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035 詰問と訪問と

「んで?あのシルウェさんは?お前のメイドだが、それだけでそれ以上でもそれ以下でもなく?今まで俺たちにカケラも話さなかったのは(やま)しいことがあったわけではなく、タイミングが無かっただけ、と……」


 結局、あの一時を逃げ切ろうと、その場しのぎにすぎないわけで。昼食休憩の時間に取っ捕まった僕は説明を強要されていたが、話せることなどない。言い訳に腐心する。


「う、うん、まあ、そういうことになるね」

「そんな話信じられるかぁ!」


 叫ぶバークラフト。集まった他のクラスメイトも納得していないようだ。

 いや、まあ、僕もそう言われるとは思ったけど。

 しかし、馬鹿正直に、彼女は王子たる僕に仕える【神】だ、なーんて言うわけにもいかないし。

 僕が答えに窮していると、ふとマサキが思い出したように、


「そういえば、あのシルウェさん、どこに住んでるんだ?」

「言われてみりゃ……。アーク、お前たしか今は家出状態って言ってたよな?当のお前は寮住まいな訳だし……。ッあ、まさか!」

「どうした、バークラフト」

「……なあカーター、俺たち平民科の寮はどこも相部屋だよな」

「そうだな。貴族寮は一人部屋らしいが」

「けど、アークと相部屋の奴はいない」

「そりゃまあ……常に寮生が偶数ってわけじゃないし。最後に入ってきたのがアークなんだから、アークだけ一人部屋になるってこともあるだろ」

「ああ、普通に考えればそうだ。俺もそう思ってた。だが、そうじゃないとしたら?アークには相部屋を一人で使う理由があるとしたら。たとえば、そう……同居している使用人がいる、とか」

「ッ!?アーク、まさかお前!?」


 面倒なときにいらん推理力を。

 ……これはとぼけても無駄そうだ。校長や教官は僕とシェーナが同じ部屋で生活していることは知っているわけだし、寮の管理人さんなんかもきっと気付いている。まあ、土台隠しきれるものではないと思っていた。そのうち彼らにも話すつもりでいた。

 それがこんなすぐに、しかも突然起こるとは思っていなかったが……しかしそうと決まれば僕が取るべき態度は一つ。すなわち、おかしなことなどなにも無いかのように開き直る、だ!そうすれば彼らも言いくるめられるはず!


「うん、確かに僕は彼女と暮らしてるよ。でも、それが何か?使用人と一緒に暮らすくらい普通じゃない?」

「そう……なのか?俺は使用人とか居たことないからわからないけど」

「そんなわけあるか。住み込みの使用人でも部屋は分けるに決まってるだろ。それが年若い女性ならなおさら」

「あ、なんだ。そうなのか」


 計画、一瞬で頓挫。

 そりゃそうだ。ここにいるのは平民といっても誰も彼も裕福な生まれのやつら。どうも例外らしいマサキこそ一瞬信じかけたようだったが、ほとんどのやつにはこんな浅はかな嘘が通じるはずもなかった。


「例外があるとするなら……使用人とは名ばかりの雇い主の妾、とか?」

「見損なったぞ、アーク。やっぱり檀はお前には近づけねー」

「美人な使用人を囲ってるだと!?なんとうらやま……ではなく、けしからん!この権力者!富裕層め!」

「うわぁ、アークくんサイテー。やっぱりそういう人なんだ」

「ご、誤解だ!冤罪だ!僕とシェーナはそんな関係じゃないぞ!」


 クラスメイトは口々に僕を非難する。あらぬ疑いに必死に弁明するが、なかなか聞き入れてもらえない。

 これは今更ながらに貴族であることのマイナスを被っているということか!

 これは貴族関係なく僕の素行の問題だ、という良心の囁きには無視を決め込んだ。


「って言われてもなぁ?」

「アークだしな」

「私、アークくんと初めて話したとき、第一声が『君、美人だね!どこ住み?ていうか、こんどちょっと一緒に出かけない?王都のいいところ知ってるからさ!』だったんだけど」

