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006 救出と初陣と

「テメェ……何者だ!」


 瞬く間に二人──ザック、と呼ばれていた御者を入れれば三人──を殺した僕が流石にただ者ではないと思ったのか、次の一人は襲いかかって来ずに言葉を投げかけてきた。

 しかし、当の僕は返答に困ってしまった。

 僕の【魔】としてのせっかくの初陣なのだし格好良く名乗りたいのは確かなのだが、僕はまだ名乗れるほど自分の正体がわかってはいない。


「うーん、名乗るほどのことはないかな。ほら、どうせ君たちすぐ死ぬし」

「な、何をふざけたことを……」

「はは、なんだい? その程度のことすらまだ理解できないのかい? なら……教えてやるよ。『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』!」


 名乗るかわりと言ってはなんだが、僕の【魔】としての固有の魔法の名を高らかに叫ぶ。

 ぎゅぉぉわん、と僕の魔力の通り道となった空間が力に耐えきれず歪む。常人には理解できない感覚だろうが、リューネに穢されて【魔】となった僕は魔力が標的でなく空間に流れ出していること知って自らの未熟さを反省した。

 本当はこの能力は常時発動(パッシヴ)だからいちいち発動を意識する必要はないのだが。能力名をわざわざ発声して意識しないと力の漏れ出しにすら気付けないのがそもそも未熟だ。

 とはいえ、実際に先程言葉で一人殺したのとシェーナを眠らせたのはこの能力に依るもので、たとえ制御が未熟でもすでに二感を侵しきっている。この程度を相手するのに不足はなかった。


「さて、どうしようかな。……とりあえずお前、『逃げるな』」


 こっそりとこの場を離脱しようとしていた一人の足を地面に縫い止める。

 能力を発動する必要がなければ『命令』を発声する必要もないが、まあ雰囲気作りのようなものか。


「くそ……俺たちをどうするつもりだ!?」

「さっき言わなかったっけ? 殺すよ。なんてったってシェーナに手を出したんだからね。それはもう苦しんで死んでもらうさ。けどその前に、君らが誰の命令で動いてるのかとか教えてもらおうと思ってね」

「っ! わ、わかった! 知ってることは全部話すし、その女も諦める! だから命だけは助けてくれないか!? な? た、頼むよ、頼みます! この通りだ!」


 突然の、賊のリーダーらしき男の形振り構わぬ無様な命乞いに、部下も唖然としている。

 恥も外聞もあったものではない。

 しかし、僕の経験則から言えば生き汚い人間とはすなわち賢い人間で、そういった手合いほど早く殺しておくに限るものだ。

 限るもの、なのだが。


「……そういうの嫌いじゃないなぁ。いいよ、話せ。あ、もちろん嘘をついたら殺すからね?」

「わ、わかってる。何が知りたいんだ? ま、まずは俺たちの主か? 今回の命令はダリウス=グラス子爵からだ」

「やっぱり貴族か。目的とか、聞いてる?」

「そこまでは……。た、ただ、普段のダリウス子爵の命令は大抵政争に邪魔な敵の排除が目的だから……」

「今回も、ね。まあまあ予想通り。ただ、子爵程度じゃ王宮での影響力は皆無に近いはずだ。後ろ楯がいるよね?」

「……後ろ楯かはわからないが、たまに屋敷に行くと名前の知らない太った貴族らしい男をよく見かける」

「王宮の貴族なんてだいたい太ってるからなぁ……。ま、そこは別に調べればいいや。そういや、君らはなんなの? そのダリウス子爵の私兵?」

「一応違う。傭兵団だ。が、ほとんどダリウスと懇意な貴族の依頼しか受けていない」

「あ、その懇意な貴族っての聞きたいな。全員」

「今まで命令を受けたことがあるのは全部で三人。ラクエル=ウル子爵。ムール=ミー男爵。ラーネ=ハウリー伯爵」

「あ、ハウリー伯爵懐かしい。十年前はどの王子にも与してなかったはずだけど……クルマーン侯爵との繋がりもあるし、セリファルスか? あるいは、マリン伯爵からゴルゾーン……?」


 十年も前の、王宮で殺伐とした日々を送っていた頃の記憶を脳の奥底から引っ張り出してくる。

 いろいろと相関図を浮かべて推察してみるが、どれも確証も確信も得られない。

 安易な決めつけは視野を狭めるだけ、と現実的な根拠の薄い思考を振り払った。

 今の段階では情報が足りなすぎるし、もし推理が間違っていたら文字どおりの命取りだ。


「それじゃあ、君の知る貴族の勢力のうちで、実際に【神】か【魔】か【英雄】を取り込んでるところ、知らないかな?」

「……二つだけ」

「うそ、ラッキー。どこどこ? 誰?」

「まずはさっきの、ラーネ=ハウリー伯爵。グラディー『コーウェン』……【きずの英雄】グラディー『コーウェン』ってのを見たことがある。どんな人物かは、知らないんだが……」

