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104 兄妹と戦争と

「良かったのですか? 中佐に忠誠を尽くすなどと言ってしまって。貴方は()の臣下でしょうに」

「あの場面じゃああ言うしかないじゃないですか」


 中佐たちへの挨拶を終え、軍本部から兵舎に戻る道すがら、アルフ大尉にそんなことを言われる。


「クントラ中佐は律儀で真面目な人ですから、たとえ貴方が彼に与しなくともなにもしないと明言した以上は本当に何もなかったとは思いますが」

「万一があるかもしれないでしょう」


 それにどうせ、口だけの忠義だ。発言そのものに大きな意味はない。

 もとよりレウルの望む通り平民科の士官として権力を握るためにはクントラ中佐に取り入るのが一番早いわけだし、彼のご機嫌伺いは俺の本来の方針ともなんの矛盾もない。


「それはもちろん、その通りです。警戒に越したことはない、という話なら確かに。マサキ大尉たちには?」

「話します。ま、それもまずは与えられた兵員をまとめてからですけど。来週にはもう出兵ですから、早くしないと」

「頑張ってください」

「って他人事ですか。俺の直属の上司でしょ、大尉」

「いえ、私は第三大隊の大隊長に任ぜられましたから、貴方とは同輩ですよ。階級の上でも同じですし」

「ええっ! じゃあ放置ですか!?」

「もちろん面倒は見ますが。いかんせん時間がありませんからね。私も同じ仕事があります。ですから、手早く済ませましょう。部隊編成の経験は?」


 アルフ大尉の質問に黙って首を横に振る。

 ヤリアの時は、元々は士官学校の組分けを機械的にそのままで、クリルファシート軍の襲撃を受けた後の再編成はキュリオ少佐がやってくれた。俺に経験があるのはすでに出来上がった部隊の指揮命令からだ。


「ではそれは手伝いましょう。今回はさほど大きな裁量を与えられているわけではありませんから、教科書通りに人員を配分すれば十分です。まずは騎兵隊からですが……」


  ◆◇◆◇◆


「ほぉー、なるほど、この出征が中佐にとっての分水嶺ってわけか」

「たぶんな。聞いた話にはそういうことらしい」


 アルフ大尉とバークラフトの指示を受けながら部隊編成と指揮系統を定めに取りかかったのが四日前。その作業が終わったのがつい今しがた。この四日間のほとんど家にも帰れないような仕事からようやく解放……とは生憎ながらいかず、指揮官の軍議の名目で俺、ハーレル、ダヴィド、フリッツの四人はバークラフトに集められていた。

 まずは、王都に着いた直後にバークラフトがクントラ中佐からされたという話をそのまま聞く。

 一通りの話を聞き、真っ先にダヴィドが口を開く。


「しかしその口ぶりだと、中佐はクリルファシートと一戦交えて手柄を得るつもりっぽいな」

「だろうな。それがどうかしたか?」

「今前線は膠着してるんだろ? そんな都合よく動きがあるか? 場合によっては、中佐が独断で先走る可能性もないとは言えない」

「それは良くない」

「どうだ、バークラフト。言って止められるか?」

「……どうかな。あの様子だと決意は固そうだ。あの人も馬鹿じゃないし、そうそう変なことを始めるとも思えないが……」

「話が通じないなら力しかない。いざというときはマサキ頼みになるか。……やれそうか?」


 ダヴィドにそう問われる。

 問われた俺は、【英雄】となった我が身に意識を向ける。自らの手を見つめ、数度閉じたり開いたりしてから面を上げ、答えた。


「……ああ。大丈夫だ。【英雄】の力もかなり身についてる。ギルガース並み、とまでは言えないかも知れないが、【英雄】を配下に持たない中佐くらいなら……殺れる」

「……頼りにしてる。けど、それは万一の場合」


 フリッツの言う通りだ。あくまでアークから与えられていた指示は軍内部での勢力の拡大。クントラ中佐を暗殺するのはその命令とは真逆に近い。

 しかしかといって、中佐が無謀な戦いをしようというのなら、アークの配下たる俺たちはそんなことで死ぬわけには絶対にいかないわけで、彼を諌めきれなければ殺してでも止めるしかない。


