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第3話 ケーキと酒

 さて、目覚めると日が顔を出しており、朝が来ていた。

 と、いうことで本日の方針を二つ打ち出す。

 まあ、一つは探索。

 周囲のことを確認して現状を把握する必要がある。できることなら食料と拠点の確保をしたいところだ。

 そしてもう一つ。この精霊たちと仲良くなること。

 すでに昨日横になる前から好感度が上がっているような気もするのだけどな。

 寝ようとする俺に「かまえよ」と言わんばかりに鼻にパンチとキックをくらわしたりする奴が出たのだ。髪の毛を引っ張っていた緑色のやつだ。

 いや、もしかしたら度胸試しや格付けのようなものだったのかもしれない。そんな精霊を指であしらい、ぐりぐりと頭をなでるとおとなしくなった。ほかの精霊もやってほしいのか手元に来たのでかまってやると嬉しそうだった。ちなみに、パーカーのポケットで寝ていたやつは起きなかった。

 俺にかまってきた精霊たちを改めて確認する。まず水色の精霊。こいつは最初に俺に近づいてきたやつだ。興味心旺盛なのか、俺だけではなく、一緒に来た机やろうそく、ライター、一升瓶などにも興味を持っている。

 続いて、茶色の精霊。こいつはケーキのスポンジを好んで食べていた奴だ。

 そして、薄い緑のおてんば。髪は引っ張るわ。顔をたたくわ。リアクションの大きいやつだ。頭の上がお気に入りらしい。

 最後にパーカーのポケットで寝ている濃い目の緑色。ああ、まだ寝ている。正直こいつ全く性格がわからない。寝ているところ以外みたことないのだからわかりようがないのだが。

 この四匹だけが俺に近づいてきている。あとの精霊たちは姿を隠してしまっていて、一匹も姿が見えない。

 こいつらと仲良くなっておくことで何かいいことがあるかもしれない。

 もしかしたら人のいる場所に案内してもらえるかもしれないという打算的な部分も結構あったりする。

「とりあえず、まずは探索か」

 立ち上がると精霊たちはそれぞれお気に入りの定位置に着いた。頭と両肩、そしてパーカーのポケット。最後のやつは最初からそこで寝ている。いい加減に起きろといいたい。ちなみに両肩にいるやつらは右が茶色。左が水色の精霊だ。

 頭の上の操縦桿に従って歩き始める。どうやら行先は湖から離れる方向のようだ。操縦に従いながら少し歩くと目的地と思われるものが見えた。緑豊かな小さな山だった。

 いや、近づくことでそれが山ではないことに気づいた。視線の先にあったのはどっしりと大地に根を張る大樹。上ではなく横に広がる木のようで、遠目からは山に広がる森にしか見えなかったが、近づくことで太い幹が一本あるだけなのが分かった。

 近づくほどその壮大さに呑まれそうになる。

 いや、完全に呑まれていたといっていい。

 俺の足は幹のもとへとたどり着く前に動かなくなった。

 パーカーのポケットがもぞもぞ動き、精霊が這い出してきた。ようやく起きたそいつは空を昇り、枝のあたりまで飛んで行ったと思うと、降りてきた。

 その小さな体で数枚の葉を抱きかかえていた。それを俺の前に突き出してくる。

「くれるのか?」

 手だすとその葉を乗せてくれた。

「おお、これはまたなんというか」

 見たところ、何の変哲もないただの葉っぱだった。見た目は、だ。いや、視覚だけでなく、触覚、嗅覚においても何の変哲もないものだ。

 だが、それとはまったく違った感覚、第六感というべきものが平凡なものだということを否定する。

 手に持っているだけでそれを拝みたくなるような何かを葉っぱが持っているのだ。俺は大樹の大きさに呑まれたのではなく、大樹のオーラのようなものに呑まれていたのだと確信する。

「ありがとな」

 受け取ったそれをどうするか扱いに困ったが、とりあえずパーカーのポケットに入れておくことにする。くれた精霊の居場所に入れておくのもなんだが、文句はなさそうで、むしろ機嫌よいようにも見えた。


