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108 不信と忠節と

「レウ……」

「いいから。二人は席を外しててよ。用ができたら呼ぶから」

「でも……」

「リューネ。私たちは出ていましょう」

「……わかったわ」


 いかにもしぶしぶとばかりにリューネは僕の命令に従った。彼女が過保護なのはいつものことだ。僕を大切にしてくれるのはありがたいが、今回ばかりは他人をここに残すべきではない。

 シェーナに謝意を込めてかるく手を振って、改めて啖呵を切った四人の仲間へと向き直ると、ジョゼフが不満げに口を開いた。


「良かったのか、腹心を追い出して」

「僕だけの方が君たちの話もしやすいだろうと思って」

「ふん、俺たちなんか敵じゃないってわけか」

「そりゃ敵じゃないさ。君たちは味方だ。悪ぶらないでよ、ジョゼフ。こうやってわざわざ正面切って会いに来てるくせに。てことは君たち、別に僕を暗殺しようとかって訳じゃないんだろ?」


 わざと煽るようにそう問えば、いささか鼻白んだ様子でヤコブが答えた。


「当たり前だ。言っただろ、話をしにきたって」

「それなら歓迎だ。うん、聞かせてくれよ」

「……俺たち四人、なんでこうやって集まったか、察しはつくか?」


 言われ、数秒ほど考えてみるが、どうにもそれらしい理由は思い付かない。彼ら四人に何かしらの共通点があるようにも見えない。あるいは、出身や出自絡みだろうか?であれば、僕は彼らのそれをほとんど知らない。


「ごめん、思い当たらないや」

「そうだろうな。なら言っちまうよ。……俺たち四人は、お前に忠誠を捧げていない(・・・)!」


 驚きはない。そういうメンバーも居るだろうということは当然に予測の範疇だった。

 ……だからといって、若干のショックも無いと言ったら、嘘になるけど。


「……なにも言わないのか」

「それで話が終わりって訳じゃないでしょ? 最後まで聞くよ」

「そうか。まあ、それだけなら俺たち四人に限った話じゃないだろう。例えば、あのユウロって女。あいつもお前に忠義があるからここにいるって訳じゃないようだ」

「だろうね。ていうか、僕に忠義だの忠誠だの抱いてる方が少数派じゃない?」


 僕がそう言うと、アガートとロイクの二人は小さく笑った。

 僕に本気で助力してくれようとしているマサキやバークラフトだって、友情こそあれ忠義は無いだろう。

 ヤコブからロイクが台詞を継ぐように僕に応える。


「確かに。けどさぁ、レウルート。ユウロや他の奴らは、ぼくらとは明らかに違うよ。みんなはぼくらが持ってないものを持っている」

「それは?」

納得(・・)だ。わかるかい、レウルート? みんなは多かれ少なかれ納得してる。きみの掲げる理想や、約束した褒美にね。ユウロだってそうさ。彼女はきみへの忠誠こそないが、きみの示した理想に殉じられる程度には納得しているらしい」

「君たち四人は、納得してないのか。……ならどうして、君たちはここまで僕についてきた?」


 素朴な疑問。ユウロは僕が正体を明かしたあの時、僕に従うことを決めてくれた。彼らがそうでないというのなら、あの時三行半を突き付ければ良かったんじゃないだろうか。

 その問いに、しん、と場が静まる。

 ここではじめて、彼らは言葉に詰まった。言う言葉がない、というよりは、用意してきた言葉を口に出すことを躊躇ったようだった。

 躊躇いながらも言ったのは、ジョゼフだ。


「……ビビったんだよ」

「……それは」

「俺たち全員、ビビったんだ! 拒絶してお前に殺されることにビビった! 逃げて仲間から軽蔑されることにビビった! お前の庇護から外れて戦場で死ぬことにビビった! ああ、そうだ! 恐ろしくてたまらなかったさ! ブルッちまって……なにも言えなかった! 納得できないから俺たちは降りたいです、だなんて、口が裂けても言えなかった!」

「……わかった。なら、君たちはもう逃げていい。戦場からは逃がしてやる。僕の故郷の、知り合いの【女神】が庇護する村がある。あそこなら安全だ。セリファルスだって君たち四人のためにあの【光輝の女神】にケンカを売りはしないはずだ」

