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103 事情と思い出と

お待たせいたしました。今週から投稿を再開させていただきます。

ただ読者の皆様には申し訳ないのですが、今後もこのように投稿の間隔が空いてしまうことがあるかと思います。できるだけあとがきや活動報告にてお知らせ致しますので、そのときはどうかご容赦いただければ幸いです。

「レウ様、今のは流石に……」

「わかってる。わかってるよ。……くそ、だから彼女には会いたくなかったんだ」


 ばつが悪そうにレウ様は私に言う。

 困惑する私に、アイシャ様がゆっくりと口を開く。


「シエラヘレナ様がご存じかはわかりませんが、ツィンは、その……悪戯好きなところがあります。王宮にいた頃のレッくんが標的になったことも一度や二度ではありません。……昔のレッくんは今と違って、もっとピリピリしてましたから」

「あの頃は本気でツィンを殺そうと思ってたよ。今は流石にそんなことはないけど……」


 悪口雑言はつい口を突いて出てしまう、と言うわけか。

 それを、たかが悪戯ごときに我慢が足りないとか、昔の小さなことを引きずりすぎだとか言うつもりはない。常に命を脅かされていた幼い頃の彼の立場を考えれば、自らに干渉してくる【英雄】というものはそれだけ恐ろしいものだったのだろうことは容易に想像できた。


「なるほど……。つまり、ツィン様の方にも問題がある、と?」


 『悪戯好き』と言葉では軽く聞こえるかもしれないが、それは意図的に他人の神経を動揺させるような振る舞いをしているということだ。かつてのレウ様に対してもそう。さっきの私に対してもそう。トラブルメイカーというやつ。レウ様の喧嘩腰な言い様は言い過ぎだったとしても、彼だけが悪いとは思えない。

 しかし、レウ様はゆっくりと首を横に振る。


「いや、ツィンを責めないでやって欲しい。彼女は少し、生きすぎたんだ」

「生きすぎ……?」

「ほら、さっき僕が彼女に言ったろ」

「さっき? ……あ。百二歳?」

「そう。あれはただの悪口じゃなくて、嘘偽りない事実だ。……いや、事実だからこそ、悪口になるのかもしれないけど」

「ツィン様は【英雄】なのですよね?」

「うん、【神】でも【魔】でもない。彼女──【長久の英雄】はそういう【英雄】なんだ。ツィンはほとんどまったく年をとらない。【神】や【魔】なら、それでもいい。僕らはもう人間じゃないから。それは力があるとか魔法が使えるとかだけじゃなくて、精神性もだ。僕らは体のみならず、心までもニンゲンのそれとは違う。シェーナにも心当たりくらいはあるんじゃない?」


 ……無いことも、ない。

 母さまが私にかけた封印を解いたあの日から、ヤリアでの【累加の英雄】との戦いにこの間の【剣の魔】との戦いと、私の【神】としての力が育っていくにつれ、ただのニンゲンだった頃から私の性格が少し変わっていっているような気はほんのわずかながら感じていた。

 それは私の心根をねじ曲げるほどの強烈な影響ではなかったが、それでも確実に存在するもの。

 具体的には、やや攻撃的になり、また少しだけ傲慢になった……気がする。もちろんそれは、ニンゲンとしての私の感性からすれば歓迎すべきとは言い難い性格の変化なのだが、しかし私に流れる【神】の血は、それこそが【神】として超越者たるに必要な心の持ちようなのだと教えていた。


「だけど【英雄】は違う。彼らは力こそあれ、心は人間だ。ニンゲンのままの精神性で親しい友も愛した人も、見送らなくちゃいけないのは、きっとひどく堪える。だからツィンは他人との深い繋がりを断って……けれども、誰かと共にいなくちゃ生きられない。それが人間だから。そのジレンマを誤魔化すみたいに、ツィンはいつも即物的な刺激を求めてやまない。……そんなの、あまりに可哀想じゃないか。その刺激のために他人に迷惑をかけるような今のツィンのやり方が正しいとは言えないけど……でもまあ、僕に向いた分の迷惑くらいは許してやろう、って思ったんだ。あ、けど、そういうことだから、君に向いた迷惑は存分に怒っていいよ」