「ふむふむ、もう一つは?」

「第四王子ケリリ=クァト=ウェルサーム王子だ。【爆炎の神】ギュルスアレサを配下にしている」

「あー……ケリリとギュルスアレサね……。ま、それ言ったら王子はみんな【神】を一柱持ってるんだけど……」


 僕以外はね、という言葉は一応呑み込んだ。わざわざ正体を教えてやることもあるまい。

 ちなみに、あの二人は王子と【神】のペアでも一番嫌いだ。理由は単にあの時の僕を最も死に近づけたから。

 それにしても、王子の情報まで持っているとは。結構この傭兵団凄いんじゃなかろうか。流石に王族に関しては僕ほどは詳しくないにしても、だ。


「ま、こんなとこか。『今の一連の話に虚偽、又は故意の隠匿はないな?』」


 問いと同時に相手の体を侵す僕の魔力を通じて、正直に答えるように命令を出す。

 ……そう。僕は相手から情報を聞き出したければ、初めからこの【魔】としての力を使って聞き出すことができた。


「ああ。虚偽も隠匿もない」

「おっと、本気の正直者かぁ。益々好感持てるね。じゃ、金目の物は全部ここに置いて馬車から降りて」

「あ、兄貴……」

「逆らうなッ!」


 あまりに無法な僕の要求に狼狽えた部下を一喝するリーダーの男。

 しかしその眼は未だ死んではいない。一時の屈辱には耐えるがいずれ必ず見返してやる、と言わんばかりの鋭い眼光。

 ただ生き汚いに留まらず、強かで狡猾。加えて馬鹿な部下を諌めるだけの思いやりもある。

 本当に、口説いて仲間にしたいくらいの僕好みで有能な人材だ。

 だから僕は、命令に全て従って武装も金目の物として馬車に捨て置いた男たちを見下ろし、彼らの体を侵す魔力を使って強制力のある命令を放った。


「『お前たち全員、今すぐこの場で殺し合え』」

「「「……は?」」」


 一瞬、理解できない、と言った表情を浮かべる賊の男たち。

 リーダーの男はすぐに意味を理解したのか顔面を蒼白にして、


「や、約束が違うッ! 偽りなく話せば、た、助けてくれるって!」

「約束? ああ、あはは、そうだったね。約束。……一体どうして、そんなものを僕が守らなくちゃならない?」


 今度こそ、愕然とした表情で絶望のまま立ち尽くすリーダーの男。

 しかし、すでに僕の命令は発せられている。


「っぎゃぁぁぁああああ!」

「ダグっ!? なんのつもりだ、ジャックっ!?」

「あ、兄貴、違う、違うんだ! か、体が勝手に……」


 突如上がった悲鳴の正体は、ジャックと呼ばれた賊が服の布地に仕込んでいたらしいナイフで仲間の喉をかっ切ったためだった。

 彼がナイフを持っているのは、この程度は金目の物には入らないと判断したか、あるいは能力に依らないただの命令だったから無視したかのどちらかだろう。

 僕の勘では後者だが、どうやら同様のことをほぼ全員がやっていたようで、辺りは瞬く間に血みどろの殺戮劇場だ。

 今まで積み上げてきたものが、愛する仲間が、自分自身の命脈が失われていくさまをただただ呆然と見つめるリーダーの男に語るでもなく、僕の腕の中で安心した様子で眠る美しい少女を眺めながらゆっくりと呟いた。


「初めに言っただろ? お前たちは僕のシェーナに手を出した。だからに殺す、って」


 この結論は何があっても揺るがない。

 絶望と怨嗟の断末魔をBGMに、今や僕とシェーナだけが乗る馬車を引く二頭の馬に命じて村までの道を引き返させた。別段僕に騎手としての能があるわけではないけれど、僕の【魔】としての能力は五感を持つ相手ならなんだって支配できる。

 すでに乗っていた賊は皆殺しの憂き目にあっているもう一台の馬車を横目に見ながら、絶えぬ絶叫に加えて馬車のたてるガタゴトと言う音を聞いているうちに、シェーナを無事に救い出せた安心からか、彼女を抱き締めたまま僕も睡魔に襲われてしまっていた。


