106 結集と情報共有と
「で、まあとりあえずふんじばってここまで連れてきたわけだが」
「でかしたマサキ!」
「逃がすな逃がすな!」
「えー……なんで僕仲間に会いに来たのに捕まってんの?」
平民閥の軍勢が王都を発ってから二週間ほどのち、彼らに一歩遅れて僕らも離宮を発った。そこから先行していた軍に追い付くまではそう長くはかからなかった。さもありなん、こちらのメンバーは超常存在が四人だけなのだ。ニンゲンの軍と比べたらその進軍速度も桁違いに早いのも当たり前といえる。
追い付いてからしばらく、僕らが軍の様子を見て回っていた最中、偶然アルフとマサキが人気のない場所で密談しているのを見つけ、ちょっとカッコつけて宙に浮いたりしながら声をかけた次の瞬間、二人に取っ捕まった。ぐわぁっと、飛びかかられて。いきなりのことに混乱している間にアルフがどこからか取り出した縄でぐるぐるに僕をふんじばって、引きずられるままに連れてこられたのは仲間達のところ。驚きをもって僕らを迎えたバークラフトたちは、しかし迅速に動いて秘密を共有する仲間を一同に会させた。
「だってお前、ちょっと会っただけですぐ全然連絡取れなくったじゃん」
「私、バークラフトくんから話聞いて、正直あんたはもう死んでるんじゃないかなって半分くらい思ってた」
「酷いなぁ、ダヴィドもユウロも。野垂れ死んだりしないって約束したじゃないか」
「まあなんでも構いません。生きていたのですからね。交流はひとまず置いておいて、本題を聞かせてください」
「まあまあ、そう逸るなよ、アルフ。先にこっちから確認したいこともある。僕の話はそれからだ。まずは、マサキ」
「俺?」
「ああ。君、力の方はどうだ? 【英雄】の……【剣の英雄】としての力は定着した?」
「……そう、だな。まあ、それなりには。総合的にはギルガースには及ばないかもしれないけど、魔法に関してはほとんど十全に使える、と思う」
「うんうん、そいつは重畳。ならもう立派な【英雄】じゃないか。あの『剣』の魔法はこと戦闘においてはかなりの汎用性と応用性がある。頼りにしてるよ」
「……おう、任せろ。……えっと、で、来たのはお前だけか? シエラさん達は……」
「もちろんいるよ。ギルガースとの戦いの時、ツトロウスを置いてきたのは本当に失敗したと思ってるんだ。あの時は結果的になんとかなったから良かったけど……同じ過ちを犯すつもりはない。今僕の手元にある戦力は全員ここに連れてきた」
僕の背後の空間に、言葉もなく目線だけで合図する。
そう、初めから今まで、マサキに取っ捕まった時から、縄でぐるぐる巻きのままみんなの前で晒し者にされている今まで、薄情にも僕を助けるそぶりすら見せてくれなかったけれど、彼女たちは確かにそこにいる。
僕の最も信頼する【神】と【魔】が、もちろんそこには控えている。ああ、あとついでに一人の【英雄】も。
彼女たちは僕の意図を過たず受け取って、『隠形』の魔法を解いてその姿を露にした。
シェーナ、リューネ、ツトロウス。【神】と【魔】と【英雄】。これに【王権の魔】たる僕と【剣の英雄】マサキ『ギルガース』を加えた五人が、今の僕が扱える超常の戦力の全て。
五人というのはかなりのものだ。これほどの戦力を自前だけで用意できるのはウェルサームでもかなりの高位貴族に限られるだろう。
仲間たちから驚きと感嘆の声が漏れる。
リューネについては初対面の面子がほとんどだが、しかし彼女の持つ、まさしく魔力とでも呼ぶにふさわしい不思議な圧と魅力は、彼女が只人でないことを皆に容易に知らしめたらしい。誰も彼もが圧倒されたようにリューネを見つめるだけで、不用意に何かを口走るような様子もない。まあ仲間にする態度としてはいささか固すぎるようにも思えるが。
自己紹介は……まあ後でいいだろう。アルフの言った通り、今は用件が先だ。
「で、もう一つ聞きたいのは、兵の話だ。端的に言って、今の君らの指揮権で何人くらい動かせる?」
「バークラフト大尉の第二大隊と、私の第三大隊は全て我々の独断で動かせます。もちろん、後先のことを考えなければ、という話ですが。合わせて五百ほどですね。第四大隊は……どうですか、ギャエル少尉」
