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027 新入りと変わり者と

「おい、マサキ! 聞いたか!?」


 登校して早々、級友の一人からそんな風に話しかけられた。


「聞いたか、って……何が?」

「ハァ、ったく、これだから。情報が遅いぜー?」

「はいはい、悪かったな。で、なんの話なんだ?」


 この士官学校の生徒の大半は学内に併設されている寄宿舎で生活している。

 一方で()は妹と一緒に学校から少し離れたアパートで暮らしているため、寄宿舎内のネットワークで交わされる情報にはどうにも疎くなってしまう。


「おう! 実はな、新入生が来るらしいんだよ」

「新入生? この時期に?」

「ああ、この時期にだ。ま、入学時期を外れて入ってくる生徒は一定数いるんだが、そんなのコネがないと無理だわな」

「じゃあ貴族か? なんだかなぁ……」


 俺はこの国の生まれではなく、ここウェルサームで暮らし始めてそう長くもないのだが、しかし学園での貴族の横暴さには辟易していた。全ての貴族がそうではないと頭ではわかっているが、気持ちはどうしても貴族を忌避してしまう。


「いや、それが平民科の生徒らしいんだよ。しかもウチのクラスのな!」

「へぇ、それは……」


 期待半分緊張半分といったところか。

 どんなやつだろうか。

 目の前の友人を始め、平民科のやつはたいてい気のいいやつだ。

 ただ、中には貴族のように振る舞うやつもいる。噂の新入生はかなりのコネがあるようだし、そういうタイプでないといいんだが。

 と、そこで始業の鐘が鳴った。

 席を立っていた級友たちがみな慌てて着席する。俺たちの担任であるフレッド教官はいい先生だが、厳しい先生でもある。先生が教室に来た時点で着席していないとか、私語をしているようなことがあればすぐさま頬を張られるだろう。

 ガチャ、とドアノブをひねる音が静寂に満ちた教室に響き、先生が入室してくる。


「起立!」


 その瞬間、級長の号令が響く。ちなみに、級長は立候補や投票ではなく、成績上位者の中から教師によって選ばれる。


「礼!」

「「「よろしくお願いします!」」」


 先生が教卓に立ったタイミングで再びの号令。少しでも乱れれば待っているのは厳しい叱責だ。


「直れ!」


 最後の号令で直立不動の姿勢に戻り、先生の指示を待つ。


「……よし、休め」


 先生の指示で全員が休めの姿勢に移る。

 それにしても、どうにもみんな落ち着きが足りていないように見える。先生がいなければすぐにも喋り出しそうだ。

 全員の視線は一様に先生の隣に立つ一人の男に向けられている。その身には学校の制服を纏っているから、彼が例の新入生だろう。みんな知っていたんじゃないのか? さっきその話を俺に教えてくれたカーターまで微妙に挙動不審だ。何がひっかかるのだろうか。

 俺も改めてその新入生を観察する。年のころは俺や同級のみんなと同じくらい。教室内の妙な雰囲気はそいつも察しているだろうが、彼はまったく気圧された様子もなくにこにこと笑顔を浮かべている。輝くような金髪が印象的ないかにもなイケメンだが、みんなの動揺はそれが理由ではないだろう。美少女ならまだしも。


「さて、知っている者はすでに知っているようだが。ウチの組に新入生が配属された。おい、自己紹介だ」

「みなさん、こんにちは。アークといいます。今日からみなさんと同級で学ばせていただきます。同級とはいいますが、中途参加の未熟者ですので、どうぞご指導くだされば、と思います。よろしくお願いいたします」


 イケメンの丁寧な自己紹介に、先生がぱちぱちと気の抜けた拍手をする。

 俺を含めた同級の数名がそれに続き、まばらな拍手が静かな教室にこだました。


「アークの席はそこの最後列の空いている席だ。では、一限は自習。各自予習復習に励むように。以上」

「起立!」

「礼!」

「「「ありがとうございました!」」」


 先生が出ていったあと教室はまたもや静寂に包まれる。額面どおり自習に腐心するような真面目なやつばかりではないはずなのだが。

 いつもの自習時間なら控えめではあっても話し声が聞こえるはずだし、今日は新入生までいるのだ。話題には事欠かないはずなのに。

 指定された席──奇しくもそれは俺の真後ろだった──に着席したイケメンに、左右どちらの席の生徒も一向に話しかけようとはしない。どちらも人見知りするような性格でないのはよく知っている。そのくせ、彼らもその他の生徒もちらちらと新入生に視線を送るのだから、気になっていないわけでもない。

