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112 不意打ちと開戦と

 ウェルサーム軍本陣の灯りが遠くに見える、陣から西に五百メートルほどの地点。

 そこで仲間を集め、力を与え、そして今、まさに僕らは逃げた敵を追い始めようとしていた。


「僕らが向かうのは大雑把に西。ウェルサーム方面だ」

「クリルファシートの方はシエラさんとリューネ『ヨミ』さんが行ってるんだったな。敵の具体的な方角は?」

「五時距離二千二百、二時距離二千四百、十一時距離距離二千五百、十時距離二千……で、いいんだよね、リューネ?」

『ええ。捕捉出来ているわ。誤差は数秒程度。でも過信はしないでね。私の『魔力探知』が出し抜かれている可能性もあるから。さっき油断して痛い目を見たばかりなのだし』


 そう、僕らはリューネと別行動中だが、彼女の『念話』によってリアルタイムで敵の位置を把握することができる。『念話』も『魔力探知』も、とんでもない射程距離だ。


「ってわけで、ここからは手分けして追う。そのために……『シルウェルの顎』!」


 シェーナから託された【英雄】の『遺物』。それにリューネから与えられた大量の魔力を注ぎ込み、人を丸飲みにだってできそうなほど巨大な大蛇の姿で顕現させた。


「これ、シエラヘレナ様の『遺物』……!」

「【毒蛇の英雄】アルウェルト『シルウェル』だ。彼には夜闇を見通す眼がある。夜間に敵を追うのにこれ以上頼もしい味方はいない。もちろん戦力としてもね」

「でも、手分けするんだろ?」


 そう。全員がアルウェルト『シルウェル』の力を借りることはできない。

 そしてそれは、リューネと『念話』で繋がっている僕以外のだれかだ。リューネのナビを受ける僕に索敵は不要なのだから。


「ツトロウス。君、敵を探る手段あるか?」

「ええ、まあ。足音を大地の震動として把握する魔法があるんで。そう広い範囲は探れないッスけど。ま、【夜の魔】のお嬢さんのお陰で大雑把な位置が分かってるからなんとか、スね」

「そうか、良かった。なら、アルウェルト『シルウェル』はマサキかハーレルたちについてもらおうと思う」

「いいのかよ、アーク。大将のお前の戦力を厚くしなくて」

「今はできるだけ多くのメンバーが索敵方法を備えるのが先決さ。敵に追い付けなきゃ戦力以前の問題なんだから」

「確かに。それなら俺じゃなくてこいつらにつけてやってくれ。俺の方はいざとなりゃ、敵のいそうな辺りを手当たり次第に根こそぎ吹っ飛ばせばいい。俺には……この【剣の英雄】にはそれだけの力がある」


 自信に満ちた表情で、マサキはそう言い切った。

 ギルガースを殺したあの日から、こうして再会するまで一月と少し。そう長い月日があったわけではない。だが、マサキはギルガースの魔法のほとんどをモノにしたという。かの【魔】ほどの力ともなれば、なるほど索敵を二の次にしても敵を討つのに不足しないかもしれない。


「わかった。マサキ、君を信じよう。アルウェルト『シルウェル』、ハーレルたちを頼んでいいかい?」


 シュー、シューと落ち着いた様子でアルウェルト『シルウェル』は肯定で答えた。このところ、彼の吐息のような言葉の大雑把なニュアンスというか、籠った感情みたいなものは読み取れるようになってきた気がする。彼との付き合いもそれなりの長さになるし。


「よし。散開するぞ。……一人も、誰一人として死なずに戻ってくるんだ。いいな?」


 別れ際、僕が最後に下したその命令を聞いて、みんなが笑う。士官学校の同期たちだけでなく、ツトロウスまでだ。


「くくく……! いや、王子サマはそうでなくっちゃねぇ!」

「あぁ!?」

「おっと! おっ先~!」


 反射的に凄んだ僕に、おどけるように両手を挙げてみせたツトロウスは、そのまま敵の一人が逃げた方向へ駆け出していってしまった。


「あ、おい、ツトロウス!」

「はは。あまり怒ってやるな、レウル。ツトロウスも嬉しかったんだろうさ」

「ヤコブ……。いや別に……怒ってるわけじゃあないけど」


 さっきのツトロウスの言葉に悪意がなかったことくらいは分かっている。唇を尖らせた僕を見て、ヤコブはもう一度小さく笑い、


「ま、あの様子なら大丈夫だろうさ。俺たちも行こう」

「あ、ちょっと待て。折角だし、てのも変な言い方だけど。持ってけ。『頑強なる剣』よ!」


 敵を追いに向かおうとする仲間たちを引き止め、マサキが唱えたのは剣を産み出すギルガースと同じ魔法。見た目はごくごく普通の両刃の直剣だが、魔法で産み出した剣だ。それだけではないはず。

 その現れた五振りの剣を一本ずつ仲間に配り渡しながら、マサキは説明する。


「ギルガースが使ってた『金剛不壊なる剣』ほどの丈夫さはないけど、この『頑強なる剣』なら【英雄】クラスの膂力には耐えられるはずだ。少なくともただの鉄の剣よか絶対マシだぜ」