「そうじゃねぇ……! そうじゃねぇよ! 俺が一番怖いのは、お前だ、レウルート! お前がいつか俺たちを裏切らないだなんて、どうして言える!?」

「ジョゼフ、それは、僕を……」

「信じろってか!? なあ、レウルート。俺たちが士官学校にいた頃を覚えてるよな? そう長い間じゃなかった。転入生のお前がやってきてから出兵するまではせいぜい数ヵ月程度の付き合いだ。しかも、お前はバークラフトやカーターとよくつるんでたし、俺はあいつらとはあんま接点もなかった。特別仲が良かった方ではないだろうよ。だけど……だけどよぉ! クラスメイトだっただろ!? お前がユリウス=グラスを追っ払った時はみんなで快哉を叫んだ! フレッド教官のトライアスロンではヒーヒー言って励まし合ったなぁ! リール『ベリー』大佐との模擬戦の時、マサキと二人で【英雄】に突っ込んでいったお前は心底カッコよくてシビれたよ! …………でも、さ。全部嘘だったんだろ? あれは、俺たちに溶け込むための擬態でしかなかったんだろ?」

「違う……! それは違う、ジョゼフ!」

「何が違う。あの時のお前が嘘をついていたのは紛れもない事実だ」

「ッ……!」


 今度は、僕が言葉に詰まる番だった。

 ジョゼフの弾劾に、反論の余地はない。僕は確かに彼らを欺き、素性をひた隠し、あげく彼らを危険へと巻き込んだ。

 俯いた僕を慰めるようなゆったりとした口調で次に話し出したのはロイクだ。


「レウルート。ぼくはジョゼフほど極端なことは思ってない。きみとの付き合いが薄かったのは彼と変わらないけれど、ぼくには学校にいた頃のきみがまるっきり嘘だとは思えなかった。そりゃ、嘘もあったろうけどね。それでも、あの時のきみは本当にあの場所を楽しんでいたと思うよ。…………でも。でも、だ。レウルート。人は変わる。些細なことで、重大なことで、唐突な変化で、緩慢な変化で、劇的なイベントで、日常の風景で。人は変わってしまうんだ。きみがいつまで今のきみでいるか。それがぼくにはわからない。信じられないし、それゆえ恐ろしい」


 今度もまた、僕に言える反論はなかった。

 人は変わる。

 わかっている。そんなこと、よくわかっている。他ならぬ、僕が一番!

 だって、僕は変わったのだから。

 王宮にいた頃の、仲間も友も居なかった僕と今の僕は違う。誰も彼も使い捨てのコマや布石くらいにしか思っていなかった頃の僕とは違う。

 シェーナやリューネやばあややルミスさん。それに村のみんな。彼らのおかげで平穏の暖かさを知り、復讐以外の価値を人生に見いだした僕は、あの頃の僕とは決定的に違うと断言できる。

 けれど僕には、それを語る言葉がない。どう言えば彼らがそれを信じてくれるのか、仲間の信を得るための言葉がない。

 だって、同じじゃないか。

 結局僕は王位を目指して兄と戦っている。軍を利用してのしあがるために作った友は、大勢僕のせいで死んでしまった。なにもかもを犠牲してでも復讐してやると息巻いていたかつての僕と何が違うというのだ。

 こんなざまの僕が、どの口で友情だの信頼だの語ればいいのかわからない。

 ロイクの次は、アガート。訥々と紡がれる彼の主張は少し気色が違う。


「お、俺は、お前が恐ろしいわけじゃ、ない。お、恐ろしいのは、敵だ。敵に殺されることだ! し、死ぬのは、嫌だ! 恐ろしい! ……ほ、他の王子になんて勝てるのか? 本当に?」

「ああ。勝つさ。僕はそのために今こうして戦っているんだから」

「けど、ヤリアじゃあ、みんな死んだ。み、みんな、みんな死んだんだ。それは全部、セリファルス王子の策略だったんだろ? お、お前は、第一王子の手のひらの上でいいように転がされてハメられたんだろ?べ 、別にお前が弱いと責めたいわけじゃない。敵は、強大だ。セリファルス王子一人に手を焼く中で、五人もの王子を相手取れると本気で思ってるのかっ!?」

