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061 決闘と崩壊と

先週に引き続き遅れまくりで申し訳ないです

「アーク中尉!」

「ん? 失礼、あなたは……」

「はっ! この南門城壁防衛隊の隊長に任ぜられております、ハリー曹長であります、中尉」

「そうか。よろしく、曹長。階級は僕の方が上だけど、この場の指揮官はあなたで、軍人としての経験もあなたが勝る。僕に阿ることなく存分に指揮を振るってくれ」

「ありがとうございます、中尉」


 なに、彼の指揮下のこの場所で勝手にうろちょろさせてもらうのだ。大きな顔をするつもりはハナからない。


「……ん! 動いた!」

「え?」

「向こうの【英雄】だ。一人でこっちに近づいてきてる」

「なんと……! 小生の視力ではよく見えませんが……少なくとも、敵軍は動いていないように見えますね」

「ああ、みたいだ。……何を考えている?」


 笑みを浮かべたヴィットーリオは、一人こちらへと歩み寄ってくる。にもかかわらず、背後の千人にも上ろうかという軍勢は微動だにせず、敵方に不用意に近づく総大将を見送るだけだ。

 しかし、近づかれ過ぎてもまずい。【英雄】ならば単騎でも容易く城壁を飛び越え、城門を押し開きうる。

 僕が出るか、と身を乗り出した矢先、砦から百メートルほどの位置でヴィットーリオが立ち止まった。その視線は明らかに城壁の上に立つ僕へ固定されている。


「よォ、ウェルサームの【英雄】! 都合がいいところにいるじゃねェか。降りてこいよ。一騎討ちだ!」


 一騎討ち?

 なぜ奴がそんなことをする?

 どのみち矢面に立つつもりがあるのなら、全軍で攻め上がった方が確実に決まっているのに。あるいは、兵の損耗を抑えようとした、とか?


