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第1話 不思議な転校生

私のクラスに転校生がやってきたのは、五月中旬。五月晴れという言葉があるが、まさに空には雲一つない、そんな快晴の日のことであった。

 

 ひょろりと細長い影は、教壇の前に立つと、二つに折れ曲がるように深くお辞儀をした。

「はじめまして、黒川ひいろです」

筋の通った鼻、薄い唇。飛びぬけて美男子というほどでもないが、間違いなくかっこいい男子という分類には入るであろう。おまけに髪の毛をオシャレな風にクシャッとセットしているため、どこかチャラけた印象を抱いてしまう。が、彼は今時の若者にしては珍しく、直角にお辞儀をした。礼儀はきちんと弁えているらしい。「前の学校では何か部活はやっていたの?」と担任が尋ねると、彼は笑って答えた。

「はい。陸上部で長距離をやっていました」

 キラン。そんな効果音が聞こえるほど爽やかな笑顔だった。唇の間から真っ白い歯がこぼれる。長距離の選手、そう聞いて多数の生徒が「なるほど」と頷いた。手足はしなやかに伸び余計な贅肉など一つもついていない。顔はほどよく小麦色に焼け、いかにもスポーツ少年という感じだ。ランニングに短パンで額に汗を浮かばせながら走っている様も容易に想像できた。

「じゃあ、ここでも陸上部に入るつもりなの?」

「いえ、入るつもりはないです」

 転校生は笑顔を崩すことなく、きっぱりと答えた。当然「どうして?」と聞き返される。すると彼はまるで選手宣誓でもするかのように、顔をまっすぐ前に向けて高らかに言い放った。

「この町で、他にやらなくてはいけないことがあるからです」

 ――ああ、この人は私と住む世界が違うな。

私――如月飛鳥は一番後ろの席で頬杖をつきながら、そんなことを考えていた。約四十人の同世代の初対面相手に、物おじひとつせず堂々と胸を張っていられるなんて。人間になれている証拠だ。きっと彼はいままでだって大勢に注目されながら生きてきたのだろう。

おそらく彼の中には、周囲の人をたちまち虜にしてしまうようなどこかカリスマ的な力があるのだ。その証拠に『他にやらなくてはならないことがあるからです』なんて、一昔前のドラマの中にでも出てきそうなちょっとお寒い発言をしても、誰もドン引きしていない。むしろ、『そのやらないといけないことって一体なんなの?わかんないけど、私でよかったらお手伝いします!!』といわんばかりに、目をギンギンに輝かせて彼を見つめている生徒も何人かいる。

瞬時のうちに、彼はこのクラスのスターになった。

 担任が私の左隣を、彼の席に指定した。窓際の一番端の席だ。瞬間、何人かの女子生徒が羨みの視線を私に投げかけた。顔には『転校生君の隣をゲットできて、いいな~』と書いてある。だが私から言わせれば、『隣?だからどうしたというのよ』という感じだった。

 だいたい考えても見てほしい。イケメン転校生と隣同士になったからと言って、授業中に「ごめん。俺、まだ教科書ないから見せてよ」とお願いされたり、担任の先生に「おい学級委員長。休み時間になったら転校生に学校の案内してやっておいてくれ」と頼まれたりなんていうラブイベントがいきなり発生するとでも思っているのだろうか。ちなみに私は学級委員長ではないのだが。私は今まで十六年あまり生きてきて、名前に〈長〉がつく役職なんて、このかた一度もついたことがなかった。

 話が脇道にそれてしまったが、ともかく、本当にそんなラブイベントが発生すると思っている人は、少女マンガの読みすぎである。

 現実はそんな甘いものではない。

 イケメンが関心を持って話しかけるのは、顔よしスタイルよし、しかもオシャレで垢抜けた性格の、いわゆるイケてる女子に対してだけである。

 私みたいな十人並の顔をした地味で目立たない人間なんて、下手したらちょっと挨拶しただけで「身の程弁えろよ」と周りから避難されかねない。『如月さんって黒川君のこと好きなんでしょ。だってこないだ挨拶してるの見たよー』なんて変な噂が流れる可能性もある。それは困るのだ。

なぜなら、

〈目立たず・騒がず・ひっそりと〉

 これが、学園生活を営む上での私のモットーなのだから。

 なるべく誰の目にも留まらず過ごしていきたい。

今日登校しているか欠席なのかすらあやふやなような、何年後か卒業アルバムを開いたときに、『如月飛鳥?そんなやついたっけ?』と存在自体に首を傾げられるような、誰の記憶にも意識にも残らない人間になりたかった。

そのため、私は今日まで他人に目をつけられるような行動は現に慎んできたつもりだった。休み時間になれば自分の席でひっそりと本を開く。決して誰とも口を利かない。そうすれば誰にも好かれない代わりに、誰からも嫌われない。だって、いてもいなくても変わらないような人間のことを、誰が好きになったり嫌いになったりする?

