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第4話 別れ

 さて、三日目である。

 朝から出せるものを試し続けてもう昼だ。

 相変わらずケーキと酒しか出せなかった。酒を出しすぎて俺自身が酒臭い。容器が一升瓶しかないので地面にこぼすしかないから匂う匂う。

 動物や植物、無機物なども試してみたが、全く出る気配はない。俺の作ったケーキと酒に関してあまりにあっさりと出るため、可能ならばポロっと出てくるはずだが、全然ダメだ。

 試してみるものが思い浮かばなくなり、今後のことを考えていた。

 水と食料と安全を確保できた。

 これは俺にとって想定外だった。しばらくは草食動物の気分を味わう覚悟をしていたのだが生きていくために必要な水と食料がいきなりそろうとは思わなかった。

 だがこのままここで暮らしていくのか、といえばそうはいかないのが現状だな。

 食べるものがケーキしかないから。などという理由ではない。正直ケーキしか食べれないのはつらい。もともと甘いものは、少量で満足するほうなのだ。

 まあ、それは置いておく。

 問題は安全にある。

 俺の身の安全は精霊たちの謎結界によって確保されているようなものだ。だというのに俺はというと、その精霊たちに警戒され続けている。敵とみなされているわけではないだろうが、俺の近くに来るのは四匹の精霊だけ。ほかの精霊からしてみれば、俺に出て行ってほしいのだろう。

 決定的だったのは昨日のケーキを誰も食べに来ていなかったことだ。

 四匹の精霊がいまだにおいしそうに食べていることから「飽きた」という理由ではないだろう。明らかに俺のことを警戒しているのだ。

 俺の身の安全のために、精霊たちの安全を脅かすのはいただけない。

 正直に言えば、俺もここを離れるのにはためらいがある。

 水と安全がただで買えるのだ。ここから離れれば何があるかわからない以上、非常に魅力的な条件だ。

 ただし、それは短期的に見た場合だ。長期的に見れば食事がケーキしかないということと住居がないということは非常にまずい。そんな状況ではいずれ風邪をひいたり、栄養不足による体調不良となる時が間違いなく来る。

 そうなったときにここを離れようと思っても遅いのだ。

 無論、ここから出たらあっさりと獣に喰われました。なんていう可能性も十二分にあるが、

 ここに居続けたとしても遠くない未来、体を壊して死ぬことは間違いないという点では喰われる未来とあまり変わりがない。

 ここで精霊たちに迷惑をかけ続けるくらいなら、出ていくほうが俺にとっても気が楽だ。 

 ただ一つ未練があった。

 俺に懐いてくれた小さな精霊たち。こいつらがいたことで俺はだいぶ救われている。

 俺が外に行くのにこいつらはついてこないだろう。結界前に行った時、明らかに俺から離れた。間違って外に出るなどということがないように気を付けたのだろう。

「残りは遊んでやるか」

 出発は明日。できるなら早朝に出るのがいいだろう。

一番近くにいた水色の精霊をなでると嬉しそうに身をよじり、ほかの精霊たちも寄ってくる。その姿にほおが緩む。

 えらそうなことを言っているが、むしろ自分がかまいたいだけかもしれない。


 精霊たちをなでたり、殴ってくる精霊にオーバーリアクションを返したりして、遊んでやる。言葉も通じないためできるコミュニケーションは少ないが、楽しんでもらうことができたようだ。

 ケーキもいまだに好評でおいしそうに食べてくれている。

 夕暮れ、言葉が通じないことが分かっているものの、いうべきことを言っておくことにする。

「俺は明日出ていくよ」

 やはり精霊たちはその言葉の意味は分からず、首をかしげるだけだった。

 それで問題はなかった。


   ☆


 翌朝、俺は川沿いの結界の前にいた。相変わらず今にも割れそうな結界だ。ただ、俺が通っても割れることはないだろう。川から結界の外に水が流れている以上、出れないわけではないはずだ。

「さて、ここでお別れだ」

 結界前に来た時にすでに精霊たちは俺のそばを離れている。やはり外に出ることに忌避感があるようだ。

 俺はできるだけゆっくり手を伸ばし、一匹一匹に握手をしていく。

水色の精霊。

「お前が最初に俺に近づいてきてくれたな。お前がいなかったらどうなっていたか……。ありがとな。」

 茶色の精霊。

「俺のケーキをうまそうに食ってくれたな。うれしかったぞ」

 緑色。薄いほうの精霊。

「お前は、喧嘩売りすぎだ。遊んでるつもりかもしれないけど、これからは相手を選べよ」

 緑色。濃いほうの精霊。

「お前は寝すぎだ。あと葉っぱありがとな。なんの役に立つかわからないけどな」

 体格差がありすぎて、まともな握手とは言えなかったが、別れの挨拶としては十分だ。

 そこでようやく精霊たちは俺がここを出ていくと決めたことに気づいたようだ。俺の髪や服を引っ張って内側に引き込もうとしている。

 その手をできるだけ優しくほどいていく。すべての手をほどき終える。

「それじゃあな。また会えることを願ってるよ」

 最後に手を振って別れを告げる。

 結界に向かって歩き出す。結界を抜ける直前、背中に衝撃が四つぶつかった。振り返ると精霊たちはいなくなっていた。

 ……愛想を尽かされたのか。

 少し悲しくなったが、俺は一人結界を抜けた。

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