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014 圧倒と隷従と

「馬鹿な……っ!」


 【風の英雄】ログラン『キョーガ』が驚愕の唸り声を上げる。

 無理もないことだろう。彼の放った刃が一瞬の内に叩き落とされたのだから。

 しかも、一つや二つではない。数十にも及んだであろうその全てが、ただの一つも余すところなく。

 もちろん、僕にもシェーナには一発もかすりすらしていない。

 誰の仕業かなど、言うまでもない。


「まったく、揃いも揃って私をガン無視なんて、良い度胸してるじゃない」

「リューネ……!」

「レウ、貴方も貴方よ。夜の私がいれば負けはない、とかなんとか大口叩いてたのは他でもない貴方でしょう? ならそんな情けない顔は止めなさい」


 リューネに叱咤され、目が覚める。

 ついさっき、僕はリューネを頼ると自分で言ったばかりじゃないか。そのくせ、ちょっと危機が迫れば不安そうにするなんて、彼女を馬鹿にするにも程がある。

 反省し、故に僕は口の端をつり上げる。

 笑うのだ。

 不敵に、傲慢に、勝ち誇ったように。

 そして彼女を、リューネ『ヨミ』を讃えるように。


「ええ、いい表情。素敵よ」

「リューネ? リューネ『ヨミ』、だと……ッ! 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なァ! 有り得んッ! いや、有って善いことではないッ!」

「だ、旦那……?」

「あは、そうそう。そういうリアクションが欲しかったのよ」


 リューネは嗤う。

 深く、暗く、不気味に、おびやかすように、しかし妖艶に。

 人を喰らう夜の闇の如く、危険と快楽の狭間へと誘惑するが如く。

 リューネは、嗤う。


「さあ、恐怖なさい。悲嘆なさい。絶望なさい。そして不様に死になさい。私は【夜の魔】。【夜の魔】リューネ『ヨミ』」

「逃げろ、ツトロウス! 殿下にこのことをお伝えしろ! ここは我輩が命がけで時間を……」

「残念だけど、貴方の命であがなえるほど安い時間じゃないのよね」

「なっ! が、はっ……!」

「旦那ァっ!」


 瞬く間に【風の英雄】の眼前にまで移動していたリューネがつまらなそうに呟きながら突き出した貫き手は凄まじい勢いを以て、かの【英雄】の胸板を貫いていた。


「はい、さよなら」

「あっ、リューネ! スト……」

「え、なに?」


 くるんと体を回して放たれた回し蹴りが僕の制止より早く、ズガンという砲弾が炸裂するような轟音と共に、【風の英雄】の頭蓋を紙細工が如く砕き潰していた。

 失った首の繋ぎ目から噴水のように血飛沫をあげる元【英雄】の肉塊の前で、きょとんとした顔でリューネが振り返る。


「……ップ、って言おうと思ったけど、まあいいや。もう片方は殺さないで無力化してもらえるかい? 情報取りたいから」 

「はいはい。注文の多いこと」


 字面だけを見れば不満タラタラといったように見えるが、裏腹に声の調子は弾んでいる。

 面倒見がよく、頼られたがりの彼女らしい。


「……あの、もう一人の方、物凄い勢いで逃げてますけど……」


 と、控えめにシェーナが言った。

 彼女の指差す方向を見やると、いつの間にやら【岩石の英雄】ははるか遠くを走っている。どうやら能力で地中からせりださせた岩石の勢いを利用して跳躍するように走っているらしい。

 が、心配は無用だろう。


「平気よ。このくらいなら一瞬で詰められるもの」


 やはり無感動に放たれたそのセリフは決して大袈裟ではなく、瞬間移動と見紛うほどの高速で走り出したリューネは宣言通りのまさしく一瞬で【岩石の英雄】に追い付き前に回ると、彼を蹴鞠か何かのように蹴り戻した。