そんな『日陰族』代表のような私と、おそらく生まれながらにしてスター性を有していたであろうこの転校生君とでは、本当に住む世界が全く違うのだ。いくら隣の席になったからと言って、相容れることは決してないだろう。

転校生君は何が楽しいのか、スキップを踏みそうなほど軽い足取りで自分の席に向かっている。ただ歩いているだけなのに、女子生徒は皆その姿に釘づけだった。中には彼が自分の横を通り過ぎる際に、至福のためいきをもらすものもいた。

私の席の少し手前までやってきた。近くで見ると、彼が思ったよりも背が高かった。一七〇センチ代後半はありそうだ。手足は長く、顔は小さい。

一般に言う、モデル体型ってやつかしらね。

興味などないふりをしながら、ちらちらと横目で彼を見てしまう。

そのまま自分の席につくのか、と思いきや、なぜか転校生君はそこで一度立ち止まった。

そして、あろうことか首をクイッと左側に向けた。左側――つまり私がいる方向にである。

――え?

思考が一瞬フリーズした。

無理もない。瞬時にしてクラスのスターに成り上がった男が、自分を見ているのだから。何のとりえもない、地味で、どうしようもない自分のことを!!

……いやいやいや。

すぐに私は心中で首を振った。

そんなこと、ありえない。だって私を見て一体なんになるというの。目の保養?心の洗濯?……ならない、なるわけがない。十六年間、毎日鏡を見てきた自分自身が思うのだから間違いない。自分を過信してはいけない。うぬぼれるな如月飛鳥。

自分自身を、しっかり戒める。

だが、やはりどう考えても彼は私を見ていた。そしてそればかりでなく、目じりを下げて、口角を釣り上げて――笑った。

瞬間的に自分の頬が熱を帯びていくのがわかった。

目をギューッと細くして、顔のパーツを全部真ん中に集めるようにくしゃっと笑うのだ。もう可愛いなんて言葉では形容しきれないほどの、とてつもない破壊力を有した笑顔であった。

彼は笑顔を崩さぬまま、口を開いた。

「お隣さんで、迷惑かけちゃうかもしれないけど、これからよろしくね」

「え、ええ。こちらこそ」

 ぎこちなくうなずくのが精いっぱいだった。未だに思考は止まったまま動かない。ただ心臓だけは嫌というほど激しく暴れまわっている。

 彼は一礼すると、席に着いた。鞄を横にかけ、中から教科書を取り出す。

 もう教科書が配られてるということは、『まだ教科書ないから見せてよ』というラブイベントが起こる可能性は初めからなかった、残念。

……って、そんなこと最初から期待してないわよ!!

自分自身に盛大に突っ込みを入れた。

そんなことよりも、だ。

転校生が、あのイケメン転校生が自分に声をかけてくれたのだ。

――人目につかないよう、陰で過ごす。

高校へ入る前、私はひっそりと胸に誓った。あれから一年と少しがたつ。その間、私に話しかけてくるものはほとんどいなかった。

休み時間も昼ごはんの時も、いつも一人ぼっち。周りの者たちは自分たちのおしゃべりに夢中で私のことなど見もしない。

けれど、それでよかった。誰かに話しかけに行って拒絶されるよりは、一人でいるほうが傷つかなくて済むのだから。

そう、思っていた。

一人でいるのは平気だった。寂しいとは思わない。なぜなら、私は強い女だからだ。だって群れるのは弱い人間のすることだから。集団の中でいい気になっている奴に限って、一人になったとたん何もできずに右往左往するものだ。そんなのかっこ悪い。

思っていたのに。

 転校生君が放った、どうということない一言。たぶん彼はただ私が隣の席だから話しかけたのだろう。相当礼儀正しい人のようだし、別に私でなくても声をかけていたはずだ。それはわかっている。

 でも、嬉しかった。嬉しくて仕方がなくて、にやけが止まらなかった。周囲に顔色がばれないよう、慌てて口元を手で隠す。

 なんとなく、これからいいことが起こりそうな予感がした。



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