「サンキュ、マサキ。貰ってくわ」


 【英雄】が全力で普通の鋼の刀剣を振るえば、刀剣は加えられる力に耐えきれず砕けてしまうことすらある。それは僕やマサキだけでなく、僕の『支配する五感(のうりょく)』で強化されたハーレルたちも同じだ。失念していた。

 剣を受け取った五人はマサキに礼だけ言って、先導するアルウェルト『シルウェル』と共に夜闇の向こうへ消えていった。


「ほら、アーク。お前も」


 さらにマサキはもう一本『頑強なる剣』を生み出し、仲間が去っていった方を見つめ続けていた僕に押し付けるように手渡してくる。


「う、うん、ありがと……。あっ、ツトロウスに渡せてない!」

「ツトロウスにはお前らの前に渡そうとしたんだけど断られたんだ。自前の岩剣の方がいいってさ」

「そ、そっか……」


 さっきから不安がったり慌てたり落ち着いたり、せわしない僕を見てマサキがこらえきれずに噴き出した。さっきといい、なんだか笑われてばかりだ。


「……なにさ」

「いや、いや。なんでもねぇよ。気にすんな。ちょっとお前の意外な一面を見つけたってだけだ」

「なにそれ、気になるんだけど」

「悪いこっちゃねぇよ!」


 そう言ってマサキはまたも一人でけらけら笑う。

 どうやら教えてくれる気はないらしい。別に今さらマサキに笑われるくらいでどうもこうもないが、しかし釈然としなさはある。

 口を尖らせる僕に、マサキは優しげな微笑みを浮かべ、


「大丈夫だっての。全員無事に戻ってくる。俺もツトロウスもハーレルもヤコブもダヴィドもジョゼフもエドウィンも。だから、お前もちゃんと勝ってこいよ?」

「……! は、なんだそれ。僕を励ましてるわけ?」

「そーだよ。もうあれもこれもお前が背負う必要はない。俺たちにも背負わせろ。仲間を信じるってのはそーゆーことだろ」


 おそらくはわざと、どこか軽薄な口調でそう言ったのは、僕の気負いを軽くするためだろう。

 彼は言い切ってすぐ、恥ずかしくなったのか、照れ隠しのように僕の背中をバシンと叩いた。


「痛ぁ!」

「こんなのは前座も前座、今の本命は第三王子クラシス。そうだろ? たかが【英雄】ごとき、ちゃっちゃと終わらせてやろうぜ!」

「……君の言う通りだ。じゃ、マサキ、また後で」

「おう、後でな」


 満足げな笑みを浮かべるマサキの気配を背中に感じながら、僕は振り返ることなく闇に包まれた街道を駆け出した。


  ◆◇◆◇◆


「なーんてアークに大見得切ったわけだし、敵を見付けられませんでしたー、なんて体たらくは避けないとなぁ」


 もちろん、会敵して負けるのは論外なのだが。

 ただ現実問題、リューネさんのナビを受けてるシエラさんとアーク、索敵の魔法を持つツトロウス、アルウェルトさんの補助を得たハーレルたち、と考えれば、俺が一番その情けない結末に陥る可能性が高い。

 アークと別れた時点で聞いた敵との距離はおよそ二千八百メートルにまで開いていた。追うだけなら方法はあるが、俺が聞いているのはあくまでさっきの時点での位置。最初から敵を捕捉し続けていたリューネさん曰く、今のところ直進で逃げ続けているそうだが、あくまで今のところの話。これからどうかはわからない。


「……とかなんとか、ぐちぐち言っててもしょうがねぇか。よし、行くぜ! 『天駆ける剣』よ!」


 呼び出したのは、ギルガースもよく使っていた、空中を高速で飛んで敵を狙い撃つ剣。その戦闘での有用性と恐ろしさは今さら語るまでもないが、これには一風変わった使い道もある。

 詠唱に呼応して虚空に現出した一振りの日本刀(・・・)。仲間に渡す時のように明確に形状をイメージしないで、ただ剣を産み出そうとするとこれが出てきてしまう。まあ日本刀カッコいいから別にいいけど。

 その日本刀に表象した『天駆ける剣』は、もちろんその機能に従って照準した方向へ飛んでいこうとする。それより一瞬早く、俺はその柄を強く握った。

 そんなことをすればもちろん、俺の体は剣とともにその射出方向へ飛んでいってしまう。命じた方向は上ナナメ前方。

 すなわち、上空へ!

 ゴオオオッッッ!

 一瞬のうちに俺の体は上空へと拐われ、明かりひとつない夜の世界へ遊覧飛行と洒落こむハメになる。


(うぉぉぉおおお!? よ、夜にやんの初めてだったけどこれ怖ぇぇぇえええええ! 大丈夫か!? ちゃんと上下合ってるのかよ!?)


 真っ暗闇の中では上下感覚すら危うくなる。何も目印のない海中や空中ではダイバーやパイロットが平衡感覚を失って墜ちたり沈んだりする事故がしばしば起こるというが、その気持ちが今ならよくよくわかる。


(こっちには夜に灯る地表の灯りなんてねぇもんな! 百万ドルの夜景が恋しいよクソッタレ!)


