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030 出会いと襲撃と

「ただいま。(まゆみ)、帰ってるか?」

「おかえりなさい、お兄ちゃん。……って、お客さん? もう! 呼ぶなら先に言ってよ!」


 マサキに続いて家にお邪魔した僕らが見たのは、一人の少女だった。

 彼女が例のマサキの妹だろう。

 なるほど、カーターが迷いなく断言するのが納得できる美人だ。

 特に目を引くのは、肩口で切り揃えられた(つや)やかな黒髪。

 黒髪自体はウェルサームでも別段珍しいものではない。実際、僕もリューネで見慣れている。

 しかし、僕の知る黒髪の美しさというのは、あらゆる光を飲み込む闇だ。

 昏く、妖しく、畏ろしい。なのに離れがたい。そんな魔性の魅力。そういう意味ではやはりリューネの黒髪は僕の知る黒髪の美しさの極致だ。

 だが、マユミの黒髪は違う。

 彼女の髪は光を映す。鈍く、しかし確かに輝いているのだ。

 それはまるで、稀少な金属か宝石のような輝き。人間の欲望をダイレクトに刺激する色気がある。

 よく見ればマサキの髪もわずかながらそういう部分が見てとれる。彼らの国の特徴なのだろうか。その輝きに差があるのは男女の差か、手入れの差か。


「急だったんだよ、こっちも。ほら、カーター以外の奴は初めてだよな。俺の妹、檀だ」

錦木檀(ニシキギマユミ)です。ごめんなさい、部屋の片付けも何も出来てなくて……」

「ああいや、お構い無く。急にお邪魔したのは俺たちだし。初めまして、バークラフトだ。よろしく」

「ああ、バークラフトさん。おに……兄から伺ってます。今後とも兄をよろしくお願いします」


 バークラフトはこういうときソツない。商家の生まれということもあり、初対面の人間に緊張するタイプではないのだろう。


「俺は別にいらないと思うんだが……久しぶり、妹さん。覚えてる? 俺のこと」

「カーターさんですよね。お久しぶりです。あれからも懲りずに兄と仲良くしてくださっているようで。ありがとうございます」


 唯一の顔見知り、カーターの挨拶もごく普通。少なくともマユミの記憶力は悪くはないらしい。


「あ、っと、その、俺、ベイムっていいま、いや、いうんだけど。えっと、その……」

「初めまして。地形観測が得意なベイムさん……で合ってますか? よろしくお願いしますね」

「っ!は、はいっ!」


 前二人と違ってベイムはガチガチに緊張していた。仕方あるまい、いくらベイムに人並みのコミュニケーションがあろうとも、マユミはこの通りの美少女だ。平然と喋れるバークラフトが凄いだけだ。しかし、ベイムから上手いタイミングで台詞を引き継ぎ、会話を保ったマユミは中々社交的に思える。


「最後は僕だね。アークっていう。最近転入してきたばかりだからマサキからもあんまり聞いてないかな? よろしく! ところで、今度二人でお茶でもどう?ケーキの美味しい店を知ってるんだけど」

「おいこら、初対面からいきなり人の妹口説いてんじゃねぇ」

「き、き、きぞ……!」


 マサキからのツッコミは予想通りだったが、僕に目を向けたマユミは口をぱくぱくさせてなにやら驚いている。

 彼女のコミュニケーション能力ならあっさり受けるかさらっと断るかだと思ったんだけど。


「お、お兄ちゃん! アークさんって平民科の人じゃなかったの!?」

「ん? ああ、そうだぞ」

「え!? え、でも……え!?」


 マサキの顔を僕とを交互に見るマユミのリアクションで遅まきながら気づく。

 そういや貴族だ、僕。

 クラスメイトのみんなが慣れてきていたのと、マサキが異常に鈍かったものだからマユミもそうだろうと思い込んですっかり気を抜いてしまっていた。


「ねぇ、マユミ」

「っ! えっと、その、このようなあばら家にお招きして、ご、ご無礼を……」

「あはは、僕がマサキの同輩だからってそんなに緊張しなくてもいいんだよ。まさか貴族でもあるまいし(・・・・・・・・・)

