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069 奥の手と救援と

「くははは、いいぞ、いいぞ! オラ、もっと来いよ、ウェルサームの【英雄】!」

「黙ってろよ……! 不愉快だ!」

「ははは! 相変わらずつれない男だ! だが俺は楽しくて楽しくて仕方ねぇよ! 初めはうざってぇだけだったテメェも、今はどう殺すか考えるだけで滾ってくる!」

「五月蝿い。黙れと言ったぞ、変質者」

「はは、言ってくれるねぇ!」


 喜色満面といった様子で気色の悪いことをほざきながらも、ヴィットーリオの攻勢が緩むことはない。

 言葉の通り、戦意を今まで以上に滾らせて切りかかってくる。

 いや、それだけじゃない。

 打ち合ううちに、緒戦と明らかに違う部分に気づかされる。

 ヴィットーリオの得物だ。

 今まで使っていたのはなんの変哲もない剣だったはずだが、今この男が振り回しているのは明らかに尋常な得物じゃない。

 ヒュ、と風を切りながら斜めに降り下ろされる剣。それをこちらの剣で受け止めた瞬間、異常な手応えが僕の腕を震わせた。

 見れば、ヴィットーリオの剣が僕の剣に食い込んでいる(・・・・・・・)。そう、奴の剣は鋼鉄で出来た僕のそれを数センチほど切り裂いたのだ。じわじわと鍔迫り合いをしている今も、少しずつ僕の剣は押し切られている。いわゆる斬鉄剣。【英雄】の膂力なら決して不可能とも言い切れないことではあるが、本来的なそれは切るというより叩き折る方が近い。さらには、そんなことをすれば、切った側の得物も無事ではすまない。ひび割れですめば御の字、まずそちらも砕け散ることだろう。だから、僕らは武器を無理に扱うことはしない。普通なら、そうなのに。

 ともかく、このままでは剣ごと叩き斬られて殺される。そう判断し、剣に込めた力を緩めながら、剣線から体をずらす。

 瞬間、交えていた剣から圧力が消える。とうとう剣が切り飛ばされたのだ、と気づいたのは、頭のすぐ上をヴィットーリオの刃が通り抜けた後だった。

 半ばから断たれ、使い物にならなくなった剣をヴィットーリオへ投げつけながら、バックステップで距離を取る。

 が、


「はっ! 小賢しいんだよォ!」


 すぱん、と一刀に、投げつけた剣が真っ二つに切り伏せられた。

 縦方向に断ち切られた剣を見て、流石の僕も青ざめる。


「っ!? なんなんだよ、その剣……!」

「はは、いいぜぇ! 今の俺は気分がいい! 教えてやるよ! こいつは魔法を施した剣だ! 『累加』の魔法……マリアンのやつが造ったものだ。いい切れ味だろう?」


 にやり、とどこか誇らしげな笑みを浮かべながら、ヴィットーリオは言う。

 『累加』の魔法は物体の特長を延ばす魔法。剣に施したのであれば、その切れ味が増すのは道理だ。いや、あるいは、小枝のように軽々と振り回す姿を見る限り、剣の重量なんかも軽減されているのかもしれない。

 まったくもって、冗談じゃない。僕とヴィットーリオの近接戦闘の腕はほぼ互角。そこに、明らかな武装の格差が加われば、どうなるかなんて明白だ。

 ……そもそも武器を失っている今の僕はそれ以前の問題かもしれないが。

 ちら、と敵兵の様子を伺うが、僕の『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』を警戒してのことだろう、遠巻きにこちらを眺めるだけで近づいたり手を出したりしてくる様子はない。これでは武器を奪うのも楽ではなさそうだ。

 このまま素手で奴の攻撃を捌きながら、周りの敵から武器を奪う。なかなか骨が折れそうだ。


「さあ、いくぜ、ウェルサームの【英雄】」

「……来いよ、ヴィットーリオ『ロゼ』」


 内心の不安を悟られないように身構えながらも、額から冷や汗が一筋垂れる。

 刃を晴眼に構えたヴィットーリオが一歩を踏み出そうとしたその瞬間、


「アーク! 躱せよっ!」


 声がした。

 咄嗟に、後ろへ跳ぶ。

 一瞬の後、僅かに耳に届いた風切り音とともに何本もの矢が飛来する。

 流石にヴィットーリオもその中を突っ切って僕を追う気は無いようで、その場で矢を払う奴と一拍早く動いていた僕の間ではおよそ三歩分ほどの距離を稼げた。


「アーク! 無事だな!?」

「ハーレル、ヤコブも! 助かった!」


 僕とヴィットーリオの戦いを遠巻きに眺めるクリルファシート軍を切り裂いて駆け寄ってきたのは、僕の部下ということになっている中隊の仲間たち。人数はおおむね二十人ほどか。