 けれど幸い、今の俺は人間じゃない。人ならざる【英雄】。その感覚能力もまた、常人を凌駕している。

 飛びながら、ゆっくりと目を閉じて心を落ち着ける。

 ……大丈夫。わかる。感覚は正しいはずだ。

 ゆっくりと目を開き、三半規管に従って下方へと目を向ける。

 もちろん、眼下に広がるのはただの暗闇。人の目には大地はおろか、木の一本も見えないことだろう。

 だが、俺の目は【英雄】の目。


(……見えた! 地肌だ。あっちが下。で、向こうが上。感覚は正しい。間違いない)


 計器の代わりに頼るのはこの【英雄】の身体能力だ。どこまで信じられるかはわからないが、頼れるものはこれしかない。


「っとと、飛ぶことばかりに意識を向けるなよ。敵を探せ、敵を」


 墜落の不安に駆られそうになる自らを鼓舞するように呟く。

 俺を吊るして飛ぶこの『天駆ける剣』と敵の【英雄】との速度差を考えるに、そろそろ目視範囲に入ってもおかしくない。まあこの暗闇では本当に見付けられるのか怪しい気はするが……。


「ガァァァアアアアアアアアッッッ!」


 突如、叫び声。

 おそらくは下方の地表、前方右ナナメから。

 背筋が粟立ち、何かを考えるより早く反射的に『天駆ける剣』の柄から手を離す。

 自然の摂理通り、重力に引かれて落ちていく俺の体。

 次の瞬間、ついさっきまで俺を運んでいた『天駆ける剣』は、下方から立ち上った暴風のごとき衝撃に飲まれ、空の彼方へ飛んでいってしまった。あのまま飛んでいたら今ごろ俺も嵐に揉まれる小枝のようにあの衝撃に呑み込まれていただろう。


「って落ちる落ちる落ちてる! 『天駆ける剣』よッ!」


 ほっとしたのもつかの間、慌てて再び『天駆ける剣』を産み出す。

 今度は仰角を小さく、垂直方向のベクトルを減らす目的の、着陸用。

 やってることはパラグライダーやハンググライダーのようなもの。動きは読みやすく、小回りは利かない。となれば、地表に降りるまでの間的にされるのは明白。たまったもんじゃない。


「『天駆ける剣』よ!」


 三度、同じ剣。

 今度こそ、本来の用途で使わせてもらう。(さき)の衝撃波の発動者とおぼしき声の主。その源へ向けて当てずっぽうのように射出する。

 こちらからも狙っているとなればあちらも攻撃ばかりしていられまい!


「ガァァァアアアッ!」

「って早速読み外したぁっ!」


 打ち合いに持ち込むつもりか。俺の『天駆ける剣』など意にも介さぬとばかりに再びの叫び声と衝撃波。

 ただ、幸運なことに今度の攻撃は俺の脇を通り抜けていった。どうやらあちらも完全に暗闇を見通しているわけではなさそうだ。

 それに、あの衝撃波を放つには同時に声も出さねばならないらしい。二度聞けば、位置はより絞りやすくなる。

「『天駆ける剣』よ!」


 放つ。

 おっと、今のはよかった。ごくわずかな手応え。命中してはいない。服をかすめたってところか。

 下手な鉄砲もなんとやら。一応は狙って撃っているのだから、当たる時も当然ある。


「『天駆ける剣』よ!」


 すかさず追撃の剣。

 服をかすめた一本で敵の位置は完全に把握できた。


「ガァァァッ!」


 応じた敵の三手目は攻撃ではなく迎撃の衝撃波。

 『天駆ける剣』を真正面から迎え撃ち、撃ち落とした。いい軌道だったのだが、有効打足り得なかった。

 が、十分。

 その間に俺は地上に降り立っている。

 降り立った俺の二十メートルほど先に一人の男が見える。ウェルサーム軍の士官服。階級は大尉。奇しくも同格。男は片手剣と丸盾を油断なく構え、俺を見据えている。戦慣れしている風だが……ギルガースほどじゃない。


「よう。俺ののんきな遊覧飛行邪魔してくれちゃって。人が楽しんでるトコにずいぶんチョーシくれてんじゃねぇか!」

「軍服……貴様が平民閥の【英雄】か。なにゆえ、第五王子などに与している?」

「それ聞いてどうすんだよ。こっちについてくれるってか?」

「フ。勝ち目のない馬に賭ける愚か者が一体何を考えているのか興味があってな」

「俺たちから尻尾巻いて逃げた奴がよく言うぜ」

「我を逃がしただけで死ぬ者がよく言う」


 お互い言いたいことを言い捨て、睨み合う。

 ハナから対話する気などない。

 追ってきた俺に対し、逃げるでも隠れるでもなく不意打ちを仕掛けてくるようなやつだ。今さら抜いた刃を納めてくれることなど期待できはしないだろう。

 ヒュウ。

 二人の間を駆け抜けた一陣の風が合図であったかのように、俺とこの【英雄】の戦いの幕は切って落とされた。

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