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第4話 あなたにも見えているの?

「どうやらそなたには、私の姿が見えているようだな」

 今まで横にいながらもずっと黙っていたハルがここでようやく口を開いた。

 まだ声変わりする前の少年のような甲高い声をしている割に、どこかすごみを感じさせる声音だった。

「そなた何者だ」

零れ落ちんばかりの大きな猫目で、ぎろりと黒川君を睨み付ける。敵意をこれでもかとばかりむき出しにしている。

しかし、一方の黒川君は彼の敵意など気付かないのか、ハルをもの珍しそうに見つめながら、「ほお」とため息をついた。

「まだ子供なのに、随分とはきはき話すんだね。やっぱりああ見えても妖怪だから、僕よりもずっと年上なんだろうな」

 なんて、呑気に分析している。

 座敷童、妖怪。

 非科学的な単語を平然と口にしながら、なおかつその非科学を実際に目の当たりにしても、物おじしないどころか、目をキラキラと輝かせている。

「ね、君、やっぱり座敷童なんでしょ。俺、座敷童、生で見るの初めてなんだよね」

「ちょっと待ってよ」

 しばらく時間がたって、ようやく思考が回りだした私が、待ったをかける。

「どうして、この子が座敷童だと思うの?」

「どうしてって……」

 うーん、と腕を組んで少し考えこむようにした後、考えを絞り出すようにしてしゃべりだした。

「だって子供の姿をした妖怪で一番初めに思いつくのは座敷童でしょ。子供の姿をした妖怪なら他にも、雨降り小僧や雪童子や貝児なんかが思い当たるけど、でもこの場所の環境やあの子の姿のことを考慮したら、座敷童だと考えるのが一番自然だと思ったんだよね……」

「……」

 まったく的外れな答えが返ってきた。私が聞きたかったのは、なぜ彼を妖怪だと思ったのかということだ。数いる妖怪の中から彼を座敷童だと判断した根拠を聞きたかったわけではない。

 にしても、黒川君はかなり妖怪について詳しいようである。貝児というマイナーな妖怪の名前が出てきたのには、驚きを隠せなかった。

「で、この子、やっぱり座敷童なの?」

 執拗な黒川君の問いかけに、私はもううなずかざるを得なかった。

「――ええ、そうよ」

 そう、ハルは人間ではない。ここ、〈藤ノ宮神社〉に住み着く座敷童なのである。

 日本の妖怪の中でも、かなり有名な存在だと位置づけられる座敷童。

 一般的に旧家の座敷に現れるとされる、子供の姿をした妖怪だ。座敷童が住み着いた家には幸福が訪れ、逆に離れてしまった家は火災などの災厄に見舞われるという、いわば繁栄の守護神のようなものである。

「黒川君も、見えるのね」

「あ、うん。生まれつきの体質なのかな。小さい時から、普通に見えてたんだ。昔はね、みんなのも普通に言えているものだと思って、『ほら、あそこに妖怪がいるよ』ってクラスの子に言ったりしてた。そのたびに、『妖怪なんているわけないじゃん』って、変な顔で見られていたっけ」

 小さいころのことを思い出しているのか、ふふふと笑う。

「如月さんも、妖怪の姿みえるんだってね。広春さんに聞いたよ」

 私は小さくうなずいた。

 そう、私も小さいころから妖怪の姿が見えた。私の場合、父広春も見える人だったので、遺伝的なものがあったのかもしれない。

私がぎこちなくもうなずいたのを見て、黒川君はふわりと笑った。

「如月さんも、僕と一緒なんだね」

 一緒。

 なんて耳あたりのいい単語なのだろう。聞くだけでちょっぴり幸せな気持ちになれる。

 その時、春風が吹いて黒川君の柔らかな髪を優しく揺らした。ワックスでオシャレにくしゃっとセットされた髪、ブレザーの裾から少しはみ出したワイシャツ、はやりもののオレンジのスニーカー。今時のかっこいい男の子だ。

 おまけに、明るくて、陸上部で。一躍クラスの人気者になった、彼。

 自分との接点なんてまるでないと思っていた。

 そんな彼が今、目の前で妖怪の姿が見えることを告白したのだ。

しかも、こんな廃神社にまでわざわざ足を延ばしてきてくれて。父親の遺品の鏡まで持ってきてくれて。

 なんだか急激に、彼との距離がぐっと縮まった気がする。

「じゃあ、あんまり長居しても悪いから、俺、帰るね」

 また明日学校で。そういって、軽く手を上げると、彼は回れ右をした。

 細長い後ろ姿が、夕日を受けてオレンジ色に光っている。

 だんだんと遠のいて、小さくなっていく。

彼の姿が完全に見えなくなるまで、ずっとその場で動かず、目で追っていた。

 ――また明日学校で、か。

「なんだ、にやにやしおって。気色悪いな」

 彼の後姿が完全に見えなくなるや否や、ハルが毒づいた。

 指摘されるまで気付かなかった。確かに頬が緩んでいる。私は慌てて頬を引き締めた。

「にやにやなんてしてないわよ」

 顔色を隠すように、つんとそっぽを向く。

 ハルは面白くなさそうにふんと鼻を鳴らした。

「あんなモヤシみたいな奴の、何がいいというのだ」

「別に、いいとは思ってないわよ」

 それに、モヤシみたいな男とも思っていない。確かに細長いシルエットはモヤシと言えなくはないかもしれないが、自分みたいなダサくて地味な人間が黒川ひいろについてとやかく思うことは、それ自体がいけないことのような気がする。

