078 レウルートとツトロウスと
出来次第、と言っておきながら結局一週間出来上がらなかった不甲斐なさをお許しください。
ハウリー伯爵領内。傭兵団のアジトにて。
僕はシェーナ、ツトロウスと三人で卓を囲んで作戦会議をしていた。
「さて、そういうわけで、僕らの当面の目標はリューネとの合流だ。ツトロウス、情報まとめて」
「ほーい。んじゃ、まずは半月ほど前に別れた士官候補生たちの方から。やつらからの連絡によると、みな揃って士官任官できたらしいッスね。今は研修期間中で、終わり次第各地の砦だなんだに散るとのことッス。ちなみに研修期間は未定」
「なんだそりゃ」
「ま、過酷な実戦を越えていてもそれだけで士官として完成するわけじゃないッスからねぇ。半人前を急造で一人前未満くらいに育てるだけでも目処を立てるのも難儀するような難題だってことッスよ」
「ふうん。みんなの任官地は? それも未定?」
「それは出てますね。あちこち分けられてる感じッスけど、前線行きは一人もいないッス。この辺りは王子サマの言ってた中佐どのとやらの配慮ッスかね」
「前線でなかったのはヤリアも同じでした。あのときの二の舞になってしまう恐れはありませんか?」
「そこは大丈夫だと思う。あれの根本原因はセリファルスの介入だったけど、それは僕が紛れているかもしれない士官候補生を、自らの手を汚さなくともひとまとめに殺せる機会だったからだ。今度は仲間たちがあちこちに別れるんだろ。それなら、あいつの戦力がいくら充実していても、全員を完璧に影で始末するのは無理だ。セリファルスは中途半端なことはしない。おそらく、一切の干渉を避けるはずだ」
それに、セリファルスはもう僕の仲間たちの身元の確認を終えているだろう。王都に半月もいて、あいつの調査の手が及ばないとは思えない。
ならばむしろ、疑いが晴れた仲間たちは安全だ、ともいえる。あくまでセリファルスが殺そうとしているのは僕だけなのだから。
「ちなみにッスけど、この近く、ハウリー伯爵領内に配属される連中もいますが」
「へぇ。ならリューネと合流できたら次は彼らとの接触を目標にしようか」
「りょーかい。なら次は目先の目標の方、【魔】の嬢ちゃんと姫殿下から頂いた手紙の方をば。嬢ちゃんがいる離宮とやらは、今は第一王子の【神】に監視されている」
「【盾の女神】ファルアテネだったね」
「手紙には、おそらくそうだろう、と。俺には【神】の名なんて言われてもわかんないッスけど」
「まあ僕もそんなに詳しい訳じゃない。セリファルスは自分の【神】の情報をおいそれと明かすほど不用心じゃなかったから」
「しかしそうなってしまうと、リューネとの合流はどうすれば? 敵の【神】が離宮を張っている間はこちらからの接触も、彼女の方から来てもらうのも難しそうですが」
「ファルアテネも暇じゃない。本来のあいつの仕事はセリファルスの護衛だし、今その任に当たっている他の【神】にも本来の仕事ってものがある。だから、永遠に離宮ばかりを見張っていることはできないはずだ。どこかで必ず、監視が終わるかないしは途切れる場面がある」
ファルアテネの監視がどこかのタイミングで消えるはずだ、という分析は、王宮で王子や【神】たちの動向を探っているミリルが下したものと一致している。
しかし、一方で、楽観的な見方であることも否定はできなかった。セリファルスはそこまで甘くない。疑いも完全に晴れぬうちに監視を解くような真似をするかは、正直微妙だった。仕事の割り振りなど、やつならどうとでもしてしまうだろう。それがたとえ、【神】でないとこなせないような大仕事でも。
けれど、だとしても、今の僕には手が無い。リューネの安全すら、僕は掌握できない。口惜しさを押し殺しつつ、話題を変える。
「それをただ座して待つ、っていうのも芸がない話だよね?」
「ほぉ、何か策でも?」
「ああ、いや、そうじゃなくて。……ファルアテネの方は無理だ。余計な手出しで気付かれたら元も子もない。セリファルスや他の王子からは逃げ回るしかないよ、今は。そうじゃなくて、僕らの方さ。……僕らにはまだまだ力が足りない。軍としての力を手に入れるのはまだ時間がかかるけれど、個としてのそれなら今すぐにだって磨ける」
