042 軍医と顔合わせと
いつもの時間に投稿したつもりができていなかったようです……
申し訳ありません
「遅ぇ。何してたんだ、お前?」
「あはは、ちょっと手間取ったんだよ」
「……ったく、サボりもほどほどにしておけよ」
呆れたような目でバークラフトは僕を見た。
バレてるみたいだ。
どいつもこいつも、とぼやく様子から見るに、他のみんなも多かれ少なかれ似たようなことをしていたらしい。
「で、小隊長どの、今後の予定は?」
「待機だ、待機。小隊長は夕食前にミーティングだけどな。くそぅ、なんで俺がこんな面倒な……」
「バークラフトはリール大佐との訓練の時、全体の指揮官だったから……」
「そうだそうだ、中隊規模を指揮できんだから、小隊なんてヨユーヨユー!」
「お前ら、他人事だと思って……!」
バークラフトは今にも歯ぎしりでもしそうなほど憎々しげに僕らを睨む。
「しかし、待機か。なら僕、ちょっとシェーナの様子見てこようかな」
「おいおい、サボりもほどほどにって言ったばっかだろうが」
「待機命令なんて陣内にいれば自由時間みたいなもんでしょ。あるいは、待機時間を利用して支援要員と円滑な人間関係を築くための活動、とか理由つけてもいいけど?」
「……お前、譲る気ないな?」
もちろん。
学園を出てから、まだ一度もシェーナに会ってないのだ。
リューネも『シルウェルの顎』もいるのだから心配はいらないのかもしれないが、それでも気にならない訳がない。
「じゃあ俺も行こうかな」
「おいこら、マサキ」
「……俺も」
「待機時間を利用した支援要員と円滑な人間関係を築くための活動、だな」
「テメェら……。わかったよ! 許可すりゃいいんだろ、許可すりゃあ! けど、全員はダメだ。いざというときのために一人はここに残さなきゃいけないからな」
確かに、バークラフトはミーティングなりなんなり忙しい。この場所を離れることを多いだろう。そのときここに誰もいないのはまずい。
僕以外の三人が顔を見合わせる。
「なら……アークは除いて、残りでジャンケンだな。負けが残りで」
「オーケー!」
「いくぞ……じゃんけん!」
「「「ポン!」」」
グー、グー、チョキ。
「ま、負けた……」
「いよっしゃあ!」
「ははは、悪いなベイム、バークラフト!」
「くそぅ……」
「留守番の世界へようこそ、ベイム。ま、ジャンケンのチャンスがあっただけ良かったと思うんだな」
「じゃ、行こうか二人とも」
悔しげな二人を置いて、マサキとカーターを連れて歩き出す。
「で……シルウェさんはどこにいるんだ?」
「医療雑務とか言ってたっけ?」
「うん。だから、戦闘部隊の向こう側だね。支援部隊はそっちにまとまってるし。正確な場所はわからないけど……」
「おいおい、支援部隊だけで三個大隊近くあるんだろ? 探せんのか?」
「ま、なんとかなるでしょ」
軽く言った僕に、マサキとカーターは疑うような視線を向けたが、実際のところなんとかなる勝算はある。
それはズバリ、【神】と【魔】の相互感知能力。
村を出た頃はまだ全然感じなかったシェーナの【神】としての気配だが、王都に着き、学園に通いはじめたあたりから彼女の【神】の気配を感じられるようになってきていた。
それは僕に【魔】としての力が馴染んできたからなのか、あるいは……シェーナの【神】としての力が増しているのか。
そうであれば。
それは好ましいこと、のはずなのだ。僕の力である【神】の力が増すことは、僕が王になる上で必要なことなのだから。
しかし……嫌な予感が心から離れないのはなぜだろうか。
「おい、アーク?」
「っ! ごめん、ちょっとぼーっとしてた。適当に歩き回ってみよう」
「はいよっと。まずは上官に見つからないようにここを抜けてから……」
「お? アークか!」
「っ!?」
「大丈夫、知り合いだよ。や、ハーレル。どうしたんだい?」
まさか言ったそばから、とばかりに身をちぢこませるマサキに声をかけてから、つい先ほど分かれた友人へ応対する。
「こっちのセリフだ。何してんだ」
「ちょっと知り合いに会いにね」
「ふぅん。そっちの二人は?」
「同じ隊の仲間だよ」
「バークラフト小隊のカーターだ」
「同じく、マサキ=ニシキギ。ああ、名字……家名持ちだけど貴族とかじゃないから勘違いすんなよ。遠くの国の出身なんだ」
「俺はハーレル。士官学校では一組所属、今は小隊を率いてる」
「へぇ、小隊長! んじゃ、一応上官だな?」
「冗談よしてくれ。うちの組じゃ小隊長はくじ引きで決まったんだ」