「いえ……そういうご事情なのでしたら、私からは何も」


 むしろツィン『サルマー』に私は謝るべきだ。先ほど、私は本気で彼女の命を奪うことすらも厭わずに魔法を向けたのだから。


「ん、ありがとう、シェーナ。話し込んじゃったね。僕らはもう部屋に戻るよ。やっぱり不用意に出歩くんじゃなかった。行こう、リューネ。……リューネ?」


 レウ様の呼び掛けに返事はなかった。そういえば、さっきからリューネが静かだ。一言も喋っていない。どちらかと言えばお喋りな方に分類されるリューネが珍しい、と彼女を見れば、虚ろな瞳で何やらぶつぶつと呟いている。

 瞬時に全員が察した。

 これは良くないやつだ、と。

 恐る恐る、彼女の口元に耳を寄せ、発話の中身を探る。


「ふふ……ふふふ……そう、そうよね……。レウからしたら、百歳越えなんて老婆もいいところよね……」

「あっ」


 リューネ『ヨミ』。見た目こそ十代前半の少女だが、その正体は長い時を生きてきた【夜の魔】だ。実年齢は私も知らないが、彼女の最も古い記録が百年前に遡ることを考えれば、推して知るべしという感はある。

 つまりは、そう。

 レウ様がツィン『サルマー』に放った悪口は思わぬところに飛び火した。


「わかってるわ……お姉ちゃんなんておこがましいわよね……こんな年増、いえ、老婆だもの……これからはおばあちゃんを名乗ることくらいは許してもらえるかしら……?」

「いや、ごめ、ちが、違う! 違う! べつにツィンにだって本気でああ思ってた訳じゃないし……!」


 あわあわと大慌てで弁明を始めるレウ様。

 ツィン『サルマー』に言ったのはあくまで売り言葉に買い言葉的な悪口としての言葉で、彼自身に長寿の者への隔意があるわけでないというのはレウ様の本心だろう。リューネは言うに及ばず、レウ様が実の母のように慕う母さまだって、リューネやツィン『サルマー』と同じくらい、あるいはそれをも大きく上回る年月を生きているのだから。

 しかしそうは言っても簡単には納得できないのが人情というもの。レウ様の重ね重ねのフォローにも、なかなか元気の戻らないリューネを見て、これは長引くと確信した私はこっそりとその場を離れるのだった。


  ◆◇◆◇◆


「ああ、シエラ様! ちょうどいいところに!」

「ミリル様?」


 レウ様たちから別れた私は、ルイに頼まれていた洗濯の手伝いへと向かう途中、少し前にツィン『サルマー』を追いかけていったミリル様に遭遇した。


「どうなさったのですか? ツィン様を追いかけていたのでは……?」

「……見失いましたわ」

「ああ……」


 親しく接させていただいているせいで忘れそうになるが、眼前で不満げに口先を尖らせているこの少女はお姫様なのだ。滅多なこと(レウさまがらみ)でもない限りバタバタと足音を立てて駆けるなんてはしたない真似をしない彼女が、人間を逸脱した身体能力を誇る【英雄】を追いかけるというのはなかなかどうして容易いことではない。


「申し訳ないのですが、シエラ様にもツィンを探すのをお手伝いいただけます? わたくしからは逃げ隠れ回っていても、シエラ様でしたら姿を現すかもしれませんもの。メイドとしての仕事は、私の方から言っておきますから」

「わかりました。どこまでお力になれるかはわかりませんが、頑張って探してみます」

「お願い致しますわ。私はここから先、東側の部屋を見て回りますから、シエラ様は西側をお願い致します」


 腰を折る礼を返答に代え、私は指示通り西側の部屋を一つ一つ見て回る。

 この辺りの部屋は生活の場というよりは、その利用頻度の低さから半ば物置めいている部屋たちだ。そもそもこの離宮はその広さのわりに人が少ない。なまじ王女つきなどという国でもトップクラスに優秀なメイドばかり集まっているせいで、少人数でも回ってしまうのだ。アイシャ様とミリル様の警護のことを考えれば人は少ない方が都合がいいと理解する一方で、せっかく広くて設備も整っているのに、と思う気持ちもなくはない。

