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056 戦端と怨敵と

「おうおう、お前の部隊はずいぶんと士気が高いじゃねぇの」

「私の部下は優秀ですので」

「ははは、言うなお前!」


 集合場所にてキュリオ少佐率いる部隊と合流し、クリルファシート軍を叩きにいく道中。合流した軍の人数は五百人ほど。うち半分は僕らのような士官候補生で、彼らの士気は見るからに低い。生き残って砦にたどり着いた面子の中で最も被害の大きかった部隊が第三大隊だと思えば致し方ない部分はある。

 一方で、僕ら第三大隊第五中隊は、立場としては他の士官候補生と変わり無いにもかかわらず、その士気は驚くほど高い。

 キュリオ少佐は冗談めかして言っているが、その実、本心から疑問に思っているようだ。

 理由など、話すほどのこともない。仲間の死に真正面から向き合うことがあったか否か、といったくらいだろう。


「ところで、【英雄】。この暗闇、どのくらい見えている?」

「今は皆が灯りをもってくれてますから、そうですね、黄昏時くらいには見通せています」

「ほぉ、そいつは頼もしい。それなら接敵する大分前には気づけるか。向こうも灯りを焚いてて目立つだろうしな」

「しかし、その条件は相手も同じでしょう」

「【浄化の英雄】か……」

「その情報は何かありましたか?」

「いや、【英雄】は確認されていない。が、油断はするなよ」

「ええ。そのために私がいるわけですから。……ッ! 少佐どの!」

「見えたか。全軍、一時停止!」


 おそらく灯りを持たない人の目では一寸先すら見通すことは難しいであろう暗闇の向こう、薄ぼんやりと灯る炎の揺らめき。目測で三百メートル先くらいか。

 よくよく目を凝らしてみれば灯りは一つではなく、目標が集団であることがわかる。

 少佐が無音の指示を出し、こちらの灯りを隠させる。


「私が切り込みましょうか?」

「いや、敵の【英雄】が出てきた時にお前が雑兵を相手して消耗してるってのは困る。まずは俺が行く。お前はすぐ後ろについてこい。コーラル、命令を出せ。体勢を下げて隠密機動で敵方に接近、突撃の段階で合図をかける」

「了解しました、少佐。では、【英雄】どの」

「はい。我々は指示通り少佐の後につきます。ええと……」

「キュリオ少佐の副官を任ぜられております、コーラル大尉です。どうぞお見知りおきを、アーク中尉どの」


 コーラル大尉はこの戦場限りの士官、しかも階級上も彼より低い中尉に過ぎない僕にも丁寧な態度で接する。性分なのだろうか。

 なんにせよ、交流を深めるのは後だ。今は目の前の敵に注力しよう。


「バークラフト、僕らは少佐たちの後だ。隠密機動で近づいて、味方の突撃に続く。みんなに伝えてくれ」

「オーケー、なら位置を移動だな」

「よろしく。僕は少し少佐と話してすぐ向かう」

「わかった。その間の指揮を預かる」

「うん、ありがとう」


 バークラフトが第五中隊の面々に指示を与えながら移動させる。混乱もなく、部隊はうまく纏まっているようだ。


「キュリオ少佐、【浄化の英雄】が現れた場合についてですが……」

「そいつぁお前に一任だ。見つけたら呼ぶから助けにこいってな具合だな。具体的な行動は任せる。極論、お前が戦略上必要だと感じるならあえて戦いを避けても構わねぇ」

「それは……よろしいのですか?」

「それが俺からお前に認める裁量の範囲で、お前に求める責任の量だ。……やれるか?」

「軍命であれば、いかようにも」

「ったく、かわいげのねぇ返答しやがって。お前アレだな、ちょっとエヴィルに似てんな。っと、今は無駄話は止すべきか」

「では、私は部隊に戻りましょう。失礼します、少佐」

「おう。もし【浄化の英雄】が来たらお前に頼るしかねぇ。頼んだぞ、【英雄】」


 少佐の言葉に一礼を返し、僕は仲間たちの元へ向かう。

 この迎撃隊は大隊二つ、中隊に換算すれば十個から成る大規模部隊だが、僕らが配置されたのはちょうど中心にあたる位置だ。ある意味、最も被害を受けづらい安全な位置といえる。

