032 仕込みと捜査と
イール=ドバを殺した僕は、続けてユリウスのもう一人の取り巻き、ネイト=カールスキーの元へ向かう。イール=ドバの返り血で服を真っ赤にしたユリウスにはイール=ドバの適当な衣服に着替えさせた。
先ほどと同じような手順でネイト=カールスキーの部屋に入り込み、同じように支配して情報を聞き出す。
が、やはりこれといった情報はなかった。こいつもあくまでラーネ=ハウリー伯爵がユリウスの手綱を握るためだけの人材で、継承位争いには関わっていなかったようだ。ただ、イール=ドバと違って僕のことを不審に思って上に報告しようとしていたようだったからその手紙は焼いた。
(危ない、危ない。これが送られて、万が一王子の元まで届いたとしたら……うん、あんまり考えたくないな)
なんにせよ、情報を持たないなら生かす意味もない。
「ユリウス、殺せ」
ユリウス=グラスは儀礼用の派手な剣を振り上げ、降り下ろす。この剣でも無抵抗の人間くらいなら殺せることはイール=ドバで証明済みだ。
ぱっ、と赤い花が咲いた。
背後でシェーナが息を呑む気配が伝わるが、今度は声はかけない。これは彼女の覚悟に任せるべきだ。
「で、次はどうするの?貴族を二人も殺してそのままってわけにはいかないでしょ?」
「いいや、そのままでいいのさ」
「どういうこと?」
「考えてみなよ。イール=ドバも、ネイト=カールスキーも殺したのは僕らじゃない。ユリウス=グラスだ。ああいや、実際に殺したのはもちろん命じた僕だよ。でもま、外観上は剣を振るったのも血を浴びたのもユリウスだ。で、こいつはイールの部屋からここに来るまでに何人かの人間と廊下で遭遇してる」
「……ああ、そういうこと。ユリウス=グラスを犯人に仕立てあげるのね」
「正解。そのために、ユリウスにはこの場から逃げてもらうけど、その前に。ユリウス、今日から明後日の朝までグラス子爵はどこにいる?」
「父はこの時期は自領の屋敷にいるかと」
「グラス子爵領か……。ううん、面倒だな……」
「子爵領ってどこにあるの?」
「こっからだと北に馬車で三日くらいだね。エクトケの直前に寄った街覚えてる?ほら、シェーナと僕が組み手した街。あそこのそばだ」
「ああ、レウがずるっこで勝ったあれね。で、レウは何に困ってるの?」
ずるじゃない!不可抗力だ!断じてあれはずるじゃないぞ!
っと、そうじゃなくて。
「グラス子爵を殺しに行くんだけど、僕は昼間はここで学生やらなきゃいけないわけで。使える時間はせいぜい夜の数時間。グラス子爵領に行ってやつを殺すにはどう考えても足りない」
多少の距離なら【魔】の身体能力を使って駆けることもできたかもしれないが、馬車で三日を数時間に縮めるのは無理だ。
「じゃあどうするんですか?」
「選択肢は二つ。一つは、リューネにお願いする。ただ、できるだけ別行動は避けたいし、僕が同行しないとユリウスに侵入やら何やらを手引きさせられない」
「もう一つは?」
「【岩石の英雄】ツトロウス『メイ』を使う。戦力的にはリューネに劣るし、当然手引きも使えない。ていうか、僕はまだツトロウスは信用できない。メリットは僕らが別行動しなくていいってだけ」
「なら三つ目の選択肢をあげるわ」
「何か手が?」
「『転移』よ。あの町まで行ければすぐなんでしょ?」
「それは……まあ、できるのならそうだ。けど、長距離の『転移』には目的地に何かしら目印を打っておく必要があるんだろ?」
「そうね。でも、あのとき私は魔法を使ったでしょ?その魔力の残滓を目印代わりにする。それで跳べるはずよ」
「そんなことが……」
並大抵の【魔】や【神】や【英雄】にできることではないはずだ。
僕らはあの街に限らず旅の途中に何度も魔法を使っている。その残滓を掴むことが容易いのであれば僕らはとっくにそこから足がついている。
そうならない理由は明白で、そんなものを辿るのはどんな超常存在でも容易くないからだ。ついでに、そんなことをやってのけるリューネの凄まじさもわかるというものだ。
