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036 対決と結束と

 リールの宣戦布告からだいたい十分くらい経ち。

 僕らは一応の準備と当面の作戦を携え、彼女に相対していた。

 僕らは一様に槍を携え、剣を一本、腰に差している。それなりな武器と対照的に、防具は皮鎧のみ。これは【英雄】の力を考えるに、役に立つかもわからない防御力よりも機動力と確実にリールを円の外へ押し出せる攻撃力を求めてのことだ。

 作戦の方は単純明快、数を頼みにしたごり押しだ。リールを全方位から囲み、一斉に攻撃する。誰かしらの攻撃は彼女に届き、円から押し出せるだろう、とまあそんな感じなのだが。魔法に関しては、情報もなく対策の立てようがないのでスルーだ。ちなみに立案はバークラフト。

 バークラフトがことさらに作戦立案に優れるわけでもないのだが、リーダーシップがあるのはやはり彼だ。短時間でうまくみんなをまとめた。


「くく、中隊規模の人員に十分な武装。【英雄】の一人くらい狩り取ってみせてくれよ?」


 リールは不敵に笑う。

 気圧されそうになるが、バークラフトが大きく号令をかけた。背中を押されるように駆け出す。


「かかれぇぇぇぇぇ!」


 僕だけではない。

 級友全員、誰一人欠けることなく【花の英雄】へと襲いかかる。


「ああ、臆するものが一人もいないのはいいことだ。では」


 自身に殺到する五十人もの武装した人間。普通であれば恐怖のひとつもあるべきなのだろうが、リールは眉ひとつ動かさない。

 彼女は構えを取るでも腰の儀礼用の剣を抜くでもなく、懐から小さな袋を取り出した。そこから粒状の何かをいくつか地面にこぼす。


「魔法だ、警戒しろ!」


 僕は思わず叫んだ。果たしてそれに意味があったのかはわからないが。

 リールがこぼしたのは、小さな種子だ。見えたわけじゃない。知っていたのだ。

 その種子が地面に落ちるが早いか、爆発的な成長を遂げる。

 芽が出て、葉になり、細い枝になったかと思えばたちまちその太さを増し、幹と呼んで差し支えないほどまで成長する。

 【花の英雄】の魔法はそれでは留まらない。巨木と化したその植物は、植物にあるまじきことに無数の枝葉を繁らせるその幹を蛇のようにくねらせ、ひとりでに動き出した。

 そう、【花の英雄】の魔法は自由自在に植物を操作する。植物をまるで動物のように動かすのは序の口。彼女がほんの小さな種に魔力を注げばあっという間に巨大な樹木へと成長する。自然の摂理を真っ向から否定する恐ろしい魔法だ。

 そして今、かの魔法は、巨人の振るう鞭のごとくその身をしならせた巨木として、勢いそのままに数人のクラスメイトを襲った。

 あまりの早さにかわすこともままならなかった彼らは鈍い音とともに数メートルも吹き飛んだ。はたして意識もあるのか、動けないようだ。戦線復帰は無理か。


「うおおおおぉぉぉぉ!」


 僕がなぎ倒された彼らに気をとられている間に、真っ先にマサキがリールの元までたどり着いていた。

 鋭く槍を突き、もしやリールを押し出せるか、と思った直後。それは彼女の呟きとともに起こった。


「いい気迫だ。私を殺すには足りないが」


 どぱん、と破裂するような音だった。

 マサキの足元から一瞬のうちに伸びてきた分厚いイバラのカーテンが彼を飲み込み、攻撃の勢いを殺すとともにその皮膚を引き裂く。


「ぎ、あああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

「大した傷ではないから心配することはない。むちゃくちゃに痛いだけだ」


 あまりにも凄惨なマサキの悲鳴に二の足を踏む面々にリールはそう告げる。

 しかし、それを聞いて、なら平気、となる人間はいないだろう。あんなの想像するだに痛い。

 結果論的だが、防具を軽くしたのは失敗だったかもしれない。板金鎧ならあの『イバラの罠』もものともしなかっただろう。

 いやしかし、だがそれでは『巨木の鞭』のいい的か、と思い直す。今はかろうじてみんな『鞭』から距離をとることで対応しているが、重いフルプレートではそれもままならずもっと大人数が『鞭』の餌食になっていただろう。あちらを立てればこちらが立たずとはこのことだ。

 ……いや、今はそんなことはどうでもいい。過去の判断の適不適を論ずるより、みんなの引けてしまっている腰をどう座らせるかの方が問題だ。

 指揮官であるバークラフトの方をちらりと見るが、彼もこれといった打開策はないようだ。困ったように立ちぼうけている。

 ……仕方ない、ここは僕がやるか。

 そもそもアイシャに仕えることがまったくメリットたりえない僕はそんなに真面目にリールと戦う必要はないのだが、しかし。僕は今ともに武器を構えるクラスメイトたちのことは仲間だと思っている。彼らが本気で戦っているのなら、僕も共に死力を尽くそう、と思うくらいには。

