067 小康と気がかりと
本当は昨日投稿しなければいけないのをすっかり忘れておりました。
申し訳ありません。
声だ。
叫び声だ。
激憤し、狂奔に駆られた叫び声だ。
声だ。
歓声だ。
堕ち果て、命ある喜びと命奪う後悔をまぜこぜにした狂気の歓声だ。
声だ。
悲鳴だ。
襲われ、奪われ、犯され、殺される。財産を、希望を、尊厳を、生命を。その全てを失う悲鳴だ。
声だ。
勝鬨だ。
自らが生き延びた安堵と、仲間が生き延びた幸運と、悪を討ち国を護った名誉に彩られた勝鬨だ。
声だ。
断末魔だ。
死を恐れ、憎み、嫌悪する、精神なき、理性なき、魂と本能だけに塗れた咆哮のごとき断末魔だ。
声だ。
声だ。
声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ声だ。
無数の声が、僕の身に降り注ぐ。
人が人を殺す。人が人に殺される。そんな声が降り注ぐ。
何も今に始まったことじゃない。今までだって僕は僕の敵を何人も殺してきたし、仲間を何人も喪ってきた。
ああ、だけど。
「がッ……ハ……! ア、アー、ク……」
「っ……!」
仲間が死ぬ。腹を貫いたあの槍は、間違いなく致命傷。僕の名を呼んで、僕に縋るように手を伸ばして、仲間が死ぬ。仲間が断末魔を残して死ぬ。
……そうか。僕は、目の前で仲間を喪う戦場は始めてだったんだ。目の前で、敵が歓声をあげながら仲間を討つ戦場は始めてだったんだ。
救えない。
救えない。
眼前の敵を排除せねば、仲間は救えない。
「そこをどけ、ヴィトーリオぉぉぉおおオオ!」
「ハッ! 怒るフリは止めろよ、偽善者! お前はどうせ仲間よりも自分が大事なんだろォが?」
「黙れ……!」
「ハハハ、図星か? そォだよなぁ? 本当に何より仲間が大事なら、ここで危険も省みずに俺に向かってくるはずだもんなぁ?」
「黙れぇぇぇえええ!」
「そうだ! 逃げずにかかってこいよ! そうすりゃ俺がテメェをぶっ殺してやれる!」
剣を振りかざし、ヴィトーリオへと走る。
……どうして、こんなことになったんだっけ? 僕はどこで間違えたんだろう?
始まりは、今朝。昨夜からの予想通り、キュリオ少佐が僕らを訪ねてきたことだった。
◆◇◆◇◆
ぱちん、と眠っている僕の頬が叩かれた。
「わ、な、何?」
「申し訳ありません、若様。少佐がいらっしゃいました」
「おう、悪いな、アーク。朝っぱらから」
寝起きで慌てる僕に、部屋の入り口に立つ少佐が声をかけた。
寝起きが弱い僕とはいえ、さすがに上官の前で寝こけられるほど無神経ではない。
すぐにベッドから立ち上がり、少佐に椅子を勧めたが、彼は首を横に振って遠慮した。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。少佐もあまりお休みになられていないというのに」
「気にするない。俺なんざよりお前のがよっぽど疲弊してるってくらいは理解してるつもりだ。……今だって、お前たちを戦場に送り出しに来てるんだからな」
「方針が決まりましたか」
「ああ。俺たちはヤリアを捨てる。全軍でここから逃げることに決まった」
「全軍、というのは……」
「文字通り、全軍だ。負傷者も含めての」
ここまでは昨日シェーナが盗聴してきた内容の通り。僕らにとっては予定調和だ。
問題はここから。
「だが、無防備なまま逃げるわけにはいかない。敵の追撃を受け放題になるからな。だから、逃亡する軍の最後尾で迎撃する役目が必要になる」
「殿軍、ですか」
「そうだ。それをお前に任せたい」
「軍命とあらば。実行はいつに?」
「すぐにでも、だ。お前も部隊をまとめておけ。……ところで、アーク。俺が来たのは今の命令を伝えるためだけじゃねぇ。お前に聞きたいことがあってな」
「なんでしょうか?」
「そこの女、【英雄】だな?」
「はい」
「……あっさり認めるのか」
シェーナを指差してそう問うた彼に、僕はためらうことなく頷く。
少佐はいくぶんか拍子抜けしたような、あるいは安堵したような調子でそう漏らした。
