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013 新たな町と刺客と

「身体変化の魔法?」

「うん。どうかな?」

「『変化(へんげ)』って魔法があるにはあるけど……」


 僕がリューネに頼んだのは、新しい魔法を教えてほしい、ということだった。身体変化──すなわち、身体的特徴を偽装・変異させ、本来の自身の姿とは違った容貌を獲得できる魔法だ。

 これからのために必要な魔法なのだが、リューネの反応は芳しくない。


「ものすごく難しいわよ?」

「そこをなんとかならないかな?」

「そうね……外見を偽装したいだけなら、一応『幻影』の魔法を使う手があるわ。実際の体の上に魔法で作った幻覚を被せるやり方ね。もちろんその幻覚には実体が無いからそこは気を付けなくちゃいけないけど。あ、でも……」

「でも?」

「言いにくいんだけど……難易度的にこれもたぶんレウには無理」


 なるほど。

 そこまではっきり言われてしまうとちょっと傷つくのだが、それならそれでやりようはある。

 実際、外見が問題になるのはどちらかと言えば僕ではない。


「じゃあシェーナなら?」

「シェーナならいけるんじゃないかしら」

「私ですか?」

「ああ。やっぱり王都で一番目立つのは君の髪色なんだよ。貴族の金髪くらいならまあ言い訳はいくらでも利くんだけど、【神】の銀髪は見る人が見れば一発アウトだからね」

「それはわかりますが……別に魔法まで使わなくても染髪してしまえばいいだけでは?」

「何言ってるのよ勿体ない!」


 投げやりに言うシェーナに、リューネが勢いよく反対する。

 僕としても、彼女の綺麗な髪を粗悪な染髪料で傷めるような真似はしたくないし、実利的な問題としても定期的に染髪料を購入していたら怪しまれるかもしれない。その点、魔法なら体への影響は最小限にでき、しかも足がつく恐れもない。出来るならこちらを選びたいのは当然だ。


「はあ……。では、今日からはその練習ですか?」

「そうしましょ。髪に『幻影』で色を被せるだけなら実体の有無も関係ないし。それでいいのよね?」

「ああ。たとえ全体の容貌を変えたとしてもシェーナの顔を知ってるような相手ならどうせ僕の顔も知ってるだろうし意味ないから」


 シェーナは魔法の練習に入り、僕は僕で『設定』を考える必要がある。

 王都に行って権力構造に食い込むための構想はあるにはあるが、今すぐには無理だ。しばらくは身を潜め、力を蓄える雌伏の時。当然、その間はみだりに身分は明かせないし、そうなればそれを隠すための『嘘』が要る。それが『設定』。なるべく不自然でなく、力を蓄えることにも違和感のない『設定』。それを矛盾なく編み出さねばならない。

 結局、その日は僕もシェーナも頭を抱えて夜を過ごしたのだった。


  ◆◇◆◇◆


 翌朝、いつものようにシェーナに起こしてもらい、いつもとは違う保存食で腹を満たす。味はひどいものだが仕方がない。まさか盗賊モドキのアジトに小綺麗なキッチンなど求めるべくもないだろう。


「で、今日の予定は?」

「ここから一番近い町は数時間も歩けば着くんだけど、小さい町でね。行程を考えると今日中に馬車が手に入るくらい大きな町に辿り着いておきたいんだ。だから少し遠いんだけど、次のシーバッハまで行くつもりだよ。レイノ領最大のこの町なら馬車くらいは簡単に手に入るだろうから」

「ならあまり時間はありませんよね? すぐに出発しますか?」


 頷き、部屋の中の宝物を単価の高いものから持てるだけ荷袋に詰め込む。そのまま食後の一服もせずにそこを出て、森の中を歩き始めた。

 ……実は僕が目ぼけ眼でない時点ですでに結構いい時間で、それを考えるとシーバッハに日没までに辿り着ける可能性はかなり低いくらいにはあの町は遠いのだ。二人に言うと無計画さを怒られるから言わないけど。


  ◆◇◆◇◆


「……そろそろ日が落ちるけど、野宿する? それとも進むのかしら?」


 太陽はまだ辛うじて地平線から頭を覗かせているものの、その全てが沈んでしまうのも時間の問題だろう。が、シーバッハまでもそれほど距離はない。夜の闇の中を行くのが危険なのは重々承知しているが、


