101 配下と勧誘と
投稿をすっかり忘れておりました。
「あ。伝書届いてる」
「来たかッ!」
「……いや、違う。レウルからじゃない。クントラ中佐だ」
セリファルス王子と図らずも邂逅するに至ったあの日から一週間ほどが経った。
その間、レウルからの連絡は一切途絶え、かといってこちらから下手に連絡を試みるべきでないことも明らかで、ただ気を揉みながら待ちぼうけていた俺たちのもとに届いた久方ぶりの連絡は、しかし彼からのものではなかった。
マサキが落胆したような吐息をこぼす。
「なんだ……」
「やっぱり、この間のセリファルス王子はかなり不味かったんじゃないのか」
「……けど、リューネ『ヨミ』は現れた」
「本当にバレたら不味い状況だったならレウルがリューネ『ヨミ』を派遣したりしなかったはずだ、って? いやぁでも、あいつその辺迂闊っていうか、情に流されるところあるからな。俺たちのためにリスクを侵してもやった、って可能性は多分にある」
「ったく、アークのやつ、俺たちの大将だって自覚あんのか? あいつが死んだら全部おしまいじゃんか」
「つっても、部下を切り捨ててまるで平気ってのもやだろ。それと比べりゃレウルで良かったさ」
「てか、レウルからじゃないにしても、クントラ中佐からの連絡だろ? まずは中身を見た方がいいんじゃないか?」
「そりゃごもっとも」
ダヴィドの指摘を受け、雑談を切り上げ、携えたままでいた封筒を開いて目を通す。中には様式を崩した二枚の命令書。すなわち、中佐からの大まかな用件は二つ。
第一には……、
「げ」
「どうした?」
「出征の命令だ。今度は最前線だと。数日以内に兵を率いて王都に集まれってさ」
手紙の一枚をひらひらと振って仲間に示す。
ハーレルが手紙を自らの手に取り一読して、
「ふむ、ふむ。俺たちだけじゃなく……平民閥全体での作戦行動か。ヤリアの時に迫る、いや、ともすればあれを越えるほどの大規模作戦だな。目的地はクリルファシートとの国境を越えた最前線…………んん? 貴族閥との入れ換えだと? 軍の一部を国内に呼び戻す? どうしてだ?」
「……リューネ『ヨミ』が現れたから、は?」
「あー……」
フリッツがぼそりと呟いたその予想は、ありえない話ではなかった。あのときのセリファルス王子の口ぶりからしても、かの【魔】はかなり著名であるらしかったし、それに、名に恥じぬ実力も備えてもいた。すなわち、二柱の【神】を同時に相手取ってなお容易く姿をくらませることができるほどに。
【剣の魔】ギルガースと相対した俺たちは【魔】の恐ろしさを身をもって知っている。高位の【魔】相手ともなれば、その対処に軍を用いなければならないというのもまったく誇張でもなんでもない話として理解できる。
リューネ『ヨミ』の存在を目の当たりにしたセリファルス王子が軍を呼び戻すことを決め、その補填として俺たちに白羽の矢が立った、というわけだ。
「いやぁ、何て言うんだ、因果応報? 良くも悪くも自分達のところに巡り巡って帰ってくるもんだなぁ」
「……本当に?」
ダヴィドの呆れとも感慨ともつかない感想に、しかしマサキが思わずと言った風情で声をあげた。
「マサキ?」
「…………ん、いや、なんでもない。考えすぎだ。いくらなんでも、そこまで相手の手のひらの上ってわけはないよな。あーあ、檀に連絡しなきゃなぁ。また色々言われんだろうなぁ」
「いいじゃねぇか、心配してくれてんだろ? ウチの家族なんか跡取りじゃないからって完全に放任だぞ」
「……それより、もう一枚の方の用件は?」
「ん? ああ、こっちは昇進通知だ。【剣の魔】ギルガースを殺した功績でな。俺たち全員昇進だとさ」
「全員! よしよしよし!」
そう快哉を叫んだのは、以外にも一人昇進の可能性がもっとも高かったマサキだった。
……が、これをしてこの男が仲間の幸運を喜べる心根の優しいやつなのだなどと評価するのは早計である。
「全員出世がそんなに嬉しかったか?」
