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007 家族会議と決意と

遅れて申し訳ないです

 シェーナが貴族の手先に誘拐され、それを僕が取り戻したあの事件の日から早くも一週間。村が襲われた時に犠牲になった人々の葬儀や埋葬も終わり、村中の暗いムードも徐々に払拭され始めたその日。

 我が家の食卓はかつてないほどの重苦しい緊張に支配されていた。


「さて……これから、第一回家族会議を始めるわ」


 重厚な声音で告げるのは、一家の主たるルミスさんだ。食卓に備え付けられた四人掛けのテーブルの一角に陣取っているが、目の前のテーブルの上には普段は見慣れない白い牙のようなものを加工したらしいネックレスが置かれている。

 その隣には初めてのことに若干おろおろした様子のシェーナが、そしてシェーナの向かいにはこれから槍玉に上げられることは間違いなく憂鬱この上ない僕が座る。これがこの家の定位置だ。


「おおまかな議題は二つ。まずは一つ目、一週間前のシエラちゃんの誘拐事件に関して、二人が持っている情報をお母さんにも共有させてほしいの」

「じゃあ、まずは僕から。今回の直接の黒幕はダリウス=グラス子爵という貴族だそうです。知ってますか?」

「いいえまったく」

「ま、子爵ですからね。なら、ラーネ=リーハウ伯爵は? 今回の事件は彼ら、いえ、より正確に言えば彼らを勢力に擁する王子が起こしたものだと僕は睨んでます」

「残念ながらその伯爵も知らないんだけど、まずはその考えの根拠が聞きたいわ」

「実行犯も詳しい背景事情は知らなかったみたいで、正直ほぼ僕の勘なんですけど。強いて根拠を挙げればタイミングですね。子爵とはいえ仮にも貴族がこの村を守護するルミスさんの存在を知らないはずがありません。なのに、ここに襲撃をかけてきたということは、あの日あの時だけはルミスさんがここに居なかったことを知っていたに違いない」

「……【神】が王宮に来訪することを知っているのは大臣を初めとする高位の貴族と王族くらいだから、ね。でもそれだけじゃ特定はできないんじゃない? それこそ大臣の可能性も……」

「それはないです。なんたって、彼らには動機がない。シェーナを害することでもたらされる攻撃の対象はルミスさんかあるいは僕です。この国の高位貴族がルミスさんを失う愚を知らないわけはありませんから、すると狙いは僕になります。けど、あの日に王宮で見た彼らの様子を見る限り、特段の積極性を持って僕を排除しようという様子はなかった。むしろ僕が憤激して政治をかき乱しにくる恐れがある以上、それは彼らの目的に対立してるとさえ言えます」

「だから犯人はレウル君が激怒して王宮やその貴族を攻撃するリスクというデメリットより、レウル君が恐怖して村に引きこもる可能性というメリットを重視する人間。で、それが王子たちだというわけね」

「はい。他にも下手人のアジトの情報とかもありますし、さっき言った貴族がどの王子の傘下なのか、とかまだ調査の余地はありますけどね」


 あのリーダーの男は本当に僕の命令には忠実に従っていたようで、金目の物を出せ、と僕が言ったときには彼らの生命線とも言えるアジトの場所を記した地図を遺していたようなのだ。後からそういえばと馬車の中身を漁って気がついたことだった。

 いまさらながら、問答無用に殺したことに若干の憐れみも覚えたが、やはりシェーナに手を出した以上相当、との僕の結論は変わらない。


「わかったわ。……シエラちゃんは、何かある?」


 彼女のトラウマを引き出すことになってしまうかもしれない、とやや遠慮がちに訊ねたルミスさんだったが、当のシェーナは特に気負った様子もなくしばし考え込んだあと、大したことではないかもしれませんが、と前置きして、


「あの人たち、母さまの『誓約』のことや父さまのことを知っていたみたいでした」

「! 私の『誓約』は想定の範囲内だったとはいえ、アルのことまで……。レウル君の王子犯人説が現実味を帯びてきたわね。、…………ええ、おおむねわかったわ。それじゃ、この件は今はここまででいいとして。本題の二つ目に入りましょうか」