 囲みの外から聞こえる銃声や怒声から察するに、彼らだけで突撃してきた訳ではなく、他のウェルサーム軍の部隊から支援されて僕を助けに来たのだろう。

 だが、あのヴィットーリオ『ロゼ』の前に仲間を置いておきたくはない。


「けど、僕は大丈夫だ。向こうでシェーナが戦ってるはずだから、君たちはそっちに……」

「そっちはマサキたちが行ってる。心配するな。それに、大丈夫にはまるで見えないぞ。武器も失ってるみたいだしよ」

「う……」

「ほら、使え。ヤコブのも」


 差し出された二本の剣を受けとる。元々、彼らは僕に渡すつもりだったようで、腰には自分の得物を下げている。

 予備の一本まで用意してくれたのはありがたい。あのヴィットーリオの剣の切れ味を見たあとでは、予備も必須とすら言える。


「……ありがとう。ここは危険だから、君たちはすぐに離れて……」

「さっきも言ったが、シルウェさんの方にはマサキたちが行ってる。もちろん、ラグルス少佐率いる他の部隊もあちらこちらで戦ってる。そもそも、今さら戦場で危険もクソもあるか?」

「……それは」

「こっちに来た連中はお前を助けるために来たんだよ。諦めて、俺たちに援護させろ」

「ハーレル……でも」

「ごちゃごちゃ抜かすな。お前が【英雄】だろうがなんだろうが、俺たちが戦わない理由にはならない。お前が俺たちの戦いを肩代わりする理由にもな」


 それは結局、シェーナや、バークラフトから何度も言われていたのと同じことだ。僕には仲間を危険に晒したくないあまり、彼らを過剰に庇護しようとする悪癖があるのだ、という。

 彼らは僕の部下や仲間であっても、おんぶにだっこの子供じゃない。


「……そうだね。わかった。力を貸してくれ、ハーレル」

「始めからそのつもりだ。指示を頼むぞ、中隊長」

「ああ。なら、一つ。僕と一緒にあの【英雄】に突っ込む気のある馬鹿はいない?」

「【英雄】に? やれと言うなら囮も捨て駒もやってやるが」

「そんなんじゃないさ。勝算はある。けど、危険だ。向こうがタネに気づいたら一瞬で殺されるかもしれない」

「へぇ、俺たちが【英雄】と戦えるって? 面白い。俺がやろう」

「乗った。俺にもやらせろ」


 ハーレルとヤコブ、それにダヴィドとエドウィンが真っ先に手を上げた。

 他にも数人、手をあげようとする面子がいたが、人数的にはこのくらいがいいだろう。あまり多くても魔力が足りない。


「で、どうすんだ?」

「僕を見て、声を聞いていてくれればそれでいいさ」


 それ(・・)は、前々から僕の頭のなかにはあった発想だった。

 僕は『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』を、『魔力で侵した相手の意思を抑圧し肉体の支配権を得る魔法』としてばかり使っているが、それはこの魔法の唯一の使い方じゃない。

 ……初めはほんの思い付きからだった。もし、僕が支配した相手に普通ならできもしない命令を下したらどうなるのだろう、とある日ふと思い付いたのだ。例えば、なんの変哲もない人間の男に、巨大な岩石を素手で砕け、と命じたら?

 結論から言おう。

 できるのだ(・・・・・)

 僕が支配した男は、数度岩石に拳を打ち付け、なんと岩を砕いてしまった。彼の拳もまた砕けていたのだが、だからといって一般人が岩を素手で砕けるはずもない。

 驚いた僕に、そば見ていたリューネが曰く、男に流し込んだ僕の魔力は、男の肉体を操る『支配』の魔法へ変質するだけでなく、男の肉体を『強化』していたという。それは僕が下した不可能な命令を可能にするために。つまり、僕の『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』は相手に僕の命令を実行(・・)させる魔法ではなく、相手に僕の命令を実現(・・)させる魔法なのだ、と。