 常人なら即死間違いなしの勢いで吹き飛んできた【岩石の英雄】だったが、幸いにもまだ息はある。


「さて、じゃあ尋問を始めようか」

「……はっ、ちょぉっと俺を見くびりすぎじゃないっスかね? 情報吐くくらいなら死んで……」

「無理だよ。もう君に選択権はないから」


 口内にあらかじめ仕込んでおいたらしい毒を飲み込もうとする【岩石の英雄】だったが、彼の体は彼の意思に反し微動だにしない。

 彼が僕を視認し、声を聞いた瞬間から流し込んでいた(まりょく)がようやく彼を完全に支配しきるレベルまで満ちたからだ。僕の『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』に侵されたこの男にできることは最早何もない。


「まずは、そうだなぁ……やっぱり主かな。さっき【風の英雄】が『殿下』って言ってたけど、やっぱり主は僕の兄の誰かなわけかい?」


 因縁深きケリリか。最大勢力のセリファルスか。好戦的なゴルゾーンか。はたまたお飾り傀儡のクラシスか。

 誰にせよ、この襲撃の黒幕がすなわちシェーナを拐わせた犯人でもある可能性が高い。そいつは僕の最初の目標になる。

 が、彼の返答は僕の予想を裏切る。


「いえ、兄王子殿下のどなたでも」

「えっ……?」


 そうなると、『殿下』の呼び名が相応しい人間はあと二人しかいない。

 まさか、かつて僕を心と体の両面で支えてくれた彼女たちのどちらかが、今や僕の敵だとでもいうのか。

 信じたくはない。信じたくはないが、現実逃避に意味はない。意を決して尋ねる。


「……なら、誰なんだい? 君の主というのは?」

「第六王子アンラ=セイス=ウェルサーム殿下ッス」

「…………へ? だいろく、おうじ?」


 まったく予想外の答えに、間の抜けた声が漏れる。

 当代の王子は長兄たる第一王子セリファルスから末弟である第五王子──つまりは僕──までの五人だと思っていたのだが。


「どういうことよ?」

「いや、僕こそ聞きたいんだけど……。えっとつまり、そのアンラとやらは僕の弟ってこと?」

「そういうことッスね」


 一気に脱力する。

 国境ぎりぎりの端に位置する村は、新たに王子が生まれてもその情報が届かないほど田舎だったということらしい。

 覚悟を決めて問いを発した僕が馬鹿みたいだったが、何はともあれ幸いだ。

 ……アークリフが僕の母を妊娠させた時点で奴はもう五十に迫る歳だったはずだが、それから子を二人・・も成すとはずいぶんお盛んなことだ。王としては重要な適性かもしれないが、その結果の跡目争いの当事者としては笑うに笑えない。