「よし、じゃあ大まかな方針はそれでいこう。ユリウス、自由に使える足はあるか?」
「厩舎の馬が。屋敷くらいまでなら私でも乗れます」
「十分だ。ならさっさと行こう。時間はいくらあっても足りない」
リューネに頼んでまた『隠形』をかけてもらう。
姿を隠蔽したまま、僕たちはユリウスを操って厩舎を目指す。
なんだかんだとやっていたうちに夜も深まり、厩舎の辺りに人影はない。
居並ぶ馬たちの中から適当に具合の良さそうなものを選び出し、ユリウスに乗らせる。
そのまま学園を出ようとしたところで門番の男性にユリウスは制止された。
彼はついさっき、僕らがこの寮に侵入したときにユリウスの居場所を知るため僕が支配した守衛の男だった。つまり、僕が一言命じればそれだけでここは通れるということだ。
だが。
「ユリウス。殺せ」
命じる。
守衛の彼には恨みも罪もない。
しかし、彼にはこの寮に来る僕の顔を見られている。
もしかしたら、僕の能力ならその記憶を消すこともできるかもしれない。だがもしかしたら、彼が僕の能力の支配下から脱した瞬間に消した記憶が蘇ってしまうかもしれない。
それは僕自身にもわからないのだ。わからないのであればリスクはとれない。
一つのミスは即座に死に繋がる。僕の、だけではない。シェーナやリューネの命もかかっているのだから。
ユリウス=グラスの降り下ろした刃が誰かの命脈を絶つのは今晩だけで三度目になる。
辺りに血が飛び散り、男は膝から崩れ落ちた。
「では、ユリウス。三日後の夜までにグラス子爵の屋敷にたどり着け。僕らはその翌日に行く。一日のうちに手引きの用意を整えておけ。当然、僕らのことは他言するな。他人に悟られることも許さない。最後に、以上の僕の命令に従えない状況が発生したら直ちに自害しろ」
「わかりました」
命令の最終確認をする。ユリウスは感情の抜け落ちた声で返事をすると、馬首を返して夜の闇へと消えていった。
「さ、これで今夜の仕事はおしまいだ。部屋に戻ろう」
「…………はい」
「次は四日後の夜の本番ってことでいいのかしら?」
「そうだね。それまでに二人とも調子を整えておいてくれよ」
二人、とはいっても特に心配なのはシェーナだ。やはりこの一晩で三人も殺したのは堪えたらしい。
リューネから自分に任せてくれ、とアイコンタクトが飛んでくる。ここは彼女に任せよう。
僕はそう決め、それ以上なにか言うこともなく、自室へと戻るのだった。
◆◇◆◇◆
翌朝は大騒ぎだった。
朝起きて、寮から学校に向かう時点でなにやらあちらこちらから慌てたような会話が漏れ聞こえる。どこにも耳聡いものというのはいるものだ、なんて僕は思った。
教室に着くと、案の定クラスメイトたちは興奮も露に話し込んでいる。
「おはよう。今朝はずいぶん騒がしいね」
「アークか!よう!聞いたか、お前!」
「たぶん聞いてないと思うけど。何かあったの?」
とりあえず席の近いバークラフトに話しかけてみる。彼はベイムと話していた顔を上げ、挨拶をすると、勢い込んで教えてくれた。
「聞いて驚くなよ。殺人だ、殺人!」
「っ!へぇ。それは穏やかじゃない話だね。いったいどこで?」
「貴族寮だ!貴族だぞ、貴族!」
「冗談だろ?貴族寮で、殺人?それは、つまり……」
「殺されたのは貴族って話になるな」
ベイムが僕の言葉の後を継いだ。
二人のリアクションからみて、僕がそれもこれも知ってるとは見抜かれていないはずだ。
「それは……騒ぎになるはずだ。大事件じゃないか」
「ひょっとしたら授業つぶれるかもな」
「俺は寮で暇してるよりは勉強できる方がいいな」
「ばっか、ベイムは真面目すぎるんだよ!何事もほどほどが一番!手を抜くときは抜かないとさぁ!」
「ん、騒がしいな。なにかあったのか?」
「あ、マサキ。おはよう。僕も今バークラフトから聞いたんだけど……」
そこにちょうど登校してきたマサキにバークラフトから聞いたままに今回の事件の話をした。
