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053 部隊と初任務と

「レウ様。レウ様」

「んぅ……。シェーナ……?」

「はい、私です。起きてください。朝ですよ。それと、マサキさんとバークラフトさんがいらっしゃってます。今は部屋の外でお待ちいただいてますが、お招きしても大丈夫ですか?」

「ん……マサキ……? バークラフト……?」

「あぁ……目覚めてらっしゃいませんか……。レウ様、ちょっと痛くします」


 ぱちん!


「わぁっ!?」


 僕の両の頬を挟み込むようにシェーナの手のひらが打ちつけられた。

 顔面を襲った鋭い刺激に、靄がかって朦朧としていた僕の意識が引きずり出される。

 ぱちぱちと瞬き二回分くらいの状況把握の間を経て、僕も正体を取り戻す。

 若干乱暴な起こし方ではあったものの、来客があるなか長く時間をかけて覚醒するわけにはいくまい。村にいたときも、特別朝が早い日はこんなふうに起こされていたものだったし。


「あー……えっと、マサキたちがきてるんだっけ?」

「記憶はおありのようでなによりです。お招きしても?」

「うん、入ってもらって」


 僕の言葉に頷き、シェーナは扉を開いて外の来客を迎え入れる。


「よう、個室でシルウェさんと二人部屋とはいいご身分だな?」

「ま、【英雄】の働きの対価にしちゃ、たかだか相部屋の一つって安いような気もするけどな」


 部屋に入ってきた二人は一通り中の様子を眺めてそう言った。

 マサキが昨夜言っていた通り、僕が【英雄】であることはすでに知られているらしい。……今のところ、バークラフトには特段、僕に何か含むところがありそうな気配は見えない。


「おはよう。マサキ、バークラフト。どうしたんだい?」

「どうもこうもあるか。事情を聞かせろよ、中隊長どの」

「あれ、どうして君たちがそれを?」

「朝イチで俺たちのところに伝令が来たんだよ。新しい中隊長が決まりました~、ってな」

「ああ、それで……。ん、いいよ。何が聞きたい? 君たちは何を知ってる?」

「何も。俺たちのところにきた情報はお前が中尉に一足跳びに昇進して中隊長になったってことだけだ。他はなんにも知らねぇよ。次の作戦とかもう決まってるのか?」

「部隊編成すら終わってないよ」

「あら、まだそんなもんか?」

「第五中隊の動けるメンバーはそのまま、欠員はよその中隊から引っ張ってくるって話らしいけど」

「よそからって、他組の士官候補生か?」

「たぶんね。そもそも僕が中隊長にされたことからして士官候補生を率いるには馴染みのある同じ士官候補生がいいだろう、って意図があるみたいだし」

「なるほどな……」


 そう言って、バークラフトは少し考え込む。


「何か心配事が?」

「ああ、いや……。……いや、お前には話しとくべきか。ウィシュナと、ユウロのことだ」

「彼女たちが、なにか?」


 ウィシュナとユウロというのは、平民科五組では数少ない、三人の女性士官候補生のうちの二人だ。

 彼女たちは、残る女性士官候補生のリンファと、男性のトヴィ、シャガの五人でユウロを小隊長とするユウロ小隊を組んでいたのだが……、


(……ああ、そうだ)


 彼らは、死んだ。

 ユウロ小隊のうち、トヴィ、シャガ、リンファの三人は先のクリルファシート軍の襲撃の折、【浄化の英雄】ヴィットーリオ『ロゼ』に殺された、と聞いている。

 すなわち、小隊の中でウィシュナとユウロだけが生き残ることができたというわけだった。


「……危うい。たぶん、五組(ウチ)のメンバーで一番精神的に追い詰められてるのがあの二人だ。……トヴィとシャガは、女子連中を逃がすために囮を買って出たらしい。そのせい、だと俺は思う。仲間の死が堪えてるのは多かれ少なかれどいつもそうだ。けど、あいつら二人はひどく自分を責めてる。今にもクリルファシート軍に特攻をかけそうなくらいにまで、な」