           ◆◇◆◇◆


 ヒヒーン、という馬の嘶きで目を覚ました僕が初めに思ったのは、なんだか辺りが騒がしいな、ということだった。

 とりあえず何も考えずに聞き耳をたててみると、聞こえたのは聞き慣れた声たちだった。

 遅まきながら馬車が止まっているのに気づき、なるほどちゃんと村まで戻ってきたのか、と思い至る。

 しかし、騒がしい声の内容はというと、


「ル、ルミスヘレナ様っ! こいつ、こいつです! この紋章、例の賊の使ってた馬車です! 間違いねぇ!」

「皆、すぐに馬車から離れなさいっ! ……まさか、たかが盗賊風情が【魔】まで囲い込んでるなんて……! しかもこれ、そこそこ上位のヤツじゃない!」


 【魔】になって初めて感じる、ピリピリとした【神】の気配。ルミスさんのものだが、そのあまりの巨大さに身震いする。僕はおろか、格で言えば僕の主たるリューネすら上回る。この人こんな強い【神】だったんだ、と知らぬ母代わりの一面に、素直に驚く。

 それにしてもなんだか愉快な誤解をされてる感じだなー、と呑気に考える僕だが、事態はそんな甘っちょろいものじゃなかった。


「……中にいる奴、五秒以内に降伏して出てきなさい! さもなくば馬車ごと吹き飛ばすわ!」


 本気の声だ。

 そりゃそうだろ馬鹿、と自分自身にツッコミを入れた。

 いくら自身より劣るとはいえ、馬車の中の誰かさんはれっきとした【魔】。本能すら越えるレベルの敵で、今は村人に危害を加えうる脅威でもある。

 さらには愛娘を誘拐した一味とあらば、個人的にも攻撃しない理由がない。むしろわざわざ降伏勧告を出したルミスさんは慈悲深いことこの上ないのだ。

 だから僕は大慌てで叫ぶ。


「ま、待って、待ってください、ルミスさん! 僕です、僕! レウルートです!」

「レウル君っ!?」


 用意されていた攻撃魔法が急激に縮小する気配。

 アホらしい誤解で危うくシェーナもろとも死ぬとこだった、と胸を撫で下ろしたのは早計で、僕はすぐに馬車に乗り込んで来たルミスさんに締め上げられることと相成った。

 襟首を掴まれ、どかんと大音がするほどの勢いで馬車の壁に叩きつけられる。

 ……よくよく考えれば、僕が【魔】になったことも、【魔】と【神】が敵同士なことも誤解でもなんでもないわけで。


(あ、これ僕死んだかな?)


 と、覚悟まで一旦は決めたのだが。


「……レウル君、一体どういうつもりよっ!」


 ごちーん、と目の前に星の幻覚が見えるほどの勢いの拳骨を叩き込まれた。

 しかし、もちろんこんなものはこの【女神】の本気ではない。せいぜい僕が幼い頃からのしつけの延長線上だ。

 痛む頭を押さえながら、恐る恐る問う。


「あ、あのー……僕を殺したりは……?」

「す、る、わ、け、が、な、い、で、しょ! なに、そんなにお母さんに殺されたいならもう一発拳骨いっとくかしら!?」

「い、いえ! 結構ですっ!」

「まったく……。想像は、つくわよ。リューネ『ヨミ』の眷属になったんでしょ? ……【王の魔】ヨミを喰らって能力を奪った彼女なら、このくらい強力な眷属も簡単に作れるものね」


 後半はぼそりと一人言のように呟いただけだったが、どうやら僕はそこそこ強力な【魔】で、それはリューネの能力のおかげらしい。

 僕の新たな目的(・・・・・)を考えれば、非常にありがたいことだ。

 と、ルミスさんに襟首をひっ掴まれたままボーっとそんなことを考えていたが、


「ん、ぅ……あれ、私、いつの間にか眠ってまし……って、レウ様!? 母さま!? なんですか!? け、喧嘩!?」

「シエラちゃんっ!」


 目を覚ましたシェーナは、ルミスさんに首を締め上げられる僕を見て、驚きと戸惑いの声を上げた。

 しかし、僕が誤解を解こうと説明を始めるより早く、僕から手を離したルミスさんがシェーナに飛びかかるようにしながら彼女を抱き締めた。


「ひゃっ! か、母さま……?」

「よかった……! あなたが無事で、本当によかった……!」

「母さま……かあ、さま……わた、わたし……」

「泣いても、いいのよ」


 母のその一言に、堰を切ったように大声で泣き出すシェーナ。ルミスさんも静かに、しかし大粒の涙を溢しながら、泣きじゃくる娘の背中を優しくさする。

 そんな母娘の心暖まる再開──見た目には姉妹にしか見えなくともれっきとした母娘だ──を眺めながら、僕は自分がシェーナにとっての母ほどの心の拠り所となれていなかった悔しさと不甲斐なさを噛み締めていた。

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