「お、俺っ!? え、えっと、ああ、うん、ウチの中隊は動ける。ジェラルド大尉……あ、第四大隊の隊長の名前なんだけど、大隊長より俺とエドガーの命令を聞く、はずだ」
「ヤコブ、お前のとこは?」
「おう、こっちも動くぜ。なんたって、学校卒業後の任地で一緒に働いてた連中を部下に選んだからな」
聞けば、どうやら僕の息がかかった仲間達は、キュリオ少佐の麾下となる五つの大隊のうちの三つに、基本的には中隊長クラスとして割り振られているらしい。
その中でも例外的に大隊長を任されているのがアルフとバークラフトだ。彼らの率いる第二大隊と第三大隊は指揮官全員が僕の配下であり、それゆえほぼ完全に命令に従う。
そして、残る仲間が配されているのが第四大隊。ここは大隊をまとめる大隊長こそ僕と無関係の人間であるが、そのすぐ下に付く五人の中隊長及びその副官はみなここに集う仲間達だ。元々、僕が軍内部での勢力拡充を命令として課してあったこともあり、各人が思い思いの方法ですでに部隊は掌握済みとのことだった。
「そうですか。第四大隊は事実上全て使える、と。では、レウルート殿下。三個大隊、計八百弱。それが貴方の命令に従う兵になります」
「うん、いいね。ヤリアから戻ってまだ数ヵ月だっていうのに、君たちずいぶん優秀じゃないか!」
「っても半分くらいはお前の手柄だよ。やっぱギルガースを、【魔】を討ったってのはデカかった。あれのおかげで俺とマサキが今の地位に着けたんだから」
そんなバークラフトのおだてに気を良くしながら改めて彼の軍服についた階級章を確かめてみれば、なるほど確かに、大尉を示す青地に三本線の徽章が輝いている。
彼だけじゃない。マサキ、ハーレル、ダヴィドにフリッツ。ギルガースと戦った、あの場にいた全員が昇進していた。
「へぇ、おめでとう。昇進祝いでも用意してくれば良かったかな?」
「褒美は全部終わってからたんまりもらうよ。それより、アーク。先に確認することとやらは、これで終わりか? なら本題に入ってくれ」
冗談混じりに言った僕のセリフを適当に流したマサキが、この場に集う全員の気持ちを代弁するように話を元に戻した。
「ああ、本題。そうだね、何から話そうか」
「……さっき俺と大尉の前に現れたとき、お前は言ったな。王子を討つ、と。つまり……とうとう、セリファルス王子と対決する、ってことか?」
マサキのその予想は、しかしハズレだ。ゆっくりと横に首を振って否定する。
「今の僕らの戦力じゃ、まだまだセリファルスには敵わないよ。もっと段階を踏まなくちゃ。だからまずは……ああ、いや、先に経緯から話そうか」
「焦らすなよ」
「そんなつもりはないさ。でも、いきなり結論から言っても混乱させちゃうだけだからね。で、ええと、そうそう、まずはギルガースとの戦いのあと、君たちがセリファルスと会った時の話だ。【守護の女神】ファルアテネに【裁断の女神】アスティティア……セリファルスの【神】たちとリューネが戦ってたのは覚えてるよね?」
「忘れられるかよ、あんな経験」
「あはは、そっか。うん、でまあその時のことなんだけど、多分バレた。セリファルスに」
「バレた……って、何が?」
「全部が。リューネの背後にいるのが僕だってことも、その僕とあの砦にいた君たちが繋がってることも、なにもかもが」
「なッ……!」
下手に深刻そうに話して彼らを動揺させないように、と思ってあえてあっけらかんとした言い方で言ったのは逆効果だったかもしれない。
マサキは絶句して固まってしまった。
前々からセリファルスの恐ろしさをあれこれ語り聞かせていたのが良くなかったのだろうか。
と、マサキが黙ったのを機会と見たか、集まった面々の一人がにゅっと手を上に突き出した。
「はーい、しつもんしつもーん!」
「はい、ユウロ。なんだい?」
「そのときマサキくん達とあんたの繋がりが第一王子にバレたっていうなら、どうしてマサキくん達は今の今まで殺されてないわけ? あの第一王子は慈悲深いわけでも力がないわけでもないんでしょ?」
「うーん。それは僕の方でも確実な回答は用意できないんだけど。とりあえずの推測としては、あいつが読み違えたから、かな。マサキ達は生かして泳がせた方が僕を釣れると思ったんでしょ」
「ふーん……。って、それ読み違いじゃなくない? 思いっきり引っ掛かってない? あんた来ちゃってるじゃん」