ヤリアでのヴィットーリオ『ロゼ』との戦い。僕は力不足を感じるばかりだった。
そのおかげで、というのも癪だが、『命令』を敵の支配ではなく仲間の支援に使う新たな魔法の利用を会得したとはいえ、その運用もまだまだ未熟。
シェーナもまた、【神】として完成したとはまるで言えない。僕らはまだまだ強くなれるはずなのだ。
「へぇ、そいつぁいい。模擬戦でもやりますかい?」
「ん、僕は魔法の訓練でもするつもりだったけど……。それも面白そうだ。やってみようか」
「へぇ、いいんですかい? 俺、負けないッスけど?」
「は、大きく出たね。前の時は僕にあっさり支配されてた癖に」
「いやいや、当然ッスよ。俺は【岩石の英雄】で、ここは岩壁の内側。……何をどうしたら負けるって言うんで?」
ガガン、と僕の真横の岩壁が音をたててひび割れながら、槍のように変形して僕へと襲いかかる。
慌てて後方へと跳んで危うく難を逃れる。
「っ!」
「流石、王子サマ。危機意識はピカイチッスねぇ」
「レウ様っ!」
「お、二対一? 別にそれでもいいッスよ。この場所ならそれでも戦えますし」
「いいや、一対一だ。シェーナは手を出さないでね」
「それは王子としてのプライドッスか?」
「単にムカついただけさ。ボコって跪かせてやる」
「ははは、やれるものなら!」
言いながら、ツトロウスは足元を踏み鳴らす。
すると、僕らの足の下、地の底から轟音が響く。
「何をした?」
「ここじゃあ手狭っしょ? 舞台を作っただけッスよ」
ツトロウスがにやけながらそう言った瞬間、僕とツトロウスの足元に直径一メートルほどの穴が開いた。
「おわぁっ!?」
僕は生憎、リューネやシェーナのように『飛行』や『浮遊』の魔法は使えない。というか、魔法自体ほとんど使えない。
自由落下の中でなんとか体勢を保って足から落ちる。同じく魔法を得手としないはずのツトロウスは、自らの固有の魔法でもって階段を作って歩いて降りてきている。ムカつく。
しかし、と辺りを見渡してみれば、そこは直径二十メートルほど、高さは十メートル弱のドーム状の空間だった。
僕が落ちてきた穴を見上げてみれば、心配そうな顔で下を覗くシェーナの顔が見える。
もちろん、天然の洞穴なわけはないし、アジトの本来の所有者たる傭兵団がこしらえたものでもない。
ここは正真正銘、先まで居たアジトの真下にツトロウスが作った空間であるようだ。
「こんなこともできるのか。けど、いいのかい? ここを作るだけでもだいぶ魔力を消費したんじゃないか?」
「もちろん、それも含めて戦いですとも。ここは罠も仕掛けも盛りだくさんッス。別に上に戻ってもいいッスよ。戻れるなら、ッスけど」
もう一度、上を見上げる。垂直跳びでいけるだろうか?いや、よしんばいけたとして、ツトロウスの能力の射程がわからない。跳んで無防備になったところを串刺しにされてはたまらない。
「……いいさ。やってやる」
そわりと悪寒が背筋を這う。魔力を励起した時の特有の感覚。
「侵せ」
『支配する五感』。幸い、僕の能力は敵との距離を問題にしない。ツトロウスの方が視覚その他で僕を認識してさえいれば、支配の魔力は奴を侵す。罠だらけのこのドームを駆けずり回る必要など別段僕にはないのだ。
ツトロウスに流し込んだ魔力は当然のように抵抗されるが、僕の魔力はたとえ僅かでも着実に染み渡る毒のごとく、やつの身を蝕んでいく。
「チィッ、相変わらず厄介な能力ッスね!」
「ははは、あんまり誉めるなよ。照れる」
「誉めちゃあないッスけどねぇ!」
ツトロウスが手を振るうと、僕の足元が破裂するように弾け、槍となって襲い来る。
「それはもう見たよ!」
確かに、不意を打って死角から生え出してくる槍は確かに脅威ではあったものの、ツトロウスが一度に操れる岩塊の数はそう多くはないようで、来るという予測さえ立てていれば、数本の槍から逃げ切るのはそう難しいことではなかった。
「んなこと、こっちもわかってるんスよ!」
ずぷ、と僕が槍から逃れたその先、足をついたその地面が底無し沼のように沈み込んだ。これがツトロウスが言っていた罠とやらか。
しかも、僕の足を飲み込んだ地面はそれだけでは飽きたらず、すぐさま固く凝固して飲み込んだ足を離さない。
