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041 行軍と交流と

「あー、騎兵の人たち楽そうでいいなぁ」

「そうかぁ? 騎馬も揺られるしケツ痛いしで大変って聞くぞ」

「ってもこの荷物を持たなくていいだけでさぁ……」


 ドン、と駄弁るマサキのわき腹を肘でつく。

 中隊長がこっちを見ている。

 気づいたマサキがぴたりと黙った。

 馬上の中隊長はしばらくこちらを睨んでいたが、数秒のうちに興味を無くしたように前を向いた。

 ここはウェルサーム国、ヤリア山地の麓へ向かう街道。

 今そこではウェルサーム国軍総計三千人を越える人員が隊列を組んで行軍していた。僕らが位置するのは隊列全体の半ばよりやや後方くらい。軍の民間人募集に合格してヤリアの配属になったシェーナと、彼女に付き添っているリューネも前の方にいるはずだ。

 僕らはそこで、肩が抜けそうになるくらいの重量の荷物を背負って歩いている。まあマサキの愚痴もわからないことはない。

 彼は中隊長の様子をしばらく窺ってから、


「重すぎるんだよ! 鎧なんか始めっから砦に置いとけよ!」

「俺らが詰める砦ってこんな大軍で入るような大きさじゃないらしいしなぁ。半数は砦の外で陣を敷いて野宿だろ?」

「それもおかしいだろ! ならなんでこの人数派遣してんだって話だ」

「そんなこと知るか」


 はぁ~、とマサキは大きくため息をついた。


「なぁ、お前らどう思う? おかしくね?」

「はなし、かけんな……!」

「しゃべってる、よゆうは、ないんだ……!」


 さっきからぜぇはぁ言っているカーターとベイムは息も絶え絶えに文句を言う。

 今回はいつかのマラソンと違って、『ちょっと止まって休むんで先いってください』とは言えない。

 とはいえ、軍隊全体的にペースは抑え目、むしろカーターたちはペースが安定している方だ。教官の地獄のトライアスロンが効いているのかもしれない。


「まぁ、お偉いさんの目論みとかがあるんじゃない?」


 出征した第五王子(おとうと)を守るためとか。


「かーっ! 苦労するのはいつも下っ端だ! 将軍だの王様だのも一回くらい鎧背負って歩いてみてほしいもんだな!」

「将軍はともかく陛下は流石に経験ねぇだろうけど。ってか陛下の話はよしとけよ。不敬だって言うやつもいるし」

「はっ、言いたいやつは勝手に言ってろ!」

「おいおい、なんか荒れてんな。どうした?」

「……あれじゃないか? マユミを置いてきてるから……」


 駄弁っている間にペースが落ちていたのか、あるいは慣れたのか、会話に加わったベイムがぼそりと言った。

 マサキを除いた他の三人は息を合わせて、


「「「あー……」」」

「なんだお前らそのリアクションは」

「いや完璧な理由だと思って」

「マユミが心配で荒れてるってこの上なくわかりやすいからな」


 カーターがそう言うのに、マサキはフンと鼻を鳴らし、


「当たり前だろ。妹ひとり置いて行くんだ。心配じゃない方がおかしい」

「ま、そりゃそうだ」

「けど……それで言うならアークもだろ」

「へ? 僕?」

「そうか、あんたシルウェさんと暮らしてるんだったっけ。おいてけぼりか」

「ああ、シェーナね……。あー、うん、彼女は……」

「なんだ、歯切れが悪いな。……おい、まさか」


 じろり、とバークラフトの視線が厳しくなる。

 流石に僕も、いたいけな女の子を戦争に引きずり出して平然としてはいられない。黙って目線を逸らす。


「おいおいおい、お前マジか? なに考えてんだよ」

「……我ながらひどい話だとは思うけどね。僕らの事情は僕らのものだ」

「……ま、今さら俺たちもあんたの人となりを疑っちゃいないし、口ツッコんだり責めたりする気もないけどさ」

「ん、ありがと、カーター」

「で、シルウェさんはどこに?」

「医療雑務だから、もっと前の方だよ」


