012 隠れ家と財宝と
長らくおまたせしてしまってすみません。
待ってくださっていた方が一人でもいらっしゃると信じて!
翌日、いつものようにシェーナに起こされたのは日が出てまだ幾ばくも経たないような早朝。王宮にいた頃はこんなに早く起床することはほとんどなかったが、今や村で農業をやっていた期間の方が長いのだ。早起きには慣れている。……たとえ毎朝シェーナに起こしてもらっているとしても慣れてるったら慣れてるのだ。
そのままこれまたいつものように、昨日のうちに買っておいた食料を使ってシェーナが朝食を拵えてくれた。
「レウ様、朝ごはん作りましたけど、召し上がりますよね?」
「……ああ、うん……」
「それじゃあ先に歯を磨いてしまってください。その間に配膳をしておきますから」
どうにも朝が弱い僕はシェーナに言われるままにのそのそと洗面台に向かう。歯を磨いて顔を洗って戻ると、既に朝食が綺麗に食卓に整えられていて、シェーナとリューネも席に着いて僕を待っていた。
食前の挨拶をし、トーストに口をつける。おいしい。僕にとってのお袋の味というか、食べて最も落ち着くのはシェーナの料理だ。もっしゃもっしゃと無言で手と口を動かして咀嚼していく。皿が空になったら食後の挨拶をしておしまいだ。
「今日も朝早くから出発しますか?」
「……ううん。今日はもう少しゆっくりでいい」
「わかりました。じゃあ少しゆっくりしていてください。その間に荷物の用意とかしておきますから。あ、でも宿をでる手続きは私はわからないのでレウ様にお願いします」
「うん……」
「……レウが朝に弱いって聞いてはいたけど、ここまでなのね」
「朝に仕事がある場合なんかはひっぱたいてでも起こして差し上げますけど、今朝はその必要はないようなので」
「なんかもうこの子はシェーナ無しじゃ生活できないんじゃないかしら」
二人が何かを話しているが、半ば夢心地の僕には届かない。ボーッとすること半時間。ようやくだんだん頭が冴えてくる。そろそろ動かねば。
あらかじめ組み立てておいた今日の予定を二人に説明する。といってもほとんど昨日と同じで、街道に沿って歩けるだけ歩いて、最寄りの宿泊できる場所で夜をあかすだけの予定ともいえない程度の大雑把なものだが。
この町でできる買い物なんかは全て昨日のうちに済ませてある。宿もさっさと引き払い、出発するとしよう。
◆◇◆◇◆
「ねぇ、レウ」
「なんだい?」
オクターヴァの町を出て半日ほど。陽はとうに頂点を過ぎ、傾いている。しかし休憩を挟みながらとはいえ、それだけの時間を歩き通して来ただけのことはあってかなり距離を稼ぐことができた。陽が完全に沈んだ後に動くことは可能な限り避けたいため、そろそろ寝床の目処をつけなければいけないか。
そんなことを考えながら歩みを進めている最中、リューネが話しかけてきた。ちなみに『隠形』状態だ。街道を行き来するだけの時にそこまで気を使う必要もないのかもしれないが、念のためにというのと僕らが『隠形』しているリューネに慣れるためだ。存在を知っていても姿の見えない相手が話しかけてくるというのは存外びっくりするものなのだ。
「そろそろ、どこか宿なりなんなりを見つけるべき頃合いよね?」
「そうだね。あ、もしかして探してくれてた?」
「ええ。今少し『探知』の魔法で二、三時間で歩ける範囲を浚ったのだけど……」
「え、その魔法、そんな射程があるの?」
「今回は建物の有無を探したいだけだったから、地形だけを調べたのよ。二次元的に地面を這うように魔力を飛ばすだけならそのくらいはいけるわ。……っと、そうじゃなくて、調べた結果、範囲内に建物らしい建物が見つからないのよ」
「ま、そうだろうね。この辺には町も村も全く無いから」
「はぁ!? ちょっと待ちなさい! まさか、道に迷ってたわけ!?」
「違う違う。そうじゃないよ。むしろ真逆、完璧に予定通りだ」
「どういうことですか?」
「すぐにわかるよ。あ、シェーナ待って。そこ、左」
「左? 右じゃなくてですか?」
どうせ途中までは一本道だから、とペースメーカーとして先頭を歩かせていたシェーナに声をかけると、彼女は僕の指示した方向を一瞥して立ち止まり、疑うように僕に意図を問い直した。
しかしこれは僕が信用されていないとか、彼女が妙に僕に反発してくるとか、そういう話ではない。彼女のリアクションはむしろ普通だ。
なぜなら、
「左って……森、というより樹海ですが? まさかこれが予定通りの道だとか言いませんよね? 迷ったあげく遭難する確率の方が高そうですが」
「いやぁ、そのまさかなんだよね。……って、ふざけてないから怒らないで!」
