第1話 始まり
俺は何が悪かったのだろうと自問する。
そして、自答する。俺の人生すべてであると。いや、すべては言い過ぎか。
俺こと風谷城樹は、ごくごく普通の二十九歳。独身男性であった。
彼女いない歴イコール年齢。顔は悪くないと思っている。身長体重もまあ、一般の平均より少々低い程度である。趣味は一応料理。
今は手によりをかけたケーキを仕上げている。しぼみ気味のスポンジに生クリームをたっぷり塗りたくる。奮発したイチゴ、あまおうをその上に並べる。その上にさらにスポンジを重ねクリームを塗りたくる。さらにイチゴを並べ、チューブに入ったチョコレートで文字を書く。HAPPY BIRTHDAYと。下手な字だった。
もうじき三十歳になる。というかすでに誕生日であるので三十歳というべきなのだが、生まれたはずの時間まで見苦しくも二十九歳といいはっているだけであった。
三十歳の誕生日を前にして、今後の人生を考え、先がないと感じたときに浮かべた問いが先ほどのものだった。
「たぶん無理だよなぁ……」
今後結婚、どころか彼女ができる未来が見えない。これまで彼女ができたことがないことも理由だが、職場結婚などができる環境もないし、お見合いおばさんのような人も身近にいない。婚活しようにもアニメ、漫画が好きな三十代のおっさんのアピールポイントが浮かばない。
そもそも男女問わず人付き合いが苦手なのだ。男友達すら数えるほどしかいないし、その男友達すら、あまり連絡を入れていない。
そんな人間が結婚しようと思うのが間違っている。せめて社交的になれればいいのだが、どうにも人との距離感の取り方がうまくなればいいのだが、これまでの生き方を変えるのは難しい。最も、生きていくだけなら何の問題もないのだ。仕事でのコミュニケーションは十分できている。公私の付き合い方の私のほうが決定的に下手なのだ。
それでも三十を超えたらおっさんなどという、自身を偏見の目で見たとき、独り身で人生を終える可能性をさみしいと思ってしまったのだ。
そして二十九歳である最後の時間、やけくそになってケーキなどを作ったのだ。
飾り付けが終わり、やけくそとばかりに日本酒を一升瓶からそのまま飲む。世界から高く評価されている酒だが、俺にとってはいつも飲んでいる呑みなれた酒だ。
出来上がったケーキを食事用の折り畳み机にもっていく。
ろうそくを忘れていたので、一升瓶とライターを一緒にテーブルに運ぶ。もうじき間違いなく三十歳になることが確定していることを憂鬱に思いさらに酒を口にする。
机の前に座り、ろうそくを無理やり二十九本立て、最後の一本にライターで火をつける。それを使いすべてのろうそくに火をつける。
手に持つろうそくをため息とともに突き刺した。
時計を見るとまだ少し時間があった。酒を飲みながら、時間が来るのを待つことにする。
これからどうするかしばし考えるが、やはり、明るい未来は見えなかった。
時間が来た。
俺はこれから先も変わることができないのだろう。あえて変わるとするのだとしたら、これで魔法使いになるということくらいか。
ぼんやりそんなことを考えながら、息を吹きかけた。一度では消えなかった。
三十になって肺活量も落ちたのか。これから落ちていくばかりだ。
ああ、俺が変われないなら世界が変わればいいのか。
もう一度しっかりと息を吹きかけすべてのろうそくを消した。
そうして俺は魔法使いになったのだった。