「……二人を中隊のメンバーから外した方がいいと思うってこと?」

「それも考えはしたが……むしろ近くで見てやった方が暴走を防げると思う」

「そっか……。マサキは? どう思う?」

「俺は、わりと衛生科に出ずっぱりだったから、ずっとみんなをまとめてたバークラフトほどはあいつらの様子を見てやれてた訳じゃないぞ」

「いいよ。それでも僕よりは彼女たちと一緒にいただろう?」

「それもそうか。……ああ、俺も、あいつらが危うく見えるのはバークラフトとおんなじだ。ただ、バークラフトが言うほど切羽詰まってるかはわからない。今にも特攻かけるなんてのは心配しすぎじゃないか、って感じだ」

「なら、マサキは二人を外して砦で落ち着かせるべきだと思う? それとも、精神的問題もさほど大きくないなら戦力として動員すべきだと思う?」

「それは……あー、すまん。それは判断つかん」


 二人の意見を聞いてもこうすべきだという確信は得られない。

 伝聞だけで判断しようということにそもそもの無理があるか。彼女たちの様子を伺って方針を決めるくらいの時間的余裕はあるだろう。


「……うん、わかった。僕も自分の目で確認して判断しよう」

「そうか。ま、俺からはそんくらいだ。マサキ、お前言っときたいことあるか?」

「あー、ま、大したこっちゃないが。五組のやつらには、お前が【英雄】だって伝えたよ」

「…………ああ」

「んな顔すんなよ。誰も、お前を悪く言ったりするやつは居やしなかったっての」

「……気遣ってくれるのは嬉しいけど。でも、それは嘘だろう。流石にさ。それこそ、ウィシュナやユウロは僕を恨んでるはずだ。僕のせいで、仲間が死んだんだから」

「だーから、お前は気負いすぎだっての。バークラフト、お前からも言ってやってくれ」

「あのな、アーク。逆だ、考え方が。お前のせいでベイムたちが死んだんじゃない。お前のおかげで俺たちが助かったんだ。……ああ、そうか。まだ言ってなかったな。ありがとう、アーク。お前が身命を賭して戦ってくれたから、俺たちは今こうしていられるんだ」

「バークラフト……」

「あー、ったく、こっ恥ずかしいこと言わせやがって」

「でもさ、俺たちの本心だ。だろ?」

「そりゃもちろん」

「……ありがとう。マサキ、バークラフト」

「気にすんな。んなことより、大事なのはこれからだ。しっかり頼むぜ、中隊長どの?」

「ああ、せいぜい頑張らせてもらうよ」

「そんじゃ、俺たちは今の話を他のやつらに伝えとく。お前もさっさと来いよ」


 身を翻して、部屋から出ていこうとする二人の背中に、僕はふと思い出したかのように声をかけた。


「あ、そうだ、バークラフト。君、僕の副官ね」

「はぁ!?」


 立ち去ろうとしていた彼は、驚きと不満をあらわに踵を返し、僕に詰め寄る。


「ちょいちょいちょい!? 急になんの話だ!?」

「なんの話って言われても、言ったままさ。僕ってばてんで未熟な指揮官だし、多少なりとも慣れた誰かの補佐が欲しいところだったからね。しっかり頼むよ、副隊長どの」

「マジかよ……。考え直さないか、なぁ? ほら、マサキとかでも良くねぇ?」

「おい、こらこら」


 いかにも面倒くさそうな職務を隣にいる仲間に押し付けようとするバークラフト。

 しかしまあ、マサキとバークラフト、どちらが隊長としての経験において軍配が上がるかは言うまでもない。

 リールとの模擬戦しかり、先のヴィットーリオ相手の撤退戦しかりだ。

 ヴィットーリオ戦では被害こそ出てはいるが、【英雄】相手と考えればそれは致し方ない。むしろ、仲間の多くを生かしたまま撤退させ、今も士気が崩壊しないように気を配り続けている。指揮官の素質は高いと言えるだろう。


「あはは。ま、副隊長なんて言ってもやってもらうことは今と変わらないよ。僕は【英雄】だから前に立って戦うことも多いだろうし。そういうときに、君に指揮をとってもらうってだけの話さ」