「あ、それあたしも似たようなこと言われた」

「わ、わたしも……」


 クラスに三人しかいない女子生徒全員までもが敵に回った。

 シェーナとの関係と違って、こっちは事実なのがたちが悪いね、まったく。


「こいつダメだな」

「いやでも、ここまで突き抜けてると逆に尊敬できるわ」

「そんなでも上手くいってるならいいのかもね。私はゴメンだけど」

「まあそれはそれとして檀は諦めろよ」


 なんだか、一周回って、みたいな感じで話が落着した。マサキの警戒はついぞ解けなかったけど。

 徐々に雰囲気が落ち着いてきたころを見計らって席を立つ。

 向かう先はお手洗い。とはいっても、急に催したとかではない。

 さっき開こうとしたアイシャからの手紙をまだ見れていなかったからだ。

 にしても、トイレで隠れて手紙を読むなんて。ラブレターかなにかなら良かったが、実姉からの手紙では色気もへったくれもない。

 個室でポケットから便箋を取りだし、眺めてみる。

 表面の宛名には僕の偽名が、裏面の差出人には、あなたの姉より、とある。蜜蝋で封がされているが、その家印には見覚えがない。少なくとも王家に連なるものではないのは間違いない。適当にでっちあげたこの場限りのものという可能性すらある。

 しかし、封を破ると出てきた手紙には、別の差出人名が記されていた。

 内容と合わせても数行にも満たない程度の簡素な手紙。

 内容を抽出すると、こう。


『お伝えしたいことがございますゆえ、近くそちらに伺わせていただきます。どうぞ、ご留意のほどよろしくお願いいたします。

  リール『ベリー』より』


「……え、来るの、彼女?」


  ◆◇◆◇◆


「おい、マサキ。くれぐれも、くれぐれも頼むぞ!」

「それ言うの何回目だよ!んな心配しなくても失礼したりしねぇって!」

「お前にはアークのときの前科があるからな」

「あれ、アークで良かったよなぁ。あんたじゃなかったらヤバかったろ。……アーク?どうした?」

「……っ!?あ、えっと、ごめん、なんの話だっけ?」


 不意にカーターから水を向けられ、反応が遅れた。

 あの手紙を受け取った直後、正式に教官から【花の英雄】リール『ベリー』の来訪を僕らは教えられていた。

 今日はまさしくその当日なのだが、僕はなんだか落ち着かない気分に囚われていた。

 こうして運動場で待機を命じられている今も呆けてしまうくらいだ。


「いや、マサキが今から視察に来るっていう大佐どのに失礼をしないといいなって。……大丈夫か?緊張してるのか?」

「もしかして、実家絡みか?大佐どのに会うのはまずいとか」

「ん、いや、そういうわけじゃないんだ。彼女は、大丈夫なはずだよ」

「彼女……?リール『ベリー』大佐は女性なのか?」


 しまった、口が滑った。

 リールが女性であることそれ自体が問題なわけではない。僕がそれを知っているのが問題なのだ。

 僕はリールの紹介(コネ)でこの学園に入ってきており、それは校長はじめいくらかの人は知っている。

 しかし、真実─すなわち、僕の背後にいるのはリールではなくアイシャだということ─を隠すためには、リールとのコネを使ったことも可能な限り隠匿すべきだと思ったのだ。

 だが口から出た言葉は取り消せない。とりあえず上手く軌道修正しよう。


「あ、ああ。リール『ベリー』大佐は女性だよ。昔、見かけたことがある」

「それ、会って大丈夫なのか?実家に居場所とか知られたくないんだろ?」

「たぶん、ね。そう深い付き合いでもないから」


 まあこれは本当……か?

 少なくとも、十年前の僕とリールの間にさほど強い繋がりがあったとは言いがたいだろう。彼女はあくまでアイシャの部下だ。まあお互いの顔を忘れないくらいの関係ではあったが。


「ふぅん。ま、平気ならいいけどよ」

「っと、あれ、教官じゃないか?」

「来たか」


 校舎の方から歩いてくるフレッド教官。

 それだけならいつもと変わらないが、隣には一人の女性を伴っている。

 間違いない、【花の英雄】リール『ベリー』その人だ。

 僕らは教官に怒鳴られないよう素早く整列する。こればっかりは仲間になったばかりの僕でもしっかりできる。なんといっても、これができないとみんなに迷惑がかかるからだ

 教官は整然と並ぶ僕らを眺め、満足げに、よし、と呟くと、


「以前から伝えてあったが、本日はリール『ベリー』大佐が視察にいらした!大佐に不様な醜態だけは見せるな!」


 フレッド教官はそう威圧感たっぷりに僕らを脅しつける。

 件のリールは教官の剣幕に小さく苦笑してから、


「まあまあ。彼らをあまり恐がらせないでやってくれ、少尉。はじめまして、王立士官学校平民科五組の諸君。私は【花の英雄】リール『ベリー』。階級は大佐だ。なに、そう硬くなることはない。視察などといっても、今日のこれは半ば私の私的な見学のようなものだ。私の職務柄、本来的な軍の活動に疎くてね。今日はむしろ君たちから学ばせてもらうくらいの気持ちで来ているから、君たちも気負わずいつも通りにやってくれればいい。なにはともあれ、本日はよろしく」


