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074 仲間とこれからと

「んじゃ、アークの話はこれで解決として……」

「って、マサキはその名前で僕を呼び続ける気?」

「駄目か?」

「いや駄目ってことはないけど……」

「ならいいじゃん。どうせ、お前の真実を知らない他部隊の面子の前とかじゃ、本名呼べないんだろ?」

「そりゃそうだけど」

「だろ? 呼び分けの手間もボロが出る危険もない。いいじゃんか」

「う、うーん?」

「んなことより、シルウェさんの話も聞かせてもらえる……んだよな?」

「レウ様?」


 マサキの質問に、シェーナは自分で答えるのではなく僕に伺いを立てる。

 ここまで話したのだからもう【神】シェーナもバラしていいだろう。


「ん、いいよ。もう隠すこともないでしょ」

「では。と、言っても私には大した秘密はありませんが……。とりあえず、私の本名はシエラヘレナ=アルウェルトといいます。どうぞ、シエラとお呼びください」

「って、シルウェさんも貴族だったのか!? ……あ、いや、シエラさん、か」

「シルウェでも構いませんよ。いえ、私が家名を持っているのは貴族だからではなく、生まれが少し特殊だからです。母が【英雄】と(くな)いだ【女神】なので」

「なるほど、お母さんが【女神】だから……。……え、なんて?」

「シェーナは【女神】の娘、つまりは【神】だ。彼女は僕の【神】なんだよ」


 ぽかん、と、ともすれば先程僕が王子だと明かした時以上に、呆けたような顔をする仲間たち。

 さもありなん。王子もレアといえばレアではあるのだろうが、王子は確実に実在しているし、祝祭のパレードなんかならば直に見ることもできる。一方、【神】は庶民の間では実在すら疑われ、半ば伝説と化しているほどの存在。レア度で言えばはるかに上だ。

 バークラフトが呆然としたみんなを代表するかのように口を開いた。


「【神】って、あの【神】だよな……?」

「たぶんその【神】で合ってるよ。聞いたことない? 王子はみんな誰かしら【神】を従えてるって話」

「そんなん、眉唾な噂話だろ……」

「まあ過去歴代の王子全員が、ってことはないだろうけど。当代に関しては真実だね」

「マジかよ……」

「シェーナのすごいところ、いっぱい見たでしょ?」


 戦場で二度も【累加の英雄】マリアン『センショウ』を打ち倒したのを、彼らは間近で見ていたはずだ。


「【英雄】だってのは」

「うん、嘘。だって【神】だなんて言えないし」

「そりゃあ、そうだな……」

「ってところで僕らの秘密の話はおしまい。……そこで、君たちに提案があるんだけど」

「……私たちに、あんたの王権簒奪に協力しろって言うんでしょ」


 そう、ただ秘密を暴露して終わり、と言うわけにはいかない。今までずっと隠していたのにはそれなりの意味があるのだから。

 このまま彼らを野放しにして、僕の正体に関する話が流布してしまえば、僕は兄の誰かにすぐさま見つかって殺される羽目になる、という話だ。


「おや、ユウロ鋭い」

「わかるわよ。兄弟に命を狙われてる状況で、仲間でもないやつにそんなことをベラベラ話すわけがない。で? 断ったら私たちを殺すの?」

「ひどいなぁ。大切な仲間にそんなことしないって」

「ふん、どうだか」


 ユウロは面白くなさそうに言い捨てた。

 ……どうにも感触は良くない。彼女からしてみれば、僕のせいで仲間が死んだという感覚は拭いきれないものなのだろう。それを薄情だとか理不尽だとかは思わない。むしろ、あっさりと僕を受け入れてみせたマサキやバークラフトよりユウロのような感覚の方が普通だ。

 しかし、返答がどうであれ、僕は本当に彼らを殺す気はない……というか、殺せない。僕はもう、彼らを大切な仲間だと思ってしまっているから。

 だからこそ、僕としては仲間になってくれないと困ってしまうのだが……。


「いいわよ」

「えっ?」

「あんたに従ってやるって言ってんの」

「……いいの?」

「私まだ死にたくないし」

「いや殺さない殺さない」

「それに、あんたが王になった暁には、私たちに見返りあるんでしょ?」

「まあそりゃ、便宜は図るよ。権力とか財力とか」

「……もし、さ。そうやってあんたが王になって、私たちが栄華を極められたら……みんなも、自分を犠牲にしてまで私たちを助けた価値があったって思ってくれるかもしれないじゃない」