「ホントは直接レウルの指示を仰げりゃ良かったんだが……」


 バークラフトが思わずといった風にぼやく。

 あのセリファルス=ウノ=ウェルサームの【神】とリューネ『ヨミ』の戦いから数週間が経ったが、未だアークからの音沙汰はない。今あいつがどうしているのか知りたいのはやまやまだが、セリファルス王子に監視されているかもしれない以上、迂闊にお姫様たちへ連絡をとるわけにもいかない。

 結局、アークの方から俺たちに接触してくるのを待つしかないのが現状だ。


「ま、無いものねだりをしてもしょうがない。それに、中佐が暴走するのも困るが、こっちの軍が入れ代わってることをクリルファシートに感づかれるのも困る。そうなったら否が応でも戦う羽目になるだろう?」


 ハーレルの言葉に、改めて意識を研ぎ澄ませる。中佐がどうとか以前に、そもそもからして俺たちは戦争に向かおうとしているのだ。味方の暴走なんてものを想定するまでもなく、戦闘になる可能性は十分高い。そうなったときに仲間を守るのは【英雄】である俺の役目だ。

 ──あのヤリアの戦場を思い出す。ゴミのように仲間が殺されていくあの地獄を思い出す。あの場所にもう一度行かなくちゃならない。

 ……恐怖がない、と言えば嘘になる。自らが死ぬ恐怖も、仲間を殺される恐怖も、そして敵をこの手で殺す恐怖も。それでも、俺は行かなくちゃならない。仲間に報いるために。それに、檀と俺がこの世界で生きていくためにも。


「てことは、中佐がどう動くにしても戦闘にはなるって考えといた方がいいのか? 今すべきはそのための準備?」

「だと俺は思う。ま、問題はその準備とやらに何をすべきかだが……」

「……家族と話でもしとくか?」


 ぽろりとそんな言葉をこぼす。戦場に備える『準備』と聞いて俺の頭にぱっと浮かんだのはそんなことだった。

 まるで遺言でも残すつもりのような、いかにもネガティブな発想であった、とはっとした時にはもう遅く、仲間たちが一斉に俺の方を見ていた。


「や、すまん。今のは忘れて……」

「よし! ならお前は今すぐマユミのとこに行ってこい! 今日はもう終業でいい!」


 俺の言葉を遮って、バークラフトがいきなり業務の終わりを宣言した。

 ……これはつまり、今俺が言ったように家族と話してこい、との意味だろうか。


「え、俺だけ? お前らは?」

「いや、俺らも後で行くけどな。今はやることもあるし」

「なら俺もそれやるって」

「いらんいらん。今からやることって、元平民科五組の仲間たちを出迎えて話するだけだ。あいつらも召集受けてそろそろ来るころだろうからな。ま、つまりお前が絶対にいなくちゃいけない類いの仕事じゃない」

