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037 【世界の神】と評定と

「お、出てきた」

「アーク、なんか言われたか?俺たちは褒められてコインもらっただけなんだけど」

「僕もそんな感じだよ」


 リールに呼ばれていたのは僕だけではない。僕とマサキは数十秒とはいえただのニンゲン二人(僕は【魔】だが、ニンゲンを逸脱するほどの力や魔法は見せていない)が【英雄】の足止めをした勇敢さと近接戦闘技能、バークラフトは中隊規模の人数を見事にまとめあげ【英雄】と戦わせた統率力をそれぞれ評価されて呼び出されていたのだ。


「僕とマサキは同じことを評価されたんだから、何か違うとしたらバークラフトなんじゃないの?」

「いんや、俺もお前らと変わらねぇよ。スカウトでもされたらよかったけどな」

「まーそれはな。はじめから大佐に勝ったらって話だったし」

「だね。【英雄】と戦う経験だけでも十分ためになったよ」

「欲のねぇやつらだなー」


 思わず吹き出してしまった。

 知らないこととはいえ、王位の簒奪を目論む僕を『欲がない』と評するなんて。


「どした?」

「くく、いや、なんでも。それより、早く戻ろうよ。きっとみんな待ってる」

「戻ったら質問責めだろうな……」

「いいじゃないか。君たちもいつかの僕と同じ気分を味わうといいさ」

「シルウェさんの時のことか?」

「ありゃアークが悪い。ああなるに決まってる」


 みんなの音頭をとって僕を締め上げようとした張本人がよくも、と思わないではないが、まあバークラフトのいうことも一理ある。

 正体不明の貴族の男に、存在を隠されていた美しい使用人の少女。興味を引くのも当然かもしれない。

 そうこうしているうちに、教室へと戻ってきた。予想通り、僕らのところへクラスメイトたちはわっと集まってくる。


「おい、どうだった!?」

「まさか、仕官の誘いなんか受けてないだろうな!?」

「あるいは、なにか凄い褒美をもらったり!」


 息もつかせぬ質問責めに三人して圧倒されるが、代表としてバークラフトが話し始める。


「仕官の話なんかはまったくなかったぞ。普通に褒められただけ。褒美ってのも……コインを一つ貰っただけだ」

「コイン?」

「金貨だと思うから、ある程度の金銭的価値はあるんだろうけど。それ以外のことはわからないな」

「ふぅん。ちょっと見せて?」

「ほい」

「どれどれ……って、これ、アイシャ=ウェルサーム姫殿下記念硬貨じゃない!」


 マサキからコインを受け取ったユウロが叫んだ。

 褒賞は無かったと聞いて、やや期待はずれのような顔をしていたクラスメイトたちの注目が再び集まる。わいのわいのとユウロの手元の小さなコインに大量の視線が集中した。

 一方、当のマサキはぽかんとした様子でバークラフトに訊ねる。


「なんだ、それ?」

「アイシャ殿下ってのはウェルサームのお姫様だよ。二人いらっしゃるうちの年長の方」

「記念硬貨ってのは?」

「そのアイシャ殿下が三年前に成人なさった時に発行された……らしい。話には聞いてたけど、これがなぁ……」


 バークラフトも手にした硬貨を興味深そうに眺める。

 彼の実家である商会でも扱う類いのものではないのだろう。馴染みは薄そうだ。相当発行枚数が少ないということらしい。ちょっとしたご褒美くらいの価値はあるのだろう。

 僕もそう言われて手元に目を向ければ、コインに描かれた女性の肖像はアイシャに見える。


「そういや、俺ウェルサームに来てそこそこ経つけど王族のことよく知らないな」

「まー王族なんて王宮からほとんど出てこないしな」

「王宮か……」


 マサキは小さく呟くと、部屋の一点を睨みつけた。

 その壁の先は、王都の中心。すなわち、王宮の方だ。

 王宮は目立つ建物であるし、その方向を記憶していても変ではないが……。

 釣られるように、僕もそちらへ目を向ける。

 見えないはずの王宮に、見えないはずの父親や兄たちの姿が重なる。

 僕は小さく歯ぎしりした。


  ◆◇◆◇◆


 ここは、ウェルサーム王国王都、その中心。そう、王や王子、果ては【神】までもが棲む王宮。

 正確には、その王宮の中に設えられた一室。王が仕事をするための執務室だ。

 そこには二人の男の姿が認められる。

 一人は、中年をやや過ぎて老年に達するくらいの男。地味だが仕立てのいい服を着ている。彼はアレフ=オーギュスト財務大臣。

 もう一人は、アレフ大臣よりさらに十才近く年嵩の男。髪はとうに真っ白になり、いつ天命がやってきてもおかしくないほどの年齢だ。


「それでは、失礼いたします、陛下(・・)

