第2話 精霊とケーキ
「……なんだ。ここは?」
今さっきまで俺は部屋で酒を飲みながらグダグダとしょうもないことを考えていたはずだ。
それがどういったことか屋外に座っていた。当然俺は立ち上がってすらいない。だというのに座っているのは見知らぬ草花の上であり、太陽からさわやかな光が降り注いでいる。
これは夢だ、と言いたいのだが目の前に折り畳み机とその上に載ったケーキなどが現実に引き戻してくれる。
試しに目の前にある酒を飲んでみる。
うん。いつもの味だ。
「夢じゃないな。こりゃ」
もし夢であるならもっとうまい酒にしてくれよ、
頬をつねるより先に酒を飲んで夢か現実かを確認するあたり俺らしい。
さて、夢でないとして、ここはどこだと周りを改めて見回す。
「……やっぱり夢か」
明らかに現実離れした光景を目にして早々にそんなことをつぶやいてしまう。
まず足元から広がる草花、これは見たこともないものなのだが、百歩譲って知らないだけということにできる。
それよりも問題はこの場に住まう生き物のほうが問題だった。
「どう見ても精霊とか妖精とかだよな」
翼の生えた小さな人型。それがひらひらと宙を舞っているのだ。
昆虫なんかはかなり種類があるらしいので、知らない種類がこれの可能性がないとは言わないのだが、あまりにも空想上の精霊に似ている。ちなみに俺は精霊と妖精の違いを知らないので精霊で統一することにする。
まあ、そんなものが飛んでいるのをみて平然と現実と認められるものでもない。俺はファンタージーとか好きなので、もしその世界に行ったら、なんていう妄想はしたことがあるが、いざその時になって受け入れられるかといえば、そうとは限らない。
だいたい、今の俺は酒を飲みすぎている。酔っぱらって変な夢を見ている可能性はゼロではない。
とにかく冷静になるためにひとまず一眠りしてみよう。部屋で目が覚めないとは限らない。後ろに倒れこみ太陽を仰ぎ見る。こんな陽気のもと呑気に寝るなんて何年ぶりだろうか。
☆
目が覚めると酒が抜けさすがに現実を認めざるを得なくなった。
日はずいぶんと傾いてはいたものの明らかに屋外で、俺はド安定の大地のベッドに寝ていた。文字通り目と鼻の先に見知らぬ花が一輪咲いていた。
体を起こし、机の上を見ると精霊がケーキに群がっていた。大きさ色様々な精霊がうまそうにケーキを食っている。邪魔したら悪いのでしばらく観察してみることにする。
大きさは大きなものでせいぜい十センチ位だろうか。これが数匹。あまり多くないな。それに対して、小さな個体は爪先程度しかないが、数が圧倒的に多い。正直数える気にならないほどだ。
そのすべてが透き通るような淡い色をしており、幻想的な姿をしている。緑っぽいのが多く、青色、茶色なんかが混ざっている。
誰もがおいしそうにケーキを食べている。手を抜いて作ったわけではないが、雑に作ってしまっているのが申し訳ない。自分一人で食べるために作ったのでいい加減に作ったが、人に、いや精霊に食べてもらうのであったら、もう少し丁寧に作っていた。
しばらく観察していると喧嘩をしている個体がいることに気づいた。喧嘩の理由はイチゴだった。どうやらあまおうは精霊にも人気らしい。ほかの個体もその騒ぎに気づき、イチゴ争奪戦が始まった。
俺のケーキよりイチゴがいいか。そうか。あまおうは甘くてうまいもんな。そりゃそうだろう。……納得するけど悔しいな。いや、ちょっと待て、イチゴに目もくれずにスポンジを食っている茶色の精霊がいるぞ。
愛いやつめ。たんとお食べ。
しかし、こいつらどれだけ食い意地が張っているんだろうか。イチゴを全員で分けても余るだろ。
と、緑色の精霊が一匹完膚なきまでに負け、ケーキのリングから突き落とされた。負けたのは明らかに体格の差。一回り大きな個体相手にお前はよく頑張った。
ほかの誰も見てないが俺がほめたたえてやる。
そんな視線に気づいたのか、敗れた緑色の個体がこちらを見上げた。一瞬、そのまま固まった後、口を大きく開けて叫んだ。
いや、俺には何も聞こえなかったが確かに叫んだのだろう。ケーキに、いやイチゴに群がっていたすべての精霊が一瞬で散った。
明らかに、俺を恐怖の対象と見ての逃走だった。
