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111/112

111 襲撃と反撃と

「おおー。結構立派な陣地じゃないか」


 ヤコブたちとの話し合いの翌日。

 ついに僕らはウェルサーム軍の本隊と合流する距離まで近づいていた。

 バークラフトが駆る馬の尻の上に直立し、他より一段高い視点から眺めてみれば、数キロほど先にはウェルサーム軍が築いたものと覚しき陣容が見える。柵だの堀だのが張り巡らされたそれは、防御の陣地としていかにも堅牢そうであった。……あくまでニンゲン相手なら、という留保はつくが。


「レーウ。あんまりはしゃいでると怪我するわよ」

「そんな子供じゃないんだから」


 幼子の軽挙を諫めるように言うリューネにそう返しながら、僕は足場にしていた馬の尻から飛び降りた。

 人一人分の重みが急に消えたことに驚いて嘶く馬と、脈絡なく動いた馬を不審に思いながら宥めるバークラフトを横目で見ながら、しかしリューネの忠告も一理あるはあるな、と思う。要は不用意な動きをするなという話だ。まだ距離こそあるが、あの陣地にはセリファルスの配下の【英雄】が幾人も紛れ込んでいるはずなのだから。


「今リューネが僕にかけてくれてる『隠形』ってどのくらいのレベルなの?」

「一応、昼の私に出せる限界までは出力出してるけれど……。相手次第ではちょっと心許ないかもしれないわね。この間のことを思い出してもらえばいいかしら」


 この間……ギルガースとの戦いのことか。あのときは、グラディー『コーウェン』には『隠形』が通じたが、ギルガースには難なく看破された。凡百の【英雄】であれば欺けるが、【魔】くらいになると厳しいくらいの出力。


「一口に【英雄】と言ってもピンからキリまでいろいろいるし。上位の【英雄】相手だと、シェーナや昼の私の『隠形』じゃ力不足な可能性はあるわ」

「なら隠れて潜んで逃げ回るやり方でいこう。ま、要は今まで通りってことだけど」

「それがいいでしょうね。夜になれば私も動けるようになるわ。そうすれば軍に潜む【英雄】も探せるし」

「あそこにいるウェルサーム全軍を調べるのに何夜かかる?」

「三日……余裕を貰えるなら、五日から一週間くらい欲しいかしら」

「そっか。よし、わかった。とりあえず、昼の間は軍には近づかないでおこう。この場所で待機。夜になったら向こうに向かって……先の方針は向こうを見て、で」

「レウ様がわざわざ陣地に向かうんですか?」


 弱い僕が迂闊に敵地に向かわなくともリューネに任せておけばいいのではないか。シェーナの呈した疑問はそういう意図だろう。

 その通りだとも思うのだが、結局のところ情報をもとに判断を下すのは僕だ。その僕が実際に動くことには意味があるはずだ。


「いや、やっぱり僕の目で見ておきたい」

「そうですか。考えがあってのことでしたら、何も」

「夜ならむしろ私の側にいる方が安全ともいえるし。そう心配することはないわよ」


 まあ身も蓋もないことを言ってしまえばそういうことでもある。僕が弱いからこそリューネについていくのだ、という。

 あれもこれもリューネにおんぶにだっこという現状には若干の不甲斐なさのようなものを思わないではないが、まあそれはそれ。初めから僕一人にできることなどたかが知れている。仲間の力を借りられるところは存分に借りて、僕は僕にやれることをやればいいのだ。

 といっても、今回は僕の出番はほとんどなさそうだけど。夜になったらリューネに貴族閥の【英雄】をあぶり出してもらったらもうほとんど終わり。あの規模の軍なら【英雄】なんて多く見積もっても十人かそこら。そのうちの誰がセリファルスに繋がっているのか暴くのなんて時間の問題なんだから。

 それが片付いたらクントラ中佐を引き入れて、クリルファシート軍を適当に蹴散らして……と、口で言うほど簡単ではない計画ではあるが、しかしセリファルスの配下を暴くのが最難関であるのも事実。そこに目処が立った以上、気分も軽くなろうというものだ。