「数日前の襲撃の折、敵方の【英雄】を撃退した時点で彼女の正体が明るみに出るのは時間の問題だと思っていましたので」
「そうか……。なぜ、隠していた?」
「結果的に、この前は勝利できたとはいえ、彼女はそもそも戦いに優れた【英雄】ではありません。この砦に置いて防衛に当たらせた方が有意義だと判断しました」
「アーク。俺が聞いたのは隠していた理由だ。お前が答えたそれは別のことだろい」
「……彼女のことを明かせば、彼女も私同様、前線に送られるだろうと思ったからです。それは効率的ではありません」
「はぁ……。俺たちをもっと信用してくれ……とは、言えないな。喉から手が出るほど戦力に飢えていたのは事実だし、今もお前たちに危険な任務を与えようとしている。だが、アーク。今回ばかりは譲れん。そっちの【英雄】にもお前と共に出陣してもらう」
「……命令を受諾します。シェーナ?」
「若様のご意向のままに」
「……すまん。俺たちを恨んでくれていい」
「いえ。敵を恨むことはあれど、少佐方を恨むことなどありません」
「…………」
つらそうに薄く微笑み、されど何も言わないまま、少佐は踵を返して僕らの部屋を後にした。
まったく、ほとんど雑兵と大差ないような士官候補生相手に、人のいいことだ。
「随分素直に引き受けられましたね。良かったのですか?」
「ま、僕がなんと言おうと向こうは僕らに頼る以外方法がないからねぇ。ここで強硬に拒みでもしたら、戦いの前に内紛で崩れちゃう。一応、僕はいままでずっと従順に従ってきたし、こういう命令に素直に従うのもさほど疑われはしないでしょ」
「この後は、予定通りに?」
「ああ、タイミングをみて裏切る。それこそ、ずっと従順だった僕が裏切るなんて思ってもないだろうし。……けど、中隊の仲間は救いたいな」
そのためには中隊の仲間たちには裏切りに賛同してもらわなくちゃならない。わりとあっさり軍を切れそうなやつも、そうでないやつもいる。そいつらも説得しなくちゃいけないが、説得に失敗すれば計画はご破算だ。
「はぁ……。難儀しそうだなぁ。まずは、バークラフトとマサキに相談してみるか」
「では、私がお二人をお呼びして来ますね」
シェーナが動き出そうとした瞬間、バタン、と勢いよく僕らの部屋の扉が開かれた。
ノックもせずにいったい誰だ、と顔をあげてみれば、奇遇にもそこにいたのは今まさに呼び出そうとしていた二人だった。
「ああ、ちょうどよかった。二人にちょっと相談が……」
「後にしろ! ていうか、ついてこい!」
「へ? なに、なに?まさか、敵襲!?」
「もっと大事件だ!」
「もっと?」
「カーターが目を覚ましたんだよ!」
マサキの言ったその言葉は、確かに敵襲などとは比べ物にならないような大事件だった。
ただし、それはいい意味で。
◆◇◆◇◆
「カーター!」
「ん……アーク、か。ったく、どいつもこいつも雁首揃えて、急に人気者になった気分だな」
僕らが衛生科に駆けつけた時には、もうすでに何人もの仲間たちが病床に横たわるカーターを取り囲んでいた。
何日も昏睡状態だったカーターは相応に衰弱しているようではあったが、気丈にもそれを表に出さぬよう、むしろ必要以上に陽気に振る舞っていた。
「カーター……! 良かった……! 目が覚めて、本当に……!」
「……ああ、ありがとう、アーク。でも、俺がこうして寝こけてる間に仲間が何人も死んでた。……ベイムだって。やっぱり、死んじまったんだな、あいつも」
「カーター、あいつのことを気に病んでるなら、それは」
「俺のせいじゃない、か? ありがとな、バークラフト。けど、俺があのとき出しゃばらなきゃあいつも死ななかったかもしれない……」
「それを言ったら、みんなが命を落とした責任は僕にある。カーターは知らないだろうけど、僕は……」
「【英雄】、なんだろ? 聞いた。……いや、そうだな、悪い。もう言わない」
「そうそう、余計なことは考えずに体を治すことに専念しろよ」
「ああ……。お前らもこれからいろいろあるんだろ?」
「あ、そういや、アークがさっき俺たちに話があるとか……次の作戦のことか?」