足を引っ張ってみるが、抜けない。当然ながら、僕はその場から動けなくなる。
そこに再び生え出る岩石の槍たち。鎌首をもたげる蛇のように、四方から僕を睨んでいる。
躱すのは難しくない、などと言ったのは自由に動けての話。
これはまずいかもしれない。
「く、そっ!『攻撃を止めろ』っ!」
やむなく、ツトロウスの中に貯めた魔力を使って命令を下す。
ぴたりと岩石の槍が殺到する勢いを止め、足を拘束していた地面も緩む。どうやらこの罠は完全に自律稼働しているわけでもないようだ。ツトロウスの意思が反映されている。
ともかく、せっかく作った隙を逃すわけにはいかない。半端な魔力量で発動した『支配』では、せいぜい二、三秒程度しか命令の効力はもたないだろう。足を地面から引っこ抜き、四方から僕を貫かんとする槍の檻から逃げ出す。
一瞬の後、動き出した槍が貫いた空間にはしかし、僕はもういない。
「おおっと。今のは仕留めたと思ったんスけどねぇ」
「そう簡単にはいかないさ」
そんなことを話している間にも、視覚と聴覚から僕の毒はツトロウスをゆっくりと侵し続けている。
ツトロウスは不快そうに顔を歪め、
「やっぱ積極的にいかないとダメッスねぇ。そっちが罠にかかるのを待つ、なんてのは悪手も悪手でしたわ」
ツトロウスが彼のそばの岩壁に手をかざすと、岩壁が盛り上がり、不格好な剣の形に成形される。ツトロウスはその剣を壁から引き抜くように手に取った。
岩からできた剣は妙に分厚く、いかにも切れ味が悪そうだ。刃引きのつもりなのかもしれないが、あれで切られたら傷口がひどいことになりそうだ。具体的には、とても痛そう。
その石剣を構え、ツトロウスは僕へと駆ける。
参ったことに、唐突に始まった手合わせな上に、あれこれ物を置いてあるアジトから下に落とされたせいで僕の手元には得物がない。
「おいおい、不公平じゃないの、それは!」
「戦いに公平もクソもあるんですかい!?」
そりゃもっとも。
戦う前に武器を用意できなかったのは単に僕の不手際だ。
シェーナに助けを求めれば剣の一本や二本を投げ落としてもらうこともできるが……それは流石に、僕のプライドが許さない。
一人でやるから手を出すな、なんて大口叩いておきながらあっさりと前言を翻す姿など、好きな女の子に見せたいものではない。
小さくため息をひとつ。
覚悟を決めて、徒手空拳の構えをとる。
ツトロウス『メイ』が目前に至り、石剣を振りかぶる。
が、それはフェイク。本命は僕の真後ろから生える石の槍。歪な形の石剣の間合いは読みづらく、僕がとりあえず後退すると考えての罠だろう。しかし、読めている。
ならば正解はむしろ前。
一歩を踏み込んで握った拳を突き出す。僕がツトロウスに密着すれば、スピードのある槍は誤ってツトロウス自身を傷つけかねない。
それにたぶん、この間合いなら僕の拳の方が早い。
「おおっとぉ!」
どぱん、とまたも足元が弾ける。
けれど、今度の狙いは僕ではなく。
ツトロウスの足元が勢いよく盛り上がり、打ち上げるようにやつの体を僕の拳の軌跡から大きく外させた。
この岩石のせりだしで上に乗っているものを弾き飛ばす技は、ヤリアでヴィットーリオにお見舞いしたものと同じだ。
「今のタイミングなら逃げるより僕を攻撃した方が良かったんじゃないの?」
「いやぁ、そうも思ったんスけどねぇ。ただの握り拳を王子サマがずいぶんと自信満々に繰り出して来るもんで。警戒しちまいました、よ!」
言葉を言い切るより早く、ツトロウスはもう一度足元を隆起させて、加速。尋常ならざるスピードでこちらへと迫る。
そこには、わずかな焦りが垣間見える。それもそうだろう。僕の姿を視界に入れず、声を聞かずに戦うのは無理だ。故に、ただ僕と相対しているだけでも僕の毒は奴を蝕んでいる。ツトロウスは短期決戦で終わらせたいに違いない。
その思惑は僕も一致している。床も壁も天井も、そのすべてが岩石でありツトロウスの支配下。この周り中が敵に等しい環境で戦うのは予想以上にストレスフルだ。僕に仲間を操られながら戦っていたヴィットーリオはこんな気分だったのかもしれない。
だから僕は、ツトロウスから逃げることなく奴を迎え撃つ。
勝負は、一瞬。