 よくわからないが、仕方ない、ここは俺が口火を切るか。

 俺は自席に座ったまま振り返って、


「なあ、新入生。アーク、でいいんだよな?」

「ん? ああ。好きに呼んでよ。君は?」

「俺は錦木柾(ニシキギマサキ)。あ、いや、マサキ=ニシキギ、か。柾って呼んでくれりゃいいよ」

「よろしく、マサキ。ニシキギ……。聞いたことない家名だけど、君は貴族なのかい?」


 ああ、そうか。久々の自己紹介だったからすっかり忘れていた。

 ウェルサームでは平民は名字を持たない。名字を名乗るのは貴族だけだ。

 こういうときにいつもしている説明を今回もしようとしたところで、慌てた様子のバークラフト──アークの右隣の席の生徒だ──が口を挟んできた。


「マサキは出身がウェルサームではなくて! ナントカって東の遠い国の生まれで、その国では平民でも名字を名乗るそうなんです! だから、貴族とかではなくて、なあ、マサキ!」

「あ、ああ……。ま、まあそういうことなんだ。貴族とかじゃないぞ」


 異様なテンションと同級生になぜか敬語で話すバークラフトに微妙に引きながらも、バークラフトの説明はかつて俺がバークラフトに話したままで、今回もそれを話すつもりだったため不都合はなく、それに乗っかる。


「東の国ねぇ……。聞いたことないけど……ま、別にいっか。それより、君は?」


 アークの興味の矛先は俺の出自より横合いから話に入ってきたバークラフトに向いたらしい。


「あ、っと、バークラフト、っす。その、ネイルトン商会の会長の三男で……」

「ああ、ネイルトン商会! 聞いたことあるよ。貴族とはあんまり取引してないみたいだけど」


 俺がバークラフトと初めて会ったときは俺が疎いのもあって知らなかったのだが、アークはバークラフトの実家のことを知っているらしい。やはり、ここのやつらはなんだかんだいいとこの出だったり有名人の親族だったりするのだろう。


「てかお前、なんでアークに敬語なんだよ。そんなキャラじゃねぇだろ?」

「いや、だって、お前、アーク、さまは……」


 何事か俺に耳打ちしようとしたバークラフトだったが、それを遮るようにアークが、

「そうそう。マサキの言う通りだよ。僕らは同級なんだし、立場も同じ平民(・・・・)なんだから、敬語なんていらないだろ?」

「へ? へいみ……? え? いや……。…………。……まあ、じゃあ、よろしく、アーク?」

「ああ、よろしく、バークラフト」


 アークはそう言ってバークラフトの手を握って握手する。

 バークラフトはアークを見てぽかんとしている。なにがそんなに不思議だというのか。


「あ、あの、アーク……。俺、ベイムってんだけど……」

「ああ、よろしく、ベイム」


 俺やバークラフトがアークと普通に話しているのを聞いて興味が湧いたのか、アークの左隣に座るベイムも遠慮がちに声をかけてきた。

 アークは朗らかに受け答えすると、バークラフトにしたのと同じようにベイムにも握手を求めた。


「いやぁ、それにしても良かった良かった」

「ん? 何がだい?」

「アークはあんまり知らないかもしんないけどさ、ここの学校には俺たち平民科と貴族科ってのがあるわけよ」


 俺がそう言うと、バークラフトとベイムの顔色が変わる。

 今はこちらを向いているアークの死角にいるベイムはなんかジェスチャーしているがよくわからない。アークの頭……髪? がなんだというんだ。


「ああ、そうらしいね。それが?」

「その貴族科の生徒ってのがさ、名前の通りみんな貴族なわけなんだけど、どいつもこいつも鼻持ちならないやつばっかで。こないだも平民科の生徒が中庭で食事してただけで、ンモゴッ!」