「うん。ついさっき、少佐から僕に指令があった。みんな、荷物をまとめて、すぐにでも砦から出れるようにして。って、荷物なんかみんなほとんどないだろうけどさ」
「荷物? ってことは……」
「バークラフト、みんな。少し、アークと二人で話をさせてくれるか?」
「おいおい、お前は病み上がりだろ。俺たちはもう行くし、できるだけ安静に……」
「頼む」
「……はぁ。わあったよ。アーク?」
「ああ、いつも通りよろしく頼むよ、副隊長」
バークラフトは嫌そうに表情をゆがめ、しかし最早ここまでくれば不満を言う気もさすがに起きないようで、ひらひらと手を振りながら、みんなを引き連れて衛生科を後にした。
「それで、僕に話っていうのは?」
「仲間の……平民科五組の連中の中で、俺以外に動けない負傷者はいるか?」
「いや、君だけだ」
他の動けないほど重症だった仲間たちは、みな死んでしまった。
カーターも、返答を聞いて察したのだろう。小さく目を伏せた。
「……次の作戦内容、教えてくれるか」
「撤退だってさ。全軍でヤリアから逃げる。で、僕らは殿軍。誉れある任務だね!」
「……あんたはそんなこと毛ほども思ってないだろ。聞かせろよ。どうするつもりだ?」
ぐっ、と僕の襟首を掴んでこちらに引き寄せると、カーターは脅しかけるように問いかけた。
試されている、と直感的にそう感じた。
どう答えるのが正しい? どう答えれば僕にとって最善だ? 素直に本心を話すべきか? リスクを負わずに無難な答えを返すべきか?
ぐるぐるぐるぐる、無数の思考が僕の脳内を廻り廻る。実際に思考していたのは一瞬だったろうが。
(……いや。ここは僕のせめてもの責任と誠意を果たさなくちゃいけない)
「……裏切るよ。殿軍は務めるフリだけして放棄する。僕らだけで本隊とは別の方向に逃げれば、人数差からいって、敵の目が向かうのは僕らじゃなくて本隊の方だ。加えて僕とシェーナがいれば、逃げ切れない道理はないさ」
正直に、真実を。
聞いたカーターは、なにも答えない。しん、と僕らの間に沈黙がおりる。
ゆっくりと、彼は僕の襟首を離した。
「く、くく、ははは、ぐ、っう……」
「カーター!?」
「っ、大丈夫、大丈夫だ。笑ったらちょっと傷が痛んだだけだから。……やっぱりな。あんたはそう言ってくれると思ってたよ」
彼はそう言って笑う。
「……咎めないの?」
「咎めるかよ。俺だって知らない誰かより見知った仲間の方が大事なのはあんたと同じだ」
「そっか……。うん、なら安心してくれ。僕は仲間を最優先にするから」
さて、そうとわかれば僕も早速みんなと生き残るために動かなければいけない。
立ち上がって、みんなのもとに向かおうとした僕だったが、
「待ってくれ、アーク。話ってのは、これからなんだ」
「ん? 今のが話じゃなくて?」
「正確には、いまの話で心が決まった。あんたに、頼み事があるんだ」
「頼み……?」
「ああ。逃げるとき、自力で動けない俺は確実に足手まといだ。だから、俺は切り捨てろ。俺は見捨てて、他の奴らだけ連れて逃げてくれ」
「なっ……! ふざけるなよ! 僕がそんな話に頷くと思ってるのか!?」
「あんたはできるよ。あんたは俺の仲間を救いたいって想いを無下にできないだろ? 仲間の命がかかってるなら、尚更な」
「そんな、ことは……」
「でも、あんたはその選択をきっと悩む。悩むし、後悔する。だからさ、それは全部俺の願い通りだから悔やむな、って言っときたかったんだ」
「っ……!」
「話はそんだけ。仕事があんだろ? いいよ、行ってこい」
「……カーター。僕は誰も犠牲にするつもりなんてないぞ」
「ま、最悪それでもいい。けど、もし俺が死んでも、あんたにそれを重荷として抱え込んでほしくはないんだよ」
カーターがそう言ったのも全て、僕を思ってのことだというのはよくよくわかっていた。
わかっていたけれど……このときの僕は彼の提案を容れることなんてできやしなかった。
結局、そのまま僕は何もカーターに答えないまま、みんなのもとへ歩きだした。