   ☆


 俺はその後、大樹を離れ、周囲を探索した。ぐるりと大きく一周。おそらくきれいな円を描いていたことだろう。意図的にそのように回ったわけはない。

 大樹を見た後周囲の探索に出て、まっすぐ歩いて行きついたのが壁だった。その壁はこの場所をぐるりと囲っていたのだ。精霊、大樹に続いてその壁には驚かされた。

 その材質はシャボン玉のような薄い膜のようなものだったからだ。その膜を前にして 精霊たちはその先にはいかないと明確に意思表示をした。

 頭の精霊が止まれと命令し、両肩の精霊は定位置から降りた。その上、ポケットで寝ていた精霊すら這い出てきて、俺から離れたのだからよほどのことなのだろう。なので俺はその壁の向こうに行こうとはせずに壁に沿って歩き出した。すると精霊たちは元の定位置に戻ってきた。そしてポケットの奴はまた寝た。いや、まじで寝すぎだよ、お前。

 で、その壁に沿って歩いた結果。壁は弧を描いており、おそらくあの大樹を中心とした円を描いていると結論付けた。きれいな円を描いているなどという予想は実際に歩いてみた結果とシャボン玉のような膜の印象からだが、あながち間違っているとも思わない。

 そして、そのシャボン玉はおそらく結界か何かのようなものだろう。その中にでは精霊以外見かけなかった。非常に見通しの良い草原には動物の姿はなかった。大樹のそばにも生き物はいなかった。ここは精霊の住処となっているのだろう。だからこそ俺についている精霊たちはそこから外に出ようとはしなかったのだろう。

「それにしても、疲れたし、腹も減った」

 頻繁に休憩を挟みつつも一日歩き続けたため、かなり疲れがたまっている。とはいえ、疲れるのは覚悟のうえである。何しろ靴がないのだ。普段の歩行より疲れがたまるのは必然だった。

 俺が最初に来た場所に戻ると、ケーキはすでに完食されていた。俺がいない間にほかの精霊たちが食べたのであろう。

 これで俺は食べるものがなくなった。

 雨風を防げる場所も確保したかったのだが、それはあきらめた。むしろ、シャボン玉結界があることで安全の確保が出来ているのではないかという点ではむしろプラスだと言える。洞窟があれば雨風はしのげても獣が来ないとは限らないことを考えればこちらのほうがありがたい。もっともこれは推測に基づくものなので確実とは言えないのはしょうがない。

 だが、食料がないというのはやはりどうしようもなく厳しい事態だ。草花を無理に食べるという手もあるが、それは避けたい。毒がある可能性があるからだ。キノコの毒性は非常によく知られているが、植物には毒性を持ったものも少なくない。球根系の植物にも毒があったりするし、リンゴですら種に毒性があるのだ。せめて一食分でもケーキが残っていれば……。そんな無意味なことを考えてしまう。

「ケーキがあればな。なあ、お前らもそう思うだろ?」

 返事は当然のように帰ってこないが、声掛けにまったくのノーリアクションは珍しい。

「どうした?」

 精霊たちのいるほうに視線を向ける。

「なんでだ?」

 疑問に答えはない。

「なんで、俺のケーキがあるんだよ」

 机の上からなくなっていたケーキがそこにあった。それもほぼ作ったばかりの状態で。

 ほぼ、というのは、現在進行形で精霊たちに喰われているからだ。食ってるのは俺についてきた四匹だけで、ほかの奴らは警戒しているのかやはり近づいてこない。

「ケーキが残ってたなんて訳ないよな。昨日間違いなく喰われていた部分も復活してるし」

 手に取ってケーキを食べてみると、昨日の物と同じ味だった。そもそも味を確かめるまでもなく、昨日のケーキと全く見た目が変わらない時点で、同じものだと確信していたのだが。

 では、全く同じケーキが再び目の前に現れた。それはどんな可能性があるだろうか。

 仮説一。魔法のような何かで時間を巻き戻したという説。全く同じものがある以上それなりに可能性がありそうだが、腹の中のケーキを巻き戻したとは考えにくいか。時間を巻き戻したという不思議現象自体本来は考えられないことなのは横に置いておくことにする。

 とりあえず、試してみる。ケーキを指でひっかけ欠けさせる。そしてもとの形に戻れ。と念じてみるが変化は全く見られなかった。

 仮説二。ほしいと願ったから、目の前に現れた。という説はどうだろうか? ちょうどケーキがあればと願ったときに合わせたかのように、現れたのだから、こちらのほうが可能性は高いような気がする。

 ということで、実験その二。ケーキがほしいと願ってみる。さて、その結果は?