 実際に、そう、この目の前の部屋なんかは飾っていても管理できないから、と言われてしまった宝剣や甲冑の数々が乱雑に突っ込まれた、異常に贅沢な物置同然の部屋で、


「あ」

「ん?」


 いた。

 その物置の扉を開いた先では、先ほど小競り合いをした小柄な少女──【長久の英雄】ツィン『サルマー』が甲冑と甲冑の間に縮こまるようにして収まっていた。


「誰ぞと思えば……【女神】様か。なんじゃ、(わっぱ)(わたし)を殺してこいとでも命じられたか?」

「いえ……ミリル様にツィン様を探してほしいと頼まれまして」

「む……姫殿下が……そうか。……(わたし)はしばらくしたら戻る。ゆえ、【女神】様はもう構ってくれるな」


 私と目を合わせようともせず突き放すように言うツィン『サルマー』に、レウ様の話を思い出す。

 ……私は【神】だ。天寿というものはなく、殺されなければ死なない身。

 私はそっと彼女のそばに腰かけた。


「……なぜ、座る」

「少し、お話をしませんか?」

「なぜ」

「ツィン様はかつてレウ様が王宮にいらっしゃった頃、あの方と親しくされていたと聞き及んでおります。忠誠を捧げた主の昔の話を知りたがるのは、そうおかしなことでしょうか?」

「あの(わっぱ)に惚れてるのか?」

「……な、なにゅっ!?」


 脈絡も無く、まさしく唐突に内心を暴かれた私に冷静な受け答えなど出来るはずも無く。

 頓狂な声を上げた私をツィン『サルマー』はくっくっと笑う。


「ふ、はは、(さき)はあれほど冷たい表情で(わたし)()め付けてくせに、流石に分かりやすすぎよ、【女神】様。そうさな……ああ、ならば望み通り、一つ面白い話を教えてやろう」

「面白いお話、ですか?」

「応とも。私はかつて、あの童との初対面の折、抱かせろと迫られたことがあるよ。…………くく。く、ふふふ! いや、いや。からかってすまんの。ほんの冗談よ、そのような顔はせんでよい」


 いきなりレウ様の女性遍歴を突きつけられ、思わず動揺もあらわに顔を強ばらせた私を見て、ツィン『サルマー』は無邪気に笑いながらそう付け足した。


「……作り話にしてはたちが悪いです」

「いいや? 話自体は真実だとも。が、まあ、実際に抱かれた訳じゃない。その場は適当にいなして断ったし、その後はそれをネタにからかったり悪戯を仕掛けていたらいつの間にやら蛇蝎のごとく嫌われていたよ。ゆえ、【女神】様が心配するほど色気のある話にはなっていないから安心するがよい」

「そう、ですか」

「そも、あの時の童は(わたし)が【英雄】だとも知らなかったらしい。暇に飽かせて、目についた後宮の侍女を手込めにでもしてやろうと思うたのだろうよ」

「それは……普通に最低ですね」

「ふふふ、違いない! なんだ、【女神】様、忠誠だなんだと言っておきながら、自らの主に随分言いおるではないか」

「主に誤りがあればそれを正すことこそ真の忠義忠誠というものではありませんか?」

「ふうむ、確かに惚れた男が他の女に懸想しているとなれば良い気はしないのが人情というものかのう」

「そんなつもりは……」

「ない? 本当に?」


 ない……と言いきることはできない。もちろん、レウ様への諫言や忠言は私情を排した上で口にしているつもりではあるが、レウ様の女性癖にはある種の嫉妬心のようなものを私が抱いているのも事実ではある。そこが混同されていない、とは当の本人たる私といえど、いや、本人だからこそ断言できない。