「それはっ……王子の中でもセリファルスは圧倒的な勢力で……だから、逆にあいつさえ倒せば……いや……」


 繰り出した言い訳は尻すぼみに口の中で消えていく。

 ヤリアで僕がセリファルスの計略に陥り大勢の仲間を失ったのは事実だ。ただ多くの貴族を従えているだけじゃない。やつは僕よりよっぽど優秀な政治家で、策略家でもある。

 そのセリファルスをどうにもできないからクラシスを討つのだ、と言った矢先の今。どの口で、やつさえ倒せば大丈夫だ、などとほざけるのか。

 小さくため息をついて場を区切り、最後に語りだしたのはヤコブだ。


「俺はまぁ、こいつらほど重大な理由はない。ああ、勘違いするなよ。お前を信じてないってのは同じだ。お前が嘘をついてないかも、お前が今の理想を叫び続けていられるのかも、お前の語る勝算が本当にアテになるのかも、そのどれもを疑っている。が、しかしまあ、そいつは理由も単純だ。俺は単に、お前のことをよく知らないんだよ、レウル。知っての通り、学校じゃあ俺とお前は全く接点がなかった。そりゃそうだ。なんたってお前は五組、俺は一組、クラスが違えばなぁ。俺たちが初めてあったのはあのヤリアの戦場だ。ま、その点はハーレルも同じはずなんだが……あいつ、いつの間にやらお前と仲良くなりやがって。だからな、レウル。俺は何よりまず、お前のことを知らなくちゃあならない。知らない相手を信じられるわけがないんだ」


 至極全うな言い分だ。知らぬ相手に命は預けられない。それだけの話。

 四人すべての話を聞いた。ことここに至っては、僕の方も気落ちしてばかりはいられない。

 腹をくくって大きく息を吸う。


「なら僕は……僕は君たちに何を言えばいい? 君たちが僕に求めるものはなんだ?」

「俺たちが求めるものはたった一つだ。たった一つの質問への答え。それを聞いて、お前への態度を決める。俺たちは、そう決めた」

「……そうか。なら、答えるよ。教えてくれ、質問の内容を」


 ヤコブが僕を見る目には勇気と覚悟が籠っている。

 視線は逸らさない。彼の目をまっすぐ見据え、問いを待つ。


「お前はどうして、王を目指すんだ? どうして、王になると決めた?」

「それが、質問?」

「そうだ。お前がこうして戦っている理由。お前が命を懸ける動機。それを教えろ。俺は、それこそがお前の嘘偽りない真実だと信じる。この際だ、他に秘密や嘘を抱えてたっていい。ただ、この質問にだけは、真実で答えろ! その真実を以て、俺はお前を信じるか否かを決める……!」


 叫ぶジョゼフが握った拳は、何かを堪えるように震えている。びくびくぶるぶると震えている。


「ぼくもだよ、レウルート。この答えこそ、きみを今のきみ足らしめる、きみの根幹だと位置付ける。それが失われたとき、僕は最早きみを信じることはできない。その時こそ……ぼくはきみを裏切るだろう。これは、その判断をする指標となる質問だよ」


 平静を装うロイクの呼吸はわずかながらしゃくりあげるようではないか。普段はのんきで他人への当たりも柔らかい彼の極限状態での一面。


「ぜ、絶対に勝てるなんてことは、土台証明できるものじゃない。だ、だから、俺が求めるのは、理由だ。たとえ負けて命を失うことになったとしても、納得できるような理由。そ、それを俺はお前に求める。頼むよ、レウル。臆病な俺が、それでも、それでも逃げ出さずにいられるような、そんな眩い理由なにかを示してくれ!」


 泣きそうな顔でやっけぱちのように叫ぶアガートなんか、完全に腰が引けてしまっている。


「俺は、この答えでお前を知る。もちろん、たった一つの質問だ。お前のすべてを映し出すことなど、到底できないだろう。だからこそ、心して答えろよ。お前はただ一つの回答によって、俺が命を賭して仕えるにたる人間であると示さなくてはならない」


 ヤコブはかろうじて堂々とした態度を保っているが、目がたまに泳ぐのはストレスを感じている証拠だ。

 けれども、誰一人として言葉を濁すような真似はしなかった。

 それは彼らが僕に示した、誠実と友情と忠義の形なのだろう。恐怖を圧し殺し、弱気を封じ込め、逃げるでも裏切るでもなく、僕と話をしにきた。

 その気持ちに答えられないようで、どうして彼らの主君たりえるだろうか。ましてや王ともなれば。


「君たち……揃いも揃って、無茶を言ってくれる」

「悪いな、いつもお前がやってることだ」

「えー、僕、そんなひどい?」

「そりゃあもう。さっきもバークラフトたちに言われたよねぇ?」

「……で? 質問には答えてくれるのか?」

「ああ。答えよう。君たちの信を得るために。必死になって」


 おどけて見せたのもわずかな間。ほんの少しのやりとりだけれど、彼らの緊張もいくらかはマシになったはずだ。

 であれば、後は僕の臣下たちに心を砕くのみ。


「王を目指す動機、か。少しばかり古い話からになるけど、いいかな?」

「構わんさ。話せるだけ、話したいだけ話せばいい」

「ありがとう。……ああ、なら、あれは十五年前。僕の一番古い記憶の話からしよう」


 色あせた記憶に想いを馳せるように、僕は語り出した。

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