「ああ」


 アレフ大臣がバタン、と執務室の大きな扉が閉じて退出する。

 もう一人の男であり、部屋の主でもある私、アークリフ=セロ=ウェルサームは、大きくため息をついた。

 まだ起きてから八時間程度しか働いていないというのに、体や頭の動きが明らかに鈍い。寄る年波には勝てぬということか。

 と、執務室の扉がノックされた。先程出ていった財務大臣かとも思ったが、彼の叩きかたとはやや違う。


「誰だ?」

「俺だ、親父殿。入ってもいいかい?」


 その返答で人物の正体を察する。

 再びため息をつき、入れ、と一言短く告げた。


「公共の場では陛下と呼べと言っただろう、ゴルゾーン。息子であっても公私の区別はつけてもらわねば困る」

「いいじゃねぇか、親父殿。ここにいるのは俺たちを除けばお互いの【神】だけ。今さら建前の敬意で威厳がどうこうって輩じゃねぇだろ?」


 三度(みたび)、ため息をつく。

 が、この息子が言うことは間違いではない。粗野な口ぶりのわりに、ゴルゾーンは抜け目ない男だった。実際、他に臣下や衛兵のいるところで不敬な態度をとることはない。扉の向こうにも本当に誰も居なかったのだろう。


「で?どうした、用件はなんだ?」

「おいおい、親父殿。もうボケちまったか?俺がここにいりゃあ、用件なんざ一つだろ?」

「ならば、相応の言葉があってしかるべきではないか?」

「ん……?ああ、そういうことか。公私公私とお堅い親父殿だこと。……第二王子、ゴルゾーン=ドス=ウェルサーム。ただ今クリルファシート王国国境より帰還致しました。つきましては、陛下にご報告がございます」

「うむ。よく戻ってきた、我が息子よ。クリルファシートはどうだった?」

「……真面目な話、キナくせぇ。明らかに軍備を整えてる。増強してる、なんてもんじゃねぇ。あれは間違いなく戦争準備だ」

「クリルファシートは内憂を抱えているはずだ。教会領との対立は……」

「それはわかんねぇな。まあ常識的に考えりゃあ一段落ついたんだろ」

「ふむ……」


 一旦話を切って思考を整理する。やはり、そちら側の調査は必要か。

 少なくとも一度は教会領に使者を派遣する必要がある。


「で、だ。親父殿」

「なんだ?」

「戦争になったとき、俺もそいつに一口噛ませてもらいたいと思ってね」

「……まだ戦争になると決まったわけでは……!」

「いいや、なる。早ければ一ヶ月、遅くとも半年のうちには必ずクリルファシートは攻めてくる。が、勝てない戦じゃねぇ。クリルファシートは内戦ばかりで外征の経験に乏しい」

「ゴルゾーン、お前は……」

「おっと、もちろん軍部には干渉しねぇ。俺にとっちゃあ忌々しい法だが、法は法。王族や大貴族は軍には関われない。わかってるさ。だから俺の指揮下に入れる兵は全部俺の私兵にするし、他に軍の指揮権も要求しねぇ。親父殿と軍部大臣が選んだ将軍の指揮下に入るさ。エルンスト中将か?クーリニー中将?ファスーナ大将ってのもアリだな。あいつは大将のなかで唯一お飾りじゃねぇしな。戦争の総指揮官も出来るだろ。ま、俺はどいつの下でもやっていけると思うぜ」

「しかし……」

「まだ煮えきらねぇか?ならアレだ。俺がそのうち王になって軍の指揮権を手に入れたときに初めて軍と接するってんじゃまずいだろ?予行練習だ、予行練習」

「…………いいだろう。お前の請願は前向きに検討しておく」

「おっ、話がわかるね、親父殿。正直、次代の王は兄貴だって突っぱねられると思ってたが」

「次代の王はもちろん長子であるセリファルスだ。が、セリファルスが王位に就いた後、お前は継承位なき王弟としてあいつを支えてもらわなければいけない。」

「兄貴が俺に軍事畑を任せるって?ま、親父殿がそれで認めてくれんなら都合はいい。俺から親父殿に話すことは以上だ。親父殿はなんかあるかい?」

「……お前がセリファルスと権勢を争っているのは知っている。そのこと自体について私はどうこう言うつもりはない。私とて、他人に何かを言える立場ではない。だが……大勢が決したのであれば。その後はセリファルスによく従え。決して国を乱すこと、自らの命を粗末にすること無きように。二心抱えることさえなければセリファルスも無下にお前の命を奪うことはないだろう。あれは優しい子だ」

