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真意

 眼が覚めると、私の目前には白い天井が広がっていた。眩い光が反射して、目に痛みが走る。輪郭がぼやける。

 しかしそれも、何度か瞬きをすると次第に慣れていった。痛みがなくなり、ピントが合う。

 見覚えのある形に、カーテンレールが天井を走っている。辺りを見回すことをせずとも、そこが病院であるとわかった。

 そこへ、視界の脇の方から、達也がひょっこりと顔を出した。

 心配そうに眉を下げて、


「よかった。目が覚めたか? 大丈夫か?」


 と問いかけてくる。

 もう会う事もないと思っていた。その彼が、なぜここにいるのか。

 今もまだ、私は夢の中にいるのだろうか。

 それでも、とにかく今は、あの女から逃れられたことに、心底安堵していた。

 私が頷くと、彼はホッとした様子で胸を撫で下ろし、


「今、先生呼んでくる」


 そう言い残して、慌ててベッドに足をぶつけながら病室を出ていった。

 その姿がなんだかとても滑稽に見えて、思わず顔が綻ぶ。

 誰もいなくなった病室で、一人静かにこれまでのことを回想した。


 *


 早めに会社に行って、そこで、あの女に襲われて……。

 抵抗しようとしても、まるで霧のように掴めなくて、私はただなされるがまま。そのまま意識を失った。

 しかし、目が覚めると、夢の中で何度も見た、あの墓地に私は立っていた。

 見覚えのある墓地だった。

 あれは、私が子供の頃に、何度も足を運んだことのある場所だ。

 私の故郷――静岡の山にある墓地である。そこに、私の先祖代々の墓があるのだ。


 そして、倒れた一基の墓の前に、腰を曲げて佇んだ老婆。

 あれは――、


 あれは、私の祖母だった。


 手招きする祖母に近づこうとしたが、私は再び意識を失って、そして、ここで目が覚めたのだ。

 夢の中で、祖母は私に何かを伝えようともしていた。

 

 一体何を……?


 考えられるとすれば、原因は一つだろう。

 あの光景を見て、私の頭の中には、祖母の伝えたかったであろうことが浮かんでいた。

 きっとそれを解決すれば、この怪奇現象にもケリをつけることができる。そんな風に思えた。


 *


 達也に連れてこられた医者に、私はひと通り診てもらった。

 はっきり調べてみないことには何とも言えないが、恐らく過労だろう。暫く入院して、安静にしていれば良くなるはずだ。

 医者はそう言っていた。

 だが、違う。勿論、睡眠不足やストレスも原因の一つになるだろうが、根本はもっと別の所にある。

 今、私はそう確信していた。

 医者が病室を後にすると、私は間髪入れずに達也を問い詰めた。


「今までどうしてたのよ。連絡しても全然返してくれないし……。私、もう会えないかと思ってた。やっぱり私のことなんかどうでもよくて、完全に捨てられたんだって」


「捨てるわけなんかないだろ。実は色々あって……その……」


 達也は勢いよく頭を下げた。


「ゴメン。俺が間違ってたよ。大事な人の言う事も信じてあげられないなんてさ」


「じゃあ、信じてくれるの?」


「……ああ、信じるよ。今朝会社に来たら、お前がオフィスで悲鳴上げて倒れて、病院に運び込まれたって聞いてさ。俺を騙したいがためにそんな事するわけないし」


 達也は私を見て、気恥ずかしそうに頬を掻いた。


「あの時さ、お前にあんな風に言われて、俺、ハッとしたんだ。今の関係のままでいいって思ってて、変化を恐れてる自分がいた。未だに親の顔色なんか窺ってさ。だけど、それじゃダメなんだよな。今、本当に大事にしなきゃいけないことが何なのか、気づいたんだよ。

 それで――」


 彼は居住まいを正す。


「お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」


「何?」


 いつにも増して真剣な眼差しの彼は、息を深く吸い込み、そして言葉とともに吐き出した。


「お前のこと、家族に報告したよ。それで正式に、付き合うことも了承してくれた」


 一言一言、噛み締めるように言う達也の表情を見て、それが苦し紛れの嘘やごまかしではないことを、私は瞬時に察した。


「本当!?」


「ああ、実は、喫茶店で別れた日に、親に頼んだんだよ。今の俺には大事な人がいて、その人と真面目に付き合っていきたいから、許嫁との婚約を取り止めてほしいって。最初はにべもなく断られたけど、しつこく頼み込んだんだ。そしたらわかってくれてさ。

 ただ、相手方にちゃんと謝りに行きなさいって言われてね。強引にそのまま、母さんの実家がある九州にまで連れていかれて――そこに許嫁の人が住んでいるんだけど――、急なことだったから、携帯持っていくの忘れてね。ずっと連絡したくてもできなかったんだよ。母さんが飛行機がダメでね。離島だから新幹線とフェリー乗り継いでいって、もう大変だったよ」


 肩を竦めて小さく笑いを零す達也。


「そう……。そうだったの……」


 最初から、彼は私を捨てようなどとは思っていなかったのだ。

 私は心の内で、彼を信じることができなかった自分を恥じた。


「だから退院したら、ちゃんと両親に挨拶して欲しいんだ。その……なんだ。一応、結婚を前提に付き合いするってことになるんだし」


 私は安堵と嬉しさと、これまで溜まっていた不安や辛さから、思わず涙を零してしまった。

 必死で止めようとしたが、余計にボロボロと勢いよく流れ出す始末。恥ずかしさに、達也から顔を背けて腕で目元を拭った。


「嬉しい。本当に嬉しい。……でも、ちょっとだけ待ってて欲しいの」


「え?」


 困惑する達也の顔をはっきりと見据えて、私はしっかりとした口調で言った。


「私、まだやらなきゃいけないことが残ってるから」

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