「二つ目?」


 鬱々とした様子の僕を尻目に、きょとんと可愛らしく首をかしげるシェーナ。

 この一週間とても忙しかったから、というのは言い訳だが。

 実は僕は自分が【魔】と化したことをシェーナに話していないのだった。


「……レウル君?」

「ち、ちょっとタイミングがなくて……。僕も、ちゃんと話すつもりはありましたよ!?」

「……まあいいわ。どのみち、ゲスト・・・がこないとあまり意味はない話だものね」


 言って、パチンと指を鳴らすルミスさん。同時に魔力が指から弾けたことからなんらかの魔法を使ったんだろうけど、未熟な僕にはどんな魔法なのかまではわからなかった。

 しかし、今は僕以上に魔力を感知する能力が低いはずのシェーナがなぜかびくりと身を震わせ、戦慄しながらはねるように椅子から立ち上がった。


「うそ……この感じ……でも、そんな、ありえません……! 彼女は、もう……」


 コンコンコン。

 と、扉を叩く音。

 この場で客を迎えに出るべきは僕だろう。

 椅子から立ち上がり、扉を開け、彼女を招き入れる。


「っ! なんで……あなたは……」

「お久しぶりね、シェーナ」

「……リ、リューネ! な、なんで!? あなたは、四年前母さまに……」


 そう、そこにいたのは、例の彼女。

 夜の闇ごとき漆黒のワンピースに身を包んだ【夜の魔】リューネ『ヨミ』その人だ。

 当然ながら、彼女が生きているなど知らなかったシェーナの驚きようもひとしおだ。


「殺さなかったのよ。ルミスヘレナは。甘ちゃんよねぇ」

「いいから黙って席に着きなさい、リューネ『ヨミ』」

「つれないわねぇ、ルミスヘレナ。私と貴女の仲じゃない」

「貴女と仲良くなった覚えはないわ」


 からかうようにちょっかいを出すリューネをめんどくさそうにあしらうルミスさんだったが、その姿はとても本能すら凌駕するレベルの敵同士には見えなかった。せいぜい往年の喧嘩友達だ。

 シェーナもそう感じたらしく、若干はまだ混乱している様子ながらもそれ以上にほっとしたようで、落ち着いて椅子に座り直した。

 リューネもすぐに空いていた僕の隣の椅子に掛ける。


「さて……準備ができて早速だけど、シエラちゃんにはちょっとショックなお知らせがあるわ」

「え?」

「レウル君……いえ、リューネ『ヨミ』。貴女が責任もって説明しなさい」

「うぇっ!? こ、ここで私? 意地悪ね、貴女」

「で、なんなんですか? 焦らさないで教えてください」

「その……レウが、ね……」


 やっぱりこれじゃよくない。

 僕は言いづらそうに言葉を選ぶリューネの肩を軽く叩いて制した。


「僕が言うよ。それが筋ってものだ」

「みんなしてそんな……大変なことなんですか?」

「ってこともないけど。……僕、【魔】になっちゃったんだ。いや、なっちゃった、ってよりは、してもらった、かな。リューネに身を穢してもらってね」

「……私のせい、ですか」

「ん……んー……まあ、シェーナのため、ではあったんだけど。でも気に病んだりしないでね。ほら、【魔】としての生活もけっこう悪いもんじゃないし」


 これは事実だ。【魔】になって強化された膂力は普段の暮らしにも農作業にもとても役に立つ。

 と、まあそれはともかく、どうやら本当に僕が【魔】になったことに気付いていなかったらしいシェーナは、ルミスさんの予告通りショックを受けたようだったし予想通りのネガティブシンキングな質問もしてきたが、すぐに顔を上げて薄く微笑むと、


「でも、私とリューネは仲良くなれましたし、母さまとリューネだって仲良くなれましたよね。レウ様が【魔】になったとしても、私はレウ様の敵になったりはしません」

「もちろん僕もだよ。ルミスさんだって僕を殺したりしてないし」


 シェーナの仲良くなった、というセリフにいまいち異論があるらしい年長者二人が余計なことを言い出す前に僕も彼女にそう答えて笑顔を返した。


「それで、結局レウル君はどういう【魔】なの?」

「あ、じゃあちょっと自己紹介でも」


 こほん、と空咳を一つはさんで声の調子を軽く整えると、


「【夜の魔】リューネ『ヨミ』の眷族、【侵奪の魔】レウルート=オーギュストです。固有の能力は『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』。これは五感を通じて僕のことを認識した相手に変質させた僕の魔力を注ぎ込むことで対象を支配する能力です。五感のより多くを使って僕を認識した相手の方が支配しやすいですけど、普通の人間相手なら一感も侵せば十分ですね。あとは……」