 と、話していると中隊長が急にぐるりと後ろを向いた。

 声は抑えていたつもりだったが聞こえていたか、と身を縮こまらせたがそういうわけでは無いようだった。


「全隊! 止まれぇぇえええ!」


 号令に合わせ、二歩を進めたところでぴたりと止まる。


「本隊は今日ここで夜営を行う! 準備開始ッ!」


 日はまだてっぺんを半分過ぎたくらいで、沈むには余裕があるように思えるが、慣れない作業であることと、休息時間の確保のために早めに作業をさせているのだろう。

 テントは小隊あたりひとつ。五人で分けて持っていた素材を背負った背嚢から取り出す。テントと呼ぶにはお粗末な布と棒だが、組み立てればそれなりにはなる。

 僕ら以外の中隊も、あちこちで同様の作業を始めている。


「マサキこれ上手いよなぁ」

「なんか変なところで多芸だよな、お前。数学とか科学とか妙なこといっぱい知ってるし」

「なんだよ、急に。口じゃなくて手を動かせって」

「お? なんだ、照れてるのか?」


 軽口を叩きあいながらも、その手際は危なげない。これまた教官の指導のおかげかもしれない。

 三十分程度で設営を終える。


「バークラフト小隊長、次の任務は?」

「日没まで待機。けど多少の自由裁量は許されてるんだよな。そうだな、手間取ってる他の奴らを手伝ってやるか」

「うちの中隊……つーか第五組はみんな平気そうだな」

「教官からしごかれまくったからなぁ……」

「さ、手分けだ手分け。誰がどこ行く?」

「んじゃ、僕一組」

「俺二組行くわ」

「となると……俺が三組でカーターが四組? バークラフトは?」

「俺はここに残るわ。なんか急に呼び出されたりもありうるし」

「オーケー、じゃそれで」


 僕らが所属するのはヤリア連隊第三大隊第五中隊という部隊だが、この第三大隊というのは全て士官学校の生徒で構成されている。僕らは第五組だから第五中隊、というわけだ。

 そして、第三大隊――つまり士官学校の生徒たちはみなこの辺りでまとまっている。手伝いも容易だ。

 バラバラに他の組へ歩き始める面々。

 僕も一組の方へと向かう。

 予想通り、悪戦苦闘しつつも敗色濃厚な一組の面々を見て、僕はとりあえず最も近くに居た小隊の一つに話しかけてみる。


「や、苦戦してるかい?」

「……誰だ、あんた?」

「おっと、先にそっちだったね。僕はヤリア連隊第三大隊第五中隊バークラフト小隊のアーク。よろしく」

「第五中隊ってことは、五組か? なんだ、同級生か」

「そそそ。こっちは作業終わったから、手間取ってるところを手伝おうと思って」

「助かる。俺はヤリア連隊第三……ってめんどくさいな。平民科第一組、ハーレル小隊隊長、ハーレルだ。困ってた所だったんだ。頼む」

「任せてよ」


 ハーレルは特に体が大きいとか、筋骨粒々とかいうことはないのだが、どこか風格のある男だった。成人年齢になってもどうも幼い印象が抜けないと言われる僕にとっては若干羨ましい。

 彼らに教官から教わったときと同じようにテントの組み方を彼らに教える。

 彼らは素直に僕の助言に耳を傾け、あっという間にテントを組み上げた。


「おっし、できた! ありがとよ、アーク」

「困ったときはお互い様さ」

「そうか。ならそっちが困ったときはいつでも頼ってくれ。……ところで、それ」

「うん?」

「怪我でもしたのか?頭」


 ハーレルが僕の頭部を指差してそう言ったのも、無理はないことだった。

 今の僕は、頭全体を白い布でぐるぐるに覆っていた。

 確かにこれを見たら怪我をしていると思うのが普通だろう。

 しかし、もちろん真実は違う。これは、僕の髪の色を隠すための処置だ。僕が貴族特有の金髪を持つことは平民科五組の仲間たちはみんなとうに知っていることではあるが、ほぼ面識の無い他組の人間や軍人たちに見せびらかしてあまり良いことにはなる想像はできない。このヤリア連隊の三千人もの人員が平民だけで構成されている理由を察せられないほど僕は鈍くない。