「進もう。時間が無いってのもあるけど、君が居て日が沈んだ後に危ないことなんてありはしないだろう?」

「頼ってもらえるのは嬉しいし、信頼を裏切るつもりもないけれど。珍しいわね。レウがこういうの読み違えるのは」

「え? ……あ、ああ、うん、そうだね、読み違え読み違え。まさか日没までに間に合わないなんて思ってもみなかったよ」

「……わざと言わなかったんじゃないでしょうね?」

「ま、まさか! それは邪推ってものだよ!」

「……ま、いいわ。今はそんなこと言ってる暇はないし」


 完全に図星の指摘だったが、時運に恵まれた。リューネもシェーナも追及は必要ないと思ったらしい。

 この夕暮れの明かりがある時間帯を有効利用しようという判断自体は合理的だし、僕としても当然否やはない。

 しかし予想通り、日はすぐに落ちる。辺りはもう真っ暗だ。夜目の効かないシェーナに気を払いながら夜道を進む。幸いにも、道を間違えたりすることもなくシーバッハまであと少しと迫る。

 ところで、以前リューネが僕には彼女自身の因子が薄いというようなことを言っていたが、それは語弊があるかもしれない。確かに、僕には昼もそれほど弱体化はないし、夜もリューネのように魔力も膂力もなにもかもが強化されるほどの力は無い。しかし、夜が深まるにつれての多少の強化くらいはあるみたいだ。具体的には、感覚器の鋭敏化といったような。

 なぜ突然僕がそんなことを言い始めたかというと。


「……リューネ」

「あら、レウが気づくとは思わなかったわ」

「どうかしたんですか?」

「魔力よ。数十メートル先で魔法が使われたの。魔法の使用は普通の人間が持つ魔力量じゃ無理だから……」

「超常存在がいるということですか……。まさか私たちを狙って?」

「半々ってところだね。たぶんどこぞの【英雄】だろうけど……。僕らとまったく関係ないかもしれないし、最初に使った傭兵団が音信不通になったから次の刺客ってことかもしれない。刺客だとすると二人目からいきなり【英雄】ってのは、さすが貴族サマってところかな」

「で、どうするの? 攻める? 退く?」

「これは悩むまでもないさ。攻めだ」

「まだ私たちには気付かれていないんですよね? 避けられる危険は避けて通るべきでは?」

「いいや、逆だよ。今だからこそ、あの町に何がいようと危険はない」

「え……?」

「忘れたのかい? 僕らの同行者はそんじょそこらの【魔】じゃあない。かのリューネ『ヨミ』だ。夜の支配する領域に有る限り、僕らに負けはない」


 誇らしげに、僕はシェーナに語る。夜のリューネの凄まじさは幾千の言葉を尽くしても表しきれないほどだ。

 というか、僕が【魔】になって初めてルミスさんの強大さを実感したのと同様に、リューネの【魔】としての力は本来なら敵対存在の【神】である彼女こそ感じそうなものだが。リューネを受け入れているために、彼女の『神性』はリューネを脅威とは捉えないのだろうか。


「まったく、本人差し置いてよくもまあ大風呂敷広げてくれるものね」

「おや、無理だったかい?」

「冗談。ここまで持ち上げられてそんな情けないこと言えるわけないでしょう? いいわ、一晩で片付けてあげる」

「簡単に言いますけど、そもそもまず、どうやって町に入るんですか? 私には町が高い壁で覆われているように見えるんですが」


 町の目前まで近寄ったシェーナが提言する。

 防犯のためだろう、彼女の言う通り広大な町は十メートル近い高さの石の壁で余さずぐるりと覆われ一条の綻びもなく、扉にあたる部分も固く閉じられている。破城鎚でも持ってこない限り、開くのは難しいと言わざるを得ない。

 が、リューネはなんでもないことのように、


「そうね……破壊して突破してもいいけれど、無駄に他人様に迷惑をかけることもないし、跳びましょ」


 そう言いながら、シェーナに手を差し出し、掴むように促す。

 嫌な予感がしたのかおずおずとためらいがちに、さりとて拒むこともできないためすがるようにしっかりと、伸ばされた手をシェーナが握ったのを確認すると、舌噛まないようにね、とだけ告げ、リューネは勢いよく真上に跳び上がった。一秒にも満たないほどの一瞬の移動だったが、流石と言うべきかリューネの跳躍の力加減は正確で、まるで舞い上がった羽が地に下りるかのようにふわりと壁の上に下り立った。