 そう決断した僕は槍を捨て、腰から下げていた剣を抜く。ついでに鞘も捨てた。持っているだけ重くなって無駄だ。これからすることを考えればわずかでも軽い方がいい。

 何をするのか、と問われれば、答えは簡単。『イバラの罠』を排除してマサキを助ける。イバラのカーテンを切り開くのだ。あれがなくなるだけでもみんなの心理的負担は減るだろう。士気は上がる。

 リールに近づけば新たな『罠』を踏んでしまうかもしれないが、それは僕の身体能力にものをいわせて囚われる前に脱すればいい。むしろ僕が『罠』を開ければその分仲間がかかる可能性が減るのだ。これもまた、みんなの士気の向上に繋がるはずだ。

 本当は鉈でもあればよかったのだが、無い物ねだりはできない。槍よりは剣の方がマシだろう。

 すう、と大きく息をひとつ吸うと、僕は勢いよく駆け出した。


「ほう?面白いのがいるな」


 リールはわざとらしくそう言って悪辣に笑い、さらに種子をひとつ放り投げた。

 それはやはり瞬く間に成長し、二本目の『巨木の鞭』と化す。一本目にすら対処できていないのに、これは過剰戦力だ。大人げないとすら言っていい。


(っ、これは想定外だぞ!リール、もうちょっと遠慮してくれよ!)


 彼女も下手にアイシャへの仕官なんかを餌にしたものだから、程々で退くことができなくなってしまったのかもしれない。リールはリールで勝たなければならない戦いなのだ。

 だが、そうなると僕のほうも作戦の変更を余儀なくされる。あの『巨木の鞭』の対処法はいまのところ僕にはない。だから『鞭』は完全に無視して『イバラの罠』にだけ対処するつもりでいたのだが……。