「そう、ですね。よろしくお願いします、リューネ」


 ……迂闊にもそんな風に気を抜いていた僕は、歯切れ悪く不安を滲ませたシェーナの言葉も、ただの考えすぎだと一顧だにしなかった。

 この見通しの甘さを僕はすぐに身をもって後悔させられることになる。


  ◆◇◆◇◆


 夜。

 昼過ぎの三時頃から陰りだした天気は、日が沈む頃には雨となって僕らに降り注いでいた。とはいえ、雨足はさほどでもない。計画の変更も不要だ。

 リューネに従い、ウェルサーム軍の陣地へ向かう。

 初めにバークラフトに話だけは通してから捜索を始めた。特に彼らの力を借りる予定は無いが、報連相は大事だし。


「さ、それじゃあ陣地を回っていきましょ。流石にある程度は距離を詰めないといけないから足で探し回ることになるけれど」


 今回は、【英雄】が内包する魔力を感知して探すのだという。通常、対象が魔法を使うなどの魔力を励起させた瞬間でもない限り、内包魔力を感知するというのは難しい。けれど、リューネ『ヨミ』が凡百の【魔】の範疇に収まらないことなど今更言うまでもないだろう。


「魔法では探せないんだ?」

「できるできないで言ったらできるわよ。そういう魔法も持ってるし。けど、魔法で探すのは相手に気付かれるリスクも増えるわ。それは嫌でしょう?」


 それはそうだ。安全第一。現状は、あくまで先の見通しが立ったというだけ。ただの皮算用。油断できるわけもない。

 ……そのことを僕はもう少し肝に命じておかなくちゃならなかったのだ。


「じゃあ早速陣内を回ろう。まずはここからまっすぐ西に歩いて、陣の西端についたら左に折れる。南端についたらまた左に折れて、そのままぐるっと一周する感じで……」


 ぽんっ!

 ことの始まりは、なんの予兆もなく発せられた、そんな間抜けな音からだった。

 僕らがセリファルスの【英雄】を見つけ出すためにウェルサーム軍の本陣を回り始めようとしたまさにその矢先のこと。

 それが、連れ立って歩く僕らからそう遠くない位置に立っていた、一人の若い男の【英雄】が放った魔法の音だったと気づいたのは、後になってからの話だ。


「っ、空が!」


 シェーナの叫びに釣られて上空を見上げれば、視線の先では地上から打ち上げられたとおぼしき魔力の塊が天高くまで至ると、爆発の如き勢いで花開いて散開し、そしてしだれ桜のようにこぼれたその光の魔力がこちらへと殺到する勢いで降り注いでくるのが見えた。


「シェーナ! レウを!」


 真っ先に動いたのはリューネ。指示を出して、彼女自身は魔法を打ち上げた源、つまりは魔法の術者へと飛び出していった。

 今にも空から降り注がんとしているこの魔法に対する防御を一任されたシェーナは、しかし狼狽えることもなく上空へと手を掲げ一言、


「凍れ」


 ぴたり、と。

 発動したのは【剣の魔】をも縫い止めた『凍結』の魔法。

 それは、幾筋にも別れた光の雨の全てを一瞬のうちに凍りつかせたのだった。


「おお……」

「レウ様。危ないですから一旦離れましょう」


 思わず呆然と感嘆の吐息を漏らす僕に、シェーナはそう告げて光の雨の射線から外れるよう促す。

 周囲にいた兵士たちは僕ら以上に何が何だかわかっていない風だったが、それでもあの光の雨が危険な攻撃力を持つ魔法であることくらいは察しがついたらしく、蜘蛛の子を散らすように辺りから逃げ出す。

 おおよそ人がいなくなった頃を見計らってシェーナが『凍結』の魔法を解くと、光の雨は再び勢いを取り戻し、誰も居なくなった大地へと着弾した。

 轟音とともに巻き上げられた大量の砂埃が僕らごと周囲の人々の姿を覆い隠す。

 不確かな視界の中でシェーナが落ち着いた声で問いかける。


「どうなさいますか、レウ様」


 どう。どうするか。

 そうだ、それを決めなくては。

 後れ馳せながら、僕の心にも危機感と焦りが浮かび上がる。

 今の光の雨が僕らを狙った攻撃であったことは疑いない。そして、このタイミングで僕らが攻撃される理由もまた、およそ考慮の余地など無いように思われる。

 そう、バレたのだ。セリファルス配下の【英雄】に見つかった。


「レウ!」


 と、そこに先ほどこの場を離れたリューネが戻ってきた。

 普段から彼女が纏っている漆黒のワンピースドレスは何か大量の液体をひっ被ったかのように黒色を深めている。その液体の正体は真っ赤に染まった彼女の手を見る限り、血液のようである。一瞬ぎょっとしたものの、それがリューネ自身の血でないことにはすぐに気づいた。


