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023 メイドと王子と

「……軍士官学校への裏口入学? それだけでいいのぉ~?」

「十分、っていうかそれ以上の事はできないんだ。やりすぎるとセリファルスあたりに感づかれるからね」


 アイシャとミリルの協力を無事とりつけた僕は、さっそく具体的な内容をお願いしていた。


「そういうものかしら~? レッくんがいいならそうするけど~。学校に登録する名前はどうするの~?」

「アーク、でお願い」

「お父様の名前のもじり~?」

「…………偶然でしょ」


 苦々しげにそう言うと、アイシャはくすりと笑った。

 別に、初めに思い付いた偽名がそれだっただけだ。わざわざ他のを考えるのも無駄だからこうしただけで、他意はなにもない。ないったらない。


「アーク、っと。家名は~?」

「ないよ」

「……貴族科に入るんじゃないのぉ?」

「いや、平民の方で入るよ。あ、もしかしてそっちにはそんなに権力が及ばないかな?」

「別に、入れることはできるけどぉ……。髪はどうするの~?」


 アイシャが言っているのは貴族特有の金髪のことだろう。

 別段気にすることもない。


「このままだよ」

「レッくん、それは……」

「平気平気。考えてるさ。ほら、僕がいいならそうしてくれるんでしょ?」

「……わかったわぁ。シエラヘレナ様とリューネ『ヨミ』さんは~?」

「シェーナはシルウェって名前で僕のメイドとして取り計らってほしい。リューネは特には必要ないかな」

「はいはい、っとぉ。それじゃ~、リール。これを……」

「はい。王都の士官学校に届けて参ります」

「僕の入学経路は隠蔽してほしいんだけど……」

「かしこまりました。では、そのように」


 アイシャがしたためた紹介状のようなものを受け取ったリールが一礼して部屋から出ていった。


「とりあえず、これで僕がここに来た本来の目的は達したかな」

「なら、すぐに王都に向かうのかしら?」

「いや、どうせ今行ったって何かできるわけじゃないから」

「そうね~。リールがあれを届けて、向こうが受け入れの準備をして、って考えると、早くとも数日ってところかしら~」

「ってわけで、それまではここに置いてもらえないかな?」

「もちろん、大歓迎ですわ! やっとあにさまにお会いできましたのに、すぐにさようならだなんて、絶対いやですもの!」

「私もシエラヘレナ様やリューネ『ヨミ』さんからこの十年のレッくんの話を聞きたいし~。むしろ今日明日くらいはここに留まってちょうだい~?」


 二人とも快諾してくれた。

 慣れない旅の疲れもそろそろ出てくる。たった数日とはいえ、一所に腰を落ち着け小休止、といったところか。


「あ、そうだ。二人にもうひとつ、お願いがあるんだけど」

「聞くだけは聞いてあげるけど~……」

「あにさまのお願いでしたら、なんだっていたしますわ!」

「シェーナのメイド服を見繕ってほしいんだ。ここにならアイシャが侍女たちに着せてるのがいっぱいあるでしょ? サイズが合うのもあると思うんだ」


 そう言った瞬間、もともとノリノリだったミリルだけでなく、面倒くさげだったアイシャの瞳にも、ぎらりと光が灯った気がした。


「メイド? メイド服? シエラヘレナ様のメイド姿? なぁに、レッくんたらお姉ちゃんにそんなご褒美くれるの~?」

「あは、そういうことでしたらお任せくださいまし。最高の素材を最高のメイドにして差し上げますわ!」

「ア、アイシャ様? ミリル様? いったい、何を……」

「ああ、そういえば【花の英雄】もメイド服着てたわね……」

「リューネも着てみる?」

「遠慮しておくわ。私はもっと豪奢なドレスの方が好きだもの」

「またお嬢様っぽいことを」

「ちょっと、レウ様もリューネものんきに話してないで助け、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」

「あーら、見事な剥かれっぷり。レウ、貴方ちょっと部屋から出てなさい。私が見とくから」

「えー、僕もシェーナのストリップ見物した……はーい、冗談。冗談だからその魔法は撃たないでね」


 すごい目で睨み付けてくるリューネに降参とばかりに両手を挙げながら、僕はそそくさと入ってきた扉をくぐった外側で待機することと相成った。


  ◆◇◆◇◆


 数分後、リューネに呼ばれ部屋に戻った僕が目にしたのは、メイド服を纏い涙目で座り込むシェーナに、仕事をやりとげた職人のように満足げな表情のアイシャとミリル、そして呆れたように一歩引いて三人を見やるリューネという、何があったかおおよそ一目でわかる光景だった。