「どうなさいますか、中尉」

「……ん、まあ、出ざるを得ないだろうね。放置は無理だ。しかし……向こうの思惑に素直に乗ってやるのも癪だな」

「射掛けますか」

「そうしようか。負傷させられれば上等、無理でも相手の反応が見られる」

「では、そのように。弩弓隊、用意! 目標、クリルファシートの【英雄】! ……射掛け!」


 ギギギ、と重量のある(バリスタ)が転回され、その照準を定める。実に五門の十連弩弓から合わせて五十本もの矢が一斉に放たれる。

 その全てがヴィットーリオに命中するほどは精度が高くないが、しかし遮蔽物もないような平野でこれほどの量の矢が降り注げば、瞬く間にハリネズミになるだろう。

 ……それは、相手が普通のニンゲンなら、であるが。

 ヴィットーリオ『ロゼ』はただ人ならぬ【浄化の英雄】。

 殺到する無数の『死』。その全てをヴィットーリオは弾き、切り伏せ、紙一重で躱す。

 わずかなかすり傷くらいは負ったようだが、およそ個人に使うような兵器による傷だと思えば、その成果は無いに等しいだろう。


「おいおい、手緩いなァ、【英雄】! 不意を討たれた訳でもなし、真正面からこの程度の攻撃が効くとでも思ったかよ!」


 眼下で煽るように叫ぶヴィットーリオをまるっきり無視して、曹長が僕に次の行動の確認を取る。


「もう一射いきましょうか?」

「矢の余裕は?」

「問題ありません。この砦に逃げ込むとき、輜重隊の連中が命がけで運んで来てくれましたから」

「そうか。なら続けていこう」

「は! 第二射、よぉぉぉぉい!」


 再び曹長の指示に従い、(バリスタ)に矢が充填される。

 しかし、


「チッ! 流石にそこまで悠長じゃないか!」


 ヴィットーリオ『ロゼ』が走り出した。城門へと一直線に向かう。

 二射目を撃てる頃にはもう奴は城門に到着してしまっている。

 僕は引きずり出されるように城壁から飛び降りた。


「ハッ! よォやく出てきやがったな、【英雄】!」

「ヴィットーリオ『ロゼ』……何が目的だ?」

「テメェを殺せばこの戦場もオシマイだ。本来はこんなところ一日で落として主戦場に取って返すつもりだったんだがなァ……」

「…………」

「一度目は俺が勝った。二度目はまあ、俺の負けっつうことでいいとしよう。コイツは三度目だ。これで決着としようじゃねぇか!?」

「吠え面かくなよ、【英雄】!」

「テメェはその心配は要らねぇなァ。テメェの仲間を殺すのは、テメェを殺した後にしといてやるからよ!」


 ヴィットーリオは一本、僕は二本、お互いに自らの得物を構え、呼吸を図る。


「シィッ!」


 先に動いたのは、奴。

 低い体勢から這うように迫る。

 切り上げるように迫る刃を左で受け止めると、そのまま地面に縫い止めんと突き立てたこちらの右の剣は、驚くべき瞬発力で飛び上がったヴィットーリオに避けられた。

 左の一振りを引き戻し、今度は下から逆さ杭のように突き上げたが、これは奴の剣で弾かれた。

 だがまだ主導権は僕にある。双剣の利である手数を活かし、次々に攻撃を仕掛けていく。

 左で斜めから袈裟に。右で横合いから一直線。左で肩額のど真ん中を貫く突き。右で膝を壊す足払い。そこなら流れるように右足を引き付け、横蹴りを放つ。

 しかし、ヴィットーリオはそのいずれも、いなし、受け流し、躱し、跳び跳ね、しまいには完璧に受け止めて勢いを殺す。

 蹴りを止められ体勢を崩した僕だったが、しかし奴はその隙を攻撃のためではなく、僕から離れるために使った。

 距離をとったヴィットーリオは、一息つくと、得物を下げる。

 戦闘に飽きたかのようなその態度を僕が訝しみながら隙を探っていると、奴は突然哄笑を上げた。


「ははははは!こんなもんだろ! ああ、十分だ!」

「……?何を言って……」


 ……不審な言動に、意図を問おうとした僕の言葉を遮ったのは、背後から炸裂した爆音だった。

 ズドォォォォォン!

 火砲をぶっぱなした時に鳴り響くそれを何倍にも増幅したかのような、猛烈な火薬の炸裂音。

 それが僕が背を向けて守る砦の方から響いた。

 始めに思ったのは、砦が砲か投石器で砦に攻撃を受けた可能性だ。

 だが、これはありえない。

 行軍中のウェルサーム軍に奇襲を仕掛けて壊滅させることでヤリアを手に入れようとしていたクリルファシート軍が、登山という過酷な進軍を前にして、攻城兵器などというお荷物を持ってきているとは考えづらかったからだ。第一、そういった兵器を携えているならば籠城戦になった時点で真っ先に使うに決まっている。そうなっていない時点でこれは明白だった。

 それに、僕から見える砦は攻撃を受けた様子はない。

 ……であれば、ことが起こったのは、この位置からは見えない他の三方の城壁のうちのどこか。南門城壁の上で防衛に当たっている守兵たちの視線を追えば、それがここから真反対に位置する北の城壁で起こったナニカだということがわかる。

 そして、攻城兵器でないとするならば、起こったナニカの選択肢はそう多くない。真っ先に思い付いたのは、一つ。


「もう一人の【英雄】かッ……!」

「おうおう、察しがいいねェ。【累加の英雄】マリアン『センショウ』。そいつが一人でテメェの大事な砦をぶっ壊してくれた、っつうわけだ」

「……砦には千人を越える戦闘要員がいる。たとえ【英雄】といえど、単騎で落とせるものか。返り討ちに遭うのが関の山だ」

「クク、【英雄】一人返り討ちにするのにそっちは何人死ぬのかねぇ?」

「…………」

「ははははは! それに、こっちも貴重な【英雄】をむざむざ死なせるつもりはねぇんだわ。なぁ、ウェルサームの【英雄】。わざわざ俺がリスクの高い一騎討ちなんて仕掛けてまで兵の損耗を避けたのはなぜだと思う?」

「ッ!? まさかっ……!」

「お前らァ! いよいよ待ちに待った時が来たぞ! ウェルサームのクソッタレどもを殺し尽くしてやれッ!」


 ヴィットーリオの叫びに呼応して、後方で待機していた敵軍が半分に別れ、そのうちの片方は砦を迂回するように動き出す。ナニカが起こった砦の北側に回ろうとしているのは明白だ。


「行かせるかッ!」

「行かせねェよ!」


 背面に回ろうとする敵軍を止めなくては、と走り出した僕の横合いから突き出された剣を慌てて転がるように避ける。


「あっちこっち行こうとすんなよ。俺ともっと遊ぼうぜ?」

「くそ……!」

「イイネイイネ! その顔だ! テメェのその苦渋の表情! 俺はそれが見たかったんだよ!」


 いかにも愉快そうにヴィットーリオ『ロゼ』は嗤う。

 僕は歯を食い縛りながら、二本の剣を構え直す。


「そうそう、諦めて付き合えよ。どのみちお前は俺を放置しては行けないだろ? ああ、なら一つやる気になりそうなことを教えてやろうか。俺の背後に残ってる兵士はこの南側の門から攻撃を仕掛けてテメェらの戦力を散らすめの人員だ。つっても、テメェにあいつら(けしか)けたらロクでもねぇことになることくらいわかってる。俺の『浄化』があってもテメェの『支配』は厄介だ」