「なぁにが、今と変わらないだ! それもうほとんど隊長じゃねぇか!」

「あ、うん、そうだね」

「もうちょっと誤魔化せコノヤロウ!」

「ははは、何を言っても結論は変わらないよ、バークラフト副隊長」

「こんの……」

「若様」


 まるで納得いかない様子のバークラフトと、土台譲るつもりのない僕。

 押し問答になりかけたその時、それまで部屋の端で彫刻のように静かに佇んでいたシェーナが横合いから僕の名前を呼んだ。

 なにか、と目の前のバークラフトから意識を離した瞬間、こんこん、とドアの叩かれる音がした。


「キュリオだ。アーク、入ってもいいか?」

「キュリオ少佐!? はい、今お開けします!」

「ああ、そんなんはいい。気にするない」


 僕が立ち上がって扉を開くのを待つこともなく、少佐は自ら扉を開いて部屋の中に入ってきた。

 突然現れたヤリア方面軍の幹部に、マサキとバークラフトは目を白黒させている。


「少佐どの、どうなさったのですか?」

「お前らに任せる作戦が決まったからな」

「……なるほど。ずいぶんとお早いですね」

「ま、(こっち)も怠けてるわけじゃねぇってこった」

「失礼しました、そのようなつもりでは。ところで、補充要員の方はどうなっていますか?」

「おう、先にそっちの話をするか。お前ら、入ってこい!」

「「はいっ! 失礼します、少佐どの、中尉どの!」」


 少佐の呼び掛けに、部屋の外から二人の男の声がした。

 この声は……、


「ハーレル! ヤコブ! 君たちか!」

「第一中隊から二個小隊引っ張ってきた。顔見知りだって聞いてな。いくぶんやりやすいだろぃ」

「お気遣いありがとうございます、少佐」

「そう思うなら戦果で返せよ」

「ご期待にお応えできるよう、死力を尽くしましょう。それで、任務の内容というのは?」

「ああ。そこの二人はお前の部隊の人員だな? よし、ならメンツが集まってる今、話しちまうのが早えか。本題に入ろう。まず、お前らに任せる任務ってのは戦闘任務じゃあない」

「どんな命令であっても、軍命であれば忠実にしたがいましょう」

「そりゃありがたい。任務内容は補給物資の確保。具体的には、水だ」


 そういう話か。

 ヤリア山地という高山に存在するこの砦に井戸なんて気のきいたものがあろうはずもない。

 しかも、数ある物資のでも特に消費が多いのが水だ。人間は水さえあれば何も食べなくても最大一月近く生きていけるが水が無ければ三日で死ぬ……というのはマサキの受け売りだが。しかし、大筋は正しいだろう。そのくらい、水は重要な物資だ。

 にも関わらず、このヤリアにおいて水の入手は困難を極める。地下水がなく、近くに町も無いではあとは天の恵みに縋るくらいしか無いのではないか。

 そんな風に考えながら、少佐の次なる言葉を待っていると、彼は懐から一枚の紙を取り出した。それはどうやら、この辺りの地図のようだった。


「地図の読み方はちゃんと勉強してらぁな? 見てみろ。ここが砦だ。ここから南に三百メートルほど下ったところに……」

「川、ですか。なるほど、ここから水を調達すると」

「ああ。だがこの川、べらぼうに流れが早い。王都の郊外を通ってる川なんかと比べちゃなんねぇぞ。それに、クリルファシート軍の見張りもあるだろう。それに関しちゃこっちに一切情報が無いのも痛いな。具体的な方法や人選はアーク、お前に一任する。必要な道具なんかは俺に言え。可能な範囲で工面する。実行の具体的な時期も定めないが、数日中に頼む。さて、何か質問は? 他のやつも発言していいぞ」

「では、僭越ながら少佐どの。一つよろしいですか」

「おう。あーっと、お前は……」

「彼はバークラフト。私の副官です」


 バークラフトは睨み殺すような勢いで僕に視線を飛ばしたが、素知らぬ顔で受け流す。少佐の前で言っておけばもう覆すのは無理だ。


「そうか。で、なんでぃ、バークラフト」

「水の調達、とのことでしたが、量はどの程度を想定されているのでしょうか?」

「あー、そりゃ未知数ってやつだ」

「……ええと」

「つまり、そこの【英雄】次第って話だ。そもそも、普通の人間じゃ監視の目を掻い潜って大量の水を運搬するのは難しい。もとより【英雄】ありきの作戦ってワケだ」

「……了解しました」

「他には? ……よし。んなら話は以上だ。期待してるぞ、【英雄】。ま、相談くらいには乗ってやるから、何かあったら俺のところに来い」


 少佐は最後にそう言い残すと、さっさと部屋から出ていってしまった。

 ……さて、いきなり訪れた僕の中隊としての初任務。

 仲間の被害は最小限に、戦果は最大限に。なかなかどうして、難しい話だ。

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