 ハルはまだなにかいい足らなさそうに私をちらちら見ていたが、少しして一人先に社務所に入って行った。

 社務所――神社の敷地内にある事務所のようなところだが、現在は、ただ私とハルの二人が寝泊りするだけの空間となっている。木造建築の小さな建物で、家というより襤褸小屋といったほうが近いだろう。

 しばらくたつと、社務所から包丁でまな板を叩く音が聞こえてきた。ハルが晩御飯を作ってくれているのだ。

 ハルは掃除に洗濯、料理と、家の用事をほとんどやってくれる。完璧に如月家の主婦である。物心つく前に母親を失った私にとって、ハルが母親代わりみたいなものだった。

 まだ幼いころの話だが、クラスの子に『飛鳥ちゃんってお母さんいないの?』と聞かれて、『私の家には、お母さんはいないけど、その代り座敷童がいるよ』と答えてしまったことがある。

 すると、クラスの子は『え?座敷童?!』とびっくり仰天した。

『そう、座敷童だよ。妖怪の』

 私はちょっぴり胸を張って答えた。このころは他の子には見えない妖怪の姿が自分にだけ見えるということを誇りに思っていたのだ。

『へえー、飛鳥ちゃん。妖怪、見えるんだ。すごいね』

 その子が恍惚の表情を見せる。

 しかし、数日後。

『みっちゃん。おはよう』

 その子にいつも通り話しかけても、返事が返ってこない。ずっとうつむいて黙っている。

『みっちゃん』

 顔を覗き込んでみると、その子はうざったそうにしかめっ面をした。そして、抑揚のまるでない声で小さく言った。

『……嘘つき』

『え?』

 状況が呑み込めず目を丸める私に、その子は畳みかけるように言う。

『飛鳥ちゃん、この間言ったよね。座敷童と一緒に暮らしてるって。でも、あっくん言ってたよ、妖怪なんて本当はいないんだって。みよちゃんも光ちゃんもみんな、いないって言ってるよ。ママに聞いたけど、ママもそんなのはお話の中に出てくるだけで、本当はいないんだよって言ってた』

『でも、妖怪はいるよ。だって、私は本当に座敷童と暮らしてるんだもん。ハルって名前でね。私と同じ年くらいなんだけど、本当はもっとずっと年上でね』

 必死で訴えるも、その子は聞く耳を持とうとしない。そればかりか、呆れたように肩を竦めている。

『ねえ、知ってる?あんまり嘘ばっかりついてると、閻魔さまに舌、抜かれちゃうんだよ』

 なんて――妖怪を信じていないくせに閻魔様のことは信じているのかとか、そんなつっこみを入れる余裕もなかった。あの時はまだ幼くて、その矛盾に気付けなかったし、単純に友達にそんなことを言われたショックが大きくて、しばらく放心したように動けなかった。それから私はずっと、嘘つき呼ばわりだった。聞けば、黒川君も「嘘つき」だと呼ばれたことがあったそうで、人に見えないものが見えるという主張はどうしても「嘘つき」という評価になりかねないのだなと、改めて痛感する。

 と、春風の中に一人で立っていると、なんだかセンチメンタルな気持ちになってしまう。すっかり感傷に浸ってしまっていた。

 おかげで、思い出したくもないずっと昔の出来事を思い出してしまったではないか。

 さっき黒川君は、「嘘つき呼ばわりされた」という辛い思い出話を語りながらも笑っていた。まるで幼いころのちょっとした失敗談を笑い話に変えて話しているかのように。

私も同じような過去を持っているけれど、私はとてもじゃないがあんなふうに笑ったりはできない。

 思い出しただけで、あの時受けた心の傷がよみがえった気がして、酷く胸のあたりが疼くのだ。

 思い出を吹き飛ばすかのように、頭をぶるりと振ると、景気づけにぽんと頬を叩いた。

 昔のことは、忘れて生きるって決めたじゃないの。

 それよりも、今のことを考えよう。

 手にした鏡に目を移すと、そうっと表面を優しくなでた。誇りをかぶった表面に、ぼんやりとだが自分の顔が映し出される。

 頭の中では、黒川君のことを考えていた。

 妖怪が見える。彼の衝撃的な告白を思い出すと、未だに胸がドキドキと高鳴る。

 初めてだった。父以外に妖怪が見えるだなんて言った人。

 まだ信じられなくて、さっきの告白も、それ以前に黒川君がこの神社に来たこと自体が、まさか夢じゃないかしらと疑ってしまう。だが、今、手のひらにある鏡が『大丈夫、さっきのはちゃんと現実だよ』と語ってくれている気がして、私は嬉しくなって鏡を胸に抱いた。

 お父さん、私、やっと仲間を見つけたのかもしれない。


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