「でもまあ、よかった。アイシャもミリルも、僕の敵じゃないのか……」


 思わず、安堵の呟きが漏れる。

 視界の端でシェーナの肩がぴくりと揺れた気がした。

 ともかく今は、残りの質問を済ましてしまうべきだ。


「で、そのアンラとやらも、【神】を従えてるんだよね?」

「そのはずッスけど」

「はず?」

「俺は会ったことないんで」

「普通は王子は自分の【神】力を誇示するものだけど……。ハッタリって可能性は?」

「薄いんじゃないスかね。俺の知ってる限りでも明らかに内輪の【英雄】の手に余る『仕事』がいつの間にか片付いたりしてましたし」

「あ、その内輪の情報を教えてくれよ」


 全部を全部知ってる訳じゃないスけど、と【岩石の英雄】は前置きしてから、アンラ=セイス=ウェルサームの内情を明かした。

 それによると、【神】はおそらく一柱、【英雄】は四十人弱、自由に動かせる一般兵が五千くらいといった感じだ。


「当然だけど、勢力は小さいね。年幼いならそんなものか」

「え……!? こ、これで小さい勢力ですか!?」

「うん。最大勢力のセリファルス──長兄なんかは擁する【神】は三柱、【英雄】は百人を優に上回るし、一般兵に至ってはアンラの十倍は動かせるからね」

「十倍って、ご、五万!?」

「今更ながらレウを王にするってなかなか無謀な話よね」

「そりゃ本当に今更だよ。正直、こっちの戦力が乏しすぎてアンラだろうがセリファルスだろうがあんまり差はないよね」

「それはまた話が違う気がしますけど……。で、これからどうしますか?」

「とりあえず今夜は適当な宿を取って休もうか。明日の朝に馬車を買って出発しよう」

「それはいいけれど、その【英雄】はどうするの? 殺す? でもレウの能力の支配下にあるなら戦力にもなるわよね?」

「もちろん殺すよ。支配だって永続的にできるわけじゃないからね。常に魔力で汚染し続けないと」

「このまま同行させて二重スパイとして使うというのはどうですか?」

「それは無理かなぁ。彼の中は【魔】の僕の魔力でいっぱいだから、これを帰すと向こうの【神】に魔力をキャッチされちゃってスパイとしての役は果たせないんだよ」


 それに、連れていくこと自体も良策とは言えない。この【英雄】がどの程度有名かはわからないが、僕やシェーナよりははるかに顔を知られているだろう。そんなところから足が着いては戦力的価値なんて一瞬で消し飛ぶ。

 しかし、二人の意見を聞いていると殺してしまうのもどうにももったいない気もする。僕は使えるものは使いたい主義だ。貧乏性と笑ってくれてもかまわないが。

 どうしたものか。


「ちょっといいッスか」


 沈黙を守っていたツトロウス『メイ』が口を開いた。

 別に聞いてやる義理はなかったが、面白そうだと水を向けた。


「うん? 何かな?」

「俺はあんたにつきますよ。第五王子レウルート=スィン=ウェルサームの配下にしてほしい」

「……へぇ、おもしろいことを言うなぁ。それ、つまりアンラを裏切るってことだろ?またどうして?」

「そりゃ、死にたくないからッスけど」

「なるほど、道理だね。で、その理由で僕が助けると思ったのかい? それじゃあ命の危機を脱したらすぐにも裏切り返されるじゃないか」

「正直、俺はアンラ王子に忠誠心とかは別にないんスよ。将来の王に仕えられればそれでいい。本当はセリファルス王子が一番いいんスけど、あそこは人材いっぱいで俺なんかの入る隙間はないっしょ。だから、あんたに賭ける」

「はは、まさしく賭けだね。僕なんて大穴もいいところだ」

「その代わり当たればデカイ、でしょう?」


 その通りだ。

 もし僕が王になれたのなら、こんな黎明期から僕に仕えたこの英雄への褒賞はどうあっても少なくならない。

 ハイリスクハイリターンな賭け。

 話の筋は通っている。


「いいよ。ツトロウス。僕の配下になれ」

「ちょっ、レウ!? 本気で言ってるの!?」


 僕とツトロウスの話に口を挟まず見守っていたリューネが、信じられない、とでも言いたげに叫んだ。


「どうしてさ。ツトロウスを有効利用したいって言い出したのはリューネじゃないか」

「あなたの能力っていう首輪ありきの話よ! 野放しなんてあり得ないわ!」

「いいや、首輪はつけるよ」


 ぞわり、と魔力を奮い起こす時特有の言い様のない震えが僕の背筋を這い上る。

 すでに視覚と聴覚を侵し能力の発動条件は整っているが、さらに支配力を高めるためツトロウスの額に触れた。


「さて、ツトロウス。薄々勘づいてるとは思うけど、僕は他人の肉体を操作する能力のある【英雄】だ」

「【英雄】……【英雄】ねぇ……。ま、なんでもいいッスけど。余計な首は突っ込まないでおきますよ」

「それが賢明だ。じゃ、命じようか。【岩石の英雄】ツトロウス『メイ』」

「……怖いッスねぇ……」

「『僕を裏切ろうとするな。僕に逆らうな。その発想を持つことも許さない。もし破ることがあれば自殺しろ』」


 今の僕のありったけの魔力を流して命じる。


「っ! ……こりゃまた、信用ゼロじゃないッスか」

「当たり前じゃないか。あ、それとこっちは普通に命令。君の仕事はここで僕のための兵を集め、軍を作り、力を蓄えること。ただし、絶対に王宮に知られるな。隠し通すことが最優先だ」