「トチったわ。まさか夜の私の『隠形』を破れる【英雄】がいるなんて。索敵に優れた【英雄】だったのでしょうね。ごめんなさい、迂闊だったわ」

「いや、迂闊だったのは僕だ。正直、油断してた。でも反省は後にしよう。その【英雄】はどうした?」

「殺したわ。現場は誰にも見られてないし、死体も隠滅した。けれど……」

「ああ。わかってる」


 さっきの光の雨。あれはただ僕らへの攻撃のために放たれたんじゃない。

 あれは狼煙だ。

 やつの仲間……セリファルス配下の他の【英雄】へのメッセージ。それに託された詳しい意味まではわからないが、しかし予想はできる。この場で総力を挙げて僕を襲いに来るか、あるいは全力で逃げてセリファルスに情報を伝えようとするか。

 僕であれば間違いなく後者を選ぶ。


「リューネ! 魔法で【英雄】を探せるって言ってたよね!?」

「ええ、できるわ。できるけど……それをしたらたぶん、王子の配下ではない軍の【英雄】にも私たちの存在を悟られるわ」

「構わない! 今は何よりセリファルスの【英雄】だ! やってくれ!」

「了解。『魔力探知』」


 キィン!

 震えるような波動が僕の体を抜け、遥か遠くまで伸びて魔力の気配を浚う。

 リューネのその魔法が成果を挙げるのにそう時間はかからなかった。


「……捉えたわ。味方は除いて、反応の数は全部で九。うち七が高速で陣から離れるように逃亡してる。敵は七人、かしら」

「方向は?」

「全員バラバラ。ほとんど同心円状に逃げてるわ。三人はクリルファシートの方にも向かってるわね。一応、陣地に直接突っ込む軌道ではないけれど、なりふり構わずって感じだわ」

「リューネ。今から追って何人殺れる?」

「……確答できるのは二人。バラバラに逃げられると一人じゃどうしても限界が……」

「となると、残るは五人……。シェーナ、一人は君に任せても?」

「仰せのままに」

「なら私とシェーナでクリルファシートの方に逃げたのをやりましょう。そっちは特に即応しないと、深くまで行かれたら追えなくなるから」

「お願い。残りは僕とマサキとツトロウスでどうにかする」

「数が足りてないわよ?」

「どうにかするさ」

「……そう。なら、レウ、首筋を出しなさい」

「へ?」

「力を分けてあげる。早く!」

「う、うん!」


 言われるままに服を開け、リューネに体を預ける。

 ふと、僕がリューネに【魔】にしてもらった時のことを思い出した。となると、次に来るのは……、


「痛っ!」

「ふぁまんひなひゃい」


 リューネに噛まれた。がぶりと。

 首筋に小さな穴が空くほど強く突き立てられた彼女の牙から、大量の魔力が流れ込んでくる。体内で荒れ狂う力の制御と、首のこそばゆさに耐えていたのは数秒のことだったか。リューネが口を離した。


