アマリリス
アスカがミナミの部屋に戻る頃には、既にお昼を軽く越えていた。
タタラは喋り始めると止まらないタイプらしく、ルナとアスカはかなりの時間、足止めを食らう形になっていた。
ミナミの部屋は既にまとめられた荷物が幾つか置いてあるだけで、肝心の部屋主は不在であった。
「・・・父さんのとこ・・・とか言ってましたね、そういえば」
アスカは誰に言うわけでもなく、主のいない部屋でポツリと呟いた。
〜〜〜〜〜
「しばらく・・・ううん。結構長い間会いに来れなくなると思うの」
溶岩を彷彿させる剣を背負った少女は、バルカナの端にある集合墓地にて、ある一つの墓標の前に来ていた。
[ヒガシ・ギルバーナ]
そして
[アマリリス・ギルバーナ]
と書かれた墓標の前で、ミナミは軽く腰掛けた。
整然と立ち並んでいる墓石の数に対して、
そこに居るのはミナミを含めても数人ほどで、加えるなら、ミナミよりも若い人は居らず、ほとんどがおじいさんやおばあさんであった。
墓地の向こうには、煌々と山頂を赤く輝かせた火山が連なって見えているものの、
墓地の中は静かで、涼しいそよ風が吹いており、背景とのギャップにより不思議な雰囲気を醸し出していた。
「父さんにはお土産に結構お酒持ってきたよ!」
そう言ってミナミは、手提げ鞄の中から数本の瓶を取り出して墓石の前に置いた。
「母さんには・・・ちょっと正直何が良いか分からなかったから、父さんと一緒にお酒飲んでね」
ミナミは少し苦笑いしながら、瓶の横にコップを二つ置いた。
1つは、生前ヒガシがよく使っていたジョッキ。
もう1つは、ヒガシが大切そうに置いてあった少し小さなジョッキ。
誰が見ても二つで1組のジョッキなのだろうと分かるデザインであった。
ミナミ自身、小さい方のジョッキが母の物であると直接聞いたわけではなかったが、
ヒガシが使わないのに大事にしている事と、ヒガシ自身が使っているジョッキがとても良くそれに似ていたために、自然と思い出と呼べる思い出もない母の物なのだろうと勘付いていた。
「お詫びって言ったらアレだけど・・・これ、飾っとくね」
墓石の前に置かれた花瓶に、ミナミは赤い花を飾りながら言った。
「母さんと同じ名前の花だって。
花屋さんが言うには花言葉があって、確かこれは
「おしゃべり」なんだって。
母さんっておしゃべりだったのかな」
「ふふふ」と少し笑ってミナミはその飾られた赤い花を見つめた。
「他にもあってね、それは「輝くばかりの美しさ」。
ぶっちゃけ母さんとの思い出って無いんだ。
覚えてるのは父さんが大事に持ってた写真と、
父さんがよく話してくれた母さんの話だけ。
その時よく父さんが話してくれた
「母さんはとても美しい人だった。ただそこに居るだけで輝いているようだった」
って言葉を思い出したの」
ミナミの頬には静かに涙が流れていた。
「アマリリスって良い名前だよね、母さん」
ミナミはハッとして涙を拭って、雰囲気を変えるように言った。
「でも母さんはこんな綺麗な名前なのに、アタシは「ミナミ」なんてさ!もっとかっわいい名前にしてくれたら良かったのに!」
「充分かわいいぞぉ〜!ミナミちゃん!」
「ぅえ?!」
ミナミが慌てて声の方を向くと、そこにはいつもと違い、頭に手ぬぐいを巻いていないアーニャが立っていた。
「あっはは!」と笑いながら、アーニャはミナミの横に腰を下ろした。
「オマエさんのとこの娘は大きくなったな。
アーちゃんも、これ見たらビックリしていつもみたいに泣くんだろうよ」
アーニャは墓標に手を当てながら言った。
アーちゃんとは、アーニャのアマリリスの呼び方である。
「聞いたか?
白髪の強いヤツとパーティー組んで、旅に出ちゃうんだってさぁ!
娘さんも隅に置けないねぇ!」
「あ、アーニャさん!それまだ言ってない!!!」
「え?!あ、そうなの?!
ゴメンゴメン!じゃ改めてミナミ様々の口からどうぞ!」
アーニャは少しバツが悪そうに笑いながら言った。
「もう!
・・・はぁ。
ま、そーゆーことよ!アタシ、ギルダーとしてアスカってヤツとパーティー組んで、旅に出るの!
だから次はいつここに来れるか分からないから・・・でもまた来るからちゃんと待っててね!」
そう言うとミナミは勢いよく立ち上がった。
「行くのかい?」
「うん!・・・行ってきます!!」
アーニャの問いに元気にミナミは答えた。
「おう!行ってら!」
アーニャもそれに明るく答え、
手を振りながら墓地を後にするミナミを見送った。
「・・・あの子が旅に出るってんなら、ウチもバルカナに留まる意味がなくなるからね。
また、サーカスについて回って店を開くんだよ。
ま、あの子と一緒に行動するってわけでもないから、もぅ面倒は見てやれないよ。
んじゃ、ウチも帰りますかね。
店の準備とかいろいろ忙しいんでね!」
ミナミが去ってしばらくボーッと物思いにふけっていたアーニャは、そう言って立ち上がり墓石を背にした。
その時
「ありがとよ、アーニャ。何かあったらミナミのやつをよろしくな」
「あたしからもおねがいしますね、ニャーちゃん」
そんな声が背後から聞こえ、アーニャは足を止めた。
「・・・ニャーちゃんって呼び方やめろって言ったろうが」
それだけ言って歩き出したアーニャの頬にも、一筋だけ涙が流れた。