「ユウロ……」


 きっと誰も君を助けたことを後悔していない……なんて言葉は、ただの慰めにすらならない。

 命を落としてしまった彼らの想いの本当のところなど、誰にもわからないのだから。その答えは、僕らの心の中にしかないのだ。


「ユウロはこう言ってくれたけど……みんなは、どう? 僕に従ってくれる奇特なやつは、他にいる?」

「逆だろ、アーク」

「え?」

「お前に従う気がないやつ聞いた方が早いと思うぞ。そんなやつ、見た感じは居なさそうだけどよ」

「! それって……!」

「ああ、任せろ!……誰だって権力は欲しいしな」

「えぇー……。みんなそんな欲深い感じだっけ?」


 僕の言葉にみんなはけらけらと笑う。マサキ。バークラフト。ユウロ。ハーレル。ヤコブ。ダヴィド。フリッツ。エドウィン。……誰も彼もが、冗談めかして、まるで何も悩むことなどないかのように笑う。

 けれど、みんながわかっていないわけはないのだ。王位継承争いになんてものに絡むことの危険性を。今回みたいなことがまた起こらない保証はどこにもない。


「……真面目な話、危険なことなんだ。それでも、君たちは僕についてきてくれる?」

「あのなぁ、レウルート。お前はさ、俺たちを仲間だと思ってくれてるんだろ。なら、わかるはずだ。それはお前だけじゃない、って。俺たちだってお前を大切な仲間だと思ってるんだ。お前に協力するのが危険だってなら、なおさらお前とシエラさんだけをそんな状況に置いとけねぇよ」

「バークラフト……」


 ……そうだ。彼らは、僕を仲間と言ってくれた。

 本当ならば、僕は疑わなくちゃいけないのだ。彼らが、僕の不興を買わないために今は従っているだけで、王都で僕の目が離れたらすぐに密告に行くかもしれない、って。

 そう疑わなくちゃならない。常に全てを疑っておくことが生きるための賢いやり方で、少なくとも、十年前の……王宮に居た頃の僕であれば、彼らに首輪もつけず野放しにするなどあり得なかった。

 でも、今の僕は違う。

 それは甘えなのかもしれない。弱さなのかもしれない。

 それでも、僕は彼らを純粋に信じようと、そう思えるようになった。

 そんな風に感動している僕に、ユウロが言葉をかける。


「で、これからどうすんの? あんた、このまま王都に戻れるの?」

「そうだね。セリファルスが僕の存在に感づいてる可能性がある以上、奴のお膝元の王都は一旦避けたいところだ。ってわけで、僕は死ぬ(・・・・)

「はっ!?」

「あはは、もちろん、言葉通りの意味じゃない。僕はヤリアで死んだ、ってことにしてくれ。ヤリア方面軍に紛れ込んでいた正体不明の【英雄】はクリルファシートの【英雄】と戦って死んだ。そういうことにしてほしいんだ」

「なるほど……。けど、そんなもんで誤魔化せんのか?」

「戦場に誰が居て誰が居なかったかなんて冷静に見ていられるやつはいないさ。君たちに頼みたいのは、キュリオ少佐やクントラ中佐と合流して、彼らに僕とシェーナの死を伝えることだ。元から曖昧な記憶、平民科にめちゃくちゃな影響力のある中佐の決定が加われば、事実を歪めてしまうのも簡単だよ」

「アルフ大尉はどうすんだ? 今の俺たちの中でも、あの人は確実にお前の存在を把握してんだろ」

「だね。だから、アルフ大尉は僕が口説く。無理なら……殺す」

「そうか。じゃあ、それが終わったら、一旦お別れだな」

「そういうことになるね。僕は死んだことにして身を潜める。君たちは中佐たちと合流して王都に帰還する」

「でも、それでいいのか? お前が士官学校に来たのも目的があったんじゃ……」

「僕は軍で出世して、権力を手に入れて王位継承争いに噛むつもりだったんだよ」

「あー、なるほど。それが、お前に仕えることにした俺たちの仕事ってわけか」

「察しが良くて助かる。そ。君たちは存分に出世して、力を蓄えてくれ。他ならぬ僕のために。僕が王になるために」


 あのヤリアの地獄のような戦場から生きて戻った士官候補生のみんなは、学校など即時卒業で少尉任官だろう。クントラ中佐からも目をかけてもらえるだろうし、出世だなんだというのも夢物語でもないはずだ。


「了解。……俺たちが知らない間に野垂れ死んでたとか暗殺されてたとかは勘弁してくれよ」

「あはは、気を付けるよ。……君たちこそ、油断するな。セリファルスは異常に頭が切れる。僕を探って君たちにたどり着く可能性も十分ある」

「肝に命じとく。ま、バレて拷問でもされたら口を割る前に自死するから安心しとけ」

「っ……! ……そうならないように祈ってる。じゃあ、僕はアルフ大尉のところに……」

「待ってくれ、アーク」

「マサキ?」

「ちょっと、二人だけで話、いいか?」

「ん、わかった。シェーナ、ツトロウス。バークラフトに、別れた後の連絡の取り方を教えてやってくれ。他のみんなは、全隊に戻っていいよ」


 仲間に指示を残し、マサキと二人、場所を移す。


「それで、何かな? マサキは、やっぱり納得できない?」

「いや。お前が王族だってこととか、お前に仕えて戦うことに文句はねぇよ。さっき言った通りさ。ただ、一つだけ、お前に聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「ゴルドゼイス、って知ってるか?」