「ちょ、ちょ、ちょ、そんな詳しく言わなくてもいいのよ!? もっと大雑把に、称号くらいを言えば十分で……」

「そうよ、レウ。私たちみたいな存在にとって、固有の能力は敵と戦う際の生命線。そうそう明かすものじゃないわ」

「それはわかるけど。ほら、今いる中で僕の能力を知らないのはルミスさんとシェーナだけなんだから、別に隠さなくたっていいだろう?」

「ルミスヘレナやシェーナ以外に話しちゃいけないってわかってるならいいわ」

「いいんですか? 一応私と母さまは【神】ですけど……」

「貴女たちはレウの敵にはならないでしょう?」

「もちろんよ。……じゃあ、レウル君のお言葉に甘えて、ちょっとだけその能力について聞きたいんだけど……」

「いいですよ。何ですか?」

「今、私はレウル君を目で見て、声を耳で聞いてるから二感を侵せる、でいいのよね?」

「そういうことですね」

「ならその支配、見たいわね。お母さんに魔力流してみてくれる?」

「え、でも……」

「大丈夫。これでも最上位の【神】の一柱よ?」


 そうは言っても、僕のこの能力は相手を侵し支配するもの。まかり間違っても親愛の情がある相手に使うべきものではない。

 しかし、ルミスさんの激しい催促と、リューネの、格上に能力を破られるのも貴重な経験、という言葉に僕もとうとう根負けした。


「わかりましたよ……。『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』!」


 どうせなら、と全力で魔力を注ぎ込む。やはりコントロールが甘く、多くが空間に漏れだしてしまうが仕方ない。

 僕の魔力がルミスさんの体に迫りその魔力を蝕もうとする。

 拮抗は、一瞬。

 バギン、とすごい音がしたのは僕の錯覚だろうが、流し込んだ魔力のほぼ全てを抵抗(レジスト)されてしまった。

 が、


「っ! 凄いわね……。ほんの少しだけど侵入を許しちゃった。……ってより、そういう作りなのかしら。格上相手にも、蓄積する毒のように魔力を染み込ませることができる。そして時間をかければ、あるいは今は視覚と聴覚の二つだったけど侵す感覚をもっと増やせれば支配もできる、と。……せっかくだし、フルパワーもいってみましょうか」


 え? と聞き返すより早く、ルミスさんが僕の手を握った。


「触覚。三つ目」


 そのまま手を引いて抱き寄せ、僕の首筋に顔を埋める。


「嗅覚。四つ目」


 そのまま、ちろりと首筋を舐められた。びっくりして変な声が出る。


「味覚。五つ全部。さ、どうぞ」


 義理とはいえ母親になすがままにされ、それを幼馴染みの女の子たちにまじまじと見られるなんて恥ずかしくとたまらない。さっさと終われとやけっぱちのように魔力を解き放つ。