 しかし、悲鳴を上げる間すらなく急激な上昇を強いられたシェーナは、真っ青な顔でカタカタ震えていた。可哀想に。

 僕の方は垂直跳びでこの壁を越えるには力が足りないため、助走をつけて跳び、同様に壁の上に立つ。


「そ、それで、ここからどうするんですか?」

「とりあえず、町の内側に降りましょうか。……そんな怯えないで。私が悪かったから。今度はちゃんと優しくするわ」


 ひぅ、と喉の奥から絞り出すような悲鳴とともに半歩後ずさったシェーナを見て、リューネもやり過ぎたと思ったらしく謝罪の言葉を入れる。下りる際は優しく抱きしめ、落下速度を減じる魔法を使ってゆっくり地面まで下りた。僕も自由落下で追随する。

 着地の際に結構な音が出たが、幸い町の端だったために誰にも聞かれなかったようだ。中心部はともかく、この時間ではこんなところには誰もいないのも仕方ない。


「さて、まずは件の相手を探さないことには……」

「その必要はなさそうよ」

「え?」

「あちらさんからおでましみたい」


 リューネの言葉に数拍遅れて僕の能力がそいつを捉えるのと、頭上から声が降ってくるのが同時。

 その源は、近くの建物の屋根に立つ二人の男だ。月の逆光で顔はよく見えない。


「町に誰ぞが入って来たと思うて来てみれば、これはまた。ツイておるのか、おらんのか」

「ナァニ言ってんスか、旦那。そりゃツイてるに決まってるでしょ!」

「だといいがな。……さて、第五王子レウルート=スィン=ウェルサーム様とお見受けする。相違あるまいか?」

「……誤魔化しは効きそうにないね。ああ。いかにも僕がレウルートだ。君たちの名も聞かせてもらえるのかな?」

「応えよう。我が名は【風の英雄】ログラン『キョーガ』」

「あ、ちょっ、旦那! ったく、わざわざ正体晒すこともないでしょうによぉ……。しょーがねー、俺は【岩石の英雄】ツトロウス『メイ』ってもんですよ。別に覚えなくていいっスけど」


 冠した称号とはまるで真逆の印象を受ける二人の【英雄】。

 【風の英雄】は巌のように厳めしい大男で、風貌に見合った固い口調で礼節を以て僕に相対する。

 対して、【岩石の英雄】は飄々とした優男で、相方のもう一人の【英雄】と比べて年もかなり若い。僕と十も差はないだろう。僕への態度もいくぶんぞんざいだ。

 どちらにしても、僕の知らない【英雄】達であるから、この十年で兄の誰かの下に就いたのだろう。


「いくら王子サマでも、俺らが楽しくお話に来たたぁ思っちゃいませんよねぇ!?」

「待て、ツトロウス。功を焦るのはお前の悪い癖だ」


 僕への殺気を隠そうともしない【岩石の英雄】を押し止めたのは、意外にもと言うべきか、その隣に立つ【風の英雄】だ。


「あんですって?」

「王子の背後をよく見ろ」

「背後? あの娘が何か……って、か、【神】!? こ、【光輝の女神】か!?」

「いや、違う。我輩は先日かの【神】を見たばかりだ。確かに美貌はそっくりだが、雰囲気が違う。この我輩ですら逃げ出したくなるほどの鋭い鬼気がない」

「っつーことは、【光輝の女神】のニセモノってことッスか?」

「その言い方も正しくは無いだろう。かの【神】には娘がいたはずだ」

「ああ、なるほど……。で、どうするんで?」

「うむ、まずは小手調べといこうではないか!」


 素質で言えば飛び抜けたものがあるが、現状では一般人に毛が生えた程度のシェーナを警戒する彼らの杞憂とも言えるほどの勘違いはしかし、僕らに都合よくは働いてくれないらしい。

 【風の英雄】は高らかに叫ぶと、瞬く間に魔法を組み上げ、僕らへと放つ。

 それは無数の風の刃。

 僕ならば一発や二発は耐えられるだろうが、シェーナはそうはいかない。彼女の盾になるように前に立ちはだかる。

 それに僕だって、この攻撃を全て我が身に受ければ無事ではすまないだろう。歯を食いしばって来る痛みに備える。

 結果から言って、その必要は絶無だった。

 なぜなら、僕の眼前に舞い降りた夜の闇が、身を切る風の全てを一息に呑み込んだから。

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