「まあ来なかったら君たちが殺されておしまいだからね。それはダメだよ」
「だからそれが相手の思う壺なんでしょ!? あんた馬鹿なの!?」
「あはは、酷いなぁ。もちろん、考えはあるとも。それが次の話だ。つまり、王子を討つって話のこと」
「待て待て、ならなおさらセリファルス王子を討つんじゃないのか?」
困惑したようにハーレルが問う。
もちろん僕も力があればそうしたいのは山々だが、無理のものは無理なのだ。なら、他の方法を執るしかない。
「セリファルスの攻撃を防ぐだけなら別にセリファルスを倒す必要はない。あいつが軽々しくちょっかいを出してこられないくらいまで勢力を伸ばせばいいんだ。王子を討つ、というのはそのため。つまり──王子の一人を討って、そいつの勢力を丸々いただく。そいつの支援者である貴族を丸ごと奪い取って、一気に僕らの勢力を成長させるんだ」
「そんなことができるんですか……!?」
「できる相手を選ぶのさ。そいつはその愚かさゆえ、最早王位継承争いにおいてもうほとんど勝ち目がない王子だ。今あいつについている支援者たちも、それに気づきながら、今さら他の王子に降っても受け入れてはもらえないから、なんて理由だけでしぶしぶ味方しているような奴らばかりだ。つまり、乗り換えられる王子がいるなら喜び勇んで乗り換える奴らばかり、ってこと。しかも、その王子は今王都の外にいる! 支援者の一人であるミーミク侯爵領の館でガタガタ震えてる。少なくとも、王都を攻めるよりは万倍やりやすい場所にいる相手だね。……少し、もったいぶりすぎたかな? ならば言おう。そいつの名は、クラシス=トゥレ=ウェルサーム。第三王子のクラシス。そいつこそ、これから僕らが討つべき標的だ」
僕が説明を終えると、シン、と場が静まり返った。
いささか説明を急ぎすぎたか。あるいはみな満を持して訪れた最初の決戦の機会に動揺したり緊張したりしているのか。
なにも言わず、みんなが落ち着くのを待つ。
真っ先に正体を取り戻し、発言許可を求めるように手を上げたのはアルフだった。
「質問かい? いいよ、何が聞きたい?」
「……基本的な話はわかりました。セリファルス王子に貴方と我々のことを看破された、という話は信じましょう。他ならぬ殿下の言うことだ。かの王子が脅威だ、というのもわかります。第一王子と顔を合わせた五人だけでなく、ともすればこの場の全員、安全でいられるかはわからない、というのも」
「いいや、最悪はそんなもんじゃない。セリファルスがその気になったらきっと平民閥の士官は皆殺しだ。僕らだけでなく、エヴィル少佐やキュリオ少佐、クントラ中佐までもね」
「そこまで、ですか。ええ、ならばなおさらにセリファルス王子に手出しさせるわけにはいかない。それは理解しました。ですが、そうなると致命的な問題がひとつあるでしょう。欠陥、と言い換えてもいい。それが殿下の語った計画にはある」
「うん? それは?」
「戦力です。五人の【英雄】、八百の兵。なるほど、それなりの力と言えるでしょう。下位の貴族家一つくらいなら本当に攻め滅ぼせてしまうかもしれない。ですが、我々が相手にしようとしているものはそうじゃない。王子です。落ち目とはいえ、国に六人しかいない王子の一人。その所在が割れていて、かつ巨大な防壁に覆われた王都の中ではないことを加味しても、今の我々の戦力ではまるで足りない。二倍三倍してもなお不足でしょう。十倍、とは言いませんが、せめて五、六倍は無ければ……」
「うん、その通りだ」
「は……?」
僕の失策を非難するような諫言に、当の僕が怒るでも反論するでも落ち込むでもなく、むしろにこやかに笑って頷いたのを見て、アルフは拍子抜けしたように息をつく。
「君の言う通りだ。まだ僕らには戦力が足りてない。だから、どこかで不足分は調達しないと」
「調達と……簡単には言いますが。そんなもの、どこに」
「目の前さ! 戦力なら、僕らのすぐそばに、これ見よがしに置いてあるじゃあないか!」
「すぐそば……まさか!」
「そうだ。クントラ中佐と彼が率いる平民閥六千名。それを僕らの戦力とする!」
つまりは、そう。
キュリオ少佐。エヴィル少佐。そして、クントラ中佐。彼らを仲間に引き入れることこそ、僕らが当たるべき目の前のタスク。それこそが王子打倒の第一歩となる。