「ショックだ。何もする気がないのに」
そんなことを言っても通じないだろう。大体簡単にほかの生物を簡単に信用するような生き物は自然界で生きていくのは大変なのだろうから、これが正しい反応だ。
それでもショックなことは変わらず、俺は仰向けに倒れこむ。今度は眠ってはいられない。これからのことを考えないわけにはいかないからだ。
何をすべきか考えてみるが、優先すべきことなど限られている。まずは水の確保。そして食料の確保。安全の確保といったところか。もう日が暮れてきているので近くの探索しかできないだろうが、少しくらいは周囲を確認すべきだろう。ほかに何かをすべきか、何を探すべきかを考えるが、思い浮かばない。水場を探すかと、起き上がろうとしたところで視界に何かが入った。
「精霊?」
その精霊はふよふよとこちらのほうに飛んできた。俺のことが気になるのかずいぶん近づいている。
俺はというと警戒させないために動きを止める。ただし、こちらが気づいているのだと視線はそらさない。精霊もこちらが気づいたことに気づいているようで顔に近づいてきた。
というかかなり近い。体が小さいからかパーソナルスペースが狭いのかもしれない。
「ほかの奴らが心配するぞ」
俺の声掛けを気にせずその精霊は俺の顔をためらいなく触ってくる。ひんやりとした手の冷たさが伝わってきた。
それを見ていた精霊が警戒を解いたのか、数匹がこちらに近づいてくる。主に小さいやつが積極的にこちらに来ようとしているのだが、大きな精霊がやめろと捕まえているので、結果こちらにくる精霊は中くらいの者たちだ。ちなみに最初に近づいてきたのもその大きさだ。
ゆっくりと体を起こすが、すでに警戒心を解いているのか、かまわず近づいてくる。
「あ、お前も来たのか茶色いの」
イチゴに浮気しなかった茶色いのも俺のそばに寄ってきていた。さらにほかに近づいてきたやつの中には、
「おいこら髪を引っ張るな」
髪の毛を引っ張るやんちゃな奴もいた。今現在俺の毛根は元気だから心配してないが、やめてほしい。
こいつは色とサイズからして先ほどイチゴ争奪戦で敗北した緑色の精霊のようだ。
完全に警戒を解いているようなので、立ち上がり、水場を探しに行くことにする。
どちらに行くべきかと周りを見回すと。
「湖があったよ」
俺のちょうど真後ろ。少し離れたところに小さな湖があった。探すまでもなかった。
「水質はともかく、水の心配をしなくて済んだか」
飲めそうかどうか、確認するためにも近づいてみる。水場にも何体か精霊が飛んでいる。こいつらが警戒するようなものはおそらくいないのであろう。
それでも慎重に湖に近づくと、遠目から見たよりも小さいものだった。湧水が多少たまってできた小さな湖といったとこだろうか、そのせいなのか透き通ったきれいな水だ。飲み水に適しているか判断できないものの、想定した中で最も良い水質だ。
道具などないので、火を通すことはできない。あきらめて手ですくって一口飲む。もし害のあるものだとしても大量に飲んでしまうよりはましだろう。
「それにしてもこいつらは、すでに警戒心の欠片もないな。よく生きてるな」
俺が行動するたびに頭の上にいる精霊は喜んで髪の毛を引っ張るわ。肩で首に手を当てて捕まっているわ。果ては、パーカーのポケットで寝るやつまで出ている。いや、ほんとになんで寝てるんだ? こいつは警戒心がなさすぎる。
まあ、懐かれるのはうれしいんだが。
「最優先の水の確保はできたからいいとして、ほかのことは完全に後回しだな」
そろそろやばいくらいに日が沈んできた。とりあえず木陰に荷物を持ち込んでそこで寝よう。雨風を防げるわけではないが、今のところは問題ない。
さて、寝よう。
……俺が寝てばっかりということなかれ。日が暮れたら寝るしかないのだ。ろうそくとライター。こんなものでは夜間の行動は不可能。そもそも火をつけて何かする必要もない。というか下手に火をつけたら草原が火事になる未来しか見えない。
ということで寝るしかない。
もっとも寝付く前にこれからのことを考えていくのだが。
さしあたっては、かまってほしそうに髪の毛を引っ張る子をどうにかする方法を考えるとするか。