 言い淀む私を見て、ツィン『サルマー』は再び邪気なく笑う。


「なに、別段恥じるようなことでもなかろうよ。色恋とはそういうものゆえの」

「……レウ様は王になられるお方で、私はあの方の【神】です。それでは駄目でしょう」

「【女神】様は【神】のくせにずいぶん謙虚なのだな。何が駄目なものか。貴女の母君もアルウェルトの小僧をこの国の王から奪い取ったのだぞ」

「え?」

「話していて気づいたよ。【光輝の女神】ルミスヘレナ=アルウェルト様。貴女はかの【女神】の娘御かなにかであろう?」

「あ、はい、いかにもルミスヘレナは私の母ですが……。母さまをご存じなんですか?」

「いいや、かの【女神】とはほとんど面識はない。何度か顔を見たことがある程度よ。が、貴女の父のことならよう知っておる」

「父さまを!? どうして……」

「【神】を除けば、今の王が生まれる前から王宮に居る私は最古参ゆえ。王宮に居たことのある人間はおおよそ知っておるよ」

「父さまが、王宮に?」

「なんだ、聞いていないのか? 貴女の父は元々四番近衛隊の隊員だ。ある意味でアークリフ王の最側近の一人と言ってもいい」


 それはまったく初耳だった。

 考えてみれば、私は父さまの昔のことをほとんど知らない。父さまが【英雄】であったということの他には、幼いころのおぼろげな記憶くらいがせいぜいのものだ。仮にも実の父親のことなのに。


「父さまは私が三つの時に亡くなってしまって……私には父さまの記憶も少ししかありません」

「話を聞いたりはしないのか?」

「父さまは恥ずかしがってあまり教えてくれませんから」

「?」

「教えてくださいませんか。父さまのこと」

「うむ、よかろうとも。(わたし)が始めてアルウェルトの小僧っ子と会ったのは……」


 そんなツィン『サルマー』の語り出しを遮るかのように、私の胸元から燃え上がるような灼熱を感じた。白蛇を象ったその熱さは、一瞬のうちに私の襟元から抜け出すと、瞬く間に巨大な【魔】の写し身へと膨張する。

 その大蛇──私の魔力を吸い上げて顕現した『シルウェルの顎(とうさま)』は、威嚇するようにツィン『サルマー』に向かって牙を剥いた。


「わ、わ、なんだ、これっ!?」

「父さまっ!」


 慌てて父さまに制止の呼び声をかける。

 シューシューと息巻く父さまは、どうやら(わたし)の前で自分の昔の話をされるのが照れくさいらしい。


「アルウェルト……!? ……【英雄】の『遺物』か! 【毒蛇の英雄】アルウェルト『シルウェル』の『遺物』!」


 ツィン『サルマー』に父さまの言葉は通じていないはずだが、その所作から知性のようなものを見てとったのか、彼女は驚きに大きく目を見開いた。


「は、はは、は……! なんだ……なんだ、小僧っ子が。生きておったのか……!」


 溢れ出る感情を押し隠すように目を伏せたツィン『サルマー』は、わずか漏れ出すように小さく笑って、すぐにぱっと顔をあげた。

 その時の彼女の雰囲気はすでに老獪な【英雄】のそれではなく、愛らしい平凡な少女の皮を被ったものだった。


「それじゃ、【女神】様! 約束通り、私はもう姫殿下のところに戻ることにするよ! アルウェルトの話が聞きたいなら、後でこっそり私のところに来てね!」


 させるものかと追い払うように父さまがもう一度威嚇の吐息を吐く。

 それを見てけらけらと笑った【長久の英雄】は、「きゃー、こわーい!」などとおどけながらこの物置部屋から出ていった。

 私が彼女にとっての何かの助けになれたかはわからないが……ともかくミリル様からの頼まれごともこれで解決だろう。


「とりあえず、私も仕事に戻ります。父さま」


 理由あってのこととはいえ、仕事に遅刻するのは褒められたことじゃない。

 大蛇の姿の父さまをいつものペンダントに戻し、私は足早に洗濯場へと向かうのだった。

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