 話の途中でいきなりバークラフトに口を塞がれた。

 奥ではベイムも慌てたようにアークになにごとか話している。まるで弁明しているかのようだ。


「お前、いきなり何言ってんだ!」


 小声で叫ぶという器用な真似をするバークラフト。

 合わせて俺の返事も音量が下がる。


「なんだよ、アークがそういう奴じゃなくて良かったってだけの話だぞ。たまにいるだろ、平民科なのに貴族みたいなやつ」

「お前はそのつもりでも、今の言い方はマズいだろ!」


 何をそんなに慌てることがあるのだ。確かに、もしアークが貴族だったりしたら誤解されそうである物言いだったかもしれないが、本人自ら平民だという彼にこの話をしてもなんの問題もないだろう。バークラフトはこんな心配性だったのか。

 いかにもおそるおそる、といった様子でアークの顔色を伺うバークラフト。しかし、心配もなんのその、アークはにこにこ笑っている。


「わかるわかる。貴族ってなんか偉そうなやつ多いよね。自分が世界で一番偉いような顔して。三流貴族のくせに」

「だよなぁ! いや、アークは話がわかる! 平民科のやつは大抵気持ちはおんなじなんだけど、やっぱ向こうは権力者じゃん? 言いたいこと言えないときもあるっつーか……」

「おい、ちょっと、マサキ。お前、一旦黙れ。あー、なんか、ごめんな、アーク。マサキはその……悪気はないんだが、たまにバカなんだ」

「バカとはなんだバカとは!」


 人の話を無理矢理遮って、いきなりご挨拶なバークラフトに抗議するも、うるさいバカ、と取り合ってもらえない。ベイムもこちらを援護してくれるつもりはないようだ。


「あはは、気にすることはないよ。なんたって僕は平民だからね」

「……そうだな。んじゃ、改めてよろしく、平民の(・・・)アーク」


 今度はバークラフトの方からアークに手を差し出す。アークは、ああ、と笑ってその手を握った。


  ◆◇◆◇◆


 今日最初の授業は座学の戦術論だった。


「……と、このようにかつてのサイフォルーの戦いでアラン将軍は事前の諜報活動によって敵軍の情報を得ていたことが勝利に大きく貢献した。では、アーク。具体的な情報の内容を答えてみろ」

「はい。敵軍の進行情報と、行軍時の部隊の配置です。それによって、敵の将軍率いる本隊が隘路を通行するタイミングでアラン将軍は攻撃を敢行し、敵の総指揮官を討ち取ったことで少数軍で大軍を打ち破りました」

「では、この作戦方式の問題点は?」

「諜報情報の正確性が作戦の成功に大きな影響を与えることです。諜報要員の育成が必要なだけでなく、アラン将軍が行ったような自国土内の防衛戦では高い効果を挙げますが、侵略戦では有効に機能しません」

「よろしい。物は知っているようだな」


 アークは先生の問いにすらすらと答える。ちなみに俺はわからなかった。

 次の時間の授業は実技の格闘訓練だ。


「そこまで! 全員やめ! ……全員三人の相手と組手をしたな? 全勝は……アークだけだと? 新入生相手にこのザマか。鍛え方を考え直す必要があるな」


 先生の言葉に、ああ、とか、うう、とか言葉にならない呻き声をあげる生徒たち。まさかこれ以上にしごこうというのか。


「すげぇなぁ、アーク。さっきの座学もそうだし……。やっぱあれか? ガキの頃からそういう特別な教育受けてんのか?」

「ん、まあね。多少はやってたけど。でもまあ、ちょっとしたコツみたいなものだよ。特に格技の上達はすぐさ」


 バークラフトは複雑そうな顔をしながら、そうかねぇ、なんて相づちを打つ。

 実技の格闘授業が得意で、成績上位者の一人のバークラフトからしたら新入生に負けたのはショックなのだろうか。


「あんまり喋ってると先生にどやされるぞ」


 先生がこちらを見ているのに気づき、俺は小声で二人に注意を促す。

 慌てて二人は口をつぐんだ。しばらく先生はこちらを見ていたが、幸いにも何も言われることなく授業の終わりの号令がかかった。

 授業はまだまだ続く。

 三限目の開始に間に合うように早足で運動場から教室へと向かう俺たちだった。

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