「……ふう。こんなところかしら。私の方も敵を追うのに力を残さなきゃいけないから、少しだけれど」

「いやいや、これで少しって……」

「レウ様。こちらもお持ちになってください」

「『シルウェルの顎』! いいの?」

「夜間の索敵には父さまが役に立つと思います。私の方は途中までリューネと一緒ですから、索敵はリューネにお願いします。父さまはレウ様が持っていてください」

「ありがとう、二人とも。希望が見えてきた……かもしれない」

「それはなによりね。……私の方も終わったらすぐそっちへ向かうから。無理はしないで」


 僕は気遣う彼女を安心させるように小さく笑って、すぐに行くよう彼女たちへ促した。

 リューネはまだ僕のことを気にかけていたものの、時間がないことは言うまでもなく、すぐに敵を討ちに向かった。

 そして時間がないのは僕も同じ。すぐさま踵を返してつい数分前に訪れたバークラフトのところへ戻る。目的の天幕を見付け飛び込むと、彼の名を叫ぶ。


「バークラフト!」

「お、ずいぶん早かったな、レウル。なんか今外ですげー音したけど大丈夫だったか?」

「見つかった!」

「そりゃ良かった。どいつが敵だった?」

「違う! 逆だ! 僕が見つかった!」

「…………はっ?」


 そこまで一息に言い切って、天幕の中を見渡す。良かった、マサキが居てくれてる。他にも、ハーレルやジョゼフら、仲間たちのうちの数人がそこには居た。


「それで、僕を見つけた敵の【英雄】が逃げた。このままだとセリファルスに情報が持ち帰られる。追って殺すぞ。マサキ、頼める?」

「お、おう、そういう話か。任せろ!」

「ありがとう。バークラフトはツトロウスを探して今の話を伝えてくれ。今はクントラ中佐周りについてるはずだから」

「中佐の監視のツトロウス『メイ』まで持ち出すって……相当人手が足りないのか?」

「……敵は七人。リューネが二人、シェーナが一人引き受けてくれるから、残りは四」

「四? 俺と、アークと、ツトロウス『メイ』……。……足りない一は?」

「それは……どうにかする」


 マサキの指摘に、僕は言葉を濁すように答える。

 マサキやバークラフトはそれでなんの方策もないことがわかったらしく、気まずげに目を逸らした。

 追及してきたのはハーレルだ。


「どうにかって、どうすんだよ」

「今考えてる!」


 やけくそのように叫んだ僕を見て、ハーレルは大きくため息をついた。


「ったく、お前は……。レウル。力を寄越せ」

「え……」

「ヤリアでやったやつだ。お前は俺たちの何人かに力を分け与えて身体能力を上げられる。そうだな?」


 ……正直に言って。その発想がなかった、といえば嘘になる。

 けれど、そんな提案はできなかった。

 あのヤリアの時だって、四人合わせてもヴィットーリオ『ロゼ』ほどの力もなかった。あいつは特別強い【英雄】でもない。況してや、今度の敵は全くの未知数。危険すぎる賭けだ。


「それは……できる、けど。でも無茶だ! そんな博打を……」

「打たなきゃ負ける。違うか?」

「…………」

「あのなぁ、お前、もう少し俺たちを信じろ。ガキじゃねぇんだ。一から十までお前に守られなくたって戦える」


 ……それは一面の事実かもしれない。これほど仲間を守ろうとするのはむしろ彼らにとっては侮辱に近い行いなのかもしれない。

 でも、それでも。

 僕は仲間を失いたくない。


「危険だ。もっと自分を大切にしてくれ」

「お前……もしかしてすげぇ馬鹿か」

「えっ?」

「自分を大切に、なんておまえが言うのかよ? 危険なことくらい初めからわかってんだ。それでも……ああ、クソ、恥ずかしいなこれ! なあレウル! それでも俺たちはお前を仲間だと思ったから、仲間のためにヤリアの時からここまで来たんだ! やらせろよ、このくらい!」

「……!」


 僕の仲間たちが、彼らの仲間のために戦っていることは知っていた。すでに命を落とした仲間に報いるために、まだ生きている仲間を守るために。けれど、ああ。

 その中に自分が入っているなんて、思いもしなかった。

 ……それなら。彼らが仲間(ぼく)のために戦おうというのなら。

 僕だけはその気持ちを無下にしちゃいけない。


「…………。……五人。五人、来てくれるか?」

「なら俺が……」

「バークラフト、お前はツトロウス『メイ』への伝言役だろ。そうでなくたって俺たちのまとめ役だ。ここに残れ。俺が行く」


 最初に手を挙げようとしたバークラフトを制してジョゼフが手を挙げる。


「ジョゼフ……! いいのか!?」

「しょーがねぇだろ。昨日あんだけ言っといて。ケツまくれるか」

「それなら俺もだな。頼むぜ、レウル」


 ヤコブの手が上がる。


「な、なら俺も行く。レウルの力を借りるのはヤリアでもギルガースとの戦いでも経験済みだし」


 ダヴィドの手が上がる。


「ヤリアでやったやつなら俺も経験あるぞ!」


 エドウィンの手が上がる。


「もちろん言い出しっぺはいかせてもらうからな」


 ハーレルの手が上がる。

 誰一人逡巡することすらなく、五人の手が上がる。こんな時だというのに僕は嬉しくなってしまって。それを誤魔化すように軽口で応えた。


「誰も彼も……馬鹿ばっかりか!」

「はっ、いいから早く力を寄越せよ! 【英雄】を狩りに行くんだろ!」


 ハーレルの啖呵に呼応して、僕は魔力を励起させる。

 『支配する五感(ルール・ザ・フィフス)』。

 ああ、リューネが魔力を分けてくれたのがこんなに早く功を奏するとは。

 今の僕の魔力は全快以上、気前よく注ぎ込んでやれる。


「行くぞ! 敵の【英雄】を殺す! お前ら! 『僕のために戦え』ぇぇぇっ!」


 僕は力強くそう命じた。

このところ身辺が落ち着かないため、しばらく隔週投稿になるかもしれません。

できる限り毎週投稿できるよう努力いたしますので、ご容赦ください。

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