「怒ってはいません。呆れてます。……まあ、レウ様がそう仰るからにはちゃんと理由もあるんでしょうが、私たちに先にちゃんと説明しておくべきだったとは思いませんか? 何のために朝に今日の予定の話をしたんですか?」
「ていうか、そういう話ならレウには私が昨日したばかりよね? 特別なことをするときは妥当な理由があっても一言私たちに言いなさいって。もう忘れたのかしら?」
「あー……いやぁ……その、だね……」
「「言い訳しない!」」
「ごめんなさい!」
シェーナとリューネの二人がかりで畳み掛けるように説教されてこれ以外のどんな言葉が言えるだろうか。二対一の口論の勝ち目のなさに少々の理不尽を感じる。……彼女たちの言うことは全くの正論で憤りも真っ当なものであることからはこの際目をそらすとして。
それより、今二人が求めているのは謝罪より説明だ。その義務をまず果たさねばならない。不満げに揺れる二対の瞳にせっつかれるかのように、僕は言葉を紡ぎ始める。
「旅に出るときにさ、途中からは馬車を使う、みたいな話したでしょ?」
「私がお金のことを聞いたら、アテはあるみたいなこと言ってたやつね」
「そうそうそれそれ。そのアテっていうのがこの森の中にあるってわけ」
「こんなところにお金のアテですか……? もしかして、王家の埋蔵金みたいなものが?」
「あはは、王家は関係ないし、埋まってるかもわからないけど。隠し金ってのは正解かな」
その説明でリューネはピンときたらしく納得したようだ。逆にまだそこまで辿り着けないシェーナは金の出所を僕が明かさないのを不審がるように無言で説明を促す。が、僕はなるたけそこには話を持っていきたくない。無駄な悩みを彼女に抱いて欲しくないのだ。といっても、リューネが気付けたようにヒントはもう出揃ってしまっているのだけれど。
ゆえに最低限の情報だけを開示した後は、口先三寸で誤魔化して丸め込む。
「つまりさ、今の僕らにはお金がない。すなわち、お金が必要だ。だから、お金があるこの森に入らなきゃいけない。ね? これで森に入る理由は十分じゃないかい?」
シェーナはまだ満足してはいないようだったが、僕に話す気があまりないことを悟ったのか、もう追及はしてこなかった。元来、一部のことを除いては僕を厳しく問い詰めるようなことを好む子ではないのだ。あるいは、お金が要る理由が馬車を買う資金であること、つまり僕らのペースについていけない自分のせいだという罪悪感も手伝ったかもしれない。実際は旅費それ自体も厳しく、大して関係はないのだが、都合のいい勘違いに甘えさせてもらう。申し訳ない気もするが、そのフォローは後でしよう。
そう決めて、足元の悪い森の中を歩かせる代わりというのも変だが、せめてもの用心としてシェーナの手を引いて草木を掻き分けるようにしながら森への一歩目を踏み出す。
「あと流石にこの森の中には人目は無いだろうし、外から見えない程度深くまで入ったらリューネは『隠形』を解いて。もし迷子にでもなったらことだからさ」
「見た目がこれだからといって、中身まで子供扱いはやめてほしいものね」
と、外見は十を少し回った程度の少女ながら実際には百年をはるかに越えて生きる老練な【魔】はぶつくさ言うが、僕の要求は極めて妥当なものだ。目に見えない相手の先導をするのはやりにくくてしょうがないし、当然にはぐれやすくもなる。もちろんそれがわからないリューネでもなく、ある程度まで進んだところで『隠形』の魔法を解いた。
しかし先導などと偉そうに言ったものの、僕とて流石に深い森の中まで精通しているわけはない。手元の地図とにらめっこで目印たる獣道を探す。
「探してる道っていうのはもしかしてあれかしら?」
「お、多分そうだ。あとはこれに沿って歩けばいいよ」
「あれ……? でもこれ、動物が作った道じゃありませんよね? 人の手が入った感じがあります」
「ここに金が隠されてるってことは隠した人がいるってことだもの。彼らが獣道に偽装して作ったんでしょう」
「なるほど。流石、森暮らしだと違いますね」
……シェーナにはたぶん悪気はないんだろうが、リューネはなんだか微妙な顔をしている。『森暮らし』はいまいち誉め言葉とは言えないんじゃないだろうか。
それはさておき、この怪しい獣道を道なりに進んでいくと、どんどん下っているのがわかる。歩くこと一時間ほど、行き止まりにつく。そこは岩壁に覆われた袋小路だ。幅は僕ら三人がちょうど横並びで歩ける程度で、決して余裕のあるスペースとはいえない。
大金の隠し場所とはどうにも思えないこの場所に、やや不思議そうにする二人。そんな彼女らを尻目に、僕は踞って枯れ葉の積もった地面をがさがさと荒らす。
何ヵ所かを弄くっていると、カツンと求めていた手応えがあった。
「見つけた」
「埋蔵金ですか?」
「いいや。これはまだ入り口だよ」