「まあそんなところかな。ああ、別に心配はいらないよ」

「大した怪我じゃないのか? ならいいんだが」


 当然真実を話すことはできないため、適当にはぐらかす。

 ハーレルは特に疑う様子もなく流してくれた。


「おおい、ハーレル! そっち終わったか!?」

「おう、ヤコブ! ああ、こっちは終わった! 手助けいるか?」

「すまん、頼む。……そっちのやつは? ウチの組……じゃない、中隊のやつじゃないよな?」

「組でいいさ。こいつは五組のアーク。アーク、こっちは俺の組のヤコブ。小隊長だ」

「よろしく、ヤコブ。いまハーレル小隊の設営を手伝ってたんだ」


 そう言って、ハーレルから紹介された大男に握手を求めて右手を差し出す。

 ヤコブは快活に笑い、僕の右手にバチンと右手を打ち付ける。ぎゅうと握られた右手は少し痛かった。


「そうか! ウチも頼んでいいか?」

「もちろん。ハーレルたちは……」

「俺らはヤコブ以外のところに行くさ」

「よし、じゃあ助けてくれ。アーク、って呼んでいいか?」

「ああ。僕らは命を預け合う仲間なんだから、呼び捨てくらい気にしないで」

「おう! こっちもヤコブでかまわない! 来てくれ、こっちだ!」


 ヤコブに導かれ進んだ先には、悪戦苦闘の跡が滲むぐちゃぐちゃの布とそのそばで所在なさげに佇んでいる四人の男。彼らがヤコブ小隊の面々なのだろう。


「あ、ヤコブ!」

「どうだった!? ハーレルのところからは……」

「おう! 助っ人借りてきたぞ! っても、ハーレルのとこのやつじゃなくて他組なんだが。五組のアークだ」

「助けてくれるなら誰でもいいさ!」


 希望のこもった視線で僕を見つめるヤコブ小隊。

 妙な期待が少し重いが、とりあえずテントが無事か確かめる。布を破っていないか、軸棒を折っていないか。

 ……うん、問題は無さそうだ。

 それならば手順はハーレルたちに教えたときと変わらない。一度やって見せてから指示するだけで彼らは容易く成功して見せた。ううむ、ハーレルといい器用だ。僕らは何度も教官にどやされて覚えたというのに。


「いよぉーし、終わった! マジ助かったぜ!」

「どういたしまして。他は……大体終わってるかな?」

「みたいだな。ハーレル小隊が散らばってるし、ウチも終盤余った人手吐いたし。アークはもう五組戻るか?」

「んー……ちょっとここで休んでいこうかな。多少ならバレないでしょ」

「おいおい、サボりか?」

「チクる?」

「ははは、助けてもらったんだ、その程度目こぼしするさ! ……こっちも中隊長に報告に行く前にちょっと休みたくてな」


 小声でそう言って笑ったヤコブはどすんとその場に腰を下ろした。

 僕もヤコブの隣に座り込む。


「僕は小隊長じゃないからわかんないんだけど、面倒臭いの? 報告」

「めんどいっつーか、怒られるっつーか」

「あー……」

「中隊長も理不尽には怒らないんだけどなー。今回はほら、手間取ったし。てか五組早すぎ。そのせいで俺らが遅いって言われんだぞ」

「いやぁごめんねぇ、優秀で」

「ま、五組が優秀なのは正直わかるんだわ。だって担任がアレだろ? 地獄トライアスロン教官」

「あはは、なにそれ! フレッド教官、他組だとそんな風に呼ばれてるの?」

「あれ? むしろ知らんか? あの人学園じゃ有名人だぞ。平民科に一人だけめちゃめちゃ厳しい教官がいるって入学の時から話題だったんだ」

「へぇ。僕、中途入学だからな。そういうの疎いんだ」

「中途? お前、いいとこの家の出か! コネ持ちか!」

「否定はしないけどね? でも、この学園にいる時点で世間一般よりはカネなりコネなり持ってるだろ?」

「ううむ、そりゃまあそうだ」


 ヤコブも思い当たるふしがあるようで、素直に首肯する。

 彼自身、そういう立場にある人間なのだろう。


「さて、そろそろ僕は行こうかな。あんまりサボってるとバレそうだし」

「っあ! やべぇ、時間潰しすぎた! 中隊長に怒られる!」

「あはは、本末転倒~。僕ももう戻るから、ハーレルによろしく言っといてよ」

「ああ、後でな!」


 返事する間も惜しいとばかりに走り去っていくヤコブ。

 僕も彼を見送ってから、背を翻しみんなの元へと戻るのだった。

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