 しかし、与えられた位置取りに反し、第五中隊はみな目をぎらぎらと光らせ、意気軒昂といった具合だ。

 それでいながら無謀に逸ろうとする者は少なく、とても初陣同然の新兵には見えないほどだ。


「お、来たか、アーク」

「助かったよ、バークラフト。みんなの様子は、って聞くまでもないか」

「おう、見ての通り、どいつもこいつも気合十分、いつでも突撃できるくらいだ」

「頼もしいけど、無茶だけはしないでほしいな」

「そりゃもちろん。大切にすべきものの順序を見誤るほど耄碌しちゃいないさ」


 と、そこでバークラフトは隠密行動ゆえに下げていた声量をさらに潜めて、


「ユウロとウィシュナも落ち着いてる。待ち望んでた復讐の機会が目前に巡ってきて逆に冷静になった感じだと思う。敵の【英雄】は……」

「出てきたら僕が対処するよ」

「そっか。ならそっちに突っ込んでいっちまう心配も薄いはずだ。俺たちもあいつらも、お前のことは信頼してるからな」

「ん、ありがと。でも、戦場で君たち一人一人を助けてあげられるかは……」

「アホか、お前。んなもんは自己責任だろ。俺たちは自分で軍人になる道を選んで、不安や葛藤こそあっても自分でこの戦争に来ることを選んだんだ。敵の【英雄】なんつう天災みたいなもんにお前が当たってくれるってだけで御の字も御の字。それ以外の怪我だの死だののリスクはハナから承知の上だ」

「……そっか」

「だからな、アーク。もしも……もしも、だ。これからの戦いで俺や、マサキや、仲間の誰かが死んだとしても。それはお前の責任なんかじゃない。俺たちが『選んだこと』だ。必要以上のものを背負い込んだりはするなよ」


 僕は彼らの隊長で指揮官だ。それはバークラフトの言葉を借りれば、僕の『選んだこと』だ。きっかけこそ他人から与えられたものでも、僕はそれを納得して受け入れたのだから。

 ゆえに僕は、当然に彼らの命に責任を負っているし、流石にそこまで無責任はなれない。

 でも、バークラフトが僕を案じてそう言ってくれたのだということがわからないほど僕は愚鈍ではないし、それに、彼ら自ら『選んだこと』の責任まで奪い取る権利など僕にありはしない。

 だから、僕はただ一言、ありがとう、とだけ彼に言った。

 薄く微笑んだバークラフトが何を思ったかは僕にはわからなかったが、彼は僕の背中をばちんと叩き、仲間の指揮に戻った。

 その後は、もう誰も一言も口にせず、ニンゲンの目でもわずかに見え始めた敵の松明を睨みながらゆっくりと、ゆっくりとそちらへ接近していく。

 もうすでに彼我の距離は百五十メートルを切った。今の僕らの装備重量から言って、歩兵突撃の有効距離は最大でも百メートルほど。欲を言えば、五十メートルまで接近したい。

 ……なんて、そんな甘い考えでいたのが良くなかったのかもしれない。

 状況の変化を一つの怒声がもたらした。それは敵陣から上がった単純明快な一声。

 すなわち、


「敵襲! 敵襲だ! 方向八時! ウェルサーム軍の迎撃部隊だ! てめぇら、戦闘用意だ! 迎え撃て!」

「クソッ! 全軍、突撃! 今なら敵の態勢は整っていない! 踏み潰せ!」


 敵の怒声へのカウンターのように少佐が突撃命令を下した。彼の舌打ちが今にも聞こえそうなほど、あと一歩でも近づきたかった、口惜しい、といわんばかりの声色だ。

 確かにもっと近づいて不意を討ちたいところだったが、気づかれてしまってからそんなことを言っていても仕方がない。あとは時間との勝負だ。敵部隊の横っ腹に食いついて食い破らんとウェルサームの兵たちは駆けていく。クリルファシートの兵たちは砦へ向けていた意識と(きっさき)を横に回し、また突撃箇所に戦力を集中させて僕らを迎え撃とうとしているが、突然の命令に対応しきれておらず、その動きは鈍い。

 バリケードもなく銃兵や弓兵が待ち構えているわけでもない現状、敵に早く発見されてしまったからといってこちらが致命傷を被ることもない。

 多少けちがつこうとも紛れもない好機に、ウェルサーム軍はかつてない勇ましさで突貫していく。

 が、その出鼻を挫かんとするは赤髪の色男。

 そう、松明を消して音も殺して接近していたウェルサーム軍の存在に気がつくなど、並みの人間には無理だ。すなわち、僕らを見つけたのは人並み外れた知覚を有する【英雄】に他ならない。