 そう、自己紹介をした。

 それで完全にリールへの畏れが解けたわけではないだろうが、ある程度の効果はあったようでみんなの間にいくぶんか弛緩した空気が流れる。

 すぐさま教官に睨まれてそんな空気は霧散したが。

 しかし、その後は予想以上になにごともなく、本当にいつも通りの訓練のようだった。

 準備体操とトラック十周のランニングから始まり、今日のメインだった射撃訓練まで何事もなく終わった。

 途中、リールが教官となにごとか話しているような気配はあったが、僕らには何か言ってくることもなく、残すは実技授業では毎回やっている格闘訓練を残すのみとなった。

 と、そこで、授業開始時の挨拶以来、初めてリールが僕らに向かって口を開いた。


「諸君、本日の訓練はよい勉強になった。ありがとう。本来なら、最後にあるという格闘訓練も視察して終わり、なのだが。それではあまりにも味気ない。貴重な学びを授けてくれた礼として、私からも諸君に学びをプレゼントしようと思う」


 そのリールの言葉を額面通り受け取って、純粋に疑問や期待を抱いているのがおよそ半数。マサキとかベイムとかウィシュナとか。

 もう半数は疑念をもって彼女の言葉を聞いていた。あの(・・)教官がなにも言わず訓練の時間を明け渡すなど、ありうるのだろうか?それがたとえ、階級がはるかに離れた上官相手だとしても、だ。

 結論から言って、僕やその他の生徒が思い至ったであろうこの懸念はおおむね正しかったようであり。


「聞くところによれば、普段の格闘訓練は君たち生徒同士でやっているようだが、本日は君たちと私で(・・)訓練を行おうと思う。ああ、心配はいらない。君たちの教官の許可はもうとってある」


 生徒全員から今にもうわぁ、と悲鳴が聞こえそうな空気だ。

 無理もない。

 人間は【英雄】には勝てない。奇跡でも起こらない限り、それは揺らがないのだ。そんなこと、子供でも知っている。


「ははは、そう案じなくていい。なにも私と真正面から一対一で戦えと言うわけではないさ」

「質問をよろしいでしょうか、大佐どの」

「許可する。どうぞ」

「それはつまり……こちらは複数人用意して大佐どのに挑んで構わない、ということでしょうか?」

「いいや、そんなケチなことを言うつもりもない。君たちは平民科五組全員(・・・・・・・)でかかってきたまえ。全員で五十人ほどかな?武装も訓練用のものなら剣でも槍でもなんなら破城槌でも好きにしていい。ああ、しかし飛び道具は私以外への誤射が危険だな。弓と銃、砲や投石器は禁止にしよう。勝ち負けの基準も定めなければな。そうだな……」


 リールは数秒考え込むと、腰に差されていた儀礼用の剣を抜き放つと、地面に自分を囲いこむように円状に線を引いた。その半径は一メートルにも満たないほど。


「私を一ミリでもこの円の外へ出せたら君たちの勝ち。私の勝利条件は君たちの降伏、といったところかな。とはいえ、私は反撃はするが積極的な攻撃はしない。君たちのやる気次第ではいつまで続けても構わないさ」


 リールの提示する条件を聞いていくにしたがい、生徒たちが静まり返っていく。

 おそらく、予想と違って楽そうだ、とでも考えているのだろう。甘すぎる。僕の見立てではこれでようやくどっこいどっこいだ。それほどまでに、【英雄】はこと戦いにおいては圧倒的だ。


「そうだ、報奨も与えようか。私をこの円の外に出した者は私の権限で私の部下に取り立てよう」


 それを聞いた生徒の一人─彼女はリンファ。クラスに数少ない女子生徒の一人だ─が興奮したようにリールに質問する。


「そ、それはつまり、アイシャ=ウェルサーム姫殿下のお付きということでしょうか!?」

「そういうことになるな」


 にわかに色めき立つクラスメイトたち。そりゃそうだ、王族付きなんて大出世も大出世。貴族でもなければおおよそ考えられないことだ。

 だが僕は反対に陰鬱とした気持ちが湧きたってきた。

 さっきはどっこいどっこいだなんて言ったが、リールの見立てではまったくそうではないらしい。万に一つも僕らの勝ちは無い、といった風情だ。

 なぜわかるかって?

 彼女のアイシャへの忠誠心を考えるに、僕らのような半人前を登用するなんてありえない。絶対に負けない自信があるということだ。


「さて、説明はこのくらいで十分かな?では装備の準備と作戦タイムだ。時間制限は設けないが、あまりちんたらしていると私はともかく君たちの教官にどやされるかもな?」


 その想像はあまりにも容易い。

 僕らは急いで準備をはじめるのだった。

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