073 生還と告白と
「バークラフト!」
「アーク! 来たか!」
「もちろん。君たちと約束したんだ。……少佐は」
「聞かされてる。そろそろ最後の五人と別れる地点だ」
「何か、一言……」
「言う暇あったら逃げろ、ってさ」
「……それも、そうか。行こう」
彼らの覚悟を無駄にするわけにはいかない。
時間は今、何よりも大事なものなのだから。
そう思った矢先。
「アーク! シルウェさんが目ぇ覚ましたぞ!」
「シェーナが!? えっと……バークラフト」
「いいよ、行ってこい。【英雄】の足なら多少道草食ってもすぐ追い付ける。部隊は俺と大尉どので進ませとくから」
「ごめん、恩に着る!」
言い捨て、伝言に来てくれたハーレルと共にシェーナの元へ駆ける。
……隊の指揮を捨て置いて自分の身内の安否確認に走るなんて、指揮官としては失格だ。それでも、僕にとって大切な彼女に勝るものなど何もない。
「シェーナ!」
「あ……若様。申し訳ありません、倒れてしまって」
「それは別にいいけど、体は大丈夫?」
「それは……はい」
とりあえず、その返答に一息つく。
敵の攻撃でもなく急に倒れたと聞いていたから心配だったのだ。
「ハーレル、君たちは先に行っていてくれ。僕らの足ならすぐ追い付くから」
「了解。イチャつきすぎて時間を忘れるなよ?」
「そのくらいの分別はあるさ」
後半は小さく僕に耳打ちしてきた。
平時であればまだしも、仲間の命で時間を買っている今この時にそれほどの余裕はない。
去り行くハーレルたちを見送りながら、シェーナはアルウェルト『シルウェル』の上に座ったままだ。
「父さまも、すいませんでした。無理をさせてしまいましたね。魔力は後で補充しておきます。……ええ、今は使ってしまうので。……レウ様、よろしいですか」
アルウェルト『シルウェル』と何事かを話したかと思えば、シェーナは本来の呼び名で僕を小さく手招きで呼び寄せる。
「なに?」
「……失礼します」
アルウェルト『シルウェル』を大蛇からペンダントに戻し、自身の足でゆっくりと立ち上がると、倒れこむように僕にしなだれかかってきた。
反射的に受け止めた瞬間、ちりりと首筋に微かな痛みが走った。
噛まれた、と気付くまでは数秒の時間を要したが。
甘噛み、というには強く、しかし首筋を噛み切ろうというわけでもないようだ。
薄皮を貫き、わずか血が滲むくらいの強さ。
「シェーナ?何を……」
真意を問おうとした瞬間、傷口から大量の異物が流入してきた。
毒?
……いや、違う。
これは魔力だ。
高濃度の【神】の魔力。それが【魔】である僕の体内で暴れまわる。
「っ、あ、ぐぅ……!」
「ごめんなさい……! でも、母さまに敵意を発しなかったレウ様なら、【神】の魔力でも自分の魔力と同じように使えるはずですから……!」
実際、見悶えていたのは三十秒にも満たない程度のことだった。
すぐに魔力は体に馴染む。
それだけじゃない。
シェーナから与えられた魔力の量は、僕の全快のそれに迫るほどのものだった。
「うわ……すごい量の魔力!」
「ハーレルさんたちから聞かせていただきました。レウ様の、新しい魔法の使い道。これだけの魔力があれば……」
「仲間に力を分け与えられる……! それにしても、シェーナ、こんなに魔力持ってたの?」
「いえ、それは……後でお話しします。今は早く逃げなければ」
「なにか隠してない?」
「っ、い、いえ、そんな、ま、まさか!」
「嘘が下手すぎる……。……それは、本当に今すぐ聞かなくても大丈夫なことなの?」
「大丈夫、だと思います」
今度の言葉に嘘や誤魔化しはない。
「……わかった。信じるよ。立てる?」
「……ええと」
シェーナは困ったように視線をそらす。
考えてみれば、さっきの行動もおかしかった。
魔力を流し渡すために接触する必要があったとしても、彼女の性格なら僕を呼び寄せるのではなく自分から近づいてくるはずだ。
「立てないの?」
「魔法の反動というか、筋肉痛のようなもので」
