の話よ。知っての通り、あなたは【神】の私と人間のお父さんのハーフ。だから生まれた時のあなたには、『神性』と『人性』の両方が備わっていたわ」

「でも、人間と【神】では存在の強さがまるで違いますから、本来なら成長とともに『神性』が肥大して『人性』は失われていくはず、ですよね?」

「よく勉強してるわね。その通り。一応シエラちゃんに関しては、お父さんのアルがただの人間じゃなくて【英雄】だから、彼の【英雄】としての因子は受け継がれるけど、大筋はその通りよ」

「でも、私の体は明らかに人間のそれです」

「そ。その原因が私。あなたが産まれたときに、お母さんはあなたの『神性』に封印をかけたのよ」

「なんのためにですか?」

「シエラちゃんが人間の中で生きていけるように。彼らと共に生き、彼らと共に死ねるように。【神】になったら寿命はなくなっちゃうから」


 そこまで一気に喋り、シエラちゃんに一度考える間を与えるために一息をついた……のだが、彼女に驚いた様子はなく、むしろ得心がいった、という感じだった。

 よく考えてみれば、リューネ『ヨミ』の一件から超常存在について深く調べていたシエラちゃんなら自身の『神性』が封印されていたのは気付いただろうし、また身の回りにいる人物でそんなことができそうなのは私くらいだ。とすれば、このことも十分に予想の範疇だったのかもしれない。


「母さまの気持ちは嬉しいですし、私のことを考えてやってくれたことだというのもわかってます。でも……」

「そうね、わかってるわ。話の本題はむしろここから。つまり、リューネ『ヨミ』が大切な友達になって、なによりレウル君が【魔】になった今、シエラちゃんが生きるべき世界は人間の世界じゃない。【神】と【魔】の、あなたが本来いるべき世界に戻る必要がある」

「なら、母さまのお話っていうのは……!」

「ええ。シエラちゃんの『神性』にかけた封印を解くわ。……だけど、一度封印を解いてしまえば元の、つまりは今のニンゲンには戻れない。それでもあなたは……」

「大丈夫です。お願いします、母さま」


 迷いのない瞳でまっすぐ私を射抜く。

 私にはない思いきりの良さ。惚れ惚れするほどだ。だからこの眼はきっと、アルの遺伝。

 不覚にも亡き夫の面影が娘に重なり、つい吹き出してしまった。


「もう、さっきからじっと見つめてきたり、急に笑ったり。母さま、変ですよ?」

「あはは、ごめんなさい。つい、ね。でも、そう。迷いはないのね?」

「レウ様やリューネと一緒に居たいですから」


 きっと、この子はそう言うと思っていた。

 シエラちゃんにとって、最早二人はかけがえのない存在だから。

 でも、それでも。


「彼らは【魔】で私たちは【神】。たとえ理解し合えたとしても、いいえ、理解し合えるからこそ。私たちはそれを忘れてはいけないわ」

「封印を解けば、私の『神性』が二人に牙を剥く、ってことですか?」

「解いてしばらくは『人性』も残るだろうけど、そのうち完全に『人性』が喰らい潰されたころが問題ね。……止めるなら、今のうちよ?」

「止めません。私は二人に置いていかれたくないですし、二人を置き去りにしたくもないです」

「なら最後の確認もこれで終わり。今から封印を解くわね」


 と言っても、実際のところは私も最初から封印を解くつもりでいたため、その準備もほぼ完了していた。

 最後に残った行程は、簡単な魔法を一つ発動させるだけ。シエラちゃんの気持ちのほども確かめた今、それを躊躇う理由はどこにもない。

 指先に魔力を集め、パチンと指を弾くのと同時に『解呪』の魔法を発動させた。これで、十五年前に私自ら娘に施した『封印』の魔法は完全に破壊された。


「はい、おしまい。もう後戻りはできないわ」

「……あんまり、変わった感じがしません」

「かもね。あくまで封印を解いただけであって、すぐさま【神】になるわけじゃないから。けど、そう長くはかからないわ。本来ならシエラちゃんはもう完全な【神】になっていてもおかしくない年だもの。封印の反動のように通常以上の早さで『神性』は成長するはず」