「うぅ……もうお嫁にいけません……」

「あら、でしたらわたくしのところにいらっしゃいます? こんなに素敵なメイドさんでしたら大大大歓迎ですわ!」

「あは、いくらミリルでも、それは駄目だよ。シェーナは僕の【神】だ。君にだってあげる気はないさ」

「……妬けますわね。あにさまがそうおっしゃるならわたくしは逆らいはいたしませんけれど」


 あらためて、ぺたんと床に座るシェーナを見る。

 流石は、アイシャとミリルといったところか。素材の良さは言うまでもないが、それを置いても服のデザインセンスは一級品だ。

 服を彩るレースやフリルは実用とはあまり関係のない装飾品で着用者の魅力を増すためのものだ。キャップ型でなく、カチューシャ型のヘッドドレスもまたそう。

 一方で、スカートはロングが採用されている。ミニはミニで良いが、僕はこっちの方が好きだ。そのお陰で全体的なシルエットはお洒落着ではなく仕事着としてまとまっている。

 エプロンドレス全体で見れば装飾は華美すぎず、美しさが見苦しさに変わるまさしくギリギリの位置といえる。職人的な感性が垣間見える。

 ついでに言うと、涙目のシェーナはなんだか嗜虐心がそそられてとっても可愛い。

 本来ならば人の手が届くような存在ではない【神】を従え、あまつさえ使用人まがいの格好をさせるという背徳感もたまらない。

 元来、シェーナは自己主張が控えめで大人しいタイプだ。その彼女にメイドさんはまさに天の配剤とでも呼ぶべきベストマッチ。

 総括すると、シェーナ可愛い大好き、ってことだ。……まあそれは口には出さないけど。

 いつだか、僕がメイド好きを主張した時のシェーナやリューネの反応も芳しくなかったし。


「うん、いいね。可愛いよ。少しアレンジするなら、そうだな……」


 部屋を見渡し、化粧台の上に黄色のリボンを見つける。

 しゃがみこみ、それでシェーナの長い銀髪を頭の後ろで一つに束ねた。


「これでよし、と。さ、立ってみてよ」


 未だ床に腰を下ろしたままのシェーナに手を差し出して立つように促す。


「あ、はい……」


 立ち上がったシェーナもやはり美しい。

 女性の美はしばしば花に例えられるが、シェーナの前では芍薬も牡丹も霞んで見えるに違いない。


「あの、レウ様……?」

「っと、ごめんごめん。つい見とれてたよ」


 手を握ったままの僕にリアクションを促すシェーナに、正直に思っていたことを伝えると、シェーナは恥ずかしそうに縮こまる。

 一方で、冷ややかな目で僕を見つめるアイシャとミリル。


「レッくんったら、十年も経つのにそういうところ変わらないのねぇ~……」

「わたくし、あにさまの十年間を聞くのが不安になってきましたわ」

「ああ、やっぱりレウは十年前からこうなのねぇ」

「ひどいなぁ、みんなして僕をひどい悪人か何かみたいに。僕は正直な気持ちを言葉にしてるだけさ。他人に賛辞を伝えて何がいけないっていうんだい?」

「本当はわかってるくせにそうやってとぼけるのはいけないんじゃないかしら?」


 リューネに痛いところを突かれる。

 実際、僕自身自覚のある悪癖ではあるのだ。

 誤魔化すように肩をすくめて返答に代える。


「それより、これからどうする? 個人的には、ここ十年の情報を補充したいんだけど」

「ならお姉ちゃんがわかることは教えてあげる~。軍関係は私よりもリールの方が詳しいから戻ってきたら彼女に聞いて~」

「ん、ありがと。シェーナとリューネは好きにしてていいよ。ここにいる間は休みみたいなもんだから」


 僕からそう聞いたシェーナが目を向けたのはミリルだ。


「でしたら、あの、ミリル様」

「はい? わたくしに何か?」

「私にメイドについて教えていただけますか? 貴人に仕えるには、決まった所作や振る舞いがあると聞いているので」

「ええ、そういうことでしたら、もちろん! わたくしにおまかせくださいませ!」

「あ~! ずるーい! お姉ちゃんもシエラヘレナ様にメイドのなんたるかをお教えしたいのに~!」

「はいはい、アイシャは僕とね。リューネはどうする?」

「私も貴方と一緒にアイシャの話を聞こうかしら。情報を早いうちに共有しておきたいし」

「了解。じゃあそうしようか。ミリル、シェーナを任せたよ」

「引き受けましたわ、あにさま! ミリル=ウェルサームの名にかけて、シエラヘレナ様を一流のメイドにしてみせます!」

「王族の名前をそんなことにかけるのはやめなさいよ……」


 リューネのいかにも常識的な指摘は、しかしこの場の誰にも受け入れられることなくスルーされた。


「それじゃあ~、お昼ご飯の頃にはリールも戻って来るだろうし~、それまで二手に別れましょうか~」

「そうですわね。では、シエラヘレナ様。わたくしについていらしてくださいまし」

「はい。レウ様、リューネ、少し行ってきますね」


 シェーナを伴ってミリルが部屋から出ていった。


「あ~あ……私もシエラヘレナ様と一緒が良かったわぁ……」

「まあそう言わずに。面倒な本題はいったん後回しにして、十年ぶりの旧交を温めようじゃないか。ほら、何か聞きたいこととかさ」