「っ! うそ、これ、比例じゃなくて累乗的に力が……! まずいまずい本当に支配され……っぶない!」


 バギャン、とさっきの何倍も乱暴に抵抗(レジスト)された。


「うわっ!」

「あは、ごめんごめん。ちょっと余裕が無かったわ。予想よりすごい能力ね」


 でしょう、となぜかリューネが薄い胸を張る。

 高位の【神】であるルミスさんにここまで誉められれば僕も嬉しい。

 が、それに釘を刺すように、


「惜しむらくはレウル君の魔力の制御がまだまだね。半分くらい漏れてたでしょ? 要訓練ね」

「はい……。っと、そうだ、話は変わるけど、シェーナ」

「はい?」

「シェーナは僕が【魔】になったの気付いてなかったんだよね? リューネに感じるみたいな感覚、無かった?」

「言われてみれば……レウ様にはまったく感じません」


 それはおかしい。

 シェーナだって正真正銘の【神】でリューネを感知出来ることからもそれは明らかだ。

 ルミスさんに目配せすると、僕の意図を正確に受け取ってくれて、


「私は感じるわね。レウル君が特別ってことはないはずよ」

「ってことはシェーナが特別……?」

「それは今考えても仕方ないんじゃない? やっぱりレウが特別なのかもしれないし、シェーナが特別なのかもしれない。あるいは、二人ともってこともあるわね。どれにせよ、情報が足りなさすぎる。それより、もっと日常に差し迫った話をしましょうよ。例えば……レウはこれからもこの村に住んでていいの?」

「え……? そんなこと、当たり前じゃないですか。レウ様はれっきとした村の一員で……」

「いや、リューネの言うことも一理あるよ。だって僕はやっぱり【魔】なんだから。村のみんながどう思うかって考えたら、ね」

「ならレウは私と暮らさない? 森で二人っきりの爛れた生活でも送りましょう?」


 誘惑するように過激な発言と共にリューネが僕の体にしなだりかかってきた。かつてはいい保護者の面ばかり僕らに見せていた彼女にしては珍しいことだ。実際、シェーナは(彼女にしてはそこそこ珍しいことに)口をぱくぱくさせて驚愕を表していた。

 しかし、当の僕の方は冷静なもので、それもそのはず、そのシェーナを横目で見てにやにやといやらしく、だがどこか楽しそうに笑うリューネの姿が目に入れば、彼女のらしくない振る舞いの目的もわかろうというものだ。


「た、爛れ……って、もう! リューネはなに言ってるんですか! 母さまからも何かいってください!」

「いいわよ、別に」

「爛れた生活がっ!?」

「そうじゃないわ、シエラちゃん。レウル君も村に住んでいいって話。確かに【魔】だっていうのは吹聴しないほうがいいかもしれないけど、もし言ってもみんな別になんとも思わないわよ。私たちだけじゃない。みんなもあなたのことを信頼してるもの」

「……ん? ってことは私はまた森で一人ぼっち!? 嫌よ!? いい加減寂しいわ!」

「そうですよね……。母さま、私からもお願いします。リューネも一緒に……」

「それもいいわ」

「へっ!?」

「あら、なら森に帰る? リューネ『ヨミ』?」

「嫌! ……だけど、貴女の真意を聞きたいわ」

「貴女は間接的にだけどシエラちゃんを助けてくれた。まあ多少は信頼できる【魔】だと思ったってだけの話よ」


 厳密に言えば、それだけではないだろう。

 リューネは僕を【魔】にするために結構な量の力を注ぎ込んでくれたために、以前より三割強も弱体化していた。

 かつてなら、特定条件下に限られるとはいえ、ルミスさんさえも打ち負かすほどの力を持っていた彼女も、今やルミスさんとどっこいどっこいくらいだろう。また、リューネがなにか悪いことをしても僕がルミスさんの側の戦力に数えられるようになったというのも大きい。要は、いざというときも無理矢理押さえ込めるから、というわけだ。

 それに思い至らないリューネではないだろうが、今はそれで十分と思ったのか、一つ嘆息をするとルミスさんの申し出を受け入れた。

 三人の間に一件落着、とばかりに穏やかなムードが漂う。

 三人。

 つまり、僕を除いた、三人。


「……僕は、その提案には乗れません」

「「「え?」」」

「僕は村には住めないです。ごめんなさい」

「っ! ……どうしてですか? 母さまは、【魔】でもいいって……」

「違う。違うんだよ、シェーナ。僕はね、決めたんだ」


 一度は、諦めた目的だった。

 そして、それでいいとも思っていた。僕の本当の幸せはきっと、この村で過ごす日常にこそあると気づいたからだ。その想いは今も変わってはいない。

 けれど今、かつてとはまったく違う理由で、しかしかつてとまったく同じものを追い求める決意を僕はもう固めていた。

 それは、シェーナを、村のみんなを、ひいては僕の大切な人全てを守るために。


「僕は、王になるよ。僕が、僕の手で、全てを守る」


 僕はそう、高らかに宣言した。

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