 そして、あの忌々しい声は忘れもしない。間違いない、先の敵方の号令を発したのは【浄化の英雄】ヴィットーリオ『ロゼ』だ。僕が殺すべき、怨敵。


「バークラフト! 指揮を預ける!」

「了解! 死ぬなよ!」

「ああ! 君たちも!」


 たった一言で僕の副官は全てを察してくれた。お互いの安全を願う言葉を叩きつけ、僕は仲間を置いて一人駆ける。

 この軍の大将のくせに真ん前で指揮を執る少佐の脇をすりぬけ、僕が憎き【英雄】の眼前にたどり着いた時点で、やつはすでに五人のウェルサーム兵を切り殺していた。

 裂帛の気合の声は上げず、むしろ音もなく差し込んだつもりの僕の剣は、残念ながらヴィットーリオの左腕をわずかに擦るにとどまった。


「ハッ! テメェが来たか、ウェルサームの【英雄】!」

「黙って死ねよ、【浄化の英雄】」


 お互いに剣を打ち合わせ、鍔迫り、弾いて、切り結ぶ。

 ぎぃん、ぎぃん、ぎぃん、とぶ厚く重い金属が折れかけるほどに撓む音が幾度となく響く。

 五度目に互いの刃を合わせた時に、僕らは異口同音に叫んだ。


「マルコォ! 俺の回りに兵を近づけんじゃねェぞ! このクソ【英雄】に魔法を使わせんな!」

「少佐! この男は私が! こちらの救援は不要です! 敵軍の殲滅に注力を!」


 そして、共に相手の返事も待たずにさらなる一手でお互いを殺しにかかる。

 僕の『支配』の魔法はヴィットーリオの『浄化』の魔法に打ち消される。さりとて、汎用の魔法が得意な【英雄】と【魔】でもない。

 先の戦いで僕の『念動』などというチンケな魔法が大きな一手になった例もあるから最低限の警戒はしているが、しかし戦いの本領は専ら身体能力と駆け引きに委ねられる。

 単純な膂力はほぼ互角。ならばあとは技術とセンスがものを言う。


「会いたかったぜ、ウェルサームの【英雄】! 昨日はテメェを殺し損ねたからなァ!」

「奇遇だな、ヴィットーリオ『ロゼ』。僕もお前を殺しに行きたくてたまらなかったよ」


 口先の挑発などではない。

 本心も本心、心の底からの憎しみだ。

 ベイムも、トヴィも、シャガも、みんなこいつに殺された。

 カーターがいまだ目を覚まさないのもこいつのせいだ。


「お前だけは絶対にこの手で殺す!」

「ハッ! テメェ程度に殺られるものかよ!」


 ヴィットーリオの剣が僕の喉元めがけえぐり込むように突き出される。

 素早く跳び退り迫る切っ先から逃れると、やつの左手側に回り込むように体を滑らせ、下段から跳ねるように切り上げた。昨日の戦いで負傷した左腕はまだ満足に動きはしないだろうと考えたからだ。

 だが。


「甘ェなクソ野郎!」


 なんとヴィットーリオは平然と左手で刃を振るい、僕の剣を弾くと、そのまま刃を翻して首を獲りにかかってきた。

 慌てて屈み、間一髪でその一撃から身を逃れさせる。


「その腕……!」

「あァ? ははは、なんだ、そんなにおかしいか?」


 いかにも愉快そうに笑いながらも、その切っ先が鈍ることはない。

 動揺する僕を容赦なく攻め立て、追い詰める。

 一発一発全てが致命のそれに逐一刃を合わせて防ぎながら、思考を回す。

 ……まず、あの怪我はこの短期間で自然治癒するようなものじゃない。間違いなく、魔法による治癒だ。そして、もし【浄化の英雄】があの大怪我を一日やそこらで癒せるほど治癒に長けた【英雄】だったとしたら、あの戦いの最中に全くそのそぶりを見せなかったのには違和感がある。

 精神集中が必要とか、戦闘中に使えない理由があった可能性もあるが、もう一つ、僕の脳裏に別の可能性が過る。


「まさか、【英雄】がもう一人いるっていうのか!?」

「おいおい、ンなことで驚くんじゃねェよ! そっちだってテメェ以外にあの『閃光』の術者の【英雄】を抱えてンだろが!」


 『閃光』の術者……それはリューネのことか。

 なるほど、確かにあの状況なら『閃光』が僕の魔法でないという推測は立ちうるし、逆にその術者がもうこのヤリアに居ないなどとは思いもしないだろう。

 その齟齬をどうにか利用してやれないだろうか、などと僕が考えていたその最中に、ヴィットーリオがわざとらしい忍び笑いを漏らした。


「……なにがおかしい」

「いやァなァ……。こっちのもう一人の【英雄】、そいつ、今どこで何をしていると思うよ?」

「は……?」

「俺が……【浄化の英雄】が率いる攻撃部隊が千人。もちろん、これで全兵力って訳じゃあねえ。なら、残りの兵力はどこで遊んでンだろうな?」

「残りの兵力……? それは、クリルファシートの防御陣地に……ッ!」

「ははは、よォやく気づいたか!? 半数を攻撃に、半数を防衛に、っつぅ定石を俺たちがとるなんてェのはテメェらの勝手な予測だろう!? あァ、面白ェ! もう教えてやるよ! こっちの【英雄】が率いる攻撃部隊は二つ(・・)! くく、ウェルサームの【英雄】よ。俺にばかり……片方にばかり拘らってて、帰ったら砦がありませんでした、なぁんてことになってねえといいなぁ?」


 ヴィットーリオ『ロゼ』はそう言って、もう一度呵呵と笑った。

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