「へっ?」

「そうだな、マユミ。アークは平民。なっ?」

「え、バークラフトさん? でも……」

「君も兄貴から聞いてるんだろ? アークは平民科の同輩。最近転入してきた、な」

「カーターさんまで!? で、でも、金髪は貴族の……」

「マユミ、さん。もう一度、君が聞いたマサキの話を思い出してみて。マサキの性格も込みで」

「ベイムさん……。………………ああ、そういえばお兄ちゃんバカでしたもんね」

「なんで俺いきなり罵倒された!?なんで!?」


 クラスメイト三人の示唆を受け、おおむね真実に辿り着いたらしいマユミ。

 未だ僕が貴族だと気づいてすらいないマサキは総スカンだがまあやむをえまい。

 みんなはみんなで僕の事情に深入りするべきでないと思っているようだし、それは僕にとっても都合がいい。


「ええと……では、何とお呼びすれば? アーク様?」

「みんなと同じようにアークさんでいいよ。なんなら呼び捨てタメ口でもいいし」

「……アークさん、いくつですか? あ、年齢の話です」

「歳? 今年で十八だけど」

「お兄ちゃんと同い年ですね。では、アークさん、で。私は十六なので」


 律儀な子だなぁ、と思うと同時、ふと、シェーナと同い年だ、とも思ったが言葉には出さない。

 永遠に隠しきれはしないにしても、クラスメイトのみんなはシェーナの存在は知らない。わざわざ教えることもなかろう。


「うん、それならそれで。改めてよろしく、マユミ。で、お茶はどう?」

「だから口説くな! せめて俺のいないところでやれよ!」

「ううん……。では、今度機会があったらケーキご馳走してください」

「止めとけ、檀! お兄ちゃんは出会って数日のこの男の安全性を保障してやれない!」

「あ、そういやさっきのアークの女性事情の話、途中だったな」


 げ、とベイムの言葉に思わず声が漏れる。

 マユミが魅力的でついいつものように口説いていたが、やぶ蛇だったかもしれない。

 これは二重の意味でよろしくない流れだ。


「ま、まあ、それはそれとして! そろそろお暇しない? 元々の目的はもう達したんだしさ」

「皆さん、帰られるんですか? 晩御飯くらいはご一緒にと思ったんですが……」

「いや、遠慮しとく。いきなり四人も追加で作るの大変だろ? それに、俺たち寮で晩飯食えるから。無駄にするのもなんか悪いしな」

「そうですか……。それもそうですね。今日はわざわざ兄をありがとうございました」

「いーえ、お気になさらず。じゃあな、マサキ。また明日」

「おーう、また明日。お前らも気を付けて帰れよー」

「俺とアークがいりゃそう危ないこともないだろ」

「だとしても、だ。むしろ恨み買ったアークこそ狙われるかもしんねぇぞ?」

「はは、一理あるね。じゃあ君の忠告通り警戒しておくよ」

「そうしとけ、そうしとけ」


 マサキのその台詞を最後に、僕らは口々に別れの言葉を交わして寮へと帰っていった。


  ◆◇◆◇◆


「おかえりなさいませ、若様」

「あら、おかえり、レウ。遅かったわね。何かあった?」


 大分遅くなりながらも、寮の自室に戻った僕を二人が出迎えてくれた。

 ちなみに、危惧していたユリウスの襲撃はなかった。他の寮でない仲間を送っていったグループも普通に帰ってきたし、僕らの杞憂だったということになる。


「ん、ちょっと野暮用がね」

「悪い遊び……って訳じゃなさそうね。なに、秘密なの?」

「そうじゃないけど、今は時間がないんだ明日話すよ」

「この夜に、時間がない? もしかして、貴方これからどこか行くの?」

「ああ、人を殺してくる」


 そう言うと、リューネはすっと目を細め、シェーナは肩をぴくんと跳ねさせた。


「……ふぅん。なら私も連れて行って頂戴。いい加減退屈だわ」

「いや、君にはシェーナの護衛を……」

「ならシェーナも一緒に行けばいいじゃない」


 なんでもないことのように言うリューネに一瞬あっけに取られた。

 僕は人殺しに行くと言ったというのに。


「い……いやいや! なに言ってるのさ!?」

「貴方こそ何をそんなに慌てているのよ? 私もシェーナも人殺しに慣れた方がいいって言ったのは貴方でしょう?」


 それは、確かに言ったが。

 あれは治安が不安定でいつ人間に襲われるかわからないジェイル侯爵領に入る前だったからあえてあんなことを言ったのだ。


(……いや、それは嘘か)