 正直、にっちもさっちもいかない。のんびり『罠』の解除などしようものなら増えた『鞭』のいい的だ。

 しかし、ここですごすご戻るのは士気向上という僕の目的上避けたい。

 そのとき。

 困り果てていた僕の耳に、仲間の声が響いた。


「アーク!そのまま行けぇぇぇえええ!」

「カーター!?」


 目線を飛ばした先に居たのは彼一人ではなかった。


「!?くっ……ははは!本気か、君たちは!」


 リールがとても楽しそうに笑う。

 それも無理はないだろう。僕だってここが自分の立つ戦場でなく、たとえばただの観客だったとしたら同じように笑ったかもしれない。

 カーターをはじめとした、彼ら六人の仲間たちが持っていたのはある一つの武器。

 いや、あれは武器というより兵器と呼ぶべきだろうか。

 おおよそ僕らが目指すような士官は触れないであろうもの。

 それどころか、普通ならこんな格闘訓練─格闘訓練だったのだ、これは。忘れそうだが─に持ち出されるものではない。

 その名を……破城槌、という。


「くく、破城槌(それ)も使っていいと言いはしたがな。まさか本当に持ち出してくるとは!」


 彼らがそんな大仰な攻城兵器と六人もの人員を割いて何をしようとしているのかといえば、それは彼らが見据えたものを、走る先を見れば明白だった。

 すなわち、僕がマサキを助ける上での障害たる『巨木の鞭』。

 たしかに破城槌ならばいかに巨大な樹木とてその根本からへし折ることもできるかもしれない。

 しかも、『巨木の鞭』が同時に攻撃できるのはしなる鞭の先端が叩く一点のみ。

 当然リールは『鞭』を無力化されるくらいならば僕を放置してでも彼らを叩きにいくだろう。その隙に僕はマサキを助ければいい。ようは、囮だ。


「アーク、早く!」

「ごめん、頼んだ!」


 まだリールは笑顔を絶やさない。二本目の『鞭』が対処されるのも想定内か。

 笑顔のまま彼女はさらに右手から何かを放り投げ、しかし、


「いいや、リール。それは読めてるよ」


 僕は小さく呟いた。

 彼女が投げたのは、三本目の『巨木の鞭』の種。まったくもって容赦のないことだが、それは僕にも看破されるくらい芸がない。

 僕は自分から五メートルほどの位置を目指して投げられたその種を横っ飛びでキャッチすると、すぐさま明後日の方向に投げ飛ばした。あの種はもう使えない。

 初めてリールの顔に苦いものが浮かぶ。

 リールとて無限に種子を持っているわけではない。いくら一つ一つが小さくとも数には限りがあるし、たかが訓練で手持ちの武器を使いきるわけにもいかないはずだ。

 リールがわずかに躊躇したその間隙を突いて僕は走った。

 向かうはイバラに囚われたマサキのもと。

 剣を我ながら器用に扱いながら、イバラを切り開き彼を救いだす。

 まさかリューネに会うために毎日森へ通った経験がこんな形で役立つとは。


「マサキ、大丈夫かい!?無事!?」

「うぐ……。なんとか、な。べらぼうに痛いけど怪我としちゃ大したことない」


 切り開いたイバラの中からマサキを無理矢理引きずり出す。

 裂けた服から覗く肌という肌にはイバラの棘の傷がある。だが、見た目の痛々しさの割には元気そうだ。


「それは重畳。なら自分で歩けるね?」

「そんくらいは……。一旦退くのか?」

「僕もそうしたいけどね。逆だ、マサキ。ここは攻める」

「はぁ!?」

「だってさ、ここで退いたとして、立て直して、もう一度攻めて、打ち倒して……。できると思う?あの【英雄】相手に」

「……無理だな。一回安全地帯に入ったら心が折れる」

「だから、ここは攻めだ。無理攻めは百も承知だけど、なに、そもそもこれは負けてもともと、勝ちを拾えれば大金星、って戦いだよ」

「立てた作戦は全部無駄か。ったく、やんなるね」

「戦場で【英雄】に会ったら作戦とか考えず逃げる。いい勉強になったじゃないか」

「なるほど、勉強代には破格の安さだ。戦場だったら今ごろ死んでる」


 ははは、とマサキが笑っていられるのは、さっきからリールがまったく攻撃せずにつっ立ったままだからだ。反撃しかしない、とかはじめに言ったのを律儀に守っている。

 しかしあんまり待たせても悪いだろう。


「そろそろ行こうか」

「バークラフトたちと連携とらなくていいのか?戦力の逐次投入は最下策だろ?」

「一声叫んで突っ込めばみんな来てくれるさ」


 【英雄】の魔法に破城槌持って突撃するようなやつらだ。僕らを見捨てるわけがない。


「んじゃ、俺らの仕事はあいつらが追い付くまで大佐の注意を引くことか。後は野となれ山となれ、で」

「最高の作戦だ。心の準備は?」

「いつでも!」

「オーケー。……バークラフト!突っ込む!後に続かせろ!」


 はち切れんばかりの大声で叫ぶと、一瞬だけ隣に立つマサキと視線を交わし、僕らは全力で走り出した。


  ◆◇◆◇◆


 …………。

 ……まあ、結論から言って。

 負けた。

 完膚なきまでにボコボコに負けた。

 一応弁解するなら、作戦に問題はなかった。

 目論見通り、クラスメイトたちは僕らの後に続いてくれたし、僕とマサキが先行したために『イバラの罠』は全てクリアされていて、『巨木の鞭』が新たに飛んで来ることもなかった。また、仲間たちが追い付くまでの数十秒間、僕らはリールの注意を引き続け、ぎりぎりで力尽きたものの援軍が到着するまで耐えきった。

 ……問題はそのあとだった。

 リールが、


「ふむ、そういえばこれは格闘訓練だったな」


 とか言い出した辺りから、正直嫌な予感はしていたのだ。

 そして、その予感は適中する。

 信じがたいことに、であるが。

 いくらか脱落していたとはいえ、未だ八割近くの人数を残していた我ら平民科第五組、武装したおよそ四十人ほどをリールは純粋な身体能力と格闘技能だけでちぎっては投げ、ちぎっては投げ……。

 まさか、全員がノックアウトされるとは……。

 そして僕は今。

 

「わざわざいらしていただいて殿下には申し訳ありませんが、時間も長くは取れません。失礼ながら、早速本題に入らせていただきます」


 リールに『見所がある』だとかみんなの前で褒められ、人気のない別室に呼び出されていた。内密な話をするための建前であるのはすぐにわかった。


「気にしないでいい。急に僕のところに来るなんて、何かあったんだろうとは思ってたし。どうした?」

「ゴルゾーン殿下がクリルファシート王国への視察から戻られました」

「ああ、ゴルゾーンがクリルファシート国境に行ってたのは聞いてるよ」


 クリルファシート王国はウェルサームの東側に位置する国で、ウェルサームの北に位置するナローセル帝国ほどの力は無いものの、無視することのできない強国だった。

 その国の特徴としては、神話教会という巨大な宗教組織の本拠地であり、その国土の中には『教会領』と呼ばれる神話教会の私領を抱え込んでいる。これも良し悪しで、クリルファシートは神話教会の威光を借りられる一方、王や諸侯と教会の権力争いは絶えない。


「それで……戻ってきたゴルゾーンに気を付けろ、ってだけの話じゃないんだろう?」

「はい。ゴルゾーン殿下によれば、クリルファシートに戦備えの予兆ありとのこと。近く、クリルファシートとの戦は避けられないものと思われます。そうなれば……」

「僕ら士官候補生は徴兵される。兄たちと戦う前に戦場で死ぬわけにはいかないね。忠告ありがとう。備えておくよ」

「姫様も激戦地に派遣されることのないようとりはかる、と仰っていました」

「ありがとう。ま、あまり派手にやるとセリファルスあたりに悟られる。上手く頼むよ」

「お伝えしておきます。用件は以上です。どうぞ、くれぐれもお気を付けて」

「ああ。わざわざありがとう」

「姫様のご命令です。……ああ、それと。こちらをどうぞ」

「なにこれ。金貨?」

「褒賞、ということで。呼び出しの口実に、お持ちくだされば」

「なるほど」


 それを受け取った僕は、部屋から退出したのだった。

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