「見事当たりを引いたわけだ?」
「俺が引いたのはハズレだよ。で、このザマさ」
「くく、どこも考えることは同じだな!」
五組でも教官から小隊を作って小隊長を選べと言われたとき、ジャンケンで負けたやつがその役を押し付けられたのだ。バークラフトのように。
「っと、知り合いに会いに行く途中だっけか。引き留めて悪かったな」
「いやいや、気にしないで。なんなら、君も来るかい?」
「お誘いはありがたいが、小隊長としてはここを離れられなくてな。その知り合いってのがどこのどなたかは知らないけど、砦に着いたら会う機会もあるだろ。今回は気持ちだけ受け取っとく」
「そっか。それじゃ、また今度」
ハーレルに別れを告げて再び歩き出す。
一組のメンバーが見えなくなるくらい離れた辺りで、カーターがふと尋ねてきた。
「さっきのハーレルは一組の奴なんだよな? いつの間にあんな知り合いを?」
「さっきだよ、さっき。手伝いに行った時さ」
「コミュ力お化けだなお前?」
「そうかな?」
マサキは驚いたように僕に言った。
そこまで言われるようなことではないと思うけど。
「まあ、あんたはよくウチの組で溶け込めたもんだと思うよ、実際」
「あはは。それは僕の能力じゃなくて、マサキのおかげじゃない?」
「……確かに」
「んあ? 俺?」
間違いなくマサキのおかげだ。
貴族である僕に臆しもせずに話しかけ、仲良くしてくれたマサキのおかげ。……まあマサキはそもそも僕が貴族だって気づいてなかったんだけど。なんなら今だって気づいてないし。
「……ん!」
「どうした?」
「いや……」
【神】の気配。
百メートル以内くらいに、シェーナがいる。
「この辺だと思うんだよね、衛生科の人たちがいるのって」
「ふぅん。ベッドを何床も置くんだし、デカいテントだろうな」
「目に入る中で一番デカいのは……あそこか」
他のテントより露骨に大きい一つをカーターが指差す。
「じゃ、行ってみよう」
「お、おい! もしかしたら司令部のテントかもしれないぞ!」
「そのときはそのときさ」
「ちょ、バカ!」
「失礼します!」
二人の制止を無視して進む。
というか、僕には確信があったのだ。二人には見えないらしい、黒ずくめの少女がテントから顔を出して手招きしている。ちょっと不気味でもあるが。
「いらっしゃい、レウ」
ていうか、『隠形』ってこんな融通の効くものなのか。
「魔力が扱えるとそれだけで『隠形』は見破り安いのよ。逆にそれを利用すればレウやシェーナにだけ見えるようにも調整できるわ」
……それはわかったけど、なんか今心を読まなかった?
リューネにちらりと視線を向けたが、彼女はくすくすと意味深に笑うばかり。
「君、誰だ? 所属は?」
彼女に気をとられて、真正面から男性が近づいているのに気づかなかった。『支配する五感』には反応していたが、当の僕が気を抜いていたら意味はない。
中年を過ぎ、老年に片足を突っ込んでいる彼はおそらく軍医なのだろう。
「はい! ヤリア方面軍第三大隊第五中隊バークラフト小隊のアークです!」
「士官候補生か。何か用かね? まさか怪我人か?」
「あ、いえ──」
「若様!」
「む?」
老軍医が声の元を確認する。
それはもちろん、僕のかわいいかわいい【神】の少女。僕も彼女の銀ではない髪色にもようやく慣れてきたところだ。
学園に居たときとは違い、メイド服では流石にない。神話教会のシスターのような野暮ったい長袖のロングスカートワンピースの上から白いエプロンを羽織っている。いつもは黄色いリボンで一つにまとめているだけの長い髪も、いまは頭の上でお団子のようになっている。
「やあ、シェーナ」
「どうして、こちらに?」
「君の様子を見に来たんだよ。上手くやってるかなって」
「それは。ご心配をおかけしたようで」
傍らからごほん、とわざとらしい咳払い。
割り込んできた老軍医は困ったように僕を見つめる。
「あー……シルウェ君? 私は看護婦の個人的な人間関係にまで口を出す気は無いが、紹介くらいはいただけないかね?」
「失礼しました、ドクター。こちらの方は私の……雇用主のような方です。若様、そちらは軍医をなさっている……」
「ガルド大尉だ。ヤリア方面軍衛生科の総責任者をしている。君はアーク士官候補生、で良いのかな?」
「はい、いいえ、大尉どの。我々は一兵卒として従軍しております。士官候補生という呼び名は適切ではないかと」
「……規則上そうであるのは知っているがね。私は軍籍こそ持っているが軍人ではなく医者なのだ。上官のように振る舞うのは得意ではないんだ」