 本当は、リューネが何を言いたいかはわかっている。

 これから王位を目指すのであれば人を殺さなきゃいけない時なんていくらでもある。必要なときに必要なだけ殺せなくてはいけないのだ。それは僕の【神】たるシェーナだって例外じゃない。

 僕がああ言った時から、状況は何一つ変わっていないのだ。

 押し黙る僕に追い打ちをかけるように、あえて的を外すようなことを言う。


「ああ、護衛の心配なら平気よ。夜の私なら【英雄】と戦いながらだって守って見せるわ」

「っ! それは……、違う、そうじゃ、なくて……」

「何も違わないわよ。今大事なことはそこだけ」

「……っ……シ、シェーナは、シェーナはどう……」

「私は、許してくださるのであれば、同行させていただきたいと思います」


 返答は、僕の願いを断固として拒否するかのように、質問を遮りながら放たれた。

 慣れない慇懃な口調ながら、僕を射抜くその碧眼は間違いなく見慣れたシエラヘレナ=アルウェルトの決意の目だ。


「今の私では、正直なところ人殺しなんてできるかはわかりませんが。であるからこそ、少しでも慣れておきたいと思います」

「レウ。村を出てすぐの頃、シェーナに怒られたのもう忘れたの? 過保護は過ぎれば侮辱にもなるのよ?」


 ……っ!

 ああ、そうだった。

 僕としたことが、同じ過ちを繰り返すところだった。

 シェーナは僕の【神】になることの覚悟をとうに決めているというのに、一方の僕はいつまでたっても彼女を腕の中から離せない。

 僕がするべきことは、シェーナを庇護することじゃなく、彼女の覚悟に答えることだ。


「……ああ、わかった。降参だ。二人にもついてきてほしい。時間がないから事情は道中話すよ」


  ◆◇◆◇◆


≪それで? 急に殺しだなんて言い出したのはどういう訳なのかしら?≫

≪昼間にちょっと貴族と揉めちゃってね。面倒なことになる前に殺しておこうと思って≫


 夜の学園を三人で連れ添って歩く。

 声は出せないため、会話はリューネとシェーナが繋ぐ『念話』だ。……いつの間にやらシェーナが『念話』まで使えるようになってるのは、まあ、うん……。

 また、姿を見られても困るため、リューネが自身と僕に『隠形』をかけてくれている。もちろん、シェーナにも自分で『隠形』してもらっている。……いいなぁ、魔法。


≪貴方……もしかして、馬鹿なの? どうしてそんなことになってるのよ≫

そしりは甘んじて受け入れるよ。僕のヘマだ≫

≪……まあいいわ。過ぎたことを言っても仕方ないものね≫

≪そういうことでしたら、これは貴族寮に向かっているのですか?≫

≪ああ。目標は三人。だけどうち二人は名前もわからないから、まずは一人目、ユリウス=グラスを探さないといけない。っと、ちょうどいい。彼に聞こう(・・・)


 僕が目に止めたのは貴族寮の守衛だ。この寮の管理人もどきのようなものである彼は生徒のこともある程度把握しているはずだ。

 リューネに合図して僕にかけられた『隠形』を解いてもらう。


「っ!? な、なんだお前!? 今どこから……」

「魔力よ、侵せ」


支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』。


 彼は僕の姿を見ると同時に僕の声を聞いている。支配の条件は満ちた。

 視覚と聴覚の二感から魔力を流し込んで彼を支配する。怯えと戦意に彩られていた彼の顔から表情がストンと抜け落ちる。彼はもう僕の意のままに体を動かすことしか出来ない人形になった。


「さて、聞かせてもらいたいことがあるんだけど」

「はい、なんでしょう」

「ユリウス=グラスという人間を探している。部屋はどこかわかるかい?」

「ユリウス=グラス様のお部屋は一階の三番の部屋になります」

「そうか、ありがとう。君はこのままここでいつも通り仕事をしているように。万一誰か来ても僕のことは話すな」

「はい、かしこまりました」

「……さて、居場所もわかったことだし、ユリウス=グラスを殺しに行こう」


 改めて、僕はそう宣言した。

 リューネはもとより、もはやシェーナも覚悟はできている。

 僕に至っては覚悟はおろか、シェーナを脅かした仇に迫るこの殺人に喜びすら覚えていたのだ。


「それはいいのだけれど。ところで、レウ」

「なんだい、リューネ?」

「『隠形』、かけなおさなくていいの?」

「あ、うん、お願い……」


 ……なんか締まらない!

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