「『止まれ、ツトロウス』!」
再び、ツトロウスに注ぎ込んだ魔力を消費して命令を下す。
この戦いの間、やつの体に貯めたありったけを解き放つ。
それでも、その肉体を支配できる時間はほんのわずか。一瞬、と言ったっていい。
ツトロウスは薄く笑みを浮かべる。たかが一瞬、攻撃を止めた程度で、得物の一つも持たない僕にはどうにもできない、とそう思ったのだろう。
だが。
ツトロウスは知らない。僕の『支配する五感』が人の五感に類する能力であり──さらに、僕を知覚する感覚を増やすと、累乗的にその支配力が増すのだ、ということを。
拳を伸ばす。その握りは緩く、ほとんど力も込められていない。
だって、力はいらないのだ。威力も、速度だって最小限で構わない。
ただ、触れる。それだけで。
僕の指先が、わずか静止しているツトロウスの顔面に触れた。
触覚を侵す。視覚、聴覚と合わせ、三感。
彼が動き出すより早く、僕はアイアンクローのように彼の頭を掴み、そして。
「侵せ!」
全力で、魔力を注ぎ込む。
その注入スピード、支配力は先までとは比べ物にもならない。
怒濤のようにツトロウスの肉体を侵し、蝕み、支配し尽くした。
その肉体のすべては今、僕のものだ。
勝敗は決した。
「さ、『跪け、ツトロウス』。君の敗けだ」
「ぐぅぅ……。つっくづく、性格の悪いこって……。はいはい、俺の負けッスよ」
宣言通り、ツトロウスを跪かせて勝利を宣言する。
呆れたように僕を見上げながら、ツトロウスは大人しく敗北を認めた。
手合わせもこれで仕舞い。僕は一息ついて、その場に座り込んだ。
それにしても、でかいドームだ。よくこんなものを作れる。
座って息を整えていると、シェーナがゆっくりと、明らかに自由落下とは違う速度で僕のそばに降りてきた。手に持っていたタオルと水を渡してくれる。
「お疲れさまでした、レウ様」
「ありがと、シェーナ」
「あれ、俺にはないんスか?」
「貴方は自分で取りに戻れるでしょう?」
「うわ、冷たっ!? 認めた身内以外に優しくないのは主従揃ってって訳ッスか」
「あ、ちょっと待って、ツトロウス」
自らの魔法で階段を作り、とぼとぼと去っていこうとするツトロウスを呼び止める。
「うん? なんスか?」
「君、こんなドーム作れるくらいなら、もしかしてトンネルとかも掘れたりする?」
「ええ、まあ。【岩石の英雄】ッスから。その程度なら」
「距離は? どのくらい掘れる?」
「与えられる時間次第ッスけど。いくらでも使っていいなら、掘る距離だっていくらでも」
「……ふぅん」
「レウ様?」
使ってみる、か?
危険ではある。余計なリスクを背負うという指摘も、間違いじゃない。
しかし……。
「今度は俺はなぁにさせられるんで?」
「うぅん……。いや、よし。やってみるか。ツトロウス、君に頼みたいのは、トンネル掘りだ」
「それくらいは話の流れから察っせるッスけど」
「つまりさ、さっきの話だよ。当面の僕らの目的」
「離宮のリューネとの合流……。あ!」
「そゆこと。ツトロウス、いいな?」
「あー……、【魔】の嬢ちゃんと合流するために、俺にお姫様の離宮まで穴掘りしろって?」
「できるか?」
「……まあ、やってやれないことはないッスけど。いいんスか? 第一王子に見つかるリスクは極力減らしたいんじゃ?」
「そこは君がうまくやるのさ」
「まぁた無茶ぶりを」
「実際、リューネが離宮に釘付けなのは、彼女が【魔】で監視が【神】だからだ。【神】と【魔】の相互感知がどうしたって邪魔になる。けど【英雄】の君なら、その心配はない。地下のルートは縦横無尽だ。ファルアテネの監視がない空間もあるはずさ」
「離宮の方と細かく連絡をとって、【神】の様子を伺って、スか。……オーケー、やってみましょうかねぇ」
「よし。そうと決まれば、作戦会議だ。まずはリューネ本人と相談だね」
計画ペースはおそらく月単位になるだろう。正直、その間にファルアテネが離れる可能性もあるが、逆にいつまでも居座らないとも限らない。
やはり、大切な義姉の安否を敵の胸先三寸に委ねるなど我慢ならない僕なのだった。
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