「兄貴は優しいんじゃなく、敵にもならない矮小な相手は歯牙にもかけねぇだけだと思うが……んなことはどうでもいいか。親父殿の忠告、よく覚えておきますよ」


 そういうと、ゴルゾーンは退室の礼も取らず部屋を出ていった。

 私は深くため息を一つつくと、執務室の柔らかな椅子に身を沈めた。


「…………ゴルドゼイス」

「どうした、我が王」

「聞いていたか?」

「ここにいたからな」

「……戦争になるらしい」

「そのようだな。まあ不思議ではない。私は代々、王に使える【神】としてウェルサームや周りの国をみてきたが、クリルファシートやナローセルとはいつ戦争になってもおかしくなかった」

「……戦になれば兵が死ぬ。この国の民が死ぬのだ」

「それは悲しいことだが、必要なことだ。そしてお前はそれを当然のことだと思わなければならない」

「…………」

「あるいは、それができないならお前はもう王位を譲るべきかもしれないな」


 王位を譲れ、などと私に言ってくる者は少ない。大臣たちはもちろん言えないだろうし、息子たちですらそこまでのことは言わない。

 貴重な意見だ。忌憚なく次の王の話ができるのはそれこそ私の【神】くらいのものだ。


「王位か……。次代の王は誰になると思う?」

「それを決めるのは貴様ではないのか、我が王?貴様が一言言えば次代の王なぞ一瞬で定まろう」

「……わが子たちは彼らの信念のもと戦っている。横から私が口を出すことはできん」


 私がそう話すと、【世界の神】ゴルドゼイスは嘲るように鼻を鳴らした。


「相変わらず子に甘いことだ。しかし、貴様がそうならば、次代の王はセリファルスだろうな。あれは最も優れた王子だ」

「そうだな……。我が子ながら、非才のこの身から生まれたとは思えないほどだ。……ゴルゾーンはどうだ?」

「やつも悪くはないが……。少しばかり戦を好むきらいがあるな。無能ではないから無駄に戦争を始めるようなことはないとは思うが……。外交政策は圧力寄りになるだろうな」

「クラシスは?」

「あれは論外だ。大志無く、大義無く、踊らされる傀儡。おおよそ王の器ではない。万一、長兄次兄に何かあった際はやつだけは王位についてしまわないよう、貴様が動く必要すらある」

「ケリリはどうか」

「悪くはない。セリファルスやゴルゾーンには及ばないだろうが。それ以前に、奴はセリファルスがいる限り王は目指さないだろう」

「次は……レウルートだな」

「懐かしい名前だ。私の知る奴は十年前のものだが……。これも悪くはない。十年分の教育は必要かもしれないが、そもそも王として必要な資質は持っている。こと限った能力であればセリファルスを上回るものさえあるかもしれない。……しかし、駄目だ。奴は身内に甘すぎる。王としては不適格だ。十年の月日があろうとも人の根本の部分は変わるまい。王としてはケリリの方がマシであろうな」

「最後は、アンラ。彼はどうだろうか?」

「……アンラか。奴は若すぎるな。十年も前に成人していたセリファルスに比べ、アンラはようやく十になったところだ。レウルートは幼い時分から見るところのある男だったが……。よく育てばセリファルスの次代の王となれるやも、といったところだろう」

「…………なるほど。よくわかった。ゴルドゼイス、お前の意見は覚えておこう」

「私以外の【神】にも聞くといい。多くの意見を集めるべきだ」

「もっともだ。では、ルーテミスを呼んできてくれ」

「使い走りか?まあいい。私の言ったことだ。【双星の女神】を呼んでこよう」


 ゴルドゼイスはそう言うと、霞のように姿を消した。


「……【神】はどうにもそういう去り方を好むような気がするな」


 下らないことを呟いてみたが、返答はない。

 本当にもう去ったのだろう。

 息をついて、改めてゴルドゼイスの言ったことを考える。

 息子たちの顔が現れては消える。セリファルス。ゴルゾーン。クラシス。ケリリ。レウルート。アンラ。


「……いや、今はそれどころではないか。問題はクリルファシートとの戦争だ」


 ひとり呟き、首を振る。

 注力すべき問題を見誤ってはいけない。

 この戦争においては王子たちも力を合わせてくれることだろう。

 呼び鈴を鳴らして侍従を呼ぶ。


「お呼びですか、陛下」

「グリムブル軍部大臣を呼んでくれ」

「かしこまりました」


 一礼して去る侍従。

 私は来る戦争のために頭を回すのだった。

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