「そりゃもちろん! いや、心配してたんだよ、もしかして出世は俺一人になるんじゃないか、って。確かにギルガースにトドメを差して【英雄】になったのは俺だけど、あれは全員の手柄だ。あそこでああ動いたのが誰でもおかしくなかった。俺が偶然近くにいたってだけで俺ばっか評価されるのはおかしいだろ!」
「なるほどなるほど。で、本音は?」
「もし俺だけ昇進になったらバークラフトと階級が並ぶことになって指揮だのなんだの面倒なことを任されることになるかもしれないからな!」
そんなこったろうと思った。
薄情な仲間に、しかし俺は笑顔で一つの朗報を告げる。
「喜べよ、マサキ。俺たち四人は一階級の昇進だが……お前だけは二階級特進だ! 良かったなぁ、マサキ! 俺と階級が並んだぞ!」
「はぁぁぁあああっ!? な、なんで!? なんでっ!」
「そりゃ仮にも【英雄】だからな。他と同じ待遇ってわけにはいかんだろうさ」
「特進に値する手柄だとは思うぞ、実際」
「……おめでとう、マサキ」
「ははは、よろしく頼むぜ、マサキ大尉」
「くそぅ、こんなはずでは……」
俺たちのからかいにも唸るばかりのマサキ。
まあこれで少しは俺の仕事も楽になるだろう。
◆◇◆◇◆
ならなかった。
「は? え、もう一回お願いします、アルフ大尉」
「ですから、第二大隊の指揮官は貴方です、バークラフト大尉」
クントラ中佐からの召集命令を受け取ってから数日。その命令にしたがって、ラーネ=ハウリー伯爵の砦に詰めていた国軍の兵士を総動員し、王都までやって来た俺たち(というか代表として俺一人)は早速待ち構えていたアルフ大尉と面会して詳しい作戦の内容を聞こうとしていたのだが、そこで大尉から真っ先に言われた言葉がそれだった。
「いやいやいや! そこはマサキじゃないんですか!? 【英雄】ですよ!?」
「ヤリアの時も、名目上の指揮官こそ【英雄】のアーク中尉でしたが、実際に指揮を執っていたのはほぼ貴方だったじゃないですか」
「それは……いや、それはあいつがなんだかんだと理由つけて俺に押し付けるからで!」
「理由というのは?」
「そりゃ……自分は【英雄】だから前に出て動き回らなくちゃいけないから指揮はできない、とか」
「ですから、それが答えでしょう。マサキ大尉もそうなるかもしれないでしょう?」
「う……確かに……」
「ではそういうことで。とりあえず、中佐と少佐方に挨拶に行きましょうか」
「挨拶……俺だけでいいんですか?」
「マサキ大尉くらいは連れてきても構いませんが……まあ面倒なので後でいいでしょう」
それに、と大尉は小さく呟いて声を落とし、続ける。
「彼については中佐にも秘密にしなければなりませんからね。少なくともあらかじめ口裏を合わせるくらいのことはしておきたいところです。まあ我々二人だけならば即興でもそのくらいのことはできるでしょう」
『彼』、即ちレウルのことだとすぐにわかった。仮にも死んだことになってはいるあいつの話がそうそう問題になるとは思えなかったが、しかし楽観は危険だ。
静かに頷きを返した。
「では行きましょう」
アルフ大尉に促されるまま彼の後を追う。
「そういえば、中佐たちはどちらに? こうして兵舎から出てきたってことはここじゃないんですよね?」
「ええ、軍の本部にいらっしゃいますよ」
「あ、いえ、それはわかるんですけど……」
「ああ、軍本部の場所がどこか、ですか。まあそれなりに出世しなければ足を踏み入れることもないような場所ですから、知らないのも無理はありませんが……。とはいえ、知識としては持っていてほしいところです」
「あーすいません。それで、本部はどこに?」
「貴族区です。しかも、その奥も奥、王宮のすぐ手前ですよ」
「げぇ……。マジですかぁ……」
王都の中には、貴族の別邸が立ち並ぶ貴族区と呼ばれる地域が存在する。王都のド真ん中にある王宮を囲むように存在しているその地区は、三メートルほどの高さの壁と関所でもってそれ以外の区画とは区分され、法律上の根拠のごときものこそ無いものの実質的に貴族のみが立ち入ることのできる区画と化していた。