入り口? と首をかしげるシェーナに、見てて、と一言言うと、手応えのあった場所をさらに掘り起こす。すると地中に埋まっていたものが姿を現した。
「これ……扉?」
「そ。で、これが鍵」
懐から鍵束を取り出す。生憎とどれがここの鍵かはわからないため、地中に埋まった扉の鍵蓋を開け、がちゃがちゃと片っ端から試していると、かちゃりと鍵が回った。
重たい鋼鉄の扉を持ち上げる。真下に三メートルほど穴が空いていて、そこからは横穴に続いているみたいだ。
「危険はないとは思うんだけど、念のためまず僕から行くよ」
そう言って、穴の中へ飛び降りる。かつての人間だったころの僕だったら備え付けられた梯子を使ってもう少し慎重に降りてきただろうが、今の僕からしたら大した高さでもない。それに、真っ暗な横穴の中も満足に見通せるのだって【魔】であるが故だ。
予想の通り、差し当たっての危険はなさそうだった。罠仕掛けの類いが隠されている可能性も否定はできないが、ここはいわゆる財宝の保管場所とは違い、ある程度は頻繁に人が出入りする前提で作られている。危険な罠だらけでは使いにくいことこの上ないだろう。
「うん、大丈夫そうだ。それじゃシェーナ、降りてきて」
地上に声をかけると、いかにもおっかなびっくり、といった手つきと足取りでシェーナが降りてきた。続くリューネは降りる途中で鋼鉄の扉と鍵を閉めてくれた。
まさか樹海の奥深くにあるここに誰か来るとは考えにくいが、扉を開け放ったままにするのもなんだか無用心な気がするし、ありがたい配慮だ。
降り立った横穴は五メートルほどの短い一本道で、やはりと言うか特に罠もない。行き止まりには、蓋のような扉が着いたところまで入り口と同様の上方向の穴が続いていた。入り口の時は違って、今度は僕も木製の梯子を使い、重い扉を持ち上げる。
「うーん、ちょっと暗いな」
「なら魔法で明るくしてあげる。『光源』」
ぽわ、とリューネの掌から小さな光の玉が現れたかと思うと、天井近くまで昇り燦々と輝き始めた。
真昼のような明るさ……は大袈裟にしても、昼間の林の中くらいの光度は十分にある。これならシェーナでも不自由はしないだろう。
そのシェーナは上がってくると同時に感嘆の吐息を漏らした。
その理由は単純。リューネが照らし出したその空間は、物語の竜の住み処もかくやというほどの財宝で埋め尽くされていたからだ。ここを旅費の当てにしていた僕自身、これほどとは思っていなかった。
「あいつらこんなに稼いでたのか……」
思わず、僕の口からも呟きが漏れる。
「ねぇ、レウ。ここ、さっきの岩壁の中?」
「みたいだね。人工のものってわけではなさそうだけど」
リューネに問われ、改めてこの場所を見渡す。
そこは大きな広間のような部屋だ。天井高は五メートル弱、広さは王宮の謁見室程度だろうか。部屋はここ一つだけで、僕ら以外には誰もいない。雨が漏れたり隙間風が吹いたりということもなさそうだ。一晩の宿には十分すぎる。
「ところで、レウ様。これはどういう素性の財宝なんですか?」
「ん……ううん……どう言ったものかな……」
「シェーナを拐った傭兵団。ここはあいつらのアジトなんでしょう?」
「ちょ、リューネ!?」
「過保護が過ぎるわよ。シェーナだって覚悟を決めて貴方についてきてるんだから、そういう態度はむしろ失礼じゃないかしら」
「…………なるほど。レウ様は私が余計なことを考えないように、とわざわざ隠してくださっていたんですか。……その気遣いの気持ち自体はありがたいです。レウ様が私のことをとても大切にしてくださっていることも素直に嬉しく思います」
暖かな言葉とは裏腹に、普段のそれとは違う、冷ややかな無表情で僕をねめつけるシェーナは予想通りと言うべきか、ですが、と言葉を繋ぎ、
「私だってもう子供でもないんです。何からも私を庇護しようとするレウ様のその態度は、侮られているみたいで、正直に言って……不快です」
「そっ、か……。そうかもしれないね。ごめん。けど決して、君を軽んじるつもりはなかったんだよ」
「そんな。謝らないでください。レウ様は私を慮ってくださったんですから。そんなことわかりきっていたのに、私こそ酷いことを言いました。ごめんなさい」
「いいや。君が謝ることはない。あくまで悪いのは僕で……」
「はいはい。貴方たち二人がそれやってると終わらないから、そこまでにしときなさい」
ぱんぱんと手を叩きながら、リューネが僕らの間に割り込む。流石と言うべき適当なタイミングでの仲裁だ。
そのまま手持ち無沙汰の僕らに昨夜の魔法の教授の続きを行おうとする彼女を見て、ふと彼女への頼み事があったのを思い出す。
「そういえば、リューネ。一つ教えてほしいことがあったんだけど……」