「これはひどい」

 俺の想像はすさまじい結果を引き起こした。

 いや、結果は成功だった。見事にケーキがその場に現れた。

 ただ俺の想像した場所が悪かった。うかつにもすでにあるケーキの上に俺はケーキが出るように願ってしまったのだ。その結果、ケーキはスポンジ二段の物から四段の物になり、ケーキの上で食べていた精霊たちがスポンジに埋まった。生き埋めで首だけ生クリームから出ている。

 シュールである。

 唖然とした様子の精霊たちだったが、すぐにこれの原因が俺にあると分かったのだろう。

「甘んじて受け入れよう」

 精霊たちのパイ投げ攻撃が始まった。ちなみに生き埋めになったのは三匹。一匹は机に座って横からスポンジを食べていたので無事だった。一匹呑気にケーキを食べ続けていた。

 

  ☆


 顔をクリームだらけにしながらも、とりあえず。ケーキを出せることを再度確認してみる。やはりケーキは何もないところから出てきた。

「なんか、こういう異世界に行くと不思議な力に目覚めるとかあるけど、もしかしてこれが俺の力?」

 もしそうなら、すごい落ち込むわ。

 そうじゃないことを願って、別の物を出せるか確認してみる。

「水よ出てこい。……ダメか」

 この時点で非常に怪しい。本当にケーキしか出せないという可能性が大きくなった。普通に考えてケーキより水のほうが出しやすいだろう。それが無理となるとこの先が期待できない。

「米……。小麦……。主食になりそうなものもダメか。んじゃあ、食パン。アンパン。カレーパン。ダメか」

 原材料も加工済みもダメであった。

「んじゃあ、もう一度、ケーキ」

 出てきた。出せる量が限度を超えたということではないということか。ならば。

「チーズケーキ。チョコレートケーキ。ショートケーキ」

 確かめるべきは“ケーキを出す能力“なのかどうかだ。そう思ったのだが、これも空回り。最後のショートケーキに関しては俺の作ったショートケーキではなく、店売りのショートケーキを想像したのだが、それは失敗に終わった。

 いまだに俺の能力は、俺の作った誕生日ケーキを出す能力でしかない。

「じゃあ、食べ物にこだわらずに試してみるか」

 ケーキという食べ物を出せてしまったせいで、食べ物というくくりで考えてしまっていたが、違うくくりがあることに気づいたのだ。何しろ出したケーキにはろうそくが乗っているのだから食べ物しか出せないわけではないのは間違いない。

 ならば俺と一緒にこちらに来たものならどうか? と。

「まずは机。ダメか」

 大きいからダメだという可能性がある。次。

「ライター。ダメか」

 机の上にあるライターを増やそうとしてもダメであった。

「こりゃあ、もう期待できないな」

 あえて最後に残しているものをつぶやいた。

「酒」

 机の上に酒があふれた。スポンジを食っていた奴を濡らして怒らしてしまった。


 俺、風谷城樹は、ケーキと酒を出せる能力を持っているぜ。

 やったね。

 ……どうすんだよ。なんで水が出せないで酒が出せるんだよ。

出せるものの共通点がわからない。

 酒を出した後も、いろいろなもの試してみたものの、ケーキと酒以外出てこない。逆に言えばケーキと酒ならいくらでも出た。

 ちなみにその場その場で必要となるものなどを中心に願っている。食糧、衣類、靴、救急用品、寝具、家、壁、テント。順序などかなり適当に思いつくままに試してみた。が、ダメ。俺に出せるのはケーキと酒でしかない。

 ということで今日も野宿である。

 毛布くらいは出したかった。

 有り余るケーキは俺から距離を置いた場所に置いておき、ほかの精霊たちが食べれるようにしておく。俺がいると四匹以外出てこないため、できるだけ遠くに置いておくことにする。それでも疲れているのと、量があるのでせいぜい五十メートル程度であるのだが。

「じゃあ寝るか」

 俺の能力に疑問は尽きない。ケーキは出せる。ケーキに刺さっているろうそくも一緒に出せるし単体でもろうそくは出せる。酒も出せる。ただし、ビンは出せない。

 解せぬ。

 ルールがあるのかすらわからない。

 なんにしても出せるものが限られているので推測できることも限られる。

 今日は寝よう。とりあえず羊を数えてみる。羊は出てこなかった。生き物は試してなかったな。明日はそっちも試してみよう。


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