そんな貴族区の奥になど、もちろん俺は足を踏み入れたことすらない。
今の俺には軍の士官が軍本部を訪ねるという正当な目的があるのだから大丈夫だとは思うが、しかしそれでも不安はぬぐえない。
「はは、気持ちはわかりますが、そこまで固くなることはありません。何もないのに因縁つけられることはほとんどありませんから。陰口くらいは叩かれるかもしれませんが」
「フツーに嫌ですけどね、それも」
けらけらと笑いながら、アルフ大尉は気負うこともなく貴族区へと歩みを進めていく。
平民区との境目である関に至ると、そこの衛兵に階級章を示して事情を話せばあっさりと通してもらえた。その関の審査の緩さは意外ではあったが、冷静に考えてみれば、貴族区などと言ってもそこの別邸に雇われる使用人の多くは平民だ。もとより理由さえあれば、あっさり入れて当たり前なのかもしれない。
それでもやはり、流石というべきか、この貴族区は見るからに平民区とは違う部分も多い。立ち並ぶ家々の石材ひとつとっても平民区のそれとは輝きが違う。端的に言って、金がかかっている。それに、道々を歩く人影がほとんどない。そもそも区域内の人口密度が大きく違うのだろう。結局、路上では因縁も陰口もまるで遭遇することはなかった。……軍本部の建物に入ってからは打って変わって貴族の士官とすれ違うたびにヒソヒソ聞こえたのは流石に辟易したが。
案内された部屋は本部一階の端部屋、会議室七、と記された部屋。
その扉をアルフ大尉がトントントントンとノックして、
「クントラ中佐、アルフです。バークラフト大尉を連れてきました」
「ああ、入ってくれ」
「失礼します」
扉を開いて入室すると、そこには三人の男性。キュリオ少佐とエヴィル少佐、それにクントラ中佐が部屋の中央に設えられた卓を囲んで座っていた。
まったく知らない相手でもないが、それでも相手は上官だし平民閥のヒーローだ。緊張で思わず敬礼の腕が震える。
「わざわざすまないな。アルフ、バークラフト大尉」
「いえっ! ご無沙汰しております!」
「バークラフト大尉とはヤリア以来になるか。……ああ、楽にしてくれ。掛けてくれても構わない」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
クントラ中佐が指し示した椅子に、アルフ大尉はさっさと座った。俺も追随して彼のとなりの椅子を引く。
「バークラフト大尉。今日君を呼んだのは、君に少しばかり伝えておきたい話があったからでね」
「話、ですか」
「そうだ。今回の出征について、私の……そうだな、悪巧みを君にも共有しておきたくてな」
「はっ……!? 悪巧っ……!?」
「中佐。任官して半年も経っていない士官を脅かすない」
不穏な物言いをキュリオ少佐がたしなめる。
言われた中佐は表情を和らげ、
「おっと! いやすまない、大尉。別段、大した話じゃあないんだが。……この戦い。私は必ず勝たねばならない。一軍人としてももちろんのことではあるが……それよりむしろ、私の目的のために、な」
「中佐の、目的……?」
「そうだ。私は貴族から政治権力を奪い取る。今すぐそのすべてを、というわけにはいくまいが……少なくとも、貴族と平民で一定の分権が図られるべきだと私はそう考えている。なにも貴族と平民の別それ自体を破壊しようというんじゃない。が、度を越した不平等は是正されてしかるべきだ。そうだろう?」
「……それを私にお話しになって、中佐は何を?」
「中佐」
「うん、わかっているとも。今のは少し威圧的だったかもな。すまん、大尉。別に、君が私に賛同しなかったとしても、どうこうするつもりはない。もちろん、私の手をとってくれるならそれに勝る喜びはないがね」
……わずか思案する。
俺はレウルの配下だ。あいつのため、あいつが王になるのを助けなくちゃいけない。それが死んでいったやつらへの供養で俺の望みだ。
だから、俺は笑顔で中佐に言う。
「もちろんです、中佐。中佐の理想のため、私の力も中佐のためにお使い頂ければ幸いです」