「ゴルドゼイス? 【世界の神】ゴルドゼイスのこと? なんで君がその名前を?」

「やっぱり知ってるのか。……お前は、どこまで知っている?」

「どこまでって……」


 【世界の神】ゴルドゼイスは、(アークリフ)に仕える【神】だ。ウェルサーム王家に古くから仕えていて、当代の王であるアークリフに受け継がれた、ということくらいは知っているが……。

 生憎、僕は父親(アークリフ)のことが嫌いだ。やつはそうでもないようだが、だからこそ僕が父親と接近すれば、それは他の兄弟たちから見たとき、王位に手をかける脅威に映ることだろう。

 それがわかっていたから僕はやつを嫌っていたし、やつに近づきもしなかった。当然に、やつの【神】に関する知識も大したものはない。仮想敵として、やつの【神】としての能力くらいは把握しているが。

 そうマサキに話すと、彼は落胆したような、安堵したような、いずれともつかない気の抜けたため息を吐いた。


「そっか。それなら、いいんだ」

「……何か、事情があるの? 僕で力になれるようなら……」

「いや、いい。これは俺と檀の問題だから」

「マユミ?」


 しまった、とばかりにマサキは目線を逸らした。


「口が滑った。忘れろ」

「……君が触れてほしくないなら、詮索はしない。でも、忘れもしない。だから、気が変わったらいつでも頼ってよ」

「ああ。ありがとな、アーク」


 薄く微笑んでそう言ったマサキは、みんなの元へと戻っていった。

 彼を手を振って見送りながら、彼が十分離れたところで声をかけた。


「出てきていいですよ、アルフ大尉」

「……気づかれていましたか」

「もちろん。【英雄】を舐めないでくださいよ」


 僕の場合は殊更に、だ。

 僕の『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』は、他人に五感のいずれかで僕を知覚させることを発動条件にする。

 だからこそ、僕は見張られていたり盗み聞きをされていれば、すぐにそれに気づくことができる。その状態こそ、他人が視覚や聴覚で僕を認識しているという、能力発動条件を満たした状態だからだ。


「さっきの話もわざと聞かせたわけですか」

「話す手間が省けるでしょう? それで、どうします?」

「どう、とは?」

「生きるか死ぬか。どうぞ、お好きな方を選んでください」

「仲間は、殺さないのでは?」

「仲間になってくれるなら殺しませんよ」

「今の私は仲間ではない、と。殿下はひどいお人です。あの戦場を潜り抜けた仲ではありませんか」

「あはは、面白いことを言う。僕らを利用して使い潰そうとしていたくせに」

「そちらも裏切ろうとしていたのですからお互い様では?」

「おっと、気づいてた?」

「気づいたのは私ではなくラグルス少佐でしたが。……ところで、敬語が外れたのはなにか意味が?」

「タイムリミットが近づいてるってことさ。僕が機嫌を損ねる前に決めるといい」

「なるほど、怖いお人だ。ですが幸い、答えはもう決まっているのです」

「なら話は早い。言えよ」

「もちろん。……私は、貴方にお仕えさせて頂きますよ、殿下」


 正直、覚悟を決めて斬りかかってでも来るんじゃないかと思っていたが。

 腰に下げた剣にかけていた手を、ゆっくりと離す。


「へぇ。意外……でもないか? 誰でも命は惜しいからね」

「それもまあ、ありますが。しかし、私は託されましたから」

「託す? 何を?」

「ラグルス少佐から、貴方へ。国を護るということをですよ。……少佐は、貴方が我々を裏切るかもしれないことに気づいていたし、貴方から、具体性はなくとも、ヤリアの戦いの遠因が貴方にあることを示唆されていた。それでなお、少佐は私を貴方に託したのです。それは、貴方が信頼に足る人物だと思ったからだ。国と仲間を預けられる人物だと思ったからだ。私は、貴方を信頼していませんが、貴方を信じたラグルス少佐を信じています」

「はっ……くく……ははは! なるほど! そりゃあいい! おべっか使って、僕を信じたからだ、なんて言われるより、百倍信用できる! よし。なら、アルフ。君は今より僕の臣下で、仲間だ。命ずる。彼らを、士官候補生のみんなを助けてやってくれ」

「御意に」


 アルフ大尉は、愉快そうに笑って僕に跪いた。

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