 もちろん、どんな命令でも実現(・・)できるわけではない。効力の高い魔法はそれ相応の魔力を消費する。僕が相手に注いだ魔力分は必要な魔法が発動し、実現(・・)できる、というわけだ。


「『ヴィットーリオ『ロゼ』を殺す。そのために必要な力を貸せ』」


 翻って、今。

 手をあげた四人の仲間の体に魔力を流し込んだ僕は、命令を下した。彼らの体に僕の魔力が満ち、そしてそれは彼らの肉体を『強化』した……はずだ。生憎と、僕にはどんな魔法を経て僕の命令が実現(・・)されるのか知るすべがない。

 一応、敵を支配している場合はまず意思と肉体を制圧する『支配』を発動しなければいけない一方、今のように支配対象と僕の意思が合致している場合はその必要はなく、その分の魔力も命令の実現(・・)へ使うことができる……はずだ。これもやはり、理屈の上ではそうだ、というだけ。僕に本当のところを知るすべはない。

 この不透明性ゆえに、僕はこの使い方を避けていた。本当にうまくいくかもわからないから。そんなものに仲間の命を賭けたくなかった。それに、これには重大な欠陥もある。

 けれど、今の僕はそんなものに縋らざるをえない。正直にいって、このままではヴィットーリオに勝てない。僕が負ければみんな死ぬ。なら、一か八かでも賭ける他ない。


「ッ……!? な、なんだ、これ!? アーク、何かしたのか!?」

「ちょっとした手品さ。どう? いけるかい?」


 突如与えられた力に戸惑いの声をあげるハーレルたちだったが、僕が問うと自信もあらわに頷いた。


「ああ!自分の体じゃないみたいによく動く!」

「上等。じゃ、始めようか。……待たせたな、ヴィットーリオ」

「おうおう、いくらだって待ってやるぜ? なんたって、お前がなにもせず突っ立ってる間、数で勝るこっちはどんどんお前の仲間を殺してるんだからよ」

「それもここまでだ。お前を殺して終わらせる」

「ご託はいい。来るんだろ? 早くしろよ!」


 返事は言葉でなく、駆ける足でもって返す。

 ヴィットーリオは僕だけでなく仲間たちも同様に向かってくるのを見て驚いたような顔をしたが、動揺はなく、すぐに意識を僕一人へ集中させた。

 ……その隙を、ハーレルが突く。


「死、ねェッ!」

「ッな!? 速……クソッ!」


 人間離れしたスピードで斬りかかられたヴィットーリオは、咄嗟に転がって刃を躱す。ハーレルの一撃は、奴の背を浅く切るに留まった。

 当たり前ではあるが、やはり彼らの能力は【英雄】にはかなり劣る。あのタイミングでも攻撃が当たらないとなると、ヴィットーリオの相手はできない。

 ……ただしそれは、一対一なら、の話だ。

 咄嗟の回避で地面に伏せる形のヴィットーリオを、ヤコブが追撃する。その次はダヴィドが、エドウィンが。

 その一つ一つを紙一重で、しかし確実に最小限のダメージに押さえ込むヴィットーリオ。

 しかしそこに、僕が本物の【魔】の速度で刃を突き出す。

 その緩急は、ヴィットーリオの意識を混乱させる。


「っ、クッソォ、なんだ、テメェら!」


 答えない。

 ただ、僕らは息を合わせて、息を吐かせぬ連撃で攻め立てる。

 右腕を浅く裂く。大腿動脈のそばを剣が通り抜ける。心臓を狙った一撃は白刃を握り止められる。その刃を握った左腕を斬りつける。そして。背後からのヤコブの一刀がヴィットーリオの左肩に突き刺さった。


