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柔木 光一
僕が生まれたとき、バブルはもう弾けていた。僕が生まれたとき、ベルリンの壁はもうなくなっていた。僕が生まれた時代、チャックベリーもジミーヘンドリックスもビートルズも知らない。そんなに大したことじゃないさ。そんなに大したことじゃない。
要するにそんな時代に生まれた。
第一章 出会い
「ここ空いてますか」 と彼女は言った。大教室の針の穴を通すほど小さな空席を見つけて彼女は僕の横に座った。白のノースリーブのワンピースにネイビーのカーディガンを肩にかけて、足元は涼しげなサンダルを履いていた。ほんと少しだけ椅子を後ろに引いて、僕はチラリと横目で彼女を見た。長い髪は海辺に佇む少女を思いださせるほど自然に揺れていて、ペンを走らせる度に細い肩がほんの少し動いた。レモンの香りがする、と僕は思った。僕だっていつだって隣に座る女の子をこんなに見つめるわけじゃないぜ。それは簡単なことだった。 要するに、僕は彼女に恋をした。一瞬のうちに。