「了解っス」


 同行も殺害もしないとなれば別行動しかない。最善策かはわからないが無難な所だろう。

 後は適当に連絡の取り方なんかを決め、僕らはツトロウスと別れた。

 町の中心に位置する歓楽街へ宿を探しに歩く道すがら、リューネが説明を求めるように訊いた。


「さっきのツトロウス『メイ』の『首輪』、レウの追加の魔力なしでどのくらいもつの?」

「長くて三日かな」

「短っ!」

「ツトロウスにはそれはわからないからね。命がかかってるとなれば安易には動けないでしょ」

「ずいぶん楽観的ね……」


 そう言われれば反論はできないが。

 続けて、シェーナも質問を投げかけてくる。


「さっきの……ツトロウスさんが実際に兵隊を集めて軍団を作って、なんてできるんですか?」

「さあ?」

「さあ、って……」

「ま、目論み通りにいくとはほとんど思ってないよ。上手くいったらいいなぁ、くらい。保険って感じかな」

「確度の低い保険に【英雄】一人割くなんて、ずいぶんな贅沢ね」

「確かに贅沢だけど、現状じゃツトロウスにさせられることがあんま無いんだよ。まあでも、別に問題はないさ。少なくとも王都までは僕ら三人だけっていうのは最初の予定通りだからね。っと、今夜の宿はここにしようか」


 大通りに面したいかにも繁盛していそうな宿に決める。

 受付で指定された部屋に入り、あの【英雄】達の他に刺客や監視が無いことを確認してから、リューネに『隠形』を解かせた。


「ありがとう、リューネ。さっきは助かったよ」

「礼を言われるほどのことはないわ。そのために私はついてきたんだもの」

「それでも、だよ。君が居なかったら僕もシェーナも死んでたかもしれない。少なくとも無傷ってことはなかったはずだからさ」

「もう、いいって言ってるのに」


 照れくさかったのか、ぷいと顔を背けられてしまったが、彼女が嬉しそうにはにかんでいたのはしっかりと目に焼き付けることができた。

 そのリューネにシェーナがやや遠慮がちに頼む。


「あの、リューネ。昨日の続き、お願いできますか? えっと、魔法の練習の」

「ええ、もちろんよ。レウもやる? やるなら見ててあげるけど」

「そうだね、せっかくだし僕もお願いしようかな」


 シェーナに手取り足取り、『幻影』の魔法(だと思う)を教えるリューネの背筋に触れ、触覚・聴覚の二感から(まりょく)を流し込む。


「っ! ……へぇ、上手くなったじゃない。急にどうしたの?」

「たぶん君のおかげだ。陽が落ちた辺りからどんどん魔力制御が伸びてる。ほら、一昨日試した時よりもうだいぶ夜も深いだろう?」

「へぇ、私の因子ちゃんと出てたのね。…………もしかして、昼のレウが魔力を上手く扱えないのって……」

「あー、まあ、そうかも。でも気にしないでよ?」

「そうですね。私がしっかりすればいいだけの話ですし」

「そのうち昼はシェーナ頼みになっちゃいそうね」

「ええ、任せてください。……そのためには、もう少し魔法が上達しないといけませんけど」


 シェーナは自身満々に言い放ってから、躊躇いがちに言葉を修正した。

 そんな彼女に、リューネはくすりと笑いかけ、


「まだ少しは姉面してられそうね。良かったわ」

「はい。頼りにしてますよ、リューネ姉さま」


 シェーナがなんてことない戯れのつもりで言った一言は、しかし彼女の予想に反してリューネには効果抜群だったようで、


「……もう一回言って」

「はい?」

「姉さま、って、もう一回!」

「リューネ姉さま?」

「もう一回!」

「リューネ姉さま」

「もう一回!」

「……あの、リューネ? 急にどうしたんですか?」

「こら、私のことは姉さまでしょ!」

「レ、レウ様ぁ……」


 微妙に正気を失ったリューネを見て、すがるように僕に助けを求めるシェーナだったが、こればかりは僕にもどうにもできない。

 なんと言ったって、リューネからしたら弟分である僕だって標的にされうるのだ。

 それにこれは、頼られたがりというリューネの性格からこうなることを予想できなかったシェーナにも責任がある。

 そういうわけで、その夜の僕はリューネに詰め寄られるシェーナをあっさり見捨てたのだった。

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