「わかりました。……あの、ところで、母さま」

「なぁに、シエラちゃん?」

「その……私も母さまみたいに魔法が使えるようになりますか?」

「どうかしら。超常存在でもその辺はちょっと才能の問題があるから……。でも、お母さんの娘なんだから遺伝的には十分よ!」


 お母さんなら先生もしてあげられるもの、と私は朗らかに娘に告げたが、シエラちゃんの反応は芳しくない。それどころか、表情はむしろ難しくなる。

 私が言った才能の有無を気にしている……ようにも見えない。

 一体どうしたのか、と私が首をかしげているとシエラちゃんは覚悟を決めたように顔を上げ、


「母さま、私もレウ様についていきたいんです」

「ああなるほど、そういうこと……」

「あ、あの……? 怒らないんですか……?」


 私の反応が思いの外大人しかったからか、シエラちゃんはおずおずと問いを投げてくる。

 確かに、本当なら怒るべきセリフだったのかもしれない。

 王宮の王位争いというのはとてつもなく恐ろしいものだ。かつて、そこを生き延びてきたレウル君が【魔】としての力を手にし、リューネ『ヨミ』という途方もない助力を得てなお、彼が一日の余裕すらないと語るのがその熾烈さを物語っているし、つい一週間前のシエラちゃんの誘拐事件がレウル君の推理通り王位争いに絡むものだとすれば、その危険性も言わずもがなだ。そんなこと、昔からレウル君の話を聞き、つい先日危機に直面したこの子なら誰よりも知っているはずだ。

 私とてその本質の部分は知らないが、今しばらくはほとんど人間と変わりりないような少女が飛び込むような場所でないのは明白で、しかもそれが実の娘とあれば、親としては絶対に止めなけばならないのは間違いない。

 しかし、彼女のこのセリフを聞いた私の胸に訪れたのは、心配や不安などといった感情すら押し退けた、ただただ純粋な感心だった。この子は自分の愛する人たちのためにここまで真剣になれるのか、と不思議な感動すら湧いてきた。

 そしてまた私自身、娘がこういったことを言い出すことを頭のどこかで予期していたのかもしれない。


「か、母さま……?」

「……仕方ないわね。可愛い子には旅をさせよ、って言うわけだし」

「い、いいんですか!?」

「ダメって言ったら、レウル君にすら内緒でついていったりするでしょう? それで変に首を突っ込んで危ない目にあったりするのよ」

「う……! い、いくら私でも、そこまではしませ……しな……き、きっとしないと、思います……」

「うそ。まあそうならないためにも、お母さんが王位争いについて知ってるだけのことは教えておいてあげる。それと……」


 一度、目線を手元に落とす。

 その先にあるのは、テーブルに置いてある真っ白な牙を加工したネックレス。

 私にとっては子供たちの次くらいには大事なものだ。私はそれをこの家族会議に特に理由もなくなんとなく持ち出したと思っていたが、それは私が娘のこの選択を予期して彼女に渡すためだったのかもしれない。


「これ、あなたにあげるわ。できるだけ、肌身離さず持っていなさい」

「牙のネックレス、ですか? なにか、特別なものなんですか?」

「うふふ、とっても特別なものよ。平たく言えば護身用だけど……そうね、細かいことはリューネ『ヨミ』に聞けばわかるはずよ。ああそう、リューネ『ヨミ』と言えばさっきの魔法の話だけど、先生は彼女にお願いするといいと思うわ。彼女も固有能力以外の魔法にとても長けた【魔】だから」

「はい! いろいろありがとうございます!」

「喜ぶのはまだ早いんじゃない?」

「はい?」

「お母さんは許可したけど、レウル君の説得はあなたがしないとダメよ? レウル君が認めてくれなかったら素直に諦めなさい」

「そうでした……レウ様は絶対にダメって言うに決まってます……」

「そこは十年も一緒にいる幼馴染みの腕の見せどころね!」

「うーん……そうだ、リューネは森にいるんですよね? ちょっと、出てきます」

「はい、いってらっしゃい」


 言うが早いか、突風のように家を飛び出した娘の背中に声をかけた。

 果たしてこの子とレウル君がどういう結論を出すのかはわからないが、私は出した答えを尊重したいと思う。

 しかし、子供たちの自主性に任せるのと放置するのは違う。一度、リューネ『ヨミ』に、シエラちゃんがそちらに向かった、と『念話』を入れてから、


「さて、私も少しだけ根回ししておいてあげようかしらね。……『転移』」

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