「はっ!?殺人事件!?嘘だろ!?この学園で!?」
「本当らしいよ、これが」
「マジか……」
「っても貴族寮なら俺たちには関係ない話だろ。ほとんど別世界だ」
「いや、んなわけ……」
「おい、そろそろ教官くるぞ」
どうにも割りきれないようであるマサキにちょうど通りがかったカーターが声をかけた。
マサキは慌てて荷物を下ろし授業の準備を始める。
それは僕たちも同様。教官の名前を聞いて昨日の地獄トライアスロンを思い出したのか、うわごとのように何かを呟き始めたベイムを正気に戻しながら、僕はまた新たな一日を迎えるのだった。
◆◇◆◇◆
「状況はどうだ?」
「あっ、おつかれさまです、隊長!」
俺が現場に赴いたのは事件のあった翌日の夕方近かった。
偶然にも、そこにいたのはかつての顔見知りだ。
「隊長はやめろ。俺はもう警邏隊じゃない。で、状況は?」
「は、はい!今回の一件の被害者は三名。現在発見されている人数ですが、おそらくこれで全員かと。被害程度はいずれも死亡。剣で深く切りつけられ、いずれも即死と思われます。凶器は先述の通り全件同一で剣ですが、断面から察するに戦闘用のものではなく、儀礼用か訓練用のようです。特徴的な凶器ですし、三件とも同一犯との見方が強いですね」
「被害者の内訳は?」
「貴族寮の門番の男性一名と、貴族寮を利用する生徒が二名」
「チッ……やっぱ誤報告じゃねぇか。どいつだか知らねぇがウチの学園で面倒事起こしやがって……!」
「それなのですが……」
「あん?どっちだ?さっきまでの被害者の話か俺のした犯人の話か」
「あ……えっと、その、どちらも、です。両方に一件ずつ報告しなければならないことが……」
「じゃあ犯人の話からだ」
「はい。現段階の犯人はユリウス=グラスと見られています。グラス子爵令息でこの学園の生徒です」
「根拠は?」
「事件の夜、被害者の部屋から出てくるユリウス=グラスを複数の生徒が目撃しています。また、普段から儀礼用の剣を持ち歩いていたようです。それに、三人の遺体に争った形跡がなく、顔見知りの犯行のセンが太いのも理由ですね。門番はともかく、他二人の被害者はユリウス=グラスと親しかったそうですから」
「当のユリウス=グラス本人は?」
「行方不明です。厩舎から馬が一頭消えていたため、それで逃げたのかもしれません」
確かに、すべて総合して考えればユリウス=グラスを犯人とするには十分な証拠と言える。普通に考えれば、だが。
「グラス子爵家には?」
「使いは出しました。距離を考えますと、五日後の昼過ぎにはグラス子爵家に着けるはずです。ただ……本当にユリウス=グラスが犯人だとすれば、黙殺される可能性も……」
「被害者はどうだ?そっちも貴族なら、そっちのセンから追及できねぇか」
個人的には貴族の権力主義を利用するやり方は好かないが、事件の解明は個人の主義主張より優先されなければならない。
「それが……その、これが被害者に関して私が言おうとしていたことなのですが……」
「なんだ?」
「…………ハウリー伯爵家から圧力がかかりました。被害者については一切詮索しないように、と……」
思わず、舌打ちをしていた。
ここか。ここでもか。ここでも、やつらは醜く現れる。
「す、すいません、隊……しょ、少尉」
「お前が謝ることはない。悪いのはお前じゃないだろう」
「は、はい……」
「……仕方ねぇよ。仕方ねぇ。捜査は続行してもらうが、深追いはするな。貴族に目をつけられてロクなことはねぇ」
「で、ですが……ッ!」
何かを言おうとしたかつての部下は、しかし途中で言葉を切った。
「……いえ、わかりました。すいません、一番無念なのは隊長なのに……」
「馬鹿野郎。だから隊長はやめろって言ったろうが」
「すいません─フレッド隊長」
馬鹿な元部下を叱る気ももはやせず、俺は軽く手を振って別れを告げると、本来の仕事に戻るのだった。
インフルエンザに罹りました。不健全な生活が祟ったようです。
皆様もお体にはお気をつけください。