「あー、失礼しまッ!?」
と、そこで、辺りを探るようにしながらゆっくりとマサキとカーターが入ってきた。
まさか僕が初っぱなっから上官に捕まっているとは思わなかったのだろう。驚愕の声で挨拶を切ったきり、あわあわと何も言えていない。
「君たちは?」
「は、はいッ! ヤリア方面軍第三大隊第五中隊バークラフト小隊のカーターです」
「お、同じくマサキ、です!」
「ふむ……。彼と同じ、士官候補生かね?」
マサキが名乗る途中で一瞬詰まったのを聞いて訝しげな様子を見せたものの、ガルド大尉は特に何かを咎めることもなく、問いを発した。
「はい!」
「私はヤリア方面軍衛生科ガルド大尉だ。しかし、私は軍人というより医者だからな。大尉ではなくドクターとでも呼んでくれ」
「了解しました、ドクターガルド」
「アーク候補生もそれで構わないかね?」
「了解しました、ドクター」
別に僕とて軍の規則に忠誠を捧げている訳ではない。立場上、ああ言う必要があったというだけで。
ガルド大尉……もといドクターガルドは軍規にさほど忠実ではない人物である、と頭に刻む。
利用するのであれば権力に忠実な人物や強固な思想を持っている人物の方が都合がいいが、仲間にするなら柔軟な方がいい。なんといっても僕は反体制側みたいなものだし。
「さて、シルウェ君、少し休憩としよう。自由にしたまえ」
「ありがとうございます、ドクター」
ドクターがそう言ったのは、もちろん僕らに気を使ってのことであろう。
テントの奥へと去っていくドクターを見送り、シェーナに話しかける。
「どうだい、ここでの仕事は」
「覚えることは多くて大変ですが、なんとかやっていけてると思います。……ところで、そちらの方々は……」
「ああ、シェーナは知らないか。二人は僕のクラスメイトだ。今は同じ部隊の仲間でもある」
「カーターだ。前の時は少ししか話してないし覚えてねぇかな? バークラフトと一緒にいろいろ聞いたりしてたんだけど……」
「……ああ。気付かず、失礼しました。その節はお陰さまで、若様のお荷物をお届けできました」
「お、俺はマサキ。えっと、前の時は! は、話したりは、してないんだけど……えっと……」
「あのときマサキは僕と同じタイミングで戻ってきたからね……」
いつだったか、シェーナが僕に忘れ物と称して物を届けに教室に訪れたことがあったが、マサキはシェーナと話したりする時間はなかっただろう。
シェーナも思い出せなくて申し訳なさそうな困ったような表情を浮かべている。
「……マサキさん、ですね。前回はお話できませんでしたが、今回お会いできたのもご縁でしょう。どうぞよろしくお願いいたします」
思い出すのは諦めたらしい。実際、あれで顔と名前を覚えろというのも酷な話だ。
マサキは若干がっかりしたようだったが、気を取り直したように頷いた。
「よろしく、シルウェさん」
「彼らとはきっと長い付き合いになる。もちろん、信頼できる仲間としてね」
暗に、彼らを僕の本来の目的──すなわち、継承位簒奪のための仲間にするつもりがあることを伝える。
そもそも、僕は継承位簒奪のための直接戦力を得るために士官学校ににいるのだ。であるなら、将来的に士官になる人間を抱き込んでおくのは当たり前以前の話だし、そのメンツはいつも親しくしている例のメンバーが真っ先に候補になるのも当たり前だ。
まあそうは言っても、すぐさま勧誘という話ではないが。僕のやろうとしていることは、いわば大逆に等しい。マサキたちとは親しいと思ってはいるが、本当の意味で命をかけられるほどの仲が深いかは疑問だ。
具体的な勝算が語れるくらいには昇進してからにしたいところだ。
「ふぅん。この子達を仲間に、ねぇ。ま、いつかは必要なことだものね」
背後でいいように言い放つリューネの声には落胆や不安のような色が見える。多くの人間に秘密を明かすのに抵抗があるようだ。すでにアイシャとミリルに知られている時点で今さらな気はするが。
「……そうですか。では、若様だけでなく私とも末長いお付き合いができることを願っております」
「前の時はあんまり聞けなかったんだけど、シルウェさんとアークってどれくらいの付き合いなんだ?」
「若様に雇っていただいたのは十年ほど前のことで……」
シェーナが教室でクラスメイトたちと接したあと、同じようなことがあったときのために設定を考えておいたのだ。それを吐き出していく。
ドクターガルドが戻ってくるまで二人はシェーナの話を聞きたがったのだった。