「けど……」

「いいから行ってこい。たった二人きりの家族なんだろ?」

「……わかった。恩に着る」

「気にすんなよ。あ、お前らも行っとくか?」

「んじゃ、俺も。後でバークラフト達が離れるタイミングで残ってんのがマサキ一人ってのも良くないだろ」

「そうだな。じゃ、マサキとダヴィドが先に行ってこい。フリッツとハーレルは悪いけど俺と同じタイミングで我慢してくれ」


 ハーレルが軽く手を振り、フリッツがこくりと頷く。

 仲間達の思いやりに感謝しながら、俺とダヴィドは兵舎を離れた。

 俺の家とダヴィドの実家がある地域は比較的近い。必然、途中までは同道することになる。その道すがら、ダヴィドがふと呟いた。


「そういやあさ」

「ん?」

「俺、お前の妹会ったことないんだよな。なんだっけ、マユミさん?」

「会ったことないからなんだよ。別にいいだろ。友人の妹なんてそんな会うもんでもないし」

「良くねぇよ! 聞いたぞ! めっちゃ美人だって!」

「お前までそういうこと言うのかよ……」


 こいつはアークとは違うと思っていたのに。いやまあ、年頃の男なんて誰でもそんなもんだってのは他ならぬ同年代の男としてわかるが。

 ここだけの話、俺だって絶世の美姫と名高いアークの姉や妹に関心がないと言えば嘘になる。

 が、それはそれ、これはこれ。シスコンだなんだと笑わば笑え。俺は檀をそんな軽々に紹介してやるつもりはない。


「ままま、そう言わずに! ちょっと会うだけだ、いいだろ!」

「ダメだ」

「なんで!」

「ろくでもないことになるのが分かりきってるからだよ!」


 ちょっと家に寄らせた瞬間、デートの約束を取り付けた男の存在を俺は忘れていない。


「ちぇっ」


 不満げにダヴィドは舌打ちしたが、それ以上食い下がってくることもなかった。

 と、そうこうしているうちに自宅までたどり着く。


「……っと、俺んちここだから」

「おう。そんじゃ、お互い悔いが残らないようにしとこうぜ」

「案外悔いがあった方がいいんじゃないか? 思い残しがあると簡単には死ねなくなるだろ」

「お、いつものジンクスか? なんだっけ、死亡フラグ?」

「……いや、死亡フラグ的には悔いがあった方が死ぬ気がするな」

「なんだそりゃ。救われねー……」


 まあ死亡フラグというのはそういうものだろう。救われないからこそ、作劇的には死なせる意味がある、みたいな。


「要はジンクスなんかに頼らずにちゃんとした備えをしとけってことだな」

「はは、なるほど、確かに」

「じゃ、また後で」

「おう、後でな」


 ダヴィドはけらけら笑って、彼の家の方へと歩き去っていった。


「さて……檀、怒るかなぁ」


 戦争に向かうために王都に帰ってきた、という話はすでにしてあるが、しかし実際に出征が迫るとなると想いも違ってくるのが人情というものだろう。

 憂鬱な気分についついため息を漏らしながら、俺は自宅の扉を叩いた。


「はーい、どちらさま……お兄ちゃん! 帰ってきたの?」

「ん、ただいま、檀」

「おかえりなさい、お兄ちゃん。早かったね。お仕事はもういいの?」


 ハウリー伯爵領から王都に戻ってこの方、わりと忙しく遅い時間まで仕事をしていた。今日はいつもよりもだいぶ早い帰宅だったからか、檀はいささか驚いた様子で俺を出迎えた。


「あー、まあ今日のところはな。晩飯ある?」

「ちょうど今から作るとこ。ふふふ、今日はハンバーグです! よろこべよろこべ!」

「お、おお?」

「嬉しくない? お兄ちゃんハンバーグ好きだよね?」

「あ、いや、好きだけど……。……その、出征の日取りが決まって」

「……ああ。それで私が怒ると思ったの?」

「怒ってない……のか?」


 意外にも、檀は穏やかに頷くのみだ。


「別に初めから怒ってたわけじゃないよ。この間の……ヤリアの時も。王都を出てからヤリア山地に着くまでの途中、連絡の一つもなかったのはちょっとどうかと思ってるけど」

「その件については真に申し訳なく……」

「だから怒ってないってば。お兄ちゃんが戦争なんかに行くのが嬉しいわけじゃないけど、そうやってお兄ちゃんが軍人として働いてくれてるから私たちが食べられてるっていうのはあるし。それに……」

「それに?」

「……ううん。なんでもない。話はご飯食べながらにしようよ。お腹すいたでしょ? すぐ作るから」


 そう言ってマユミはキッチンへ足早に駆けていった。

 ヤリアから戻ってきた直後はあんなにわんわん泣いてどなり散らしていたのに、何か心境の変化でもあったのだろうか。無駄に妹と揉めずに済んだことに安堵する一方で、少しばかりの寂しさも感じるのは兄貴のわがままだろうか。

 そんなとりとめのないことを考えながら、俺はキッチンから漂い始めた食欲を誘う匂いに腹を鳴らし、久々の檀の手料理への期待に胸を膨らませるのだった。

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