「……つまり、僕がここにいる限りは」

「おお、奴らは待機だわなぁ。それでもこっちを見捨てて北側に回るか? ま、別にそれならそれで俺はその隙を突くだけだがなァ」

「……ぶち殺してやる」

「俺が、テメェをな」

「僕が、お前をだ」


 低く呟いたのは同時。

 言うが早いか、地を蹴ったのも同時。

 突き出された剣をこちらの左の剣を合わせて流し、右で切りかかる。

 しかし、曲芸のような精密さでもって、ヴィットーリオは手甲をつけただけの左手で弾く。

 刃を引き戻したのは僕の方がわずかに早い。主導権を握り、左で斜め上から入る一太刀、時間差をつけて真横から一太刀。

 ヴィットーリオ『ロゼ』はたった一本の剣を器用に操って僕の攻撃をいなすと、大上段から全体重を乗せた一撃で襲いかかってくる。


「ラァァァアアアアア!」

「ぐっ……!」


 こちらも両手の剣をクロスさせ、交叉点で受け止める。

 が。

 びしり、と手元から嫌な音がした。

 見れば、右に握った方の剣にはヒビが入っている。少々酷使しすぎたらしい。

 参った。仕切り直そうと飛び退(すさ)る。

 追撃せんと迫るヴィットーリオに壊れかかった左の剣を投槍のように投げつける。それはあっさりと手甲に弾かれ、攻撃にはならなかったが、奴の踏み込みを遮る程度の効果はあった。

 彼我の距離は普通のニンゲンであっても二秒もあれば詰められる程度。【英雄】であれば一瞬だ。

 緊張は微塵も緩めぬまま、一本になった剣を両手で握り直す。

 ……双剣であっても押されていた相手に、得物の片方を失った僕がどこまで対応できるかは悩ましいところだが。

 冷や汗が一条、額から頬を伝って顎へと流れる。

 ぽた、とその一滴の汗が地に落ちたのを合図としたかのように、ヴィットーリオがまたも弾丸のように飛び込んで来る。


「ッィアァイッ!」


 掛け声とともに再び大上段から降り下ろされる剣。これを真正面から受け止めれば先程の二の舞だ。いや、今度こそ剣ごと叩き切られるかもしれない。

 間合いを見極め、ギリギリの位置までのけぞる。

 髪の数本を引き斬られ、額も浅く裂いたが、致命傷には至らない。


「死、ねぇえええ!」


 カウンターだ、と喉元へ突きだした刃。必殺の一撃になるはずだったそれは、ヴィットーリオが握った剣を迷いなく放り、手甲に包まれた両手の拳から肘までをくっつけ、盾のように眼前に掲げたことで、手甲を割り片手を傷つけるにとどまった。

 僕が次なる一撃を構えるより早く、無手のヴィットーリオは拳を振り上げ、振り抜いた。


「がッ!」


 鋼鉄で包まれた【英雄】の拳が僕の頬を抉り、一瞬意識まで飛ばされる。

 殴り飛ばされた僕が起き上がった時には、すでにヴィットーリオも落とした剣を拾い上げている。

 僕が口から血の混じった唾を吐く。

 ヴィットーリオが傷ついた手の感触を確かめるように剣を握り直す。

 もう何度目かもわからない仕切り直し。

 お互いにお互いを殺すための新たな一歩を踏み出そうとしたその瞬間。

 ドン、ドン、ドン。

 腹の底に響くような陣太鼓の音が響いた。ウェルサーム軍のものではない。クリルファシート軍の合図だ。


「撤退の合図か……。そっちのもう一人の【英雄】か? ハッ、この短時間でマリアンを追い返すたぁやるねェ」


 もう一人の【英雄】?

 ヴィットーリオが言っているのは、初日の戦いで僕とこいつの間に割り入ったリューネのことだ。しかし、リューネは今はこのヤリアにはいない。

 ……であれば、誰だ?一体誰が【累加の英雄】とやらを追い返せる?


「俺はもう退くぜ? 追ってくるか、【英雄】?」

「…………」

「ケッ、愛想のねぇことだ。ま、殺し合いはまた今度にお預けとするか」


 そう言い捨て、ヴィットーリオ『ロゼ』は背を向けて駆け出した。

 クリルファシートの撤退がフェイクでないことを確認してから、僕はすぐに砦の内側に戻り、北門へと走り出した。

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