「ぎ、ィッ……! 死、ねェェエエエ!」

「『ヤコブ、剣は抜かず下がれ』!」


 刺さった剣を筋肉で締め、捕らえたヤコブを恐るべき『累加』の剣が斬ろうとするが、僕の命令が間に合う。

 今まで以上の速度でヤコブが下がった。

 僕らの攻勢が中断する。ヴィットーリオは、身体に刺さった剣を抜いて放り捨てた。

 ヤコブには僕が持っていた予備の剣を渡す。もう一度、さっきと同じ攻撃のタイミングを計る。

 このまま行けば勝てる、とそう思った僕を嘲るように、浅くない手傷を負ったヴィットーリオは笑い始めた。


「ははっ! ははははは! やってくれる! だが、わかった! 今のでわかったぞ!」

「何が……」

「『浄化』」


 ぶわ。

 清浄な風が淀んだ空気を消し飛ばすように。

 ハーレルたちの体内から魔力が消えた。


「あ!? なんだ、力が……」

「ッ! くそっ、本当に気づいて!」


 僕のこの力の使い方は、一見今までのそれとまるで違うもののように思えるが、その実、毒を転じて薬にしているようなもので、その本質は変わらない。

 ……つまり、ヴィットーリオの『浄化』がクリティカルヒットする。これが、この戦い方の欠陥。

 力を失ったヤコブにヴィットーリオが迫る。


「オラ、お返しだ」

「させるか!」


 立ちふさがるように移動しながら、ヴィットーリオの剣を受け止める。

 ギギ、と嫌な音と共に、またも『累加』の剣が僕の剣を押し切っていく。

 鍔迫り合うのは駄目だ。力を下方へ流し、剣をいなす。そのまま横蹴りでヴィットーリオを吹っ飛ばすが、さして堪えた様子はない。

 どころか、


「テメェら! 見物は終わりだ! あの【英雄】の魔力もそう多くは残ってねぇ! 数で捻り潰せ!」


 その見立ては実際正しかった。ここまでシェーナと二人で切り込んでくる際に魔力を使い、今仲間を魔力で強化したことで、僕の今の魔力は全快の三割弱まで落ち込んでいる。

 観戦の輪が縮み、敵が四方八方から押し寄せてくる。

 その被害を受けるのは、輪の内側、僕の後ろで援護をしてくれていた中隊の仲間たち。

 【英雄】ならぬ只人の彼らは、数の前には無力だ。一人は剣で斬られて死ぬ。一人は槍で突かれて死ぬ。一人は倒されて踏みつけられて死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。

 仲間を助けようとした僕の前に、ヴィットーリオが立ちはだかる。


「そこをどけ、ヴィットーリオぉぉぉおおオオ!」

「いいからかかってこいよ! テメェら全員殺してやる!」


 視界が灼熱する。理性は半ばトんでいる。

 がむしゃらに、切れ目の入った剣を振り上げてヴィットーリオを襲う。打ち合う。打ち合う。切っ先が切り飛ばされた。大丈夫だ。まだ使える。頬を刃がかする。大丈夫だ。こんなものは当たったうちに入らない。打ち合う。剣がまたも半ばから断たれる。

 ならば、とナイフのように短く持ち、接近戦に持ち込む。ゴッ、とヴィットーリオの肘が僕の頬を打ち抜いた。視界が回る。歪む。だが、ここで不用意に下がればそれは奴の剣の間合い。

 わずか残った理性が、無意識的に足を前に動かし、僕の命を救った。

 けれど、次に放たれた蹴りは僕の腹に突き刺さる。ひどい嘔吐感が込み上げるが、堪えて前を向く。

 嗤うヴィットーリオが見据えるのは僕……ではない。

 あの方向は、ハーレル。


「『ハーレルっ! 逃げろっ!』」


 命令がまともに効力を発するより早く『浄化』された。

 たった一歩の後退では、【英雄】からは逃げられない。


「ハーレルっっっ!」

「はははっ、絶望しろよ、ウェルサームの【英ゆ、ぐぼッごっはぁあぁっ!?」

「…………え?」


 今にもハーレルを殺そうとしていたヴィットーリオが、意味不明な呻き声をあげて吹き飛んだのには、もちろん理由がある。

 それは、突如、地面から巨岩が高速でせりあがり、アッパーのようにヴィットーリオの身体を打ち抜いたから。


「おー、俺ってば、なかなか悪くないところで来たんじゃないッスか?」


 飄々とした、男の声。


「王子サマもちゃんと生きてるっぽいし、これであの怖い怖い【夜の魔】に殺される心配も無いってもんッスよねぇ?」


 それは、かつて僕を殺しに来た刺客の一人。

 リューネに叩きのめされ、僕への隷従を誓った最初の【英雄】。


「ツトロウ、ス……?」

「おぉ、正直忘れられてんじゃね? って思ってましたけど、案外そうでも無かったんスねぇ! ええ、殿下、あんたの第一の【英雄】、【岩石の英雄】ツトロウス『メイ』が来てやりましたぜ?」

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