空気は基本読まないらしい
騒いでいる下の者たちに、少し静かにしてもらうため注意しようと、女性はクッションの下を覗き込んだのだが、寝起きでボンヤリしていたため、誤ってクッションから滑り落ちてしまう。
かなりの高さから人が落ちて来たのを見たデイジーたちは、全員で叫びながら逃げ惑う。
「「「「ギャーーーーーーーー!!」」」」
全員が嫌な想像をしてしまった………地面に叩き付けられて潰れる、真っ赤な石榴の様な血肉が飛び散る光景を………。
しかし待てども暮らせども、地面に何かがぶち撒けられる音はしなかった。
デイジーはバクバクと音を立てている自身の胸に手を当てながら、恐る恐る背後を振り返った。
するとそこには本能的に恐怖を覚えるほどに美しい容姿をした漆黒の女性が、何事も無かったかの様に静かに佇んで居た。
デイジーは女性が余りにも美しすぎて、そしてすべてが漆黒に包まれた色に、身体がガタガタと震えてしまっていた。モリーとシュザーは逆にポーッと頬を赤らめながら女性から目を離せずに固まってしまって居た。
そんな中、父親のロドラーのみ冷静にこの突然目の前に現れた魔的な美貌を持つ女性を観察していた。
数分しか経っていない筈なのに、物凄い長い時間経過してしまった様に感じられるほど、その場の空気は凍り付いてしまっていたのだが、そんな空気を打ち砕いたのはその空気を凍らせてしまった張本人である女性であった。
微動だにしなかった女性が、ゆっくりと首を少しだけ傾けると小さい声でこう呟いた。
「お腹………減ったわね………………」
そしてそれと連動するように、女性のお腹もグゥ~~~~と鳴った。
デイジーは恐怖を覚えるような美貌を持つ女性の、情けない言葉と音に訳もなく笑いが込み上げて来る。
「ププッ……ウフフ……キャハハハハハ!」
そしてその笑いはモリーとシュザーにも伝播して行く。
「アハハッ………アハハハハ!!!」
「ちょっ……フハッ……フフフフフ……姉ちゃん、止めてよっ!!」
「あ、あんたたちこそ、や、止めっ……キャハハハハ!!」
「こらっ!お前たち!笑うのは止めなさいっ!」
ロドラーのみ冷静であり、子供たちに笑われて目の前に佇む女性の機嫌を損ねないかが心配であった。
女性は虚空からずるりとシチューとチーズパンを取り出すと、佇んだままムシャムシャと食べ始めてしまう。
デイジー、モリー、シュザーの3人は、外見とは裏腹なフリーダム過ぎる女性の行動に再度笑いこけた。
流石にロドラーも、この行動に肩透かしを喰らう。
しかしロドラーは女性が、どこから食べ物を取り出したのかが気になった。
噂には聞いた事があるマジックアイテムから、食べ物を出したのだろうか?
判断は出来ないまま、ふと目を横に向けると娘のデイジーと息子のモリーとシュザーは、イソイソと本日の昼ご飯であるサンドウィッチを取り出して、美味しそうにパクついて居た。
「こ、こらっ!お前たち!?ここで食べるんじゃないっ!!」
「えー?無理っ!お腹空いちゃったしー」
「だよな。だって……お腹減ってるし!」
「うん。それに……あの人の食べてる姿が美味しそうだし?」
怒鳴られても全然言うことを聞かない子供たちに、ロドラーは大きなため息を吐き出し、それ以上煩く言うのは止めにした。
「はあっ………。俺にもひと切れくれ」
「はいはい。父さんの好きなベーコンエッグだよ?」
「ああ………こんな状況ながら、働いた後の飯は美味いな………モグモグ」
「姉ちゃん、水袋取って!」
「あっ!僕にもー!!」
「あーはいはい。分かった分かった」
デイジーたちが食べ終わる頃には、女性の方はデザートに移行していたのであった。