「ならお姉ちゃん、レッくんのこの十年の女性遍歴が知りたいわ~」

「と、思ったけど、やっぱり先に本題を済ませちゃおうか! 面倒な分、余計に早く終わらせるべきだよね!」


 ハァ、とわざとらしくため息をついてみせるアイシャ。

 リューネといい、僕のお姉ちゃんたちはどうにも交遊関係に厳しい。

 一方で、なんだかんだいっても最後は僕に甘いのも一緒だ。


「で、レッくんは何が知りたいの~?」

「とりあえずは王子のことかな。何か顕著な変化はあった?」

「一番はやっぱりアンラくんだけど~、レッくんは知ってるのよね~?」


 確かに、継承位争いにおいて、新たな王子が生まれた以上の変化はないだろう。


「驚きはしたけどね。アークリフのやつもお盛んなことだ」

「お父様、でしょ~!」

「それより、他の王子はどうかな? 勢力の変化とか」


 アイシャが僕の言葉遣いを咎めたのは無視して次の質問をする。

 アイシャは困ったような顔をしながらも、質問に答えてくれる。


「そうねぇ……大勢に変わりは無いと思うわ~」

「ま、そうだろうね。セリファルスが頭を押さえてれば、そうそう大番狂わせも起きないだろ」

「セリファルス、ってさっきも出てきた名前ね? 第一王子なのだっけ?」

「そうだよ。継承位一位で最大の支援者と戦力を持つ上に、王子の中で間違いなく一番頭が切れる。あれをどうにかするのは至難の技だよ」

「ずいぶん良い評価つけるじゃない。らしくない」

「僕は自分の兄は一人残さず大嫌いだけどね、セリファルスだけはすごいと思うよ。あいつは王になるために生まれてきたみたいな男だ」

「大嫌いだけどすごいと思う、ね。よくわからないわ」

「かもね。アイシャはわかるだろ? 僕の言いたいこと」

「そうねぇ……。言葉にするのは難しいわ~。セリファルスお兄様がそれだけ異質な人って感じかしら~」


 他の言葉で例えるならカリスマだろうか。

 いや、それよりもっと普通じゃない何か。

 存在そのものに認めざるを得ない圧力のようなものがある。


「……まあセリファルス第一王子はよくわからないってことがわかったわ」

「今はそれでもいいよ。いつかわかるから。他の王子はどうだい?」

「当たり前だけど、全員十年前より力をつけてるわねぇ。基本は継承位順が勢力順だけど、ケリリはたぶんもうクラシスお兄様を抜いてるわぁ」

「へぇ、ケリリが……!」


 思わず言葉にも力がこもる。

 僕と最も因縁深き兄。

 必要性ではない感情でも殺したいのはお互い様だろう。


「ケリリ王子はどんな人物なの?」

「ケリリは第四王子、継承位だと僕の一つ上だね。年齢はアイシャと同じだから、二十一だっけ。あいつは……そうだな、セリファルスのシンパだよ、言うなれば。あいつに魅せられて、憧れて、セリファルスになろうとしてる。ケリリじゃ……いや、誰だって、セリファルスの真似なんか出来るわけないのに」


 そういう意味じゃ、哀れなやつだ。

 ケリリはたぶん、セリファルスがいる限り王になろうとはしない。

 あいつが僕を殺そうとするのは、あいつの個人的な感情だと僕は思っている。


「ああ、あともう一つ。ケリリは【爆炎の神】ギュルスアレサを従えてる。固有能力は視界内の発火と燃焼速度の操作。汎用の魔法は……あいつが使ってるのはあんまり見たこと無いな。【神】としての格とかは僕にはちょっとわからないかな」

「大事な情報ね。覚えておくわ。残りは、えっと……あと二人ね」

「ゴルゾーンお兄様とクラシスお兄様ね~」

「クラシスっていうのはさっき名前が出てきたわね」

「第三王子、クラシスお兄様はたぶん一番王になる気がない王子だわ~」

「それがレウの敵になりうるの?」

「クラシスは貴族の傀儡なんだよ。あいつにはおよそ使命感だとか大志だとかいうものはない。クラシスが望むのは自身の平穏と享楽だけさ」


 暗君の見本のようなやつだが、いや、だからこそ、貴族たちからしたら絶好の傀儡だ。

 十年前はそれなりに力があったが、アイシャの話によると、さすがに御輿がこれではただでさえ強大なセリファルスには勝てないだろう、と支援者の一部が他の王子に流れていったらしい。

 それでケリリに勢力で抜かれたわけだ。


「最後は、第二王子、ゴルゾーンね」

「ゴルゾーンは堅実な王子だ。特徴らしい特徴といえば対外膨張的な政策かな。やや好戦的で武力に頼るきらいはあるけど、馬鹿でもない。王としての器は十分、なんだけど。あいつの不幸はセリファルスの弟として生まれてきたことだろうね」


 そうは言ってもセリファルスに継ぐ第二王子、勢力は大きい。

 十年前からアイシャの語る今まで、セリファルス、ゴルゾーンの二大候補と言ってしまえるくらい、第三位とは差が開いている。


「……こうして聞くと、私たち呆れるくらい貧弱ね」


 兄たちの話を聞いたリューネが若干グロッキーになっている。

 だけど、全てはこれから。

 僕の、レウルート=オーギュストの戦いはここから始まるのだ。

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