「そうならそう言ってよ。僕に気なんか使わなくていいんだから」
言って、彼女の体を抱き上げる。
「ひゃっ!」
「ごめんね、急がなくちゃいけないから。ちょっと我慢して」
「い、いえ、そんな。ありがとうございます」
「走るよ。しっかり掴まってて」
シェーナの体をしっかりと抱き抱え、全力で駆け出す。
前を逃げていた隊にはすぐに追い付けた。
疲弊した仲間たちが、必死に歩を進めている。
だから、叫ぶ。
「全隊、そのまま僕の声を聞いてろ!」
魔力よ、といつもの言葉を小さく呟く。
体内の、シェーナから与えられたばかりの魔力を奮い起こす。
はじめは四百人もいたこの殿軍の生き残りは、もう半分ほどまで減ってしまっている。
だが、それは反面、僕の持つ魔力量でもぎりぎり支配できる程度の人数だということでもある。
「『命ずる! 逃げるぞ! 全速力で!』」
「オオオオオオォォォォォォオオオ!」
僕の魔力が全隊の仲間たちへと行き渡る。
意思を捻じ曲げる『支配』ではなく、命令を実現するための『強化』が発動する。
突如として身に溢れだした力に、ウェルサームの兵たちは鬨の声をあげる。
「……少し、意外でした」
「ん?」
「てっきり、レウ様は中隊の皆さんだけに力を与えるものだとばかり」
「……彼らだけ急に元気になったら怪しいだろう? もう残りの軍を切り捨ててメリットのある段階じゃないし」
「確かに、それはそうです」
なんの意図もなく発したであろうシェーナの問いに、自身の意外な内心を暴かれたような気になった。僕は気づかぬ間に、士官候補生以外の連中も仲間のように扱っていた。……いや。今はそんなことに拘泥している場合でもない。
スピードを上げて駆け出した隊をしっかり先導できるよう、僕も駆ける足にいっそう力を込めるのだった。
◆◇◆◇◆
クリルファシート、ヤリア方面軍強襲隊、陣地。
ここは、ウェルサーム軍が籠っていた砦だ。
俺たちがこの砦を制圧した時点では傷病者をはじめ、ウェルサーム軍の兵員も多少残っていたが、今はただの一人としていない。皆殺しにしたからだ。
その砦の最上部、司令室として使われていたであろう部屋に、俺は一人詰めていた。
トントン、と扉がノックされる。
「私です」
「マルコか。入れ」
「失礼します。……ヴィットーリオ様、ウェルサームの【英雄】を含む殿軍を追っていた追撃隊が、今戻りました」
「逃がしたか」
「申し訳ありません……!」
「お前が謝ることじゃねぇよ、マルコ。クソッ……俺が追えてりゃあ……!」
「それこそ、貴方が気になさることでは!」
「いいや、俺のせいだ。あの三人目の【英雄】……この終局まで戦力を出し惜しむ理由もねえし、ありゃ援軍だったんだろう。軍を用意する時間的余裕がねえから取り急ぎ【英雄】一人寄越してみせた、ってなところか。……こんな僻地に援軍なんざわざわざ来やしねぇ、って可能性から切ってたのは俺だ。いや、そもそも最初の戦いで俺がアークとかいう金髪の【英雄】をしっかり殺してりゃあ援軍が間に合うほどまで長引かなかった。どこをとっても俺のせいだ」
「あまり、気に病まれませんよう」
孤児院時代からの付き合いになるこの副官は、長々と言葉を労することはせず、短く俺を労った。
その気遣いに感謝しながら、話題を転換する。
「……ああ。マリアンの容態はどうだ?」
「まだ眠られたままです。軍医によれば命に別状はないようですが……」
「俺の『浄化』も効かなかった。昏睡毒って訳じゃねぇ。単純に肉体のダメージか、あるいは未知の魔法か。後者だとしたら最悪だが」
「今後のご指示を」
「すぐに軍をまとめて取り急ぎ国に帰還だ。マリアンはすぐに本国の医者に看せたい。二千近い兵力をいつまでもこんな僻地で遊ばせとくわけにもいかねぇしな」
「では、そのように。最速で発つと、夜の山を下ることになるでしょうから、出発は明日の早朝でも?」
「ああ。それでかまわねぇ。この砦から逃げた敵の本隊を追えないのは残念だがな」
既に失態に失態を重ねた現状だ。ここで小さな功を焦って軍に無駄な損害でも出した日には、比喩でなく首が飛ぶ。
……それにしても。
やはりこんな僻地に二人も【英雄】が居たどころか、援軍でさらにもう一人やってくるなど、あきらかに異常だ。
この砦になにか仕掛けや秘密があるというわけではなさそうだが、クリルファシートに戻ったら少し調べる必要があるかもしれない。
◆◇◆◇◆
「どうだ、後ろは!?」
「もう何時間も前から敵は見えない! 逃げきったぞ! 俺たちは生き残ったんだ!」
「「「オオオォォォオオ!」」」
真夜中のヤリア山地を休むことなく下り抜け、陽が頭上に登るよりも早く、ウェルサーム国内のかなり内側へと進むことができた。
最後尾の兵の報告通り、クリルファシート軍はもう影も形もなかった。
「アルフ大尉、この辺りで小休止としますか」
「そうですね。中尉の魔法のおかげで、夜通しの山下りなどと言う無茶もできましたが、みな疲労も溜まりきっていることでしょう」
「休息だ! 今から一時間、休憩とする! 全員、楽にしていいぞ! ……バークラフト。砦から持ってきて、って頼んだ物資は持ってこれた?」
「あ、ああ。水を一定量だけは」
「あは、道中も捨てなかったんだね。偉い偉い。じゃあそれ、全員に分けてやってくれ」
「いいけど……。二百人近くいるんだぞ。分けたら一人一口がせいぜいだ」
「一口ぶんの水でもあるとないとじゃ大違いさ」
アークの指示を受けて、俺は適当に人手を集めて水を配り始める。
横目に、アークが大尉と何事か話しているのが目に入った。が、剣呑な様子はないし、ならば俺が介入するような話ではない。そもそも、アークは上官との人付き合いは上手いし。
(最悪の場合は……最初、裏切ろうとしてたのが大尉にバレた、とかか? そうなったら……第五中隊とアークとシルウェさんに、あの新しい【英雄】まで居りゃ、アルフ大尉と他のやつら皆殺しにして証拠隠滅しちまうくらいは簡単に……って、何を考えてんだ、俺は)
まるでアークのような物騒な発想に行き着くようになってしまった自分に少々ヘコみながら、任された仕事を遂行する。
配布順は、できるだけ関係性の薄い連中を先に、身内は最後だ。不公平感を出さないようにするためと、万一途中で量が足りなかったときに反発を押さえ込みやすくするために。
が、その懸念も杞憂に終わり、無事全隊に配り終えた。
「ほれ、マサキ、お前の分。手ぇ出せ」
「おっ、さんきゅ。俺で最後?」
「いや、あとアークとシルウェさん。アルフ大尉に渡しに行った時に一緒に済まそうと思ったんだけど、二人には最後でいいって言われちまったからな」
「あいつも相変わらずなこったなぁ。アークが受け取んなきゃシルウェさんも受け取れないだろうに」
「あいつ、自分が断ったあとシルウェさんも断ったの見て、しまった! みたいな顔してやがった」
「ははは、っと、噂をすれば、だ。お疲れ様、アーク!」
「そっちこそ、お疲れ様、マサキ」
「ほれ、二人の分の水。最後だから好きに飲め」
「ありがと、バークラフト。……あー、旨い。残りはどうぞ、シェーナ」
「いただきます」
アークは水を入れていた皮袋に直接口をつけて一口喉を鳴らし、残りをシルウェさんに渡した。
「ところで、君たちに話があるんだ」
「話? 俺と、マサキに?」
「いや、中隊全員に。……僕の秘密と、この戦いの責任のありかについての話を」
「っ、それはっ!」
「止めないで、シェーナ。もう決めたことだ。僕はこれ以上、みんなに隠し事は無理だ」
アークの秘密。
アークが何かしらの事情を抱えているのであろうことは、俺たちが平民科五組として士官学校で学んでいた頃からもちろんみんな察していたし、それは、ずっと気になっていたことでもあった。
けれど、俺たちはみなアークを仲間だと思っていたし、話したくないことを無理に聞き出す必要もないと思っていた。
シルウェさんの反応や、戦いの責任なんていう言葉からして、それは尋常な秘密でないのであろう。
聞いたら後悔するかもしれない。
だが。
「……聞くよ。お前が話すっていうなら、聞く」
「ありがとう。じゃあ、ちょっとみんなを集めてくれる? 他の連中に聞かれないよう、ちょっと離れよう」
言われた通り、休憩している隊から離れたところに仲間たちを集める。
ほとんどは平民科五組の面々だが、元々一組のハーレルとヤコブ率いる小隊がそれに加わる形だ。
「……二十五人、か。減ったな」
集まった面々を見渡し、アークが呟いた。
今日の……昨日と言うべきか。殿軍としての戦いと敵陣の突破では大きな被害が出た。俺たちの中隊も、十人以上が死ぬか行方不明になった。
ウィシュナが居なくなった。ベンが居なくなった。他にも何人も居なくなって、二十五人。それが、今いる人数の全てだった。
「……いや。本題に入ろう。何から話せばいいかな」
「話しづらいようでしたら、私から皆さんにお伝えしても……」
「ううん、これは僕が話すべきだから。……よし。みんな、聞いてくれ。みんなも、僕が秘密を抱えていることには気付いていたと思う。家の話とか、一度もしたことなかったし。今から僕が話すのは、僕の秘密とこの戦いの責任のありかについての話だ」
また出た。
責任のありか。
その言い方はまるで、アークの秘密がこの戦いに、その原因に関わっているかのようだ。
みなが固唾を飲んで見守る中、アークは滔々と語り出した。
「最初に、僕の名前の話をしたいと思う。僕がずっと君たちに名乗ってきたアークという名前。これは偽名なんだ」
ええっ、と驚いたようなリアクションをしたのはマサキ一人。……いや、正体を隠してたら名前はそりゃ偽名だろ。
素直なマサキの反応に、アークは少し笑って続けた。
「僕の本当の名前は、レウルート=オーギュスト。いや、本当の、っていうのは語弊があるかな。オーギュストは僕の親じゃなくて育ててくれた人の家名だから。僕がばあやの名前を勝手に名乗ってるだけだね」
オーギュスト、と言う名は聞き覚えがある。確か、今の財務大臣がオーギュスト家の人間だ。
クラスメイトたちの知識も俺と同レベルのようで、みな同じようなリアクション。
ただ一人、ユウロだけがレウルート……? と小さく呟いた。
「僕の公式の名前は、レウルート=スィン=ウェルサーム。僕は、この国の第五王子だ」
ぽかん、と。
全員が一瞬あぜんとしていた。
真っ先に声をあげたのは、ユウロ。
「思い出した! レウルート! 十年前に行方不明になった、王子様の名前!」
「詳しいね、ユウロ。そう、それが僕」
平然と、アーク……いや、レウルートはそう答えた。
事実を飲み込みあぐねていた面々に、あるべき驚愕と動揺が広がり出す。
ざわざわとざわめく面々を、レウルートはぱんと一つ手を打って静めた。
「本題は、これからなんだ。ユウロが言った通り、僕は公式には十年前に行方不明になってる。それはまあ、権力争いに負けて田舎に逃げ出したからなんだけど」
「でも、お前は王都の士官学校に来た。王都に戻ってきた」
マサキが言う。
それは、反論と言うよりむしろ合いの手のよう。
「そうだ。僕は戻ってきた。王になるためにね。けれど、それを望まないやつは大勢いる。例えば……」
「他の王子が、黙ってるわけない」
「そのとおり。その筆頭が、第一王子、セリファルス=ウノ=ウェルサームだ。僕の兄。……話の最初に言ったことを覚えてるかな」
こいつの抱えてた秘密の話は、いま聞いた。
すると残るは……戦の、責任のありかの話。
「みんなも疑問に思ったはずだ。なんでヤリアなんて僻地にクリルファシートの大軍がいるのか、って。その理由が、これ。この戦いは、セリファルスが僕を殺すために仕込んだ謀略だ。僕が居なければ、この戦は起こらなかった。僕が居なければ、誰も死ななかった……!」
……それを聞いて、しかし、俺の心は荒ぶることなく凪いでいた。
秘密ってそんなもんか。まあ驚きはしたが、それだけ。
そんな、自分でもビックリするくらい冷静だった。
仲間が死んだ原因。なるほど、やはり尋常の秘密では無い。確かに、激怒してもおかしくなかった。アーク……じゃない、レウルートもそのつもりで話したのだろう。
けれど、俺は見ていたのだ。
仲間のために、涙を流して、血を流して戦う男の姿を。
それを見ておきながら、やつを責めることなど、できようもなかった。
……残念ながら、全員が全員そうというわけではなさそうだったが。
俺と同じく、大した怒りも抱いていなさそうなのが三分の一ほど。未だ事実を飲み込みきれず困惑しているのが三分の一ほど。……そして、激情に身を震わせているのが三分の一ほど。
「……なにそれ」
ユウロが冷えきった声で問うた。
「じゃあ、あんたが居なければ、シャガもトヴィもリンファもウィシュナも死ななかったってこと!? あんたが……あんたがみんなを殺──」
「ちょっと黙れ、ユウロ」
「っ! マサキ! あんたは、なんも思わないわけ!? アークが居なければ、このヤリアはずっと平穏で! 誰も死ななかったんだ!」
「……それはどうだか」
「何が言いたいのよ……!」
「アークにまだ聞きたいことがある。怒鳴るのはそれを聞いてからにしとけ」
「……聞きたいこと?」
「ああ。アーク?」
「答えるよ。なんだい?」
俺も見たことのない、感情の浮かない声と瞳でマサキは尋ねる。
「俺たちの学校に一度、【英雄】が……リール『ベリー』大佐が来たよな? あれ、お前絡みか?」
「うん、そうだ」
「それは、あの時点でお前はアイシャ姫殿下に繋がりがあったってことだな?」
「……そうだね」
「なら、そもそも、本来は非戦地域であるこのヤリアに俺たちが配属されたこと自体、お前のお陰なんじゃないか?」
「それは……」
「正直に言えよ。答える、ってお前は言ったぞ」
「マサキさんのおっしゃる通りです。アイシャ様に便宜を図っていただくのだ、と私はレウ様から聞いていました」
「シェーナっ!」
「ありがとう、シルウェさん。……あ、これも偽名だったりするのか?」
「私の話はまたのちほどに」
「あ、すいません。……それなら話は簡単だ。確かに、アークが居たからこのヤリアに敵が来たのかもしれない。けど、アークが居なかったら、俺たちはそもそも非戦地域じゃなく、前線に送られてたかもしれない。今みたいに平民だけの軍じゃなくて、上には威張り散らす貴族ども。士官候補生もクラスごとバラバラの戦場に配される。もちろん、アークやシルウェさん、その男みたいな【英雄】の助力も期待できない。……被害が多いのは、どっちだ?」
「それは……可能性論だ! そうなったかもしれない、というだけの!」
「そうだ。アークが居なければもっと被害は減ったかもしれない。アークが居なければもっと被害は増えたかもしれない。どっちも可能性だ。わかんねぇんだよ。だって、現実にはアークは居たんだ。わかるのは、今の二十五人残ったって事実と……こいつが、一人でも多く生かそうと必死に戦ってたことだけだ」
「っ!」
「俺はわかりもしないことで責めようとは思わない。で、あの戦場での事実は、こいつが仲間だと示してる。それ以上の何かが必要か?」
マサキのその言葉に、しばらく押し黙ったユウロは、ゆっくりと首を振った。
ごめん、とレウルートにぽつりと謝ると、膝を抱えて座り込んだ。
マサキの説得を聞いて、他に声をあげようとする者もいない。納得の程度は違うのだろうが、少なくともレウルートを仲間だと思っているのは、全員共通らしい。
ただ一人、当のレウルートだけが置いてきぼりを食らったような、釈然としないような顔をしている。
「……僕には罪があるよ」
「今、話を聞いた限りじゃそうは思わんね」
「……僕のせいで、ここに居られなかったやつが何十人もいる」
「お前のおかげで、ここにこれだけ仲間が残ったんだよ」
「…………僕は。……僕はッ!……君たちの、仲間でいいのか?」
「俺はさっきからずっとそう言ってる」
ぼろぼろと泣きながら